表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想の晶  作者: 詩乃なかば
一章
15/31

出会い 8


 日暮れ前にカルネの店を離れ、ルイスとユーリはまだ見ていない店を回った。

 商店のほとんどは内門から市庁舎まで続く大通りに沿って並んでいるか、市庁舎前通りに軒を連ねている。

 大通りを挟んで街の西側は民家が集中し、東側には宿屋や兵の宿舎、歓楽店などが集められている。西側も東側もどちらも奥は一方通行になっていて、市庁舎へは大通りを通らなければならない。町の構造は大体把握できた。


 最後にルイスの希望で晶石屋に入る。

 晶石は魔晶を使う上で欠かせない触媒であるとともに、晶石自体の自然魔力をそのまま使用することが出来ることから日常用品としても重宝されている。晶石屋はどこの街にも一件は存在する、花屋と同じぐらい一般的な店だ。

 晶石は採集された地域によってそれぞれに特徴が異なり、街の晶石屋を覗けば値段によってその土地がどういう傾向にあるのか、また何が足りなくて何が豊富なのかと言ったことまで分かる。

 住んでいる人が少ない土地では自然由来の晶石が見つかることが多く、都市部では人や物、魔物由来の晶石が多く見つかる。

 街の人から話を聞くよりももっと詳細に街の財政や軍事力、民衆の生活の様子や人心の傾向なども把握出来るので酒場に次ぐ情報源としてルイスは初めて訪れる街では必ず立ち寄ろうと決めていた。


「こんにちは。こちらのお店は手軽な晶石が豊富ですね」

 店主の青年に声をかけると、青年は帳簿を眺めながら返事をする。


「はい。うちは水や火などの生活用品を主に取り揃えていますよ」


「テレジア軍とも取引をされているのですか?」


「軍?まさかぁ!戦争中でもないのに軍に卸すほどの商品なんか仕入れてませんよー」

 店主は何を言っているんだと言わんばかりに声をひっくり返した。


「そうですよね、失礼しました」

 ルイスは適当に相槌を打ってユーリに視線を送る。


「平和なことですねぇ。始まってから掻き集めたって手遅れでしょうに」

 ユーリは商品を手に取りながら小声で呟いた。


「えぇ…」

 ルイスも苦笑いを浮かべて商品を眺める。


 ルイスは魔力がないとエリオスに教えられた後でも、魔晶と晶石の勉学を怠ったことはない。

 ”知識は蓄えるほどに数多を凌駕した力を発揮する”

 聖堂学院の名誉学生であるミハイル・アシュフォード著による戦術書の書き出しの言葉だ。初めてその本を読んだとき、知識が武力や魔力にも匹敵するほどの力を発揮すると知って驚いた。人に頼られる力も、誇れる才もないのならば、自ら得て蓄えれば良いのだ、と気付かされた。

それからあらゆる戦術書や魔晶書は穴が開くほど読んだ。人の何倍、何十倍もの知識をあらゆる武器として利用する術を培うために。


 ルイスは雫の晶石と火種の晶石を手に取って眺めた。

 純度の低い晶石は効力は低いが流通量も多く、日常生活の補助的な役割としてあらゆる方法や場所で応用されており、知らずに使用していることもある。

 例えば、雫の晶石。外的な水分をある程度蓄え、それを抽出することが出来る。その機能を利用し、一般的に出回っている水筒の内側は雫の晶石で覆われており、見た目よりもはるかに多くの水を内容させることが出来る旅の必需品だ。火種の晶石も同様、火を起こす最低限の熱量を発生させる。

 魔晶が扱える者からすれば俗に言う使い捨ての屑晶石でしかないが、ルイスにとっては魔力なしに水や火を増やすことが出来るのでぜひ携帯したい所だ。


「買います?あると便利ですよね」


 ルイスが物欲しげに見ているのに気付いたのかユーリが声をかけて来た。

「いえ、ただ見ていただけですので…」

 ルイスは慌てて晶石を元の場所に戻す。

 不可抗力によって得たオリクトを除けば、ルイスは自分で晶石を持ったことがない。見たことはあっても、決して自分の物にしようとは思わなかった。不測の事態が起きた時に自分の力らで鎮静化することが出来ないため無力さを痛感させられるのが怖かったからだ。


「あ、そうだ。このお金、ルイスのですから返しますね」

 ユーリは懐をまさぐってキャビネットに置かれたままになっていた銀貨六枚をルイスの右手に握りしめさせた。


「え?」


「ワインのお金、どうしたのか聞きそびれていたんですけど、さっき荷物の整理をしているの見て気付いた。保存食入れてた袋、売り払ったんでしょう?」


 ああ、とルイスは思い出して頷いた。

「それは、そうなのですが、ユーリには金銭面でも多大な負担をかけていますから、少しでも足しにしていただければ幸いです」

 ルイスは銀貨の握られた右手をユーリに突き返す。


「それは貴方が私物を売って得た貴方の金銭だ。支払いなんて、目的が達成した後にでも工面して頂ければ結構。まあ、路銀はどうやっても足りなくなるんで稼ぐのを手伝ってもらいますからそれで清算ですよ」


「稼ぐのですか?それは、楽しそうですね」

 ルイスは別な話題に食いついて興味津々に目を輝かせる。


「はいはい、それは良いから、さっさと買いましょう。そろそろアヤさんとイツキ君が帰ってくる頃ですから戻りますよ」

 ユーリは適当に返事をすると、雫の晶石と火種の晶石を持たせて強引にルイスを店主の前に押しやった。


「あっ、えっ」


「どーも、ありがとうございまーす。んーと、二つ合わせて銀貨二枚ですね」


「…はぁ?銀貨二枚?ちょっと店主さん、この晶石他のより少し小さいせいか魔力の保有量が少ない。値段が他の物と同じなのはおかしいくないですか?」

 ユーリはルイスの手にある晶石を指差して店主を睨んだ。


「えぇ、そうですか?同じ量で取り揃えてるはずなんだけど…」

 店主はへらへらと笑いながら視線をそらして頬を掻いた。


「……」

 ユーリは眉をひそめた。間違いなく分かってて言っている。

 魔力があり晶石にも精通している人間でなければ視認できない量ではあるが、恐らく店主はそれを仕入れ先から聞いて安く買い取った上で同じ商品として並べているのだろう。

 違法商売だ。市民相手ならば気付かれないと思っているに違いない。


「明らかに少ないです。分からないと思って騙そうとしてるんでしょうけど、私は晶石の魔力を視認できる。…あまりふざけた商売していると二度と店を営めない体にしますよ?」

 ユーリは店主の眼前まで近寄ると目を細めて小声で囁いた。

 得物と対峙した魔物のような鋭い瞳で店主を目玉を抉り出すかのようにじっと見つめる。


「ひっ…!」

 店主の喉がひくっと鳴った。


「っそ、そうですね、どうやらそれだけ保有量が少ないみたいだ!いやー手違いだったかな!すいませんでしたねぇっ」


「??」

 二人のやり取りが聞こえなかったルイスは店主の急変した態度に目を瞬かせた。


「では、あとこれをつけて銀貨二枚で丁度かな。あ、そうだこれはサービスで付けてもらおうかなぁ?ね、良いですよね?」

 ユーリは耐魔晶の晶石を一つ、ルイスの手の中へ入れ、それから緩衝素材で織られた耐久度の高い保存袋を手に取る。

 ルイスは困惑した様子でユーリを見上げるが、ユーリはにこやかに微笑んでいて、ルイスの手から銀貨二枚を取って店主に投げて渡した。

 全部合わせると銀貨二枚の値段を優に越えているような…。


「ええ、ええ!もちろん!喜んでサービスさせて頂きます!ありがとうございます!」

 店主は銀貨を受け取るとへこへこと何度もお辞儀を返した。

 泣きそうなぐらい喜んでいたように見えたのは気のせいだろうか。ルイスは首を傾げて店を後にした。


「はい、ルイス。この袋に晶石を入れると良いですよ」

 ユーリは晶石用の保存袋を差し出し、ルイスは中へ晶石をしまった。

 中で三つの晶石がキラキラと輝いている。

 銀貨二枚でこんなに買えるとは思っても見なかった。

 ルイスは嬉しそうに自分の初めての晶石を眺める。


「ユーリは買い物上手ですね」

 ルイスはありがとうございます、とユーリを見上げて微笑んだ。


「でしょー?値引き交渉でしたらぜひ私にお任せくださいね」

 ユーリは得意げに胸を張って鼻をこすって見せた。



 ・・・


 二人は陽の暮れた街並みの中を昼間とは違う景色を楽しみながらアヤとイツキの宿へと戻った。


 アヤたちが泊まる宿の部屋はそれぞれに鍵が備え付けられており、出かける際は部屋の鍵をかけて受付に預けるシステムだ。ルイスらも部屋を出た後、受付に預けた。当然受け取りは宿泊者本人でなければならないのだが、どうやら二人はまだ戻っていないようだ。話が長引いて、そのまま夕食をとって帰宅するのかもしれない。

 二人が戻るまで宿屋にある料理屋で時間を潰すことにした。


 それから一時間が過ぎた。さすがに遅すぎる。

 様子を見に行こうかと言う矢先に、二人は宿へ戻って来た。あちこち薄汚れ、疲れ切った様子で、少しの切り傷を作って。

 事情を聞く前に、特に疲弊しているアヤを先に浴場へ入らせて休ませることにした。比較的元気そうなイツキが状況を説明してくれることになり、まだ食べていないと言う夕食は部屋で取ることにした。

 アヤは浴場から戻ると、すぐに倒れるように眠りについた。簡単に傷の手当てをルイスが行っている間に、イツキが手早く食事をとる。

 アヤは、呼吸は少し深いが熱はない。顔色も体が温まったおかげか回復している。ただ疲労が大きいだけのようだ。切り傷も葉や木の枝によるもので深くはない。傷口に薄く化膿止めを塗るだけに留める。

 次に食事を終えたイツキの怪我を見た。アヤ同様に切り傷のみではあったが、左手の怪我は思いのほか深い。濡らした布で拭き取るとまだ血が滲む。化膿止めを塗った布を当て、上から清潔な布をきつく巻いた。明日には血が止まるだろう。


 三人はランプを机に置いて、囲むように椅子に腰かけた。

「一体何があったのです?市庁舎へ行かれたのですよね?」


 イツキは疲れた様子で深く息を吐いた。

「うん。普通に、マルシュさんの部屋で食事をしながら話をした。これからのこと、どうするか、どうしたらいいのか…。少しして、前に拘置牢で話した男の人とテレジア軍の女の人が来た。マルシュさんが席を外して三人で話し込んでた。内容は分からないけど、マルシュさんは額を覆って大きなため息をついていたから良くない話だったんだと思う。急ぎの用が出来たから宿に戻るように言われて、マルシュさんは軍の人と慌てて出て行ったんだ」


「王国側に何か動きがあったんですかね…」

 ユーリはふむ、と右手を顎にあてた。


「僕らも宿に戻ろうと思ったら、男の人に呼び止められた。リーエンって名乗ってた。国境にガーランド軍が配備されたって教えてくれて、マルシュさんはガーランドとの会談の場に向かったんだって。会談場所はジュラ領だから危険はないと思うけど、念のためリーエンさんも向かう、真偽を知りたければ僕らも来るかって聞かれて…」


「一緒に行ったの?」


 イツキは目を伏せて小さく頷いた。

「もし僕らがテレジアにいるせいでガーランドと戦になるなら、ここにいちゃいけないと思う。本当のことを言える状況なのか、嘘でも本当でも関係ないのかどうか確かめたかったんだ」


「まあ気持ちは分かりますけどね…。それで会談には二人も参加を?」


「うん、こっそり。給仕として紛れ込ませてくれた。ガーランドからは少将って人が来てて、会話をはっきり聞けたわけじゃないけど、今回の事件の真相はもう関係ないみたいだった。ガーランドの主張は一つ、不可侵条約の破棄とテレジアの引き渡し」


「事件の解明をすっ飛ばして条約破棄?またずいぶんと強引な」


「事態は私たちが思っているよりもずっと先に進んでいるのかもしれないですね…」

 ルイスは表情を曇らせた。


「不可侵条約の破棄はその場で署名を迫られてた。当然マルシュさんは拒否したけど、ガーランドは力づくも(いと)わない雰囲気だった。お互いに武器は持っていなかったけど、このまま斬り合いでも始まるような、そんな怖さがあって…」

 イツキは顔を強張らせて両腕を抱えた。


「気づいたらいつの間にかガーランドの兵が増えてた。その後は軍の女の人の機転でどうにかみんな逃げ出すことが出来て、さっきようやくテレジアに戻ってこられたところ」


「なるほど。大した怪我がなくて良かったですよ」


「ではガーランドはすでの国境を越えてこちらに軍を配備している…?仕掛けるのであれば明日にも…その前に、何かあるかも…」

 ルイスはぶつぶつと呟いてうーんと考え込んだ。


「ルイスはもうガーランド軍が攻めてくると予想してるの?条約破棄にサインしてないんですよね?そんな暴挙に出るとは思えないけど」


「十分に考えられます。今回の出来事は恐ろしいほどの速さで展開しています。私たちがジュラへ入る前に代表方による議会が開かれたいたようですが、あれはガーランドからの書状が発端だったのだと思います。この時点でテレジアは厳戒態勢に移行していますから、内容はかなり強気なものだったのでしょう。テレジアへ入る際、側近の方はイツキ君たちのことを最初から知っていましたし、保護もしてくださった。つまりこの段階でガーランドの要求には参考人の引き渡しも真相の究明もすでになかったと推測できます。書面での交渉は決裂、条約破棄も決裂となれば、次にガーランド軍が行うのは侵攻しかありません。武力行使は非難されるでしょうが、あちらは王太后の暗殺と言う名目があります。十数年前の事件も尾を引いている状態ですから、民には受け入れられる可能性が高いです」


「僕らは嘘の暗殺犯に仕立て上げられて、そのまま終わりってこと…?」

 イツキは愕然として視線を落とした。


「きっかけなんてそんなもんですよ。使い捨てられるのはいつだって弱者だ。真相を明かしたところで信じてもらえない。物事の正義なんて見ている人の立場で変わって来るからね。…しかし、とうとう開戦か…」

 戦を覚悟していたとはいえ、ユーリは渋い表情で頭を掻いた。

 テレジアは真っ先に戦禍の煽りを受ける。それまでにベリゴールあたりに避難出来れば良いと思っていたが、そうもいかなくなってきた。


「マルシュさんは戦にはならないって、ガーランド国王は話し合いに応じてくれる人だって言ってた。攻めてくるなんて、思ってもいないかもしれない…。マルシュさんに話してきます」

 イツキは考え事をしながらおもむろに外套を羽織る。


「私もご一緒します。もう少し詳しく状況を知りたいです」


「えー、じゃあ私も行きますよ」

 三人は寝ているアヤを起こさないよう、鍵をかけて部屋を出る。

 夜も遅いことから宿の受付には人はおらず、仕方なくそのまま鍵を持って宿を出た。



 大通りは街灯こそあるものの、店や家は当然真っ暗で静かだ。

 昨日であれば酒場の明かりと歓楽の声だけは聞こえていたが、今日は休みなのか珍しく声もしない。

 三人は怖いくらいの静けさの中を、急ぎ足で市庁舎へ向かった。


 市庁舎へ着いたが、門はしっかりと施錠されており叩いても誰も出てこなかった。室内には所々まだ明かりがついているので誰かはいるはずだ。

 ルイスとイツキ、ユーリは二手に分かれてどこか入れる扉がないか市庁舎をぐるりと一周して探すことになった。

 ルイスとイツキは順に窓と扉を確認したが、どこもしっかりと施錠されている。

 裏手の正面まで来ると、ユーリが二階を見上げて二人を手招きした。


「どこもだめですね。唯一空いてるのはあそこの窓だけ」


「こちら側もです。どうしましょう」


「んー…あそこからならいけるかも」

 ユーリは建物の向かいに生えている樹と窓の距離をはかって、そしてルイスとイツキを順に見た。


「無理ですよ!」

 ルイスはぶんぶん、と顔を横に振る。


「?」


「では中から開けてきます」

 ユーリは腰の刀を邪魔にならないよう背中に差し直すと、向かいの樹の根元に右足を引っ掛け、軽々と上に飛んで幹を掴んだ。そのままひらりと体を回転させて幹の上へあがる。


「!すごい、人間じゃないみたいだ…。ユーリは何をするつもり?」

 イツキは人間離れした木の登り方をするユーリの様子をぽかんと口を開けて見上げた。

 あっという間にユーリは建物に一番近い幹まで上がってしまった。


「たぶん、飛ぶのではないかと」

 ルイスも呆然とユーリを見守る。

 ユーリの身体能力についての詳細は教えてもらったが、聞くのと実際に目にするのでは全然違う。常人よりも負荷が少ないと言う意味がようやく理解できた。自分の体重さえも感じていないような軽やかで滑らかな動きは確かに人間離れしている。


「え?!飛ぶ?この距離を?」

 イツキは樹と建物の間で視線を行ったり来たりさせる。

 そうこう言っているうちに、ユーリはひょいと幹から向かいの建物まで飛んで、壁のヘリに足先を引っ掛けると窓まで一気に飛び上がった。

 下手な物音ひとつしない、鮮やかな動きは見事としか言いようがない。


「……」

「……」

 開いている窓の中へ姿を消すユーリを二人は無言で見送った。

 驚きのあまり、すごい、という感想すら出てこない。

 しばらく呆然としていると、すぐ横の裏手扉の鍵が開けられた。


「お待たせしました。どうぞ」

 平然とした様子でユーリが顔を出す。


「オリクト持ちはみんなああなるのかな?」


「影響は多少あるそうです」


「多少なの?じゃあ元からもあるんだ」

 神妙な表情で苦笑いを浮かべるイツキを見てルイスは小さく笑いながら中へと急いだ。



 一階は普段、遅い時間まで業務のために人が残っていることがあるが、幸い今日は誰もいなかった。見つかれば外に追い出されるか、侵入者として拘置牢行きは免れないので助かった。

 階段は二か所。中央の広間からと、非常階段だ。誰かに鉢合わせないよう、明かりが消された非常階段から慎重に四階を目指す。

 四階の廊下はすべて明かりがともっていた。政務室の扉まで来ると、中から人の話し声が聞こえた。聞き耳を立ててみるが会話の内容までは分からない。

 イツキが扉をノックしようとして、ユーリは何かの気配に気付いて手を止めさせた。

 一歩下がると扉が中から開かれる。

「ガーランドの工作員でも紛れ込んだかと思ったが、ロスターの弟か。この状況下で不法侵入者とはいい度胸だな」

 そこには険しい表情のリーエンが立っていた。

 以前にもルイスらが拘置牢であったマルシュの側近である胡桃色の髪の男だ。


「あの、どうしてもマルシュさんに伝えたいことがあって」


「伝えたいことだと?…そこのおまえは前にも見たがそっちの不審な男は何だ?」

 リーエンはルイスを見て、その隣にいるユーリで視線を止める。


「どーも、不審な男です」

 ユーリは手を挙げてにっこりと微笑んだ。

 足先、腰の刀、手の先、肩回り、そして表情。リーエンが瞬きの一瞬で全部を観察したのをユーリは見逃さなかった。側近と言うだけあって護衛も兼ねているのか、常人とは目の動きが明らかに違う。短剣一つも持っていないのに気配を察知するほどの能力は少々妙だ。


「イツキ?このような時間にどうした?リーエン、中へ入れてやってくれ」

 イツキの声に気付いたマルシュの声が奥から響く。


「…入れ。武器はこちらで預かる」

 リーエンは三人を招き入れ、ユーリの前に手を差し出した。


「はいはい」

 ユーリは素直に刀を抜いてリーエンに手渡した。受け取ったリーエンが僅かに一瞬だけ眉をひそめた。ユーリの体つきから想定した刀の重さよりもずっと重いので驚いたようだ。

 なるほど、間違いなく剣の道に精通している者だ。

 リーエンはすぐに踵を返し暖炉の横の台座に刀を置く。振り返った時にはすでに元の表情に戻っていた。代表の側近を務めているだけはある。悟らせないだけの偽装能力もお手の物か。

「あの人、私たちの気配に先に気付いた」

 ユーリはルイスに顔を近付けてそっと耳打ちした。


「……」

 ルイスはちらりとリーエンに視線を送る。以前もリーエンに感じた、気のせいとも思える微かな違和感。それがこの前よりもずっと強く感じる。


「イツキ、どうした?よく休むようにと言ったのに。アヤは一緒ではないのか?」

 マルシュは心配そうにイツキを抱きしめると額をさすってあちこち怪我の具合を確認する。


「僕は大丈夫。アヤは寝てる」


「そうか、ならば良かった。おまえたちを手助けしてくれた者がそちらのお二人だったとは、縁を感じますな。その後、怪我の具合はいかがか?」

 イツキと同じ黒檀の髪を耳にかきあげマルシュは微笑んだ。

 やはり、テレジアの外で声をかけて来た女性がマルシュだった。

 ルイスは納得して微笑み返す。


「はい、もうすっかり。先日は突然のことでお礼も言えず、宿まで手配して頂きありがとうございました。私はルイス、こちらは護衛のユーリです」

 ユーリは紹介されて軽く頭をさげる。


「どうもありがとうございました」


「いや、我が軍の管理不行き届き故、どうかお気になさらず。無事であれば何よりでございます。私はマルシュ・アイゼン、テレジアの代表を務めております。さて、イツキは何やら急ぎの話があるとか?」

 マルシュはこちらへ、と手招きして三人をソファーへ座らせた。


「ガーランドとはあれからどうなったの?」

 イツキが食い気味に話を始める。


「ああ、テレジアとして抗議書は届けた。返答はまだないが」

 マルシュは疲れ切った様子で息を吐いた。


「このままガーランド軍が不法な領土侵犯を続けるのであれば我々はジュラとして対応する他ありません」

 隣に控えていた軍の正装の女性がマルシュの代わりに答える。


「フリン、結論を出すのは尚早だ。まだオルガノ王との謁見も出来ておらぬし、和解する方法はまだあるはず」


「ありません。その答えが会談で出ています。こちらを呼び出しておいて会談相手は国王でもなければ王太子ですらない、ただの(いち)少将だったではありませんか。その上にあのような暴挙です。話し合いなど口実、初めからこちらを陥れるつもりだったのでしょう。許容範囲を遥かに超えております」

 フリンと呼ばれた女性は冷静な表情のままさらりと述べた。


「それは、まあ、分かっている…」

 マルシュは苦渋の表情で額を抑えた。


「僕らもその話で来たんだ。マルシュさん、すぐにでもガーランドが攻めてくるかもしれないって。何か対策を取らないと」


「わざわざそれを教えに?大丈夫だ、イツキ、テレジアに攻め入らせはしないよ。対策は進めているから安心しなさい」


「そうなんだ、それなら大丈夫…かな?」

 イツキはほっとした様子でルイスに視線を送った。

 ルイスは神妙な顔で何かを考え込んでいる。


 マルシュはそんなルイスの様子を見て、一瞬何かを巡らし、立ち上がった。

「イツキ、すまないが話は終いで良いか?心配をしてくれてありがとう。テレジアは大丈夫だ。さあ、もう宿へ戻って休みなさい。リーエン見送りを」


「はい」

 促されて三人はマルシュの政務室を後にした。


「おまえたちがどこから侵入したのかは聞かないでおくが、代表は命を狙われる立場にある。次は侵入者として容赦なく斬り捨てるからな」

 市庁舎の正面玄関まで案内され、リーエンはそう吐き捨てて扉を閉めた。


「うわ、こわっ」

 ユーリはわざとらしく身震いしてみせる。


「慌てて話に来たけど何か対策してるみたいだから大丈夫そうだね。二人とも付き合わせてごめん」

 イツキは少しほっとしたように頬を掻いた。


「まあまあ、確認して不安が解消されたなら良いじゃないですか。ね、ルイス」


「ええ」

 ルイスは頷いて微笑んだ。


 ユーリは大通りを宿に向かって歩くルイスとイツキを後方からじっと見つめた。

 会話をいくつか交わしているが、ルイスの口数が妙に少ないのは何かまだ思う所があるからだろう。


 ルイスとユーリは宿までイツキを見送り、そこで別れた。

 自分たちの宿に戻るため大通りを引き返す。

「あー!ルイス、大変。マルシュさんの部屋に刀を忘れて来ました」

 突然ユーリが、しまった!と声をあげて手を叩いた。


「え!?」

 ルイスは驚いてユーリの腰回りを確認する。

 確かに、ない。まさか、剣士が命の次に大事だと言う剣をうっかり忘れることなどあるのか。


「ですので、もう一度忍び込みましょう」

 ユーリはいたずらっぽくにこりと微笑んだ。


「ユーリ、あなたは…」

 わざとだ。ルイスは嬉しそうに息をついた。



 再び市庁舎。先ほど入った裏手の扉も、二階の窓も閉められてしまっていた。

 施錠確認にリーエンが見回って閉めてしまったのだろうか。


「大丈夫、そんなこともあろうかと」

 そう言ってユーリは目の前の窓をガタガタとゆする。

「さっき簡単に鍵が壊れるようにしておきました」

 ぐっ、と上に持ち上げるように力を加えると、かしゃんと窓枠から外れて鍵が取れた。


「さ、さすがです」

 まるで盗人のような鮮やかさだ。物知りと言うレベルではない。

 音を立てないように静かに忍び込むと、二人は先ほどの政務室を目指した。


 さきほどまで点いていた明かりはほとんど消されていて、残っていた人たちも業務を終えて帰宅したようだ。人の話し声も気配もない。

 政務室の前で念のためユーリが気配を確認するが、中にいるのはマルシュ一人だけ。

 ルイスは軽くノックする。


「どうぞ」

 返答は思ったより普通だ。驚いている様子はない。


「あの…、またお邪魔をしてすみません」

 ルイスは恐る恐る扉を開く。


「待っておりました。晩酌の相手が欲しくて」

 マルシュはソファーに体を持たれかけさせて二人を手招きした。

 掛け湯をしたのか髪はまだ僅かに濡れていて服装もだいぶ簡素なものになっている。

 ルイスは部屋へ入り、ソファーに腰かけた。


「あれ、気付いてました?」

 ユーリは台座に置かれたままの刀を手に取り、ルイスの隣に座る。

 目の前には綺麗に磨かれたグラスが二つ、陶器の茶碗が一つ用意されていた。


「すまない、ユーリ殿が刀を忘れたことにはすぐに気付いたが貴殿らはもう少し私と話がしたいのではと思い、そのままにさせて頂いた」


「再三の不法侵入の無礼もありながら、寛容な対応ありがとうございます」


「とんでもない。あの場では言えませなんだが、アヤとイツキから、貴殿らの話は聞き及んでおります。私に残された最後の家族、命を救って頂き誠に感謝申し上げます」

 マルシュは立ち上がって頭を下げた。


「そっか、親戚って言ってましたね」

 マルシュはそのままキャビネットに仕舞われている豪華なブランデーの瓶を手に取って、自分とユーリのグラスに注いだ。


「アヤの母は私の姪にあたるのです」

 マルシュは話を続けながら、暖炉の火にかけてあった鉄釜から陶器の茶碗に乳白色の飲み物を注ぐ。


「これは一夜酒と言うジュラの山奥地にありますビシュ参道の名物でございます。アルコールのほとんどない甘味酒でございますので気に入って頂けるかと」

 マルシュは茶碗をルイスに差し出してソファーに座り直した。


「ありがとうございます、頂きます。最後の身内と言うのは、他のご家族は十数年前の事変で…?」


 ルイスの問いにマルシュはブランデーを一口煽って頷く。

「ええ。私だけではありません。あの事変で家族を失った者は多い。それはガーランドも同じ。それ故に、双方は癒えぬ傷を抱えたまま、今も互いを恨み続けているのです…。いや、私の話は良いのです。貴殿らは私に何か話しておきたいことがおありなのでしょう?」

 マルシュは足を組み直すと真剣な表情でルイスの瞳を見つめた。


「あの、しばらくアヤさんとイツキ君の傍でジュラの情勢を見届けさせて頂けないでしょうか?」


「ふむ…。見届ける、とは、そのままの意味で捉えてよろしいのでございましょうか?」

 マルシュはグラスを置いて腕を組んだ。


「はい。見て、知りたいのです。彼らの行く先を、この地の未来を」


「知りたい、と…?」

 理解しがたい要求にマルシュは不審げに眉をひそめた。


「貴殿らはアヤとイツキの恩人、感謝こそすれ無下に扱うつもりは毛頭ございません。いつまでもテレジアに逗留して頂いて構わないのですが、見届けると言う意味が理解できません。出で立ちも商いの見聞とは思えぬ風貌…貴殿らは一体何者なのでございましょうか」


「……」

 ルイスはちらりとユーリと視線をかわす。

 どう返答するかは任せる、と言うようにユーリは頷いた。


「すみません…はっきりと素性は明かせません。不審に思われるでしょうが、それでも私は、見て、知らなければなりません。知識を得て経験を養い、自らの扱える駒を選択肢として増やさなければならないのです」


「……」

 マルシュは真剣な表情のルイスをじっと見つめ、黙り込んだ。


「ルイス殿、私はテレジアの代表として、ジュラ連合の一端として、そしてアヤとイツキの保護者としてこの手で支えるすべてを守らねばなりません。時に様々な決断を迫られることもありましょう。私は何が選べ、どんな手が残っていて、何を信じれば良いか、すべて把握しておかねばならぬのです。貴殿らは敵ではないとは判断いたしましたが、味方でもないのであれば保護者としては受け入れがたいお話ではあります」


「味方になるかどうかは、時と場合によりますよ。私はルイスの護衛ですからそちらを優先はしますが、そのついでに一人二人守るぐらいは何ら支障はない」


「ふむ…」


「私は何の力も無い子供ですが、アヤさんとイツキ君の味方になりたいと思っています。先ほども言いましたが、私たちはそれを大きな声で言えるわけではありません。ただ、影ながら最善を導き出せるよう手助けをしたいと言う気持ちは嘘ではありません」


「…なるほど、お気持ちはよく分かりました。貴殿の瞳は真っ直ぐで淀みがない。その言葉に嘘はないと信じましょう。どうぞアヤとイツキの傍にいてやってくださいませ」

 マルシュはそう言って微笑んだ。


「ありがとうございます」

 ルイスはほっとして軽く頭を下げた。

 ユーリは空になったマルシュのグラスにブランデーを注ぐ。


「アヤさんとイツキ君たちは今後どうされるおつもりですか?」


「私と共にいることが最良と判断し、そのように二人にも伝えております。ガーランドから最初に届いた書状には二人が実行犯として名指しされており、逃亡の手引きをすればジュラ連合として暗殺の指示を認めることになりましょう。そしてジュラからは国家戦犯として扱われ兼ねない。戦争へ駆り出すわけでは無いが、名と素性を明かした上で正式に疑惑を晴らしていく必要があると考えております」


「分かりました。それを踏まえての進言ですが、ガーランドの動き、予想よりもずっと早いです。明日にも攻めて来ると思われます」


「ふむ…イツキも申しておりましたが、ルイス殿は何故そう思われるので?」


「あらゆる動きが開戦に向けて早急に進められているからです。恐らく事前にすべて計画されていた…。先の会談も、話し合いでの解決を求めるテレジアの方向性を変える為の演出でしょう。重大な領土侵犯、条約破棄の脅し、ここまでされてはジュラ連合として応戦の準備を進めせざるを得ません。事実、連合は集結しつつあるのですよね?あとはテレジアへ侵攻し幕をあげるだけ」


「確かに、すべて先に練られていたような速さで事態が動いておりますことには不気味さを感じておりました。しかしながら領土侵犯を行っている軍は一軍にも満たない数。テレジア軍を相手に何か出来るとも思えませんが」


「本気ではないのだと思います。彼らは軍隊規模での衝突と言う、事実上の開戦宣言を行いたいだけです。急ぐ理由についてはオリクトが起因となっていると私たちは読んでいます」


「オリクト?ガーランドの…『(つるぎ)』ですか?さすがにそれはあり得ませぬ」


「開戦一歩手前のこの状況がすでにあり得ないでしょ。オリクトが関わっていると言うことはエノテイアも介入するかもしれないってことですよ。まだあり得ないなんて言ってられます?」

 ブランデーを一口飲んで、ユーリは目を細めた。


「まさか、あの大国も一枚かんでいると?」

 マルシュはエノテイアと言う名に表情を曇らせる。


「いえ、恐らくガーランドがエノテイアを巻き込もうとしているのです。オリクトによる何らかの事態を隠すために戦を煽り、それを弁解に使うつもりではないかと。だから彼らは異常な速さで事態を進めている。エノテイアに真相を気付かれてしまう前に」


「……」

 ルイスとユーリの言葉に、マルシュは無言で考え込んだ。


「…貴殿らは私の知り得ぬ情報をいくらか持っていらっしゃるようだ。貴殿の予測通りであれば、我らが応戦しなければガーランドは自滅するように思いますが、いかがか?」


「明日の昼までには必ず何らかの行動があります。どのような手段で開戦へ持っていくのかまでは予測できませんが、ただの脅しではすまないかもしれない…。テレジアの守りが破られることはないでしょうが、どうか(あなど)らずに最大限で警戒して頂きたいのです」


「分かりました、貴殿の忠告、しかと受け止めさせて頂きます。オルガノ王には引き続き書状を送りつつ、テレジアの警戒態勢は一つ上にあげることと致しましょう」

 マルシュは立ち上がると、机に置いてある紙とペンを取って書面をさらさらと書いた。


 ルイスはほっとした様子で、小さく欠伸をしてしまい慌てて口元を抑えた。

 一夜酒で体が温まったせいか、急に眠気が襲ってきた。

「ふふ。さすがにそろそろ戻りましょうか」

 それを見ていたユーリが笑う。


「そうですね」

 マルシュに別れを告げ、二人は宿へと戻った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ