第38話 異国の実感
冒険者ギルドを出た俺たちは、特にあてもなく、ネサルドの街のメインストリートをぶらぶらと歩いていた。
「ったく、あのおっさん冒険者のせいで、結局依頼を受けそびれちまったなぁ」
「はた迷惑な人だったよねぇ。いくらわたしたちが生意気に見えたからって、暴力はいけないよ、暴力は」
「ティーエのいうとおりですわ! パトリク様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたか」
オレクと呼ばれていた冒険者とのいざこざのせいで、すでに時間は昼近い。今から新たに依頼をこなすには、ちょっと厳しそうだった。
最初の依頼は、きっちり準備をして、万全を期したいし。
「ま、仕方がないか。とりあえず屋台で何か買って、腹ごなしでもしようかなぁ」
メインストリートにずらりと並ぶ屋台から、食欲をそそる香りが漂ってくる。
「あ、あの……。それはもしかして、よく物語の中に出てくる『買い食い』というものでしょうか!」
エディタがものすごい勢いで食いついてきた。
俺の両肩をつかみ、キラキラと目を輝かせながら見つめてくる。
「えっと……。もしかしてエディタ、屋台は初めて?」
「はいっ! 初めてですわっ! わたくし、とってもワクワクいたします!」
「まぁ、深窓のお姫様だったんだし、そんなもんでしょ」
ティーエは苦笑し、「落ち着きなよ、お姉ちゃん」とエディタの腕を引っ張った。
「こ、これが落ち着いていられましょうか! 屋台飯……いずれは食してみたいと思っておりましたの!」
「おいおい、そんな大層なもんじゃないぞ。確かに、うまいものも多いのは確かだけれど、宮廷のごちそうに比べたら……」
「そんなことありませんわ! だって、物語の主人公たちは皆、おいしそうに屋台のご飯を食べているではないですか!」
「うーん、エディタお姉ちゃんはちょっと、屋台に夢を見すぎだねぇ」
今にも屋台に突撃するのではといった様子のエディタに、俺はティーエと顔を見合わせ、苦笑した。
「ま、ものは試しだ。良さそうなものをいくつか買って、そこのベンチで食べようか」
俺は手近に見える一台のベンチを指さした。
メインストリートの中央には、大きめの噴水を中心にした広場がある。
その噴水を囲むように、いくつか休憩用のベンチが設置されていた。俺の示したベンチも、その中の一台だ。
「楽しみですわ」
エディタは胸の前で手を組み、うっとりとしながら目を閉じている。
そこまで楽しみなのか……。
案外、食い意地が張っているのかな?
などと、本人の前で口にしたら怒られそうな考えを脳裏に浮かべつつ、俺は目に付いた屋台へと足を向けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こ、これが夢にまで見た、屋台飯!」
俺が買ってきた料理――串に刺して焼いた肉と野菜に甘辛いソースを絡めた、まさに屋台のご飯といった代物――を前に、エディタは歓声を上げる。
「熱いから気をつけてな」
串焼きを一本、エディタに渡す。しかし――。
「あの、デニス……。ナイフとフォークはどちらにあるのでしょうか。あと、お皿は?」
「へっ?」
「あー、こりゃダメだよお兄ちゃん。食べ方がわからないみたいだ」
食べ方がわからないって、見た目どおり単にかぶりつけばいいだけなんだけれど……。
そうか、さすがに王族じゃ、そんな食べ方をしたことはないか。
そういえば、エディタの持っている冒険用の保存食にも、こういった串焼きはなかった。
マルツェルたちと組んでいた時も、それなりにお上品な携帯食を食べていたんだろう。マルツェルたちもお金を持っているせいか、結構いい物食っていたしな。
「ほら、こうやって食べるんだ。……行儀の悪さも、買い食いの醍醐味だぜ」
俺はパクリと串の先端の肉に噛みついた。
様子を見ていたエディタは、目を丸くしている。
「ま、まぁ……。はしたないはずなのに、なんだかドキドキいたしますわ。きょ、教育係はおりませんわよね。怒られたらイヤですわ」
エディタは周囲をキョロキョロと見回してから、恐る恐る俺の真似をした。
「あ、おいしい……」
「そいつは良かった」
周囲の目も気にせずに夢中になって串焼きにかぶりつくエディタを見ていると、なんだか俺も心が温かくなる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。いくつか副菜になるものを買ってきたよー」
ティーエが両手にいくつかの箱を抱えながら歩いてくる。いつの間にか、別の食べ物を買いに行っていたようだ。
細かく切った野菜と肉にタレをかけて何かの生地で巻いたものやら、軽く焼いたパンに野菜を挟んだものやら、いろいろとあった。
「おぉー、悪いな」
「ふふーん。わたしは役に立つ妹だからね」
ティーエは満足げに胸を張った。
料理の味付けの方向性が、コーシェとはだいぶ違っている。ものすごく新鮮だ。
甘辛いソースが、どうやらこのあたりでよく使われるものらしい。大概の料理に添えられていた。
コーシェのちょっとしょっぱい味付けとは、だいぶ趣が異なる。こいつが文化の違いってヤツか。
こういった屋台飯を食べると、異国に来たことを改めて実感するなぁ。
それにしても、こうして買い食いを楽しめるようになって本当に良かった。
一時は、すかんぴんになって街から出て行かざるを得ないかと、不安感に押しつぶされそうになっていた。それを思えば、今の状況はものすごい前進だ。
感慨にふけっていると、いつの間にかエディタが俺の顔をのぞき込んでいる。
手に持つ串には何も刺さっていない。もう食べきったようだ。
「どうした?」
「……あらためて、デニスに感謝いたします」
「えっ?」
何を言い出すのかと、俺は首をかしげた。
そんなに買い食いに感激したのか?
「ここまで来られたのは……。こうして、隣国での生活にめどが付いたのは、すべて、デニスのおかげですわ」
「そんな……。俺は俺の意思でやっていることだし……。それに、何度も言っているけれど、俺たちは――」
「旅の仲間、でしたわね」
見つめ合う……。
なんだか、妙な雰囲気だ。
この甘辛ソース、やけに身体がぽかぽかしてくるな……。暑い、暑い。
「ねぇねぇ二人とも、お熱いのはいいけれど、残りの料理が冷めちゃうよ」
ティーエの冷静な突っ込みが入った。
「あ、あぁ……」
「そ、そうですわね」
俺たちは視線を外すと、黙りこくって残りの料理を平らげた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
屋台料理を堪能し終えた俺たちは、腹ごなしに商店街を歩いていた。
「素敵な体験でしたわ……」
エディタは少しぼんやりとした面持ちで、どうやらいまだ興奮冷めやらずといった様子だった。
「お?」
ふと、俺は一軒のレストランが気になった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いやな、ジャンクな料理を食べたあとだから、あのお高そうな肉がちょっと気になって」
窓越しに、料理へ舌鼓を打つ品の良さそうな夫婦の姿が目に入る。
満腹気味なはずなのに、ついついよだれが出る。
年に一度くらいしか食べられない高級料理も、冒険者として稼げるようになれば、もっとたくさん楽しめるかもな。
「へぇー、確かにおいしそうだね。山鳥かな?」
「あら、山鳥だなんて、珍しくもないのでは? あまり食指が伸びませんわね」
「ちょっ」
たまらずエディタに突っ込んだ。
エディタは意味がわかっておらず、首をかしげている。
「いやいやいやいや、あの山鳥、相当な高級品だと思うぞ」
「うーん……。やっぱりお姉ちゃんと僕たちの物の価値観の違いは、結構大きいね」
「そ、そうなんですの?」
きょとんとしながら、エディタは俺たちの話を聞いている。
「エディタはまず、冒険者として持っておくべき金銭感覚を身につけないと、ヤバいな」
「あら、そんなことはありませんわ。料理については、たまたまです。他の物に関してなら、わたくしだって常識を持っております」
「本当か?」
正直言って、信じられなかった。
ネサルドに来た初日に、ぼったくりレートの両替にも平然としていたし、話半分に聞いておこう。
その後、商店街でいろいろな物を見て回ったが、予想どおり、エディタと俺たちとの物の価値観の差が浮き彫りになった。
エディタが「ほらほら、デニス。あれってなんですの?」と問うので見てみれば、なんてことはない、庶民がよく使う掃除用具だったり文房具だったり、珍しくもなんともない物だった。
逆に、俺が物珍しそうに見ていた細工品には、エディタはまったく関心を示さない。結構な高級品だと思うのだが、こういった装飾品なんかは見慣れているんだろう。
……エディタに何か贈り物をする時は、よくよく物を選ばないと駄目そうだ。高ければいいって話ではすまないな。
いずれにしても、今はまだ、エディタ一人に買い物は任せないほうが安全そうだ。ゆっくりと金銭感覚を直していってもらうより他にないだろう。
楽しそうに露店をのぞき込んでいるエディタの横顔を見ながら、俺は固く誓った――。




