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第九十話 「相互理解」



「団体行動ぉ? それも十日間ずぅーっとなんて、怜には地獄ぢゃん」


「だからそう言ってるでしょ」


「でもいい機会じゃない? だって怜、愛梨しか友達いないんだし。わら」


「だとしても、カスみたいな男共と一緒になんていたくないわよ」


「え~。だって紅一点ぢゃん。みぃ~んな独り占めできるんだから、むしろ愛梨は羨ましいけどなぁ」


 お昼時。学園内の大食堂にて談笑する生徒たち。中には日頃関わることのない他クラスと交流している者もおり、いつも以上に賑わいを見せている。


「今日は人が多いっスね~」


「たまたま時間が重なったんだろうな」


 そんな話をしながら、担任から団体行動を推奨された智也たちは、いつもとは異なる面子で腹ごしらえをしにきていた。


「久世さんは、だし巻き玉子が好きなんスか?」


「んーそうだね。割とよく食べるかな」


「雪宮はまた煮魚か」


「今日はアジの煮付けだから……」


 券売機で各々好きな食券を購入したのちに、出来上がった料理をカウンターへ取りに行く。そこで個性の出ている品々を見て互いに感想をこぼしながら、


「そういや前から気になってたんだが、ここって注文してから出てくるまでやけに早いよな」


「前もって作ってあるんじゃないっスか?」


「まぁ……確かに、それぞれ独特な嗜好を持ってるしな」


 初めて同席する久世はともかくとして、七霧と雪宮は大体いつも同じものを頼んでいる印象がある。であれば、調理側もなんとなく予測がつきやすいのだろうか。

 しかしそれにしたって――とどこか腑に落ちない智也に、久世が意外な真相を明かした。


「厳密に言うと保温してあるんだよ。火属性の魔法でね」


「へぇ~、そういうのも出来るのか。すごいな」


 この街の風貌や在り方から、てっきり魔法は戦闘にしか用いないものだと思っていた智也。故に思いがけない角度からの開示に素直に驚いて。

 注文した料理をお盆で運びながら空いている席を探し、ぽつんと座っている一人の少女を見つけ、智也たちは顔を見合わせた。


「隣、いいかな?」


 率先して声を掛けにいった久世を離れたところから見守る。傍から見ても明らかに不機嫌そうなその相手は、雪のように白い髪を持つクラスメイト――水世だ。


 久世からのアイコンタクトがあり、隣の二人がおずおずと歩み寄っていく。

 どう見ても了解を得たようには思えなかったが。智也そんな風に考えている間に久世の正面に七霧が、その間に雪宮が着席しており、残るは水世と向かい合わせの席だけになっていた。


「まじか……」


 心の中で苦笑を溢しつつ、あくまで自然に椅子に腰掛ける。

 向かい側から刺すような視線を感じた気がしたが、隣の無垢な笑顔を見て智也は中和を図った。


「なんか新鮮っスね~」


「うん。たまにはこうして席を改めるのも悪くないね」


「こんな味の薄い顔、三日で飽きるわよ」


 ひょっとしてその悪口は、自分に限定されているものではないか――と智也は思ったが、余計なことを言うと後が怖いので声には出せずに。

 味の濃い炒飯と卵スープのはずなのに、心なしか物足りなさを感じながら口を付けた。


「それで、先の件だけど」


「あれっスよね。お互いの良いところを言い合う~みたいな」


「はぁ? あんなの本気でやるわけ?」


 親交を深めるための手段として、先生からもう一つ提案されたのがそれだった。

 智也としては少し懐かしさすら覚えて感慨深くなっていたが、確かにあの毒を吐く舌から人を褒める言葉が飛び出すのは想像がつかない。

 一人だけ乗り気でないそんな水世をちらと見つつ、どんなことを言うのだろうかと密かに期待をした。


「じゃあ、誰からいこうか」


「自分がいいっス!」


 右手を天高く掲げ、目を爛々と輝かせる七霧。その顔を見つめながら久世が顎に手をやると、


「何事も前向きに捉えるその姿勢と、底抜けの笑顔は僕も得るものがあるかな」


 最初は嬉々とした表情で頷いていた七霧だったが、あとから途端に眉に皺を寄せ始めた。

 それに気付いた智也は横から「見習いたいってことだよ」と言葉を砕きつつ、


「七霧は底抜けの笑顔もそうだけど、偏見がないっていうか……誰に対してもフレンドリーなんだよな。それでいて変に馴れ馴れしくはなくて、ちょっと抜けてるのが逆に好かれやすいんだと思う。話していて楽しいし、こっちまで明るい気持ちにしてくれるからほんとにすごいよ。あと、こういう場とか授業とかで、積極的に自分の意見を言えるのも長所だと思う」


「ふへへ、なんか照れるっスな~」


 口調がおかしくなっているが、それだけ嬉しかったということだろう。これでもかと破顔するその表情に、智也の方が照れくさくなった。


 そんな七霧を見ていると既に満ち足りていそうではあるが、コレの本質はただ相手を褒めはやすことではない。

 席に着いてからまだ一言も喋っていない雪宮と、退屈そうに野菜スティックを齧っている水世。一人に対してまず全員が長所を褒める――そういう方針である以上、二人が口を開かなければ話は進まない。


 と、黙々と煮魚を口に運んでいた雪宮が、智也の視線に気付いてその手を止めた。


「食事中だから……」


 一言だけそう呟いて、雪宮はまた手元に視線を落とす。

 彼の家では食事中の会話はご法度なのだろうか。箸の使い方に限らず、えらく所作が綺麗だとは以前から思っていたが、それも或いは――。


「ごちそうさまでした」


 微かに聞こえるくらいの声で言って両手を合わせると、雪宮はゆっくり七霧の方に顔を向ける。

 長い前髪で隠れていてイマイチ表情は読み取れないが、わずかに口元が動いたのは見て取れた。

 ――明るいところ。おそらくそう言ったのだと智也は解釈した。


 さて、問題なのは目の前に御座すお方だが……と様子を伺う智也と同時、他三人の視線もそこに集まる。それを鬱陶しげに睥睨した水世は雑に一言、「才能」と言葉を発した。


「……」


 ちらと顔を見合わせた智也と久世。

 あまりにもぞんざいであったため一言物申そうと思った智也はしかし、久世が首を横に振ったのを見てやむなく留まった。


 今日はやけにご機嫌ななめな様子だが、それでおざなりにするには七霧の魅力は満ち溢れているのだ。

 と、智也は内心で鼻息を荒くさせる。


「それじゃ、次は……」


 別にそうする必要はなかったが、七霧を倣ってか雪宮がスッと手を挙げた。

 先の通りにいけば、まず久世が私見を述べる流れではあったが、考えるのが難しいのか少し沈黙が挟まれてしまう。そこで代わりに智也が開口しようとしたところで、七霧が「あの操るやつっス!」と声を大にした。


「舞属性の魔法か」


「それっス。あんな凄い魔法、見たことなかったっス!」


 確かにあれは雪宮の個性であり専売特許でもあるが、果たしてそれを長所としていいのか悩みどころではある。


「そうだね。珍しい魔法故に手本とする物もなかったはずだけど、それをああして巧みに扱っているのだから尊敬に値するよ」


「……雪宮は、シャイだけど仲間思いだよな。あと、絶妙に渋い」


 相変わらずの言葉選びだなと思いつつ、智也も久世に続いて私見を述べる。それを雪宮がどう感じたか、半分隠れた表情からは読み取れないが、感謝するかのようにペコリと頭を下げていた。

 そして、またしてもここで流れが止まり、それをした張本人が不興顔で一言。


「才能」


 またそれかよ、という言葉が口をついて出そうになった。

 乗り気じゃないとはいえ、それで空気が悪くなっては本末転倒である。そうした際の懸念点を、水世も先生から聞いていたはずだが。

 智也は、やれやれと嘆息した。


「じゃあ次はお」

「次は僕かな? 流れ的にね」


 トリを嫌ってか、智也の発言が久世に掻っ攫われる。そこまで拘りはなかったものの、なにかと最後に回されがちだと苦笑を溢して、


「久世さんは、もう何から何まで全部すごいっス!」


「ハハハ、そうかな?」


 言い得て妙ではあるが、投げやりに感じられたのは気のせいだろうか。

 七霧に限ってそんなことはないか、と思いつつ、智也も長所を思い浮かべてみる。


「まぁ最初は嫌なやつかと思ったけど、それだけの資質――いや、素養があるんだと今は理解してる。とはいえ色々持ちすぎてるのは正直妬ましくて、ずるいと思う」


「先程から薄々感じていたけれど、君はよく人を見ているんだね。しかし僕に関しては……それは謗言では?」


「あ……」


 ついうっかり、意図してではなく、不本意ながらも悪口になってしまっていたようだ。

 しかしそれが本心でもあるため智也はあえて悪びれはせずに。才能の一つや二つ分けてもらってもいいくらいだしな、と心の中で不満を追加した。


「……」


 またしても会話のリズムが滞る。

 一度や二度ならまだしも、同じ流れを三度繰り返されてはさすがに歯痒さを感じてしまう。その上、どうせ口から出る言葉は――、


「才能」


「うん、今回に関してはあながち否定できない」


「あながちっス!」


「……その通りだと思う」


「君たち、僕にだけ当たり強くないかい?」


 さりげなく雪宮も参加しているのが小気味良くて、智也はうっすらと笑みを浮かべた。

 やはり、親睦を深めるには共通の敵を作るというのがどの世界でも効果的らしい。


「まったく……じゃあ、次は水世さんで」


 呆れたように嘆息して久世が水世にバトンを渡す。

 その瞬間、さっきまで沸いていた笑いが引っ込んでしまい、それまでとはまた毛食の違う沈黙が生じてしまう。


 女子一人。というのはもちろんのこと、性格上とっつきにくいというのもあるだろう。下手なことを言って逆鱗に触れてしまうのは避けたい――そう考えていたら自ずと言葉は出てこなくなる。


 自然、誰かが先陣を切るのを待つかのように、重い空気が漂い始めた。次第に水世の顔に青筋が浮き立ってくる――その前に、


「魔法の扱い方が、水世は群を抜いて上手いと思う。特に『改造魔法』の組み方なんかは周りと一線を画してるよな」


「確かに!」


「内面で言えば、言葉にトゲはあるけど裏表がなくて、意外と信頼できる人だと思う」


「意外とって何よ」


 白い目を向けてくる水世から視線を逸らしつつ、智也は機嫌を損ねずに済んだことを内心安堵した。


「えーっと、水世さんのいいところは」


「もういいわ。そろそろ飽きてきたし、さっさと終わらせて戻りたいんだけど」


「あ……じゃあ……」


 智也に続いて七霧が言葉を絞り出そうとしていたが、それは本人から却下されて。

 冷めた眼差しをする水世に七霧が困惑、久世が眉を落とした。



「黒霧さんは、頭が良いっス!」


「さほど良くないと思うけどなぁ」


 さっさと終わらせたい、という言があったことから、三人の視線が水世から智也に切り替わる。

 結局水世のことを語ったのは智也一人になってしまったが、本人がそれ以上を望んでいないのだから仕方がない。それに、七霧たちも何と言うべきか悩んでいたようだったから。


 と、予想通り一番最初に口を開いてくれた七霧のその言葉に、智也は無意識に後頭部に手をやっていた。


「じゃあ、頭の回転が速いっス!」


「それも普通だと思うけど……」


「なーんで素直に褒められてくれないんスか!!」


「あ、ごめん、つい」


 あまり褒められ慣れていないせいか、いちいち首をかしげてしまう智也に七霧の怖い顔が迫る。

 それに苦笑いをこぼしながら申し訳ないと反省して、


「……霧くんは、思考力と判断力が冴えてる」


「あ、ありがとう……」


 次の雪宮がくれた言葉を素直に受け止めてみた。

 無性に体がむず痒くなったが、同時に心がポカポカしたような感触も覚えて。残りの二人は何と言ってくれるのか、淡い期待を抱きながらまず瑠璃色の瞳を見つめた。


「先述したように君には鋭い洞察力がある、と僕は思っている。加えて、限られた手札で戦うのが上手いとも」


「それは褒められてるのか、それとも皮肉なのか」


「思いの外に卑屈だな……いや、それとも僕の物言いが悪かったか……? ともあれ、簡明率直なものだと思ってもらって構わないよ」


 そう言って久世は肩を竦める。

 なにしろ持て余すほどの手札を有している男なのだ。先の不意に出てしまった悪口から、或いはその仕返しかと智也は懸念を抱いた。

 が、それは本人の口から訂正されて。久世に言われた通り、少し卑屈に捉えすぎたのかもしれないなと思い直した。

 それもこれもまだ相互理解が深まっていないことが、一つの要因としてあるのだろう。


「……」


 一方、久世以上に心の距離が離れている目の前の人物からは、お言葉を頂戴することさえ難しくて。渋面を作っているその様子からも、やはり望みは薄いと察せられた。


 これまで水世は「才能」の一言で片付けていたが、さすがに智也にそれは当てはまらない。それ故に適当に言い繕うこともできないのか、もしくは取るに足らない存在だと思われているのか。

 どちらにせよ待っていても無駄だと感じた智也は、自ら切り上げて散会を促そうとした。


「じゃあ、そろそろ第一に……」


「発想力」


「え?」


「何か一つ長所を挙げるんでしょ」


「あぁ、ありがとう……」


 腕組みしながら目を伏せる水世を、智也は目を皿のようにして見つめた。

 どうやら、虫けらだとは思われていなかったらしい。あの毒舌なら「虫けらも同然のアンタに何の価値も見出だせないわよ」くらいは言われてもおかしくなかったが。


 そうして智也たちは食べ終えた食器を返却口に返すと、来たときよりほんの少しだけ距離を縮めながら第一体育館へと向かった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「案外面白いものだね。自分にはない着眼点があったりしてさ」


「やっぱり褒められると嬉しいっスよね!」


「普段話さない人にどう思われてるか知れるっていうのも大きいよな」


 食堂を後にして、渡り廊下を歩きながらそんな風に話す一同。

 口は開かずとも首を縦に振っている雪宮と、会話に参加こそしていないが水世もすぐそばにいる。


 智也も以前までは真に人に心を許したことなどほとんどなかったため、その難しさはよく理解していた。そういう意味でも周りにどう思われているのか、その一端を知れる機会というのは好機であり、チームの結束力を高めるには極めて合理的だった。

 なんてことを考えながら体育館の中を覗いてみると、まだほとんどの生徒が帰ってきていない様子。


「どうやら少し早すぎたようだね」


「……なによ」


 自然と久世以外の三人の視線が水世に寄り、それらがまとめて凍てつく眼差しに一蹴される。

 智也は苦笑いを浮かべながら体育館に踏み入り、そこで一思案した。


「せっかくだし、今から練習を始めないか?」


「いいんスか? 先生もまだ来てないっスけど」


「まぁ……このメンツだし、無茶しなければ大丈夫だろう」


 だったら賛成っス。という威勢のいい声に続いて、他の三人もそれぞれ肯定の意を示してくれた。

 それから念のために三人体制で見張り兼、観戦をして、主に『魔武器』を用いた戦闘訓練が行われた――。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 あまり聞き慣れない音が、馴染み深い場所で鳴り響く。

 武器と武器がぶつかり合う音――それに、一人の荒い息が混じっている。


「く……っふ、てやぁっ!」


「大振りすぎる。それでは次の動きが丸わかりだよ」


 久世の一振りを得物の腹で受け止めた七霧が、それを押し返し、体ごと得物を横に振り回した。

 その見え見えな一撃を軽く後ろに飛んで躱した久世が、ため息混じりにそう呟く。


「まだまだっス!」


 木の枝のように左右に互い違いについた枝刃が特徴的な武器。今度はそれを頭の上まで振りかぶると、七霧は真剣な面持ちで駆けだした。

 半ば呆れ気味な久世は手中の戒杖を器用にくるくると回すと、持ち手ではなく柄の部分を握って待ち構える。


 上から――といっても身長差のせいで、久世にとってはやや目線より上くらいの高さで振るわれた真向。それを久世は片手で難なく受け止めた。

 力もなく技も知らない七霧のでたらめな一振りでは、体勢を崩すことはおろか、力で押し切る事など到底叶わない。それどころか、得物を握っていた手を膝で打たれてしまい、一瞬力が緩んでしまう。


 その隙を狙った久世がすかさず戒杖をスライドさせ、持ち手部分を枝刃に引っ掛けると思い切り横に弾き飛ばした。

 自分の手からすっぽり抜けてしまった愛刀を見て、七霧の口から間抜けな声が漏れた。


「あっ……」


「勝負あったね」


 呼び出した黒い渦に得物を収めると、久世は一息つき、観戦していた智也たちの方に帰ってくる。


「武具の扱いまで長けてるとか聞いてないんだが。どんな改造(かいぞう)だよ」


「改造? よく分からないけど、多少の嗜みはあるよ」


 どれだけ自分のステータスを改造すればそこまで超人になれるのか、という意味で智也は吐いたが、その概念を知らない者に伝わるはずはなく。知れば知るほど高まってゆく目の前の男の性能に、もはや智也は引いていた。


「それにしても、俺も物を使うのまだ全然だけど、七霧は……」


「いっそ使わない方がいいわね」


「そんなストレートに言うなよ」


 雪宮とは反対側、微妙に離れて座っている水世を見やり、智也は顔をしかめる。

 とはいえ対抗戦で使えるようにするには、残り十日で間に合わせられるとはお世辞にも言えないのが現状だった。


「ま、まぁ……絶対使わなきゃいけないってわけじゃないんだし、魔法だけでもなんとかなるよな?」


「僕もアレは使うつもりはないから、大丈夫だよ」


「お前じゃ逆に説得力に欠けるんだが……」


 そう言いながら、一人素振りを行っている七霧の姿を傍観して、智也は頭を悩ませた。


「あれ? ゆきみーたちもうやってんの??」


「あっ、だめやよ東道さん、邪魔したら」


「なんで?? 別にそーゆーのないでしょ」


 館内に次第に集まり始めたクラスメイト。既に千林や清涼なども揃っていたが、誰も智也たちに話しかけてはこなかった。紫月の今の発言から、ひょっとすれば気を遣われているのではないか――そう智也は懸念を抱いた。


 そんな中、良い意味で距離が近い東道は何の躊躇いもなく智也たちに接してきた。


「調子はどんな??」


「それが、全然うまくいかないっス」


「あ~それね、分かるわ~。ウチらも一応『魔武器』の練習はしてたんだけどさ~、ウチなんて水鉄砲だし、武器ですらないじゃん! みたいな」


「確かに雪宮さんのとかも、戦い辛そうっス」


 ぽつんと立っている七霧の元へ寄っていった東道が、その表情と手持ちの得物とを見て、何かを察したような顔付きになる。

 それから巧みな話術で会話を広げていくと、挟まれた東道の自虐に七霧が苦笑して、


「でも……じゃあ自分は」


「てかさ~、武器とか持ったことあんの?? ゼロくん、包丁すら握ったことないっしょ」


「ゼロくん?」


「そ。七霧くんのなまえ、ゼロって読めるらしいよ。知ってた??」


「ゼロ……コードネームみたいでカッコいいっス!」


 途端、どんよりしていた表情が、雲が晴れたように明るくなった。

 いつもの笑顔を取り戻した七霧に、東道も笑顔で相槌を打つ。


「やっぱゼロくんにはその笑顔が似合ってるよ。ほら、太陽だって陰るときはあるじゃん?? だからえーっと……まぁそんな感じでいーんだよ」


「おー、なるほどっス」


 最後の方は何を言っているのか分からなかったが、なんとなく伝えようとしたことは感じ取れた気がした。何よりそれで七霧の気が楽になったのなら心底良かったと智也は思う。


 一瞬で空気を変えていった東道の凄さに圧巻されながら、その後方にいる黒髪の友人を見やり、智也は密かに思いを馳せた。



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