第39話 真心の贈り物
結局、この日は一日街をぶらつくことにした。
これからしばらくはネサルドを拠点にするわけだし、街の様子をよく知っておくのも必要だよな。
……ちょっと言い訳じみている気もするけれど。
「ここからは、めいめいで行きたいところを巡るって感じにしないか」
エディタとティーエの顔を交互に見ながら、反応を確認した。
唐突な提案だったためか、二人ともきょとんとしている。
なぜ俺がこんな提案をしたかというと、ちょっと個人的に買いたい物があったからだ。
気恥ずかしいので、一人で買いに行きたいんだよな。
「僕はかまわないけれど……。でも、エディタお姉ちゃんは大丈夫? 一人は危険じゃない?」
「あら、わたくしももう、付き添いの必要な子供ではありませんわ。ティーエのほうがよほど、危ないのではありませんか」
「んー、そういう意味で言ったんじゃないよ。ほら、お兄ちゃんがたびたび感じている視線。あれが気になってね」
「あ……」
エディタはさっと表情を曇らせた。
ティーエの懸念はもっともだと思う。
でも、俺にも考えはある。
「多分、大丈夫だと思うんだよな。あの視線は、街中で感じたことは一度もないし。初めて来た時に街門で感じた視線も、あれは街の外側から見られていた感覚だった」
視線の主は、街の中にまでは入ってこない。
断言はできないけれど、今までの状況を考えれば、まず間違いないと思う。
「お兄ちゃんがそこまで言うなら、大丈夫かなぁ」
「それに、この広場の周辺の店に限っておけば、何かあっても大声で叫んでくれれば、すぐに駆けつけられるしな」
エディタとティーエはうなずいた。
全員の了解も取れたので、俺たちは一時間ばかりの自由行動を開始した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、俺が向かうのは……。
「ここ、だったよな」
先ほど三人であちこち巡っていた時に、気になった店だ。恰幅の良い中年女性が切り盛りしている、アクセサリーの店だった。
広場の隅にひっそりとたたずんでおり、客もほとんどおらず、ゆっくりと見て回れる。
なぜアクセサリーの店を選んだかといえば、改めて仲間になった記念にと、エディタに何か贈りたかったからだ。
冒険者の身の上では、身につけられる物がいいだろう。そう思って目星を付けたのが、この店だった。
「何がいいかな……」
女性への贈り物なんて、生まれてこの方経験がない。正直、何が良いのか見当も付かなかった。
……まぁ、仲間になった記念品なんだし、あまり肩肘張らずに選べばいいか。
エディタの金銭感覚を思えば、高級品がいいって訳でもないしな。
「どんな物をお探しですか?」
店主が尋ねてきた。
「えぇっと……。冒険のパーティーを組んだ仲間に、記念に何か身につけられる物をって考えているんだけど」
「冒険のお仲間ということは……、お相手は男性ですか?」
「えっ? 違います違います。女性です。俺と同い年の」
冒険仲間ということで、同性だと思われたのかな。
ちょっと焦ったぞ。
「なるほど……」
店主は口元に手を当て、小首をかしげながら考え込んだ。
「それでしたらこのあたりが、おすすめかもしれません」
店主の示す先には、色とりどりの小さな宝石がちりばめられた腕輪が置いてある。
「きれいだな……。細工も、細やかだ。それに、なんだか……」
「あ、気付かれましたか?」
店主はニヤリと笑った。
「実は、この腕輪に埋め込んでいる宝石、少しばかり魔力が込められているんです」
「あぁ、やっぱり」
何か不思議な波動を感じた気がしたけれど、どうやら勘違いではないようだ。
「冒険者で女性となれば、この腕輪はおしゃれとちょっとした実用性も兼ねているので、喜ばれるのではないかと思いますよ。そこまで高級品というわけではありませんので、冒険の最中に身につけていても問題はないかと」
「実用性というと?」
「この宝石、魔力をため込む性質があるので、いざというときの魔力タンクになります。……まぁ、大きさが大きさですので、お守り程度ではありますが」
「なるほど……」
ぎりぎりの戦いをしている際には、ほんのわずかの魔力でも役に立つ場合があり得る。気休めかもしれないけれど、確かに悪くない選択だ。
うん、これがいいな!
「よさそうですね。おいくらになるんですか?」
店主はニコニコと笑顔を浮かべながら腕輪を手に取り、価格を口にした。
「っ……!」
値段を聞いて、俺は身体が固まった。
マズい、手持ちが全然足りないぞ……。
確かに高級品っていうほどの値段ではなかった。でも、今の困窮気味の俺に、支払いきれるものでもない。
「あの、お客様?」
「いや、あの……。その……」
動揺して言葉が出なかった。
ここまで話を聞いておいて、お金が足りないなんてちょっとみっともないな。とはいえ、先立つものがなければどうしようもない。
「す、すみません。予算と折り合いが付かなかったので、今日はやめておきます」
「あら……。残念です」
店主はわずかに表情を曇らせると、手に持つ腕輪を商品棚に戻した。
「……もしよろしければ、少しの間なら取り置きしておきますよ」
「えっ? いいんですか?」
「見てのとおり、めったにお客さんの来ない、私の趣味でやっているお店ですので……」
「助かります! 近いうちに、必ず買いに来ますよ!」
俺は店主の手を握り、ブンブンと振った。
「ふふふ、どういたしまして」
店主は笑顔を浮かべ、「お待ちしておりますね」と口にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
約束の一時間が経とうとしていた。
お昼に屋台飯を食べたベンチを待ち合わせ場所にしておいたけれど、エディタの姿がまだ見えない。
「ティーエ、エディタがどこに行ったか知らないか?」
「別行動だったから、わからないなぁ。……そういえば、あっちのほうへ歩いて行った気がするけれど……」
ティーエは俺の寄ったアクセサリー店がある方角を指さした。
「あれぇ……。すれ違わなかったけどなぁ」
大丈夫だと判断したとはいえ、やはり例の視線の件もあるから、ちょっと心配だ。
「あ、お姉ちゃんだよ」
どうやら、取り越し苦労に終わったようだ。
ティーエの指し示す先に、エディタの姿が見える。
「ごめんなさい。少々遅れてしまいましたわ」
「いや、無事ならいいんだ」
息せき切って走ってきたエディタのために、ベンチを空けた。
エディタは俺に礼を言って、ベンチに座り込む。
「何かあったのか?」
「いえ、何かがあったというわけでは、ないのですが……」
エディタは言葉を区切り、俺の顔をのぞき込んだ。
ん? なんだろう。
「ねぇ、デニス。あなた、あの広場の隅のアクセサリー店に、寄りましたか?」
「えっ?」
エディタが目線で指し示す先には、俺が立ち寄ったアクセサリー店がある。
思いがけない問いかけをされて、俺は動揺した。
「もしかして、腕輪の取り置きをお願いされませんでした?」
「どうしてそれを……」
「やはり!」
エディタは手を叩き、にこりと笑った。
「実は、わたくしもあのお店に寄りまして……。あなたのために、何か贈り物を買おうと思ったのですわ」
「エディタもかっ」
俺は目を大きく見開いた。
まさか、同じような行動をとっていたとは……。
胸に手を当てた。
じんわりと温かいものがこみ上げてくる。
「ですが、わたくしも手持ちが足らなくて、同じように取り置きをお願いしたんです。そうしたら、店主さんが何やらピンときたらしく、あなたのことを……」
「なるほどねぇ」
同い年の女の子に贈り物をすると、俺は店主には伝えていた。
そこに、まさに条件にぴったりの少女が現れて、俺の特徴を述べた上で商品を選び始めた、と。
そりゃあ、気付くな。俺とエディタが冒険者仲間だって。
「お互い、今はお金がありませんわ。ですが、これから頑張って資金を貯めればよいのです。いつの日か、それぞれの選んだ品を購入して、贈り物をし合いましょう!」
エディタは俺の手を握りしめ、上目遣いに見つめてきた。
俺は気恥ずかしくなり、少しだけ視線を泳がす。が、すぐに戻した。
「あぁ……。いつか、必ず」
エディタの手を握り返して、大きく首を縦に振った。
「あー、コホンッ」
ティーエのわざとらしい咳払いが聞こえた。
俺たちが慌てて向き直ると、ティーエは口をとがらしながら不満を漏らし始める。
「二人して手を握り合っているのはいいんだけど、わたしの存在を忘れてもらっちゃ困るなぁ……。お兄ちゃん、お姉ちゃん、わたしには贈り物の予定はないのかな?」
どうしよう。忘れてたぞ……。
チラリとエディタの表情を窺ったが、ばつの悪そうな顔をしている。
……エディタも、忘れていたな。
「まぁ、いいんだけどねぇ。どうせわたしは、おまけなんだから」
ティーエがすねだした。
おいおい、あんた創造神様だろ、とツッコミを入れたくなるが、グッとこらえる。
「も、もちろんティーエの分も考えているわ。楽しみにしていて」
「お、俺だって忘れてなんかいないぞ」
「本当にぃ? なんか慌ててない?」
俺もエディタも、答えられずに口をつぐんだ。
「なーんてね、冗談冗談。ちょっと二人の世界に入りかけていたから、からかっただけだよ」
ティーエは一転して、ケラケラと笑い出した。
「今のは、本当に気にしなくていいからね」
ティーエはそう言うが、やはり何か準備をしていたほうがいいだろう。
戦えないとはいえ、ティーエも大切な仲間だしな。
今日は依頼をこなせなかったけれど、その分、エディタやティーエとの絆を深められた気がする。
俺の《信頼》の効果を考えれば、今日の一日は、決して無駄にはならなかったはずだ。
英気も養えたし、明日から心機一転、バリバリ依頼をこなしていこう。
拳を握りしめ、気合いを入れようとした。そのとき――。
「っ……!」
また、視線を感じた。
慌てて周囲を見回すが、ぱっと見で異常は見当たらない。
どこに隠れている……。
街中にまでは来ないって思っていたのに、俺の当ては外れたのだろうか。
べっとりと手のひらに汗が染み出してくる。
だが、視線はすぐに消えた。
やはり、今回もこちらを害そうとするつもりはないのだろう。
あくまで、監視……。
エディタを不用意に一人にしたことを後悔した。
今回は運良く何事もなかったが、次はわからない。
甘い見立てで判断しては駄目だと、俺は改めて肝に銘じた――。




