〈10〉
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ダンジョン探索が開始された。
……とはいっても、最初の内は僕らにする事なんてない。数百人もの中級冒険者が、下水道を通ってダンジョンに侵入していく為に、その道は掃討が完全にすんでいる。
中級冒険者は鉄扉の向こう、すなわちダンジョンのバスガル側で討伐を続け、下級冒険者は下水道の保全に力を入れ、退路を守る事になっている。
まぁ、僕らがバスガルに潜る以上、ここ数日は下水道側でのモンスターの補充はないので、下級冒険者たちも暇を持て余すだろうが……。
バスガルに突入してからも、僕らは暇だった。まずは入り口付近のモンスターの掃討を中級冒険者が担い、物資を運び入れ、長期探索の橋頭保とする必要がある為だ。中級冒険者のうち、七級冒険者は、この物資の集積所の付近を警戒しつつ、モンスターが出現すればそれを掃討し、周囲と情報共有を図る。
これに不備が生じると、七級から八級に落とされ、しばらくは中級にあがれなくなるらしいので、ガラの悪い七級冒険者たちも真面目に働く。それくらい、中級冒険者と下級冒険者とでは、稼ぎに差が生じるようだ。
その先も、六級、五級と、中級冒険者の質に応じてダンジョンの奥に派遣されるが、こちらはまだまだ出番待ちの段階らしい。彼らの役目もまた、先行組――【雷神の力帯】プラスαの退路の確保である。
いつぞやのように、不測の事態が起こった際にも、後続がいてくれれば援軍や撤退支援など、助力が期待できる戦力が近くにいるのは頼もしい。
そんなわけで、僕らはバスガルのダンジョンの入り口付近でたむろしつつ、暇を潰している。今頃は、中級冒険者が躍起になって、モンスターを狩っているところだろう。モンスターの魔石は、それだけで生活を賄おうとすれば、中級冒険者にとっては単価が安すぎる。
石油や石炭と違って、採掘で得られるものではなく、いちいちモンスターを倒さないと手に入らないという点で、意外と生産力が低いのだ。ダンジョン外だと剥ぎ取りまでしないと手に入らないのだから、採取効率はさらに下がる。為政者が、倒すだけで魔石を残してくれるダンジョンを、魔石の生産工場にしたがる理由もわからなくはないと思えてくる。気分は悪いが。
そんな中級冒険者にとって、魔石というのはそれだけをたつきの道とするには頼りないが、小遣い稼ぎと考えればいい額になるという事らしい。
「それではショーン君。君は既に一通りの、魔力の理についての知識があるようだが、吾輩に教えを乞うたからには一から教えていこうと思う。異存はあるかな?」
「いえ、ありません。お願いします、先生」
「……なぜ私まで……」
そんな暇を持て余した僕らがなにをしているのかというと、ダゴベルダ氏に魔力の理に関する教示を受けているところだ。杖を新調したのも、元を質せばダゴベルダ氏の進言があったればこそだ。その杖を新調したついでに、グラ以外の先生からも教えを受け、多角的な知見を得ようと思ったわけだ。
僕ら二人を前にしたダゴベルダ氏は、なにかを思案するようにローブの奥に隠れた顔をダンジョンの天井へと向ける。僕らもつられてそちらを見るが、そこには相変わらず、ゴツゴツとした岩肌と、赤く不気味なヒカリゴケがあるだけだ。
なお、一時的に拠点となっているこの場所には、十分な照明も用意されている為、以前のように薄暗くはない。
「そうよな……。では、まずは簡単な確認からいこうか。ショーン君とそこな娘っ子がどこまで学んでおるのか、吾輩は知らぬでな。手探りでいこう」
「ふん……。拍子抜けさせないで欲しいものですね」
ダゴベルダ氏の言葉に、グラが不機嫌そうに応えた。たしかに、グラの魔力の理に関する知識は、ダンジョンコアの基礎知識で共有されたものであり、かなり高度な代物だ。もしかしたらそれは、ダゴベルダ氏の有する知識よりも、高度なものなのかも知れない。だが、そういう事ではない。
グラが不機嫌なのは、人間から教えを受けるというこの形式が非常に不満なのだ。だが同時に、人間の中でも知恵者であるダゴベルダ氏の持つ知識は、恐らくは人間社会における最高水準のものである。そういった知識に触れられる機会というものは、欲したところでなかなか得られるものではない。
人間たちの魔力の理に対する理解、応用としての【魔術】のレベル、最先端の知識、それらに触れるというのは、ダンジョンコアにとっては有益を通り越した、強い戦略的な意味を持つ行為なのだ。
「ふむ。では娘っ子。まずは貴様に問おう。【理】と【術式】の違いとはなんぞや?」
「ふん。本当に基礎的な問題ですね。【理】とはすなわち、魔導の原型。モンスターなどの、【魔法】を用いる生物の肉体に刻まれている、原始的で有機的な【魔導器官】に由来する文様の事です。そして【術式】とは、そんな【理】から魔術的な意味を抽出し、我々にとって使いやすいように成形し直した【魔術式】の事です。ただし、本来【理】と【術式】を分けて考えるのはナンセンスです。なぜなら、大きなくくりで考えれば【術式】というのは【理】の範疇に含まれるからです」
そうなんだよねえ。僕もついつい、そこら辺は混同しちゃう。それでも、厳密に分けるなら普段僕らが使う【魔術】に使われているのは、原始的な【理】ではなく、より改良を重ねられた【術式】なのだ。
「ふむ。どうやら教本を丸暗記して、知者を気取るにわかとは違うようだの。結構。ではショーン君、【魔法】と【魔術】との違いはなにかな?」
あ、良かった。僕にはかなり簡単な質問がきた。
● ○ ●
「はい。【魔法】というのは、モンスターやその他の生物が、生まれつき使える超常現象の事です。その根源となっているのは、そういった生物が持つ【魔導器官】であり、【魔術】というのはそれを模倣して、【魔導器官】を持たない者にも超常現象を起こせるようにしたものです」
「うむ。概ねその通り。よろしい」
ダゴベルダ氏が頷くと、僕はついついホッと胸を撫でおろす。学校で先生に質問されているのと、同じ気分である。
「【魔法】というものは、ある意味においては魔力の理の原型とも呼べるものだ。すべては【魔法】より始まったといっても過言ではない。しかしながら、そういった【魔法】に用いられる理はひどく原始的かつ、複雑怪奇である。まぁ、生物の生体器官である以上、当然ではある。いまだ、【魔導器官】を完全に理解する事など、我ら小人には能わず、魔導術の分野はまだまだ発展の途上にある」
「具体的には、このような感じですね」
ダゴベルダ氏の言葉を引き継ぐように、グラは左手のうえに原始的な【理】を、右手のうえに【術式】を描いてみせる。本来は、魔力を可視化できる程光らせる意味はまるでなく、むしろ余計に魔力を消費し、相手に手の内を知らせるようなものだ。だが、こうして教えを授けるときには理解を深めるのに便利なので、グラはよくこうして【魔術】を教えてくれる。
グラの左手には、複雑な模様が描かれ、そのどれもが画一的な直線や曲線ではなく、生物の血管や細胞のような、細かく複雑なものである。真似をするなら、丸写しでもしないと無理だろうし、それで上手く模写できるかもわからない。
対して右手には、かなり単純な幾何学模様が描かれている。その意味は、僕にも理解できる。なにせ、僕も良く使う幻術の一つなのだ。十分に勉強したし、何度も手のひらのうえで描いた自家薬籠中のものだ。
「ほぅ。やはり其方はなかなかの魔術師のようだ。よくもまぁ、理の原型などを覚え、手本も見ずに模倣などできるものだ。昨今は、術式が広まりすぎて、理のなんたるかをまったく学ばん、似非魔術師も多いというのに」
「【魔術】を研究するならば、当然の事でしょう。原型から削ってしまった、魔術的な意味があるかも知れないのに、術式ばかりを見るなど愚の骨頂です」
「うむ。至言であるな」
感心するダゴベルダ氏に対し、ツンと澄ましたグラが言い捨てる。だが、ダゴベルダ氏は気分を害するどころか、むしろ上機嫌に頷いていた。
「いや、吾輩は魔力の理に関しては、専門ではない。あくまでも齧っているだけだ。ややもすれば、其方よりも造詣は浅いかも知れぬ。娘っ子、其方名はなんという?」
「……グラです」
「覚えておこう、グラ君。さて、話を戻そうか」
そう言ってダゴベルダ氏は咳払いをしてから、話を続ける。
「【魔術】を行使する際に重要なのが、いま述べた【理】に属する、いわば魔術の設計図であり、それに魔力を流す事により【魔術】という超常現象が発生する。ここまではよいかね?」
「はい」
「本当に基礎中の基礎ですね。いろはから教えていくには、時間が足りないと思いますが?」
素直に返事をする僕とは違い、グラの方はダゴベルダ氏の講義のレベルに文句をつける。いやまぁ、それは僕も思ったけどね。
流石に、僕が生まれて一週間以内に習った事を、ここで復習しているようでは、この世界の最高水準まで何年かかるのかという話になる。いまの僕は睡眠だって必要なのだ。
だが、そんな文句にもダゴベルダ氏は動じた様子を見せず、落ち着いた調子で反論する。
「基礎というのは重要である。それができておらぬ者に、教えを授けるなど無意味であろう」
「それはそうですが、私も、そしてショーンも、そのような当然の知識は既に修得しております。業腹ではありますが、あなたに教えを乞うたのは、我らの知らぬ知識があなたにあるかも知れないと思ったからです。それが、研究の一助となる可能性があったからです。基礎を学び直すだけなら、我が家でも可能なのです。わざわざ他者からご高説を賜る必要などないのです」
そう放言したグラ。その態度は、まるで反抗期の中学生が「授業で教えられる事なんて、塾でもう習ったところばかりです!」とでも言っているようであり、なんというか、身内としては非常に居たたまれない。
残念ながら、そして当然ながら、グラの対人能力は、そのくらいの低さなのである。周囲から煙たがられ、距離をおかれるレベルの事を、平気でやってしまう。
しかし、そんなグラに対し、ダゴベルダ氏は意外な程寛容に、ゆっくりと噛んで含めるように教え諭していく。まるで、何年も教鞭をとってきたベテラン教師のような風格だ。
「なるほど、グラ君の言はもっともである。しかしな、其方らは自らのレベルを知っていようが、吾輩はそれを知らぬ。基礎を疎かにする愚物かも知れぬし、基礎しか知らぬ素人かも知れぬ。それを一つ一つ確認してゆかねば、吾輩とてなにをどう教えていいのかわからぬよ」
「む、むぅ……」
「グラ君は己の知識に自信があるのであろう。しかしながら、それに不備がないとも思っておらぬし、向上心もあるのであろう。だからこそ、吾輩の質問にも答えるし、話が一区切りつくまでは文句も言わなんだ。その姿勢は、実に好ましくある」
「…………」
ついには押し黙り、恐々とダゴベルダ氏を窺うグラ。彼の言葉の裏や意図を図りかねているのだろうが、たぶんそんな彼女の態度も、ダゴベルダ氏の手のひらのうえだと思う。
「とはいえ、基礎がしっかりとできている事はわかった。ここからは、少し駆け足でいこうぞ。『いろは』ができておるなら、文法や単語の知識量などは、おまけに過ぎん。わからねば、都度都度聞いてくれば良い」
ダゴベルダ氏はそう言うと、呵々と笑いなら魔力の理に関する講義を進める。そこからは本当に駆け足で、僕らはその日のうちに、例えるなら中学、高校程度の魔力の理に関するおさらいを終えたのだった。
それは基礎とはいえ、人間社会に浸透した【魔術】の高等知識であり、グラも一言も文句を言わず、ときには質問をしながら時間を過ごした。
僕としても、櫛の歯が欠けたように零れていた知識を復習できたのはありがたかった。凡人を自覚している僕は、こうしてこまめに復習をしないと、一定以上の知識を保持するのも一苦労である。
● ○ ●
翌日、翌々日と、僕らは拠点で待機しつつ、探索先のモンスターの掃討を待った。正直、まだ入り口にも近いし、一回自分たちのダンジョンに戻っておきたい気持ちもあった。だがグラと相談して、いまはとりあえず人間たちがどうやってダンジョンを攻略するのか、見ておこうという結論に至った。
そして、ダゴベルダ氏の講義は続いていたのだが、既に僕のような凡人の理解はとうに超えて、いまはもうグラとダゴベルダ氏との高度な【魔術】研究の様相を呈してきている。
「ですから、属性術における【属性】という考え方が、人間の先入観に強く影響され、視野狭窄に陥っているという見方は否めないのです」
「しかしな……、流石に【命の属性】や【肉の属性】という考え方は突飛であろう?」
「その属性を定義付けできるなら、一部のモンスターが有する、自己治癒という能力を魔術的に模倣する事ができます」
「それは生命力の理によるものだろう? それはもはや、回復術や神聖術の範疇である」
「その考えは安易だと言わざるを得ません。知っての通り、生命力の理というのは非常に燃費の悪いものです。長時間、あるいは複数回用いるのであれば、生命力より効率のいいエネルギーたる、魔力を用いるべきでしょう。件のモンスターらが有する、恒常的な回復能力には、魔力の方が適しており、私はあれを魔力の理であると仮定し――」
「ふむ、興味深い。しかし、それは確認が非常に困難であろう。元となる【魔導器官】の発見から――」
「ですから、まずはそういったモンスターがこれまでに、ダンジョンで残した魔力の濃い部分から――」
「なるほど。そこから【魔導器官】を模索するのであるな。それならば、たしかに成算の高いアプローチといえる。しかし、それらはとうに研究されきって――」
「いいえ。必ずや、見落としがあるはずです。既に削ってしまった魔術的要素から、恒常的な回復の可能性を――」
「面白いが、それが属性術で再現のできる理であるとは――」
「ですから――」
「必ずしも――」
「あるいは――」
「面白い――」
もはや彼らの会話は、僕にはなにを言っているのかわからない事の方が多い。
とはいえ、僕はそんな二人を見るのは嫌いじゃない。なぜなら、どうやらグラも、ダゴベルダ氏には慣れたようで、お互いにお互いを忌避する事なく、軽侮する事もなく、考えを述べ合っている。
まるでコミュ障の姉に、初めて友人ができたのを見ているような感慨を覚える。まぁ、実際は友人というには、かなりお互いにお互いの知識を求めているような、即物的な関係なのだが……。
「あいつら、また小難しい話してんの?」
そんな二人を見ていた僕の背後から、そんな声がかけられた。そこにいたのは、銀髪の爆乳褐色美女こと、シッケスさんだ。当然ながら、ダンジョン内において彼女は、以前のような挑発的な服装はしておらず、ましてやウチの使用人たちが着るお仕着せでもない。
以前と同じ格好なのは、精々がそのパイロットキャップのような兜と、ファー付きのジャケットくらいだ。どうやらこの二つは特別な防具らしく、マジックアイテムの類のようだ。
たしか兜の方は、鉢金のように帽子の正面についている金属板が、マジックアイテムだという事だ。それも、正面に光を発するタイプのもので、要はヘッドライトである。まぁ、実用的ではある。
それ以外の装備も実用一辺倒で、所々金属で補強された革鎧や、つま先に鉄板の入った編み上げのブーツなど、まさに冒険者といった出で立ちであり、露出度という点ではほぼ〇といった具合だ。
とはいえ、その豊満な体付きは地味な装いになったところで隠せるものではなく、彼女を見る冒険者たちの視線には、隠しきれない欲望がたぎっていた。
彼女はまるで、まったく違う世界の言葉で話し合う人間を見るかのような目で、ダゴベルダ氏とグラを見つめながら、僕に話しかけてきた。
「こんなとこまできて、なぁにが楽しいんだか。あんたはもう、あっちのお仲間に入んなくていいの?」
「もう、僕に入れるような話じゃなくなっていましてね。幻術についてならまだついていけるでしょうが、それ以外はもうなにを言っているのかすらわからない有り様ですよ」
「こっちからしたら、最初から最後までわけわかんねーけどね。なんにしろ、ダンジョンまできてお勉強なんて、勘弁してくれって感じよ」
夕食の皿に嫌いな野菜でも見付けたような顔で吐き捨てるシッケスさんに、僕は訊ねる。
「お勉強は嫌いですか?」
「当然だろ? あんたは嫌いじゃないの?」
シッケスさんの質問に、僕は少し考えこんでしまう。
僕は地球では高校生だった。つまり、僕の人生はほとんど勉強しかしてこなかったといっていい。好きか嫌いかで言えば、たぶん嫌いだっただろう。
だがしかし、この世界に生まれてから、僕はどこか、勉強を現実逃避の手段としていたように思う。辛い現実から目を逸らし、それらを考えない為に、頭を知識でいっぱいにするのが、日々常態化していたようにも思う。
実際、魔術関連の勉強は、やってて楽しいものだったし、かなりストレスの軽減になったと思う。
「――嫌い、じゃあないですね」
総合的に、いまの自分の心情を分析すれば、僕は勉強が嫌いではない。むしろ好きな部類だろう。少なくとも、才能のない戦闘訓練なんかよりも、はるかに。
いまはむしろ、日本に戻って勉強し直したいとすら思っている。特に、元素の周期表をもう一度丸暗記したい。あ、あと各物質の主な用途と性質と化学式。
英単語とか文法とかと、そっちの知識をコンバートして欲しい。なんなら世界史や日本史も……、いやこういう知識は、こっちでもそれなりに役立ちそうか……。でも、こういうときばかりは、文系の自分の頭が嫌になる。
「ま、あんたらみたいに、お勉強が好きな連中には、こっちの気持ちなんて、わかんねーでしょうけど」
「いや、そこそこわかるつもりですよ」
「へぇ、そう。って、あんたいったいいくつなのさ? 小人とか妖精じゃなく、普通の人間なんだよね?」
おっと。あんまりその辺を詮索されたくはない。適当にごまかしておくか。
「見ての通り、ただの凡夫です。だから師匠に教えを受けているときは、普通にお勉強嫌いでしたよ。独り立ちしてから、もっと勉強しておけば、と思う事しきりではありますが」
「へぇ。まぁでも、そんな歳で独り立ちできるくらいだから、あんただって優秀だったんでしょ。それに凡夫ってのもねぇ。あんたあの町じゃ、ちょっとした有名人らしいじゃん。なんだっけ? 白昼夢の小悪魔、だったか? ははっ」
「……」
いつの間にやら、この人にも知られてるのか……。僕の場合、二つ名っていうより、ただの蔭口の類なんだよな、それ。信仰心の強い世界だと、小悪魔っていうのは普通に悪口だし。
それにしても、仲良くなるのはいいんだけど、あんまりダゴベルダ氏に手の内を明かしたらダメだって、グラに注意はしておこうかな。
「そぉいや、これ、ありがとね」
そう言って、シッケスさんはパイロットキャップの耳当てをめくってみせる。そこには、サラサラと流れる銀糸の髪と、彼女の健康的な褐色肌の間に、キラキラと黄金の輝きが混ざっている。
彼女の、後ろに伸びた笹穂耳にはいま、金製のイヤーカフが取り付けられている。それを作ったのが、誰あろう僕だったりする。当然、ただのアクセサリーではなく、装具――マジックアイテムである。施されているのは、【霧中】の幻術である。
そういえば、同じ術式を刻んだインバネスは、使い勝手が悪くてあまり使ってないな。装備と接触しやすいコートなんかを、マジックアイテムになんてしない方がいいという教訓にはなったが、ちょっと勿体なかったかも知れない。なんなら、売り払おうか。
「いえいえ、今回の件は誰にとっても、急務ですから。お役に立てたなら幸いです」
今回のダンジョン探索は、表向きには彼ら【雷神の力帯】の要請を受けて、僕らが出張った形ではある。だがしかし、既に彼らの仲間であるフェイヴやフォーンさんは知っている通り、このダンジョンが広がる事は、表向きにも実際的にも、僕らにとって害がある事なのだ。
最大限、彼らの攻略をサポートするのは、僕らにとっても利のある事だ。
「フォーン姉さんが愛用している、なんだかいうあのゴツい指輪も、あんたの作なんだろ? あんた、魔導術にも長けてんの?」
「まぁ、手遊び程度には……。それと、いまフォーンさんが使っている、装飾のある【鉄幻爪】はグラの作ですよ。僕のはもっとこう、実用一辺倒な護身用具です」
魔導術というのは、一般的には魔力の理を利用して、物を作る技術だと思われている。その実は、先日ダゴベルダ氏の話にも出た【理】を解析し、そこから魔術的な意味を抽出し、用途に適した【術式】に成形する技術である。
【魔術】とは魔導術の事である、なんて言われるくらい、結構どの【魔術】にも通底する分野だ。なので、魔術師で魔導術を知らない者というのは、理解の程度の差はあれ、まずいない。
「シッケスさんは、今回の探索で戦闘をしましたか?」
「いんや。まだまだこっちの出番はないね。こっちとしても、できればこれを使ってみて、使い心地を確かめたくはあるんだけれどねえ」
「そうですか。まぁ、中級冒険者たちの小遣い稼ぎの邪魔は良くないですからね」
「んま、そーだなぁ」
クヒヒと笑うシッケスさんに、僕も笑みを返す。どちらにせよ、いずれは僕らも戦わねばならない。だとするなら、ここで焦って戦闘に赴くのは、徒労でしかない。
「そういえば僕、最近フェイヴさんやフォーンさんを見ないんですけど、あの人たちは元気なんですか?」
「ああ、フェイヴとフォーン姉さんは、いまがまさに出番だからね。むしろ、ここから先はあんまり出番がなくなる。でも、重要な役目なんだぜ?」
「ああ、なるほど」
僕の中では、ダンジョンの中でも立派に戦う二人が印象的だから忘れていたが、彼らはそういえば、名うての斥候だった。すなわちその役目は、こういう状況における、安全な道筋の探索だ。
おっしゃる通り、いまがまさに出番なのだろう。本格的にダンジョンの攻略に動き出せば、メインは戦闘になるだろうから、ここから先に出番が少なくなるという言にも頷ける。
「そぉいやさ、なんだっけ? ナントカ仮説っていうのは、どうなったの? なにかわかった?」
「いえ。ここで議論しても、空理空論ですからね。実際問題、少し調べてみたくはあるのですが、いつ招集がかかるかわからない身ですから、あまり勝手をするのも……」
「でも、今回の探索が早まったのって、そのナントカ仮説があったからでしょ? だったら、その確認は最優先じゃねーの?」
「そうなんでしょうか……?」
だとしたら、僕ら姉弟とダゴベルダ氏が暇を持て余しているという状況は、いささかまずいのかも知れない。
「正直に言うと、僕らはダンジョン探索そのものが初心者で、攻略ともなると完全に門外漢です。あまり勝手な真似はできません」
「だからってなぁ……。セイブンも、せめてなんか指示してやればいいのに……」
そうは言っても、彼は彼で大変だろう。数百人の中級冒険者たちの采配を振るって差配しているのだ。なにより、たぶんあの人的には、そんな仮説はこのダンジョンを討伐してしまえば、杞憂で終わるという考えなんだと思う。
じゃなければ、もっと悠長に僕らに調査依頼という形で、こんな大規模な攻略計画をいきなり早めたりはしなかったんじゃないかと思うのだ。
とはいえ……、やはり【貪食仮説】については、僕も気になる。もしそんな事が可能になったのだとすれば、ダンジョンにとっては大きなパラダイムシフトになりかねない。もしも、例の一層ダンジョンのダンジョンコアがそんな方法を思い付き、なんらかの理由でバスガルもそれを知り、同じように動いているのだとすれば、相手はアルタンの町に住まう数万、下手をすると十万に届くかもしれない住人を糧にできるという事だ。
そんな相手と、まともに相対なんてできるはずがない。こちとら、一〇〇人一〇〇〇人程度のDP規模なのだ。彼我の生命力量に、覆しようのない差が生じてしまう。
「シッケスさん、もしよろしければ、調査に同行していただけませんか?」
「調査?」
「ええ。といっても、なにかがわかるだなんて保証は、まったくありませんが……」
なにか劇的な発見があって、【貪食仮説】の是非が判明するだなんて期待されても、ちょっと困る。ぶっちゃけ、この仮説を証明する方法というものが、僕にはさっぱりわからない。
もし本当に、わかればいいな、程度の期待で行う調査だと思って欲しい。
「へぇ、いいじゃん。こっちもちょっと、退屈していたところさ。ついでに、ィエイトも連れてこう。こっちだけじゃ、あんたら放って怪我されかねないしぃ」
僕の提案に、獰猛な笑みを湛えて答えるシッケスさん。どうやら、本当に退屈していたらしい。ただ、その内容は正直勘弁して欲しい。以前、このダンジョンで死んだ身としては、洒落にならない。
「では、そのように。僕は姉とダゴベルダ氏に話を通しておきましょう」
二人とも、たぶん調査には乗り気になってくれると思うし。
「んじゃ、こっちはィエイトと、ついでにセイブンにも話をしておくよ」
「お願いします」
セイブンさんにも、あまり期待しないように申し添えてもらおう。真相は、まずわからないだろうから……。
そんなわけで、僕らは明日、中級冒険者が掃討している範囲内で、調査を行う事になった。
● ○ ●
「グリマルキン! グリマルキンよ!!」
我の呼びかけに、沈黙していたゴーレムの顔が動く。どうやらようやく、こちらの声が届いたらしい。
「……どうしたんだいバスガル? 君からこちらに呼びかけてくるなんて、珍しいじゃないか」
「人間どもが襲撃をかけてきおった。それも、散発的なものではなく、ある程度以上の実力者を数百人規模で送り込んできた、本格的な《《攻略》》である!!」
「へぇ。思ったよりも早かったね。といっても、だからといって慌てなくてもいいんじゃない? 本格的な攻略っていったって、人間のやり方だと中規模ダンジョンを攻略するのに何ヶ月もかける。ハッキリ言って、それじゃあ遅すぎだ。君はもう、あと半月もすればアルタンの町を呑み込んで、大規模ダンジョンに至る。そうなれば、半分しか揃っていない【雷神の力帯】なんて、相手にもならないよ」
まるで、すべて想定済みとでも言わんばかりのゴーレムの声音に、ややムッとするものを覚えた。一級冒険者パーティとやらを心配せずとも良いのなら、初めからそう伝えておけといいたい。
だが、そんな余裕綽々のゴーレムの声音も、次に我が伝えた言葉には、驚愕が混じる事になる。
「それなのだが、人間どもに混じって、向こうのダンジョンの先兵と、ついでにダンジョンコアもいるのだ」
「なんだって!?」
「先兵は、以前にもこちらに侵入してきたものと同じ種類のモンスターであろう。反応が近い。だが、ダンジョンコアが人間に混じっているのも、それがこのタイミングで攻めてきたのも、実に不可解よ」
「なるほど……。君が連絡を寄越してきたのは、そっちが理由か……」
「うむ。よもや、ダンジョンコアが人間と一緒に攻めてくるとは思わなんだ。まさか彼の者は、誇り高きダンジョンコアでありながら、人間どもに迎合し、同胞を討たんとしておるのか!?」
我は憤りも露に、吠え問うた。
ダンジョンコアとして、それは到底看過されざる話だ。たとえ、同じダンジョンコアとの戦いに身を晒し、勝機の見えぬ状況おかれようとも、地上生命どもに助けを乞うなど、あまりにも愚劣。地中生命としての誇りがあるなら、絶対に犯さぬ愚行だ。
もしも敵方がそれをするというのであれば、我はもはや一切の容赦なく、万難を排して裏切り者を殺す。人間どもへの対処も、超プレート級ダンジョンへ至る為の仕掛けも、いまだけは関係ない。
そう決意したところに、鈍色のゴーレムから掣肘が入る。
「いやいや、そう決めつけるのは早計さ。まぁ、そういった例がないわけじゃないけど……」
「そうなのか!?」
我は驚き問い返す。まさか、同胞の中にそうも裏切り者が生まれようとは。にわかには信じられぬ話だ。
同じダンジョンコアに討たれるのであれば、その死はダンジョンコアという種の糧となる。地上生命輩に討たれるよりも、種の為になる。
そも、我らは惑星のコア付近においては、争い合うが宿業。然れど、その闘争の果てに勝者は神へと至り、この惑星を支配する。我らダンジョンコア同士の闘争は、すべてがダンジョンコアという種全体にとって、益となるのだ。
然れど、地上生命どもに討たれるという事は、そうではない。我らの溜め込んだ生命力はすべて奪われ、ダンジョンコアの骸すらも奪われ、加工され、我ら同族を攻撃する為に使われる。
このような地上生命に迎合しよう輩が、早々おるわけもないと思っておったが、ゴーレムは我の考えを否定する。
「以前、二回だけそんな事があったよ。いや、一回目のときは、私も詳しく知っているわけじゃないんだけどさ。なにせ、とっても古い話だ。基礎知識からも削除された、忌まわしい記憶ってヤツだね」
「そんなものがあるのか……?」
基礎知識は、ダンジョンコアにとって必要だと思われる知識を共有する手段だ。浅いダンジョンコアは弱く、脆い。独立独歩の気風が強いダンジョンコアが、そのような浅いダンジョンコアの面倒を見るなど、現実的ではない。
しかし、浅いダンジョンを根切りにされては、種の存続も覚束ない。それ故に編み出されたのが、基礎知識だ。これは【神聖術】に近い理であり、多くのダンジョンコアが共有している情報を、一種の信仰として記録し、他の同族にフィードバックする代物である。
「よもや、歴史のような情報が、後から削除されるような事があろうとは……。下手をすれば、復元が不可能になるのではないか? どのようなものであろうとも、事実は事実として、残しておくべきではないかと思うのだが……」
我が自信なさげにそう述べると、鈍色のゴーレムもその意見を支持するように頷いた。しかし直後に、その意見を翻すように、くるくると首を左右に振る。
「まったくもってその通りではあるんだけれどねえ……。私たちダンジョンコアは、寿命という概念がない生き物であるが故か、己の死というものを忌避する意思が弱い。そして、たとえ自らの命が潰えようとも、誰かが惑星のコアへと至るのであれば、それでいいと考える傾向が強い」
「うむ。そうであるな。我もまたそう考えておる」
「そうだね。バスガルはまさに、そういった標準的なダンジョンコアの考え方に近い思想の者だ。だったら君にもわかるんじゃないかな?」
そこでゴーレムは、勿体ぶるように言葉を溜め、こちらの反応を窺うように仰ぎ見る。そしてなにかを確信しているような口振りで、続きを口にした。
「【確実に神に至れる方法】があるとしたら、その誘惑に抗うのは難しい。例えその方法に危険が伴おうとも、犠牲が伴おうとも、手を出してしまうダンジョンコアは必ず現れる。浅《若》いダンジョンコアであるなら、なおさらだ」
「む、むぅ……。それはたしかに……。しかし、もしもそのような方法があるのであれば、多少の危険や犠牲は甘受すべきなのではあるまいか? ダンジョンコアのいずれかが、確実に神に至れるのであろう?」
「そうだね。理論上は、確実に誰かが神に至れる。しかしながら、これは私が生まれるはるか昔、いまから数えても数千年という途方もない昔に考案された方法で、そしていまだに神に至ったダンジョンコアは皆無だ。つい一〇〇年くらい前に、真似をしようとした者が現れるまで、誰も真似をしようとはしなかった。つまりは、そういう事さ」
その言葉を聞き、我は失望も露に嘆息する。室内には、我の体から失われた興味を表すように轟々と火炎が荒れ狂い、ゴーレムの体表もてらてらと緋色が反射する。
「つまりは、机上の空論であったという事であろう。下らん」
「いやいや、蓋然性のある方法として、その案は実に魅力的なものだった。だからこそ、一度ならずも二度も試みられたんだしね。問題は、その計画には人間を組み込まないといけないという点であり、その人間というファクターこそが、この二度に渡って試みられた計画が頓挫した原因なのさ。一種のアクシデントといっていいが、インシデントの段階で対処する事は、十分に可能に思えるという、非常に危うさを秘めた計画なんだよ」
「ふむ……。つまり?」
「《《人間に裏切られたから》》、《《その計画は上手くいかなかった》》。二度ともね」
「……なるほどな」
計画に必須の人間という要素が、我らダンジョンコアに敵対する存在である。そんなものはやはり、机上の空論と呼ばざるを得ないのではないか……? 詳しくは知らぬからこそ、我はやはりそう思う。
「さて、プレートを超えていないダンジョンに語れるのはここまで。ここから先の話は、この計画が上手くいってから教えよう。問題は、ダンジョンコアでありながら、人間に協力した者は、以前にもいたという点だ」
「そう、それよ! 敵方は、人間と協力してダンジョンコアに対抗しておる、痴れ者ではあるまいか?」
「さっきも言ったけど、早合点するのは良くない。判断は、もう少し情報を集めてから下そう。私的にはたぶん、二度も例の手駒を失わない為に、ダンジョンコアが直接引率しているんじゃあないかなぁと、思うわけだよ」
むぅ……。それはたしかに……。
以前倒した向こうの手駒は、生命力の量ではギギ系統よりもはるかに多かった。一体で、小規模なダンジョンと同等の生命力を秘めていたといっていい。とても、小規模ダンジョンの手勢だとは思えないような質のモンスターだった。
あんなものが生まれたてのダンジョンに、二体も三体もいると考える方が、無理のある考えよ。だとすれば、いま連れてきたそれこそが、最後の切り札であろう。手厚く守りを固めるのも、頷ける話だ。
雑多な兵を送ってこちらの手の内を探ろうとすれば、確実に消耗戦になる。そうなれば、生まれたての浅いダンジョンコアに勝機などない。そういった雑兵をあしらえる強兵を、斥候として放ちつつ、自らも前線にでてその手駒を守る。危険を恐れず、自ら前線にでてくるを厭わぬとは、なかなかに豪気。
「しかし、ダンジョンコアとしては、いささか……」
ダンジョンコアの本分とは、手勢を指揮し、ダンジョンを構築し、その威容をもって敵を呑み込む事こそ至上。一騎駆けを任せる立場であり、するべきではない。
「まぁぶっちゃけ、こちらの動きがなさ過ぎたんだろうね。そりゃあ、開戦から何日も経っているのに、ろくに先兵すら送らないで、ダラダラと時間だけが過ぎていけば、向こうだって焦れるよ。ただでさえ不利なんだから、普通に考えれば自分たちに有利な、自分のダンジョンで迎え撃とうと構えてただろうしね」
「……たしかに」
つまり、本来であれば敵方は、ダンジョンコアの本分を全うしようとしていたのに、我がまったく兵を動かさないから、様子を見にきたという事なのか。たしかに、あり得る話よ。
「そして、ダンジョン攻略である程度の功績を立てれば、改めて人間社会に深く手駒を送り込めるという算段もあるんだろう。ま、私も割とよくやるよ。自分は貢献しているフリをしつつ、人間どもを仲違いさせて計画そのものは失敗させるんだ」
「なるほど……。なかなか良い手よな……」
侵入したダンジョンには生命力を与えつつ、ダンジョンの攻略そのものは失敗させ、ついでに人間社会に深く潜り込み、情報を得る。一挙動で三つの得を得る、なかなかの良作。まぁ、かといって我の手駒でそれが再現できるかと言われれば、まず無理だろうがな。
怪しまれたり、下手に介入して事が露見したら、手打ちにされる可能性もある。そうなれば、せっかくの生命力も台無しだ。
常々考えていたが、いま我らと敵対しているダンジョンコアと、このゴーレムの向こうにいるグリマルキンとは、なかなか思考が近いのではないか? もしかすれば、同種のダンジョンコアという可能性もあり得る。
鈍色のゴーレムを眺めつつそんな事を考えていたところ、そのゴーレムは体を軋ませて我を仰ぎ見つつ、問いかけてきた。
「それで? 君はその侵入者たちをどうするんだい?」
そう問われて、我も考える。即座に討たんと憤っていた思いは鎮火したものの、それでも危惧は完全には拭い去れておらぬ。また、我らはいまだ、敵対関係である事は変わらない。
まずは、敵の様子を窺う他あるまい。この者も言っておった、情報収集だ。向こうがどの程度本気であるのかも、それで知れるであろう。
「まずは、そこそこの兵を差し向けよう。それを率先して討つようであれば、要注意ぞ」
「なるほどねえ。私もしばらくは、君とそのダンジョンコアとの関係がどうなるか、観察させてもらうよ」
我は「勝手にせよ」と吐き捨て、敵方に差し向けるモンスターを生み出す。
さて、敵はダンジョンコアに仇成す輩か否か、見極めさせてもらおうぞ……。
● ○ ●
こっちは探索の準備をしつつ、ショーンという名の少年を盗み見た。
やけにセイブンが気にしており、フェイヴとも親しく付き合っているという、魔術師にして駆け出しの学者の少年。
駆け出しの学者ってなんだよ。それって普通、学徒じゃねえのかよとも思ったが、実際に目の当たりにすれば、なるほど駆け出しで、学者志望の人間というのはこういうものかと、納得してしまうところがあった。どちらかといえば、在野の研究者といった風情だ。
異名は、白昼夢の小悪魔。なんでも、敵対していたチンピラ集団を、数百人ぶち殺し、圧倒的な武威を見せ付ける形で相手を黙らせた猛者らしい。
だが、こうしてみている限りにおいちゃあ、どこにでもいそうな、ただの子供って感じだ。
「おーっす、シッケスちゃんおひさっす」
持っていく荷物を整理していたところ、間延びした声がかかる。振り返ればそこには、相変わらず胡散臭そうな細目のフェイヴが、へらへらとこちらに手を振っているのが見えた。
「フェイヴじゃん。おひさ~」
まぁ、久しぶりといっても、精々三日ぶりといったところだ。このダンジョンにもぐってからというもの、フェイヴもフォーン姉さんも、忙しそうにあちこち調べて回っている。特に、こっちたちの進む道になにか仕掛けられてないかを、入念に調べているようだ。
「はぁ、もうホント、ここんところセイブンのせいでクタクタっすよ。焦ってんだかなんなんだか、普段の慎重さが感じられねえっすね」
「まぁ、それだけドンチャラ仮説ってのがヤベぇって事っしょ?」
「ぶはっ! なんすか、ドンチャラって。貪食っすよ、貪食」
「貪食ってなによ?」
「……それは知らねっす」
こっちの無知を笑ってたくせに、自分も貪食の意味を知らなかったフェイヴは、誤魔化すように明後日の方を向いた。こいつはこういうところがある。ある意味、ィエイトに近いタイプのバカだ。
「まぁ、たしかにホントだったらヤベぇとは、こっちも思うけどね……」
だけど、正直なところ、こっちはこの仮説に否定的な立場だ。なにより、進行方向上の町や村をダンジョンが食らうというその仮説が本当なら、アルタンの一部はとっくに呑み込まれていなければおかしい。だが、こっちのそんな考えを、フェイヴはまたも笑い飛ばす。
「ハッハッハッ! たしかにダンジョンの主がシッケスちゃんくらい単純だったら、そうしてたかも知れねえっすね。でも、ンな事したら、俺っちたちはもっと早くに本気でこのダンジョンを狩りに動いていたっすし、国もワンリーやサリーさんの予定を中断してでも、こっちに派遣したっすよ」
「……つまり、ダンジョンの主はそれを恐れて、地上の村や町をこれまで見逃してた、と?」
「その可能性があるから、セイブンもショーンさんも、んで、なんとかいうお偉い学者先生も、こんなに大急ぎでダンジョンに這入ってきたんしょ?」
なるほど。そういえば、そのナントカ先生も言っていたっけ。『あると思えばあるとしか考えず、ないと思えば頭から否定してかかる』だっけ? たしかに、こっちはこれまで、ないと思って頭から否定していたけど、そういう可能性も考慮すれば、ある可能性は十分にある。そして、もしも本当にあったら、そのときこの町は本当にヤバいって事だ。
だからショーン君とナントカ先生は、真剣になってダンジョンについて調べようとしている。万が一にも、町の人たちに危害が及ばないように……。
「そういえば、ショーン君ってあんたと仲いいって聞いたけど、ホント?」
「仲……いいっすかね? ちょっとわかんねっす。俺っちとしては悪くないと思ってはいるんすが、正直親しみからいじられているのか、本気で軽侮されているのか、判然としないところがあるっす」
「なにそれ……。普通に付き合ってたら、そんなの明白でしょ? あんたって、そういうの察せないタイプだっけ?」
むしろ、人付き合いは得意な方で、巷間の噂話を集めたり、どこぞの組織に潜入するってなると、フォーン姉さんよりも腕は良かったはずだ。まぁ、フォーン姉さんの場合、周囲と軋轢を生みやすいのが原因でもあるけど……。我が強いからなぁ……。
「いやぁ、俺っちって、ショーンさんたち姉弟の工房に侵入した生き残りの一人っすから、手の内を知っているって事で、割と警戒されてんすよ……」
「……ああ、そりゃ仕方ないね。こっちなら、あんたが死ぬか喋れなくなるまで、絶対に警戒を緩めない」
「ちょ、それマジ勘弁して欲しいんすけど……。師匠に言われて、今後もある程度は付き合いを持たないとダメだってのに……」
よくわからない事を言うフェイヴだったが、事情に深入りするつもりはない。いくら仲間とは言え、ずけずけと人様の事情に首を突っ込もうとする程野暮じゃない。その代わり、こっちは気になる事を聞いていく。
「ねぇ、ショーン君って、強い?」
「へ? いやまぁ、強さでいったら普通じゃないっすか? 剣はお世辞にも上手くはなかったっすし、根っからの魔術師なんでしょうね。幻術の腕前はかなりのもんす」
フェイヴはそう称賛しつつも、どこか苦いものが混じる表情だった。やはり、二人の間にはなにかしらの事情があるのだろう。だが、そんな事は関係ない。
「へぇ……、強いんだぁ……。そんで、こっちとは違って、頭もいいときた……」
「って!? ちょ、シッケスちゃん、悪い癖出てないっすか!? 勘弁してくださいっす! こんなトコでダークエルフらしい本能に目覚めないでくださいっす!」
「大丈夫、大丈夫。きちんと確認するまでは、我慢してやるから」
「全然安心できねえっすよ、ソレ!」
こっちは知らず知らず、ぺろりと唇を舐める。そんな様子にフェイヴがなにか騒いでいたが、もうこっちの耳にはそんな言葉は届いていなかった。視線の先には、正直あまり似合っているとは言い難い、筋肉を表現したと思われる青黒い鎧を身に着けている、大きな杖を持った小柄な少年。
杖の先に光る、青い石がこっちを誘っているような気がした。




