10,ゲームは人生の一部
「で、あの巫女のことどこまで信じるべきかね? 俺の『直感』が反応しなかったってことは罠ってわけでもないんだろうけど、ここまで話がスムーズに行くと疑わざるを得ないというか」
「その言い分ももっともだけど、まあ信じてもいいんじゃない? 兵士さんの言ってた三本柱って言うのも気になるところではあるけど、どうせすぐに出ていっちゃうわけだし関わることもないでしょ。最悪騙されそうになったとしても私達のスキルなら逃げられるだろうし」
「楽観的に考えて後で痛い目見るのは遠慮したいところだけど、あんまり深読みし過ぎても、あの巫女に不信感抱かせるだけかね」
「……うーん」
「なんか気になることでもあるのか? 嘘っぽいことでも言ってたとか?」
「そうじゃなくてね。巫女様の言い分ってさ、私達に帰って欲しいってことだったじゃん? 女神様の力を十全にするために、このスキルを返却してほしいって。でもさ、それって今のままでいいってことにならない?」
「……保守的なだけだろ」
「面倒臭い方向に話が進みそうだからって都合よく曲解しないの。今のまま。ようは、魔族との不仲がこのまま継続しても構わないっていうような姿勢。今すべきことは争いではないって言うのには納得するけど、それなら私達の力を借りてさっさと終戦させるべきなんじゃないかって思うんだよね」
「あの巫女が、ずっと戦争状態であることを望んでると?」
「そうは言わないよ。そうは言わないけど……」
そんな風に口籠る私を、多救は面倒臭そうに見る。別に本心から面倒とか思ってるわけじゃないのは分かるけど、さも自分の仕事は終わったみたいに振る舞うのはどうかと思う。そもそも巫女様との交渉だってほとんど私が進めたようなものなんだからお疲れ様の一言と共に膝枕くらいしてくれてもいいのでは。
そりゃあ多救が憎まれ役を引き受けてくれたから、巫女様からの信用を勝ち取ることが出来たのは認めるけど、功績で言えば八対二くらいの気がする。もちろん私が八ね。
役割分担自体はしっかりとしているから、多救の分野になったら任せればいいとは言え、一仕事終えた後にこれではやはり不満も溜まる。
私はその意思を頬をリスみたいに膨らませて多救に表現するが、苦笑いされただけだった。
世の男子にこんなことやったらいちころだというのに。多救はどうも昔から私といるせいで、私という少女の存在を何処か当たり前に感じすぎている節がある。それがどれほど恵まれたことなのかを自覚していない。
私が一週間に何回よく知りもしない相手からの告白をのらりくらりと躱していると思ってるんだ。多救に怒りの矛先が向かないように結構頑張ってるんだぞ。
まあ、下手に多救に気を遣われてもそれはそれで面倒だから今のままでいいんだけどね。
「なんて言うか、私達のことを気遣ってくれてるのは事実だと思う。巫女様って人は凄い優しい。でも、裏が無いわけじゃない。巫女様的に、戦争が終わるよりも、今のままの方が都合がいいのかも」
「……確かに、終戦させるって口で言うのは簡単だけど、そこには積み重なった軋轢やら柵やらがある。そこらへんを有耶無耶にさせ続けるには今の状況が一番丁度いいのかもしれない」
「うん。私達十六人に下手に戦況をかき乱されたくないってことなのかな。そういえば、別に私達に合うのが楽しみだったって感じも無かったし、ひょっとして最初から私達みたいな協力者を探しに来たとか?」
「奔放って感じも無かったな、そういや。……軍師姫とかに対してはそういう風に見えるように振る舞ってるのかもな。今日みたいに、ある程度突拍子の無い行動を取っても、そういう性格だからで済ませられるっていう微妙なメリットもあるし」
「そもそも『鎮魂の社』って組織がどのくらい信じられるのかも分からないし。お姫様はやたら目の敵にしてたけど、さっきの話聞いた後だとわざとそういう風に見せてるって説もあながち……」
「一枚岩じゃ無さすぎないか?」
そう言って微妙な顔を浮かべる多救。組織間の連携のようなものをそこまで期待していたわけじゃないけれど、ここまできっぱりと亀裂が入っていると、困ったことがたとえ起こったとしても救援は望み薄な気がする。
私達は『鎮魂の社』に入信することで探索の自由を手に入れはするけど、現状の大きな後ろ盾を失ってしまうということ。とは言っても、このスキルさえあればそこまで後ろ盾のようなものは必要ないと言えば無い。便利すぎるしね。『交信』も『直感』も。
それにしても、本当に多救って異性に興味無いんだなと思う。お姫様にしろ巫女様にしろ、見た目だけは本当に整っている。小説に出てくるような、って言うか、コスプレみたいな服も来てたのに、多救は全然気にしない。
ある意味凄いとは思うけど、将来的には心配な要素だ。多救は果たして美人なお嫁さんを見つけることは出来るのだろうか。まあもし見つからなかったら私が美人なお嫁さんになる予定ではある。
両方の両親公認の仲なのだ。私は行き遅れとかそっちの心配をする必要がないのだ。惚れただの腫れただの言ってるクラスの女子は私からすれば遅れている。やはり幼馴染は最強のポジション。
要するに私が言いたいのは、多救は色仕掛けとか泣き落としとかじゃ陥落しないってこと。そういう点においては、間違いなく安心だ。
多救が行末葉雪を裏切ることは絶対にない。
「……巫女様さ、大陸って言ってたけど、他にも陸があるってことだよね? ってことはここって惑星なのかな?」
「さあなあ。そもそもの話、なんで日本語が通じてるのかって感じだし。言葉が通じるくらいだったら、女神様が授けてくれたスキルとやらの恩恵って話で片付けられたのかもしれないけど、こっちの世界の人達、漢字読めるし。意味わからん」
「一之瀬君の名前読めてたもんね。かと思えば名前は片仮名だし、顔は日本人顔だったり外人だったりするし、もうごちゃごちゃ。子供が適当に設定詰め込んだみたいだよ」
「巫女はシスターだしな」
「そうだったね。あれが一番意味わかんない」
まだこの世界の公用語とか、どういう文字が使われてるかとかは知らないけど、こっちの世界に来て早々に、一之瀬君はさも自分がクラスの代表者であるかのような振る舞いをして、真っ先にお姫様に名乗った。
まあ、中心人物であることに間違いはないんだけど、リーダーって言われるとそれは大分違う。
その会話の流れで、一之瀬君とその他のクラスメイトはよく読んでもいない書類に適当に名前を書いて、知らぬ間に国に仕える的な契約がされていた。私とか多救とか、不信感バリバリの何人かは微妙に名前を変えて誤魔化したけど、まあお姫様もその辺は気付いてると思う。
その漢字で書かれた名前を、あのお姫様は普通に読んだ。そもそも書類自体が日本語で記載されていたし、最初に声を掛けてきた時から日本語を喋ってたから気にならなかったのも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。
「多救さっきさ、教室での声が二重に聞こえたって言ってたよね? そんな風に聞こえたっけ? 私的には普通にスピーカーから流れて来たって感じの音質の悪い声だったけど」
「ああ、俺もそうだったよ。なんか『直感』的にそう言っとけって感じがしたから、適当なこと言っただけだよ。今のところ、『直感』に従って失敗だったことないし」
「適当だったんだ……。なんかあれ聞いてから、巫女様が急に乗り気になった感じがしたから、多救的な交渉術の一つかと思ったけどそういうわけじゃないのね」
「全然違う。そもそも完全な嘘だしな、あれ」
「でも、じゃあ巫女様はあれに何を感じたんだろう。二重に聞こえると何か不都合でもあったのかな」
「聞いて教えてくれるとも思えないし、今の関係性が下手に崩れるのも嫌だから訊くなよ」
「分かってるよ。私だってそこまで考えなしじゃないし」
「どうだか。地味に過ごしたいとか言いながら、クラスの中心に入って戻れなくなった奴の言うことだからな。いまいち信用できねえ」
「しょうがないじゃん。つぶらちゃんと小牧ちゃんがあそこまでぐいぐい行く性格だなんて最初は分からなかったんだもん。あんな風に一之瀬君に関わっていくような二人だって知ってたら関わらなかったよ」
熊渕つぶらと印目小牧は私の友達――友達、かな? まあ友達。
でも正直言ってあんまり近寄りたくない存在になっている。私としては何人かの友達とクラスの隅っこでこっそりと仲良く話せればいいなと思って高校に入学したのだけれど、待っていたのは私の外見だけに惹かれて話しかけてくる馬鹿ばかりだった。
これは自画自賛とかじゃなくて客観的事実。多救に言われたことだし。
今は皆お前の見た目が良いから近寄ってくるだけで、素の性格見せたら誰も近寄ってこなくなるから安心しろよ――とか笑顔で言われたけど、その直後私は多救の尻に蹴りを入れた。
二人は積極的な性格だった。可愛い系と美人系だったから、私もそういうのが目当てじゃないって分かって、普通に接することが出来る少ない存在になった。でも、一月くらいして私達三人のグループと一之瀬君のグループが合体した。
当初は私もまあいいかなと思ってたんだけど、夏休みに突入した段階で私は二人との接触を完全に絶った。新学期が始まっても特に必要以上のことを話す関係には戻らなかった。
面倒臭かったのだ。高校の人間関係というのは特に。
あの二人が私と友人になってくれたのは素直にありがたかったと思うけど、合体までの経緯が私にとっては綺麗に抜けていて、正直言って煩わしくなった。最初からそっちが目的だったのかと思うと、友情はあっという間に風化した。
別に世間話を振ってくれれば仲良く話はするけど、一之瀬君が最近どうとか言われても知らんのだ。興味がない。見た目がいいとは思うけど、格好いいとは思わないし。
結局、私は多救に依存しているのだと思う。
多救は素の私を知っていても近寄ってきてくれてるんだから、それだけで安心だって、蹴りにはそういう意味もあったけど、まあ伝わってないだろうし。
「その二人は生きてんだから、話しかけて来ればいいのに」
「繊細だった気がするから、私が行ってもどうにもならないよ」
そう、特に今の私にとってあの二人は非常にどうでもいい。
最悪帰る方法がなくたって、多救がいればいいとすら思ってしまっているのだから。
……ごめん嘘、やっぱりゲームやりたい。




