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第四十話 「噂をすれば影がさす」



「黒霧さんたち、よく先生から逃げ切れたっスね~」


「さすがだね。おれたちなんかすぐに捕まっちゃったし」


「狙われたのがこっちだったら、結果は同じだったよ」


「またまた~そうやって謙遜するんスから~」


 帰路に就く中で、学園前の無駄に長ったらしい階段を下りながら三人で授業を振り返る。いまや当たり前となった、智也の日課の一つだ。

 実は何気ないこの時間が一番楽しかったりするのだが、階段を下りた先の分かれ道で、二人とは離れ離れになってしまう。そう考えると――この長い階段もある意味無駄じゃないのかもしれない。


「黒霧さん聞いてるっスか?」


「悪い、なんだった?」


「さっきの雪宮さんの魔法、どうやったんスかね~って」


 それは、先生を足止めする際に見せた操作魔法的なもののことだろうか。

 生憎と個人的なやり取りをする暇はなかったので、智也も詳しくは把握していない。


「それに関してはむしろ、俺が知りたいくらいだな」


「そうっスかぁ……自分もあんな魔法使いたいな~。こう、シュイーンっていってシュンシュンってして、またシュイーンってしてたんスよ、超かっこよくないっスか!?」


 自分の受けた感動を必死に身振り手振りで伝えようとする七霧を、智也と国枝が微笑ましく見つめる。

 何を言っているのかは、まるで分からないが。


 とはいえ羨んでいる気持ちは伝わってくる。だが残念なことに、あれは雪宮にしかできない芸当のはず。

 何故なら雪宮の適性が『第五属性』にあらず、そこから派生した『派生属性』だと思われるからだ。


 ――派生属性。


 前に一度、先生が授業で教えてくれた特殊な属性のこと。

 あのとき例に挙がったのは霧属性と引属性というもので、それぞれ水と土属性からの派生とのことだった。

 この『派生属性』の適性者は、派生元たる『第五属性』への適性もあるらしいが、裏を返せば後者にしか適性を持たない者に、それ以上のものはないということになる。


 つまり雪宮の適性が何らかの派生である以上、仮に派生元が電属性であったとしても、七霧には彼のように魔法を意のままに操ることはできないのだ。

 夢見る少年のように目を輝かせている相手に、とてもそんなことは言えないが。


「悪いな、力になれなくて」


「大丈夫っスよ!」


 眉尻を下げる智也に七霧が笑顔を向けてくれて、その眩しさが重石となって心にのしかかる。

 友達に頼られて力になれないのは、心苦しいものだ。


「難しいね。明日先生に聞いてみる? もしかしたら何か知ってるかもだよ」


「んー、そうするっス」


「じゃあ黒霧くん、また明日」


「あ、あぁ……またな」


 きっと七霧は、小難しいことなど求めていなかったはずだ。国枝のように共感して、彼の気持ちを汲んであげるだけでよかったのではないか。

 それなのに智也は論理的なことばかり考えていて、一番大事なことを見落としていた。

 そんな自分が、少し嫌になった。


「また明日っス~! ――やっぱ今回も黒霧さんが作戦考えたんスかね?」


「そうだろうね。よく思いつくよね~おれには真似できないや」


 引き続き、なにやら楽しそうに会話を交わす二人の背中に羨望の眼差しを向けて、その姿が見えなくなるまで智也は立ち尽くしていた。


「今日は疲れた……帰ろう」


 この世界に来てから一番中身の濃い一日だったと、これまでの六日間を振り返って智也はそう思う。

 今でこそ友達もでき、一風変わった学園生活にも少しずつ適応し始めているが、相変わらず先のことは視えないままだ。


 ――貴方は、異世界に興味はありますか?


 不意に、あの日の少女の言葉が脳裏をよぎる。

 いったい智也は何を以てこの世界に連れ出されたのか。何の意味もなく起こす行動にしては、スケールが大きすぎる。


「異世界転移ボランティアじゃないんだ。何か裏があってもおかしくはない……か」


 異世界に興味がある者など探せば山ほどいるはずだ。それなのにあえて智也が選ばれた理由はなんなのか。

 ただの気まぐれと言ってしまえばそこで終わりだが、見方を変えればこんな考え方もできる。


「異世界への関心の有無は関係なく、黒霧智也おれである必要があった……?」


 自分で言っておきながらその理由は見出せないし、小恥ずかしくなって「それはないか」とすぐに首を振った。

 あの者の意図を読み解くには、情報が少なすぎる。


 ――貴方のことは陰ながら応援していますので。

 ――大丈夫ですよ、またすぐに会えますから。


 なんて戯言を抜かしていたが、本当に再会の日は近いのだろうか。明日でちょうど一週間になるが、まるでその気配が感じられない。

 情報源とするには信用に欠けるが、何か知っているなら神童が代わりでも構わない。のだが、


「揃いも揃って神出鬼没なんだよなぁ、ますます怪しい」


 昼食の際にタイミングよく姿が見当たらなかった神童は、地獄鬼が終わった後も気が付けばいなくなっていた。

 智也が意識を向けた途端にこれだ。あからさまに避けられているとしか思えない。

 そうしてもどかしさを感じていると、背後から刺すような視線を感じ、智也は思わず息を呑んで後ろを見やった。


「――なんだ、雪宮か」


 帰り道が同じだったのか、少し後ろを歩いていた焦げ茶色の髪のクラスメイトが視界に入る。

 てっきり、文句を言っていたら本人が現れたのかと思ったのだが、それは智也の思い違いだったようだ。


「……?」


「雪宮んち、こっちなのか?」


 無言で首を傾げる彼にそう尋ねると、機械のようにゆっくりと、傾いていた首が縦に動く。


「……」


「……」


 よく、気の合う人となら長い沈黙も苦にならないというが、雪宮とは今日の授業で初めて会話をした仲だ。自然と横に並んで歩いているが、今の空気を居心地がいいとは智也には思えなかった。

 そうして息苦しさを取っ払おうと何か話題を探して、ちょうど聞きたいことがあったのを思い出す。


「あぁそうだ、少し聞きたいことがあるんだが」


「?」


「あー、雪宮ってさ……何属性なんだ?」


 静かにこちらを見つめる雪宮。

 智也はなるべく誤解を生まないよう言葉を選んだつもりだったが、悩んだ割にはひねりがなく、むしろ不自然さが際立っていたのを自覚する。


「さっき授業で、無属性じゃないって言ってただろ?」


「……うん。僕は……舞属性だよ」


 端的に言えば、智也は射的屋で聞いた黒ローブの人物についての手がかりを、雪宮から得られるのではないかと考えていた。それと、七霧の件の確認も含めて。

 しかしやはりというべきか、雪宮の適性は『第五属性』にないようで、


「ぶ属性……?」


 聞いたことのない属性に、眉をひそめた。

 ありとあらゆるファンタジー系のゲームを網羅してきた智也ですら、その名称は初めて耳にする。

 名前だけ聞いても特徴が掴めず、派生元がなんなのかも見当がつかない。


「あの操作魔法的なのが、その『ぶ属性』なのか?」


「……うん」


「俺は初めて聞いたんだが、久世みたく珍しい属性だったりするのか?」


「多分……? 他……見た……ないよ」


 かなり小さな声でだが、自分以外の適性者を見たことがないと、確かに雪宮はそう言った。

 或いは彼が認知していないだけかもしれないし、たまたま巡り合う機会がなかっただけの可能性もある。だが少なくとも、彼の知る限りでは類を見ない希少な属性のようだ。


 ――ありゃまるで、魔法を操ってるみてぇだった。


 射的屋の店主の言葉が、脳裏に蘇る。

 智也が今日の授業で目にしたものが、まさにそれであった。


 一日、チームメイトとして時間を共有した中で、雪宮に対して悪感情を抱くことは一度もなかった。

 疑っているわけではない。最初からそのつもりなどなかったはずだ。

 それでも、智也は聞かずにはいられなかった。

 雪宮じゃないのだと、そう確信を得たかったから。


「この先の『射的屋』って知ってるか?」


 その問いかけに、雪宮が急に足を止めた。

 釣られて智也も立ち止まるが、妙な寒気が全身に走る。


 既知か未知かを答えるだけの質問に、何故そこまで間を空ける必要があるのか。

 固唾を呑んで後頭部を見つめる智也に、ゆっくりと雪宮が振り返って――――、





 その首を傾げた。





「……そうか、知らないならいいんだ」


 間が空いたのは単に考え込んでいただけだったのか。

 なんにせよ、雪宮が射的屋の存在を知らないのであれば、智也の懸念は杞憂だったということだ。


 ほっと胸を撫で下ろす。そんな智也の顔を、長い前髪の隙間から見えた煉瓦色の瞳がじっと見つめていた。

 何かあったのかと怪訝な表情で見つめ返すが、「……ここだから」という謎めいた言葉しか返ってこない。


 ――ここだから?


 その発言の意味を理解できずにいると、雪宮が徐に横を向く。その視線に倣って智也も右を向けば、そこにあるのは集合住宅のようなものだった。

 ここだから。つまりそれは、雪宮の住まいがこの集合住宅であるということか。


 おそらく白色だった壁面はすっかり変色しており、所々が剥がれ落ちて苔すら生えている始末。

 おまけに建物の屋根からは大木が伸びていて、見事に自然との調和を体現していた。


「とは言ったものの……」


 自然との調和がこの建物のコンセプトというには見苦しいほど、あまりにボロすぎる。

 語弊を恐れずいうなれば、とても人が住んでいるとは思えないのが智也の受けた印象だった。


「じゃあ、また明日な」


「……また」


 智也にあるように、他のみんなにも何かしらの事情や問題があってもおかしくはない。

 それこそ何も考えず、毎日呑気に過ごしているのは神童くらいだろう。 

 だからむやみに深入りはせず、薄暗い建物の中に消えていく雪宮を、智也は静かに見送った。


「……」


 再び一人となって、とぼとぼと歩を進める。

 狭い路地を通り抜ければ、何度も行き来している中央広場が顔を見せる。


 この街に来ておよそ一週間が過ぎた。

 それだけ暮らしていれば、ど真ん中に陣取る噴水や広場に立ち並ぶ店の数々、そしてここに住んでいる人々の顔くらいは見慣れてくる。

 その見慣れた景色の一つである、でかでかと『千』という看板を掲げた店の前を通り過ぎ、少しして智也は立ち止まった。


「寄るべきか否か……」


 半年前、あの店に現れたという黒いローブを着た人物。

 その者についての手がかり――というには些か弱いが、一つ確証を得たことがある。

 その報告をすべきかどうか、智也は逡巡していた。


 ――魔法の軌道を自在に操れる。


 最初はそんな夢のような魔法が存在するのかと半信半疑であったが、実際に見聞きしたことで単なる仮説ではなくなった。

 あれほど高性能な魔法があれば、店側はまるで商売にならないだろう。

 そして希少故に認知度が低く、なにも知らない店主は不正に気付くこともできずに、まんまと大金を奪われたわけだ。


 だが、それをいま智也が話したところで根本的な解決には至らない。

 その人物の素性でも分かれば話は変わってくるが、そもそも服装からして店主たちもその者の顔を見ていないだろうし、仮に見ていたとすれば、街の住人かどうかくらいは判別できたはず。


「となると、外から来た可能性が高いか……」


 居場所を見つけ出して捕らえるのは、骨が折れそうだ。


「やっぱり今日は寄り道せずに帰るべきだな」


 走り回ったせいか、いつも以上に疲労が溜まっているのを智也は感じた。

 話をするにしても別に急ぐ必要はないと結論付けて、そのまま下宿屋に向かって歩を進める。


 帰ったら少し部屋で寛いで、夕食の時間になったらご飯をたらふく食べてエネルギーを蓄える。そうしてまた明日から練習して――と考えたところで、智也の体が限界を迎えた。


「あ、れ……足が……」


 急に足が重くなったのだ。

 思えば今日は、朝からずっと魔力を使い続けている。本来なら休んでいる時間も例の『魔導具』によって魔力を回復させ、限界を超えた活動をしていた。

 その反動がきたのだろうか。あと数歩で目的地に辿り着くというのに、その一歩が重い。


「足があがらない……体に、ちからが……」


 足だけでなく、全身も鉛のように重くなってきた。

 寸前までなんともなかったのに、糸が切れたように力が入らない。

 足元がふらついて倒れそうになるが、せめて下宿屋の中にへと思い、智也は意識を朦朧とさせながら足を引き摺った。


 扉を押し開き、どうにか建物の中へ。

 いつも通りカウンターに座っていた新井さんが今にも倒れそうな智也を見て、慌てて駆けつけてくれる。

 そのことさえ、自分が下宿屋に帰ったことさえ朧げな意識には曖昧で、気付いたときには智也は夢の中にいた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 夜。太陽が地平線の彼方に消え失せて、世界を闇が支配する時間。


 街の外の、広大な平原の果てから聞こえる獣の遠吠えに、鉄鎧を身に纏った門番――ドロワットが赤い目を鋭く光らせた。


「最近多いな」


「もう俺も歳かねぇ。どうしてもトイレが近くなってよ」


「いったい何の話をしている、ゴーシュ」


 一方、鉄兜を外して陽気な笑みを見せるのは、ドロワットとは対照的な青緑色の瞳を持つ、対の門番ゴーシュだ。


「へへ、すまねぇな。ちょっくらそこの茂みで用足してくるわ」


「まったくお前というやつは……」


 頭を抑えながら、呆れたようにドロワットが嘆息する。


 学園を北に構えた、最も人の出入りが多い正門の門衛を任されている二人。

 大平原に面しているこの正門は、常に魔物の脅威に晒されているのもあり、街に被害がいかぬよう門を死守するというのも二人の大事な仕事なのだ。


「それだというのに、彼奴は気を緩めすぎだ。これでは門衛として務まらん」


 いつもなら相方の気の抜けた態度もある程度は目を瞑っていたはずだが、今日はやけに緊迫感が漂っている。

 ずっと何かを警戒するかのように、ドロワットは遠い闇を見据えていた。


「いやー危うく漏らすとこだったぜ。ダハハハハ」


「飲み過ぎだ。俺たちは重要な仕事を任されているのだぞ! 泥酔していて、その責務が果たせなかったらどうする!?」


 ついに堪忍袋の緒が切れたか。まるで緊張感のない相方の態度にドロワットが声を荒げた。


「そう怒るなって~。お前は気張りすぎなんだよ」


「何を言っている、今日に関してはそれじゃ許されんのだぞ。領主様からの任務を忘れたというのか!」


「ちゃーんと覚えてるさ。怪しい奴が来たら止める、それでいいんだろ?」


「……そうだ。持ち場を離れている場合などではない」


 鼻息を荒くするドロワットを、ゴーシュが軽いノリで受け流す。

 相方がそんな気構えだから、ドロワットは余計に神経を尖らせるのだろう。


「それにしてもよ~、黄昏時に現れるって話だったが、もう真っ暗だぜ? どうなってんだ」


「む。確かにそれは妙ではあった」


 言いながら、ドロワットが正面の闇をじっと睨みつける。

 明かりのない大平原は一寸先も見えず、頼りになるのは門灯のみ。その淡い光が照らせるのも、せいぜい入口周辺だけだ。

 そんな視界の悪い中、二人の前で何かが蠢いた。


「ゴーシュ!」


「あいよ!」


 槍を構え、目を凝らしながら戦闘態勢に入る。しかしこの暗さでは、あまり視覚には頼れない。

 ならばと代わりに耳をすませば、何か小さな音が断続的に聞こえ、それが闇に蠢く者の草を踏む音だと分かった、


 のそのそと歩いているようだが、着実とその足音は門の方へ近付いており、やがてうっすらと頭のない怪物がその姿をあらわにする。


 怪物――と言っても背丈は成人男性のそれだ。ただ厄介そうなのは、無駄に発達した筋骨か。

 大木すら握り潰せそうな膂力は誰の目にも明らかで、捕まったら最後、五体満足では決して帰れぬだろうと思い知らされる。

 そんな見るからにヤバそうな化け物だが、腰には青いエプロンを着用していて、ちょっとしたチャームポイントを持っていた。首から上がない時点で、可愛さの欠片もないが。


「見かけない顔だ。気を付けろ」


「顔はねぇけどな!」


 ドロワットが注意を促すも、返ってくるのは緊張感のない軽快な笑い声だけ。

 本当に彼は魔物の危険性を理解しているのだろうか。その能天気さには、相方としての苦労が偲ばれる。


「んでもって、顔がないなら急所はこっちだろ!」


 相方の気苦労もなんのその。いろんなものを置き去りにして、ゴーシュは一直線に駆けていく。そして、魔物の胸部を槍で突き刺した。

 しかし丈夫な筋肉が刃を通しきらず、逆に刺さったまま抜けなくなる。


「ありゃ、抜けねぇ。ドロワット~助けてくれ~!」


「馬鹿者、目を離すな!」


 戦闘の最中。迂闊にも敵に背を向けたゴーシュは、岩のように硬く大きい腕が振るわれていることに気付かず、鉄兜を脱いで剥き出しになっている頭部にその岩塊のような一撃を受ける。


 ゴンッと鈍い音がして、ゴーシュの前に割り込んだドロワットが――闇夜に煌めく銀の盾で魔物の拳を防いでいた。


「……だから気をつけろと言ったのだ」


「でも助けてくれるだろ?」


「そんなことはっ、どうでもいい! お前はお前の仕事をしろ」


「へーいへいっと」


 ドロワットが盾で魔物を押し退けて、よろめいた隙にゴーシュが腕を背中に回した。


「『縦横無尽メタルスライサー』」


 言霊と共に漆黒の渦が生まれ、何もなかった場所に諸刃の刃が現れる。彼が手にしたのは、身幅の広い長剣だ。


 体勢を整えた魔物が邪魔くさそうに胸に刺さった槍を引き抜き、再び腕を振りかぶって襲い掛かってくる。

 だが、強力な一撃が振るわれるより先に、空いた左手で柄を支えたゴーシュが得物を振り下ろした。


 一刀両断。

 首から足先まで、まるで薪割りの如く綺麗に裂けた魔物が、悲鳴をあげることなくその場に崩れ落ちる。


「へっへっ、どんなもんよ」


 得物を担ぎ直して得意げに笑うゴーシュの隣で、ドロワットは静かに瞑目している。

 なにかと対照的な二人だったが、いざというときは抜群のコンビネーションを発揮するようだ。


 魔物が蔓延る大平原に面した、最も危険な正門の門衛を任じられている二人。その実力は、同じ門番の中でも飛び抜けて高かった。

 そんな二人のことを街の人々は、『最強の砦』と呼んでいるそうだ。


「俺の剣とお前の盾があれば、勝てねぇ相手なんていねぇよな!」


「……」


「おいおいノリが悪いぜドロワット。どうした、いつにも増して辛気臭ぇ顔してよ~」


「見ろ、死骸が消えてゆく」


 顎をしゃくるドロワットに、ゴーシュが訝しみながら視線を移す。

 真っ二つに裂けた肉の断面から、黒い粒子が噴き出しているのが見て取れる。

 つまり魔物の肉体が、少しずつ粒子となって消えているのだ。 


「なんだ、こいつは……?」


「断ち切ったというのに血も出ていない。それに、まだ焼き払ってもいないというのに――」


 肉体が粒子となって消えゆく様は、まさに魔法のそれだ。

 そんな明らかに普通とは違う魔物の様子に、再び空気が張り詰める。


「まさか例の黒ローブとやらが現れないのと、なにか関係があんのか?」


「――もしかすると、もうすでに街の中にいるやもしれん」


「おいおい、それじゃあ任務は失敗ってことかよ!?」


 言いながら、十メートルを超える大きな門をドロワットが肩越しに見やる。

 一人慌てふためいているゴーシュは、街の心配をしているのか報酬の心配をしているのか。

 なんとなく察したであろうドロワットが、小さくため息を溢した。


「案ずるな。俺たちの任務は外敵の駆除だ。元より内側にいたものはどうにもならん」


「よくわかんねぇけどよ、結局ソイツは野放しなわけだろ? いいのかよ?」


「だから案ずるなと言っている。向こうは向こうで、手練れの剣客が待ち伏せているのだからな」


「おぉ、アイツか。なら大丈夫だな!」


「……全く、やはり何も聞いていなかったか」


 首を傾げるゴーシュの反応に、ドロワットが呆れて肩を落とす。

 内と外とで二重の防衛線を張るというのが作戦の概要だったはずだが、どうやらゴーシュはそれを聞いていなかったか、酒を飲んで忘れてしまったらしい。


「て~ことはよ、俺たちの任務はもう終わりか?」


「……」


「終わりだよな? じゃああとは暇だよな~」


「なんだまた将棋か。やるのは構わんが、貴様もうズルはするなよ」


「分かってるって~」


 相方のちゃらんぽらんな勤務態度に不満をこぼしながらも、なんだかんだゴーシュに甘いドロワットは、今日も彼の遊びに付き合ってあげるのだった。



 そんな二人の傍ら、両断された魔物の死骸が完全に消えてなくなっていた。



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