子供だって考える①〜悠理視点
テストの結果が微妙だ。
ホームルームが終わって、手早く帰り支度をしながら頭の中で解答を思い出す。
ケアレスミスを、いくつかやっちまった気がするんだよな………。
まぁ、朝にあんなことがあったんだし、動揺してたんだ、しょうがない。
「悠里〜〜、帰りどっかによってかねぇ?」
「悪い、今日用事あるんだよ」
誘いかけてくる友人達に片手を上げて断ればブーイングが沸き起こる。
試験最終日で今日は金曜日。
と、来れば、いつもだったらむしろ率先して繰り出してるんだからブーイングも最もだ。
ケド、緊急事態なんだよ、しょうがないじゃん。
言えないけどさ。
母親が朝起きたら子供に戻ってた、なんて。
おかしくなったと思われるか、面白がって見学に来たがるか。
どっちにしたって迷惑だ。
「どうせすぐに夏休みなんだからそん時でいいだろ。じゃあな!」
うちの家庭が少し変わってるのは周知の事実なので、「家の用事」を主張すれば割と角も立たずに開放してもらえる。
子供だって、相手の主張をちゃんと聞くし空気だって読む。
最も、そんな言い訳が通用しないやつだって突然いるわけなんだが。
「悠理、葵さんどうかしたの?」
足早に立ち去ろうとした俺を、追いかけてくる足音。
どうせ振り切るなんて出来ないので、素直に足を止める。
橘 琉唯。
いわゆる幼馴染、ってやつだ。
女みたいな優しげな顔に身長こそ高いけど一見華奢な体型。穏やかな話し口と相まって繊細で大人しいやつだと思われてるけど、実際は腹黒で気が強い。
実は、なんで公立校に通ってるんだと突っ込みたくなる資産家の息子で、誘拐対策のために幼少から空手に合気道を習ってるため、そこらの同世代じゃ敵わないくらい腕も立つ。
幼稚園の頃に出会って殴り合いの喧嘩をしてから意気投合してずっと一緒にいる。
父親が病気で急死した時も、黙ってずっと側にいてくれた良いやつだ。
それ以来、若干俺に対して過保護になって偶に面倒だが、そこはまぁ、良い。
問題は………。
「悠理がそんな風に焦る時は絶対葵さんがらみだろ?僕も行くから」
母さんが絡むと頑固モードが発動するところだ。
ぶっちゃけ、何がどうしたのか、こいつは母さんに惚れてると公言して憚らない。
どうしてそうなった?
たしかに、母さんは年の割には若く見えるけど。
20以上年上の親友の母親に恋愛感情持つとか、マジでどうしてこうなった。
流石に、今は相手にされないと理解していて、母さんに対しては息子の親友の「良い子」ポディションを取ってるけど。
そして、がっちり気に入られてるけど。
なんと、恐ろしい事に、向こうの親には宣言済みで更にその主張が受け入れられてるそうだ。
曰く「好きな人がいて、将来的には手に入れる予定なので婚約者はいりません」
いや、受け入れるなよ。
未亡人のおばさん(コブ付き)だぞ?
いくら年の離れた末っ子だからって自由にさせすぎだろ。
金持ち、意味不明すぎる。
そんな訳で、周りを説得済みの本人は、今は雌伏の時と良い子の仮面の下、セッセと点数稼ぎをしているんである。
それを実の息子にカミングアウトしてるのもどうかと思うんだけどな。
話逸れた。
そんな訳で、我が家の変化に敏感な琉唯に、今回の事を隠し通すのは不可能だ。
不可能、なんだけど………。
(話したくないなぁ〜〜)
思わずため息が漏れるのもしょうがないだろう。
脳裏に浮かぶのは、小さくなった母さん。
本人8歳から10歳くらいだろうって言ってたけど、こぼれ落ちそうな大きな瞳が印象的な美少女だった。
身内に、しかも仮にも母親に「美少女」なんていいたかないけど、客観的に見てそうだったんだからしょうがない。
母親の子供の頃なんて興味なかったから写真とか見た事なかったけど、そこらのキッズモデルになら負けないくらいに可愛かった、と思う。
それを琉唯に見せればどうなるか、なんて………。
うわぁ、想像したくねぇ。
「………なんで僕はそんな顔で悠里に見られてるのかな?」
「なんでもないです。ごめんなさい」
ニッコリと笑ってる顔の目だけが笑ってないとか、怖すぎる。
話しながらも足は勝手に動いて下足箱に着いて、靴を履き替えてた。
(まぁ、あんな異常事態、もう治ってるかもだし。そもそも、本当にあった事なのか?実は寝ぼけてただけなんじゃないか?)
そんな、半分現実逃避な淡い希望的考えは、わずか3分後には打ち砕かれるわけなんだが。
校門を出る生徒が、チラチラと横目で何かを見てる。
ココからは門の影になって見えないけど、誰か居るのか?
「なんか、ざわついてるね?」
違和感に琉唯も気づいたみたいで首を傾げてるけど、嫌な予感がジワジワと湧いてきて、冷や汗がにじんだ。
「なぁ、琉唯、裏門から出ないか?」
「は?ココまできて?」
「あ、いや、俺忘れ物したかも。教室戻って良い?付き合ってくれよ」
どうにか一度引き返して体裁を整えようとする俺に怪訝な顔をした後、琉唯がパッと顔を輝かせた。
「何言ってんだい?…………葵さん、お迎え来てるの?」
のに、勘のいい琉唯は俺の苦労を無に返す。
いや、まぁ、この態度じゃ何かあるってバレバレだ。
いや、落ち着け、俺。
いくら母さんでも、あんな状況のまま迎えにくるなんて馬鹿な事をする訳………。
いそいそと足を早めた笑顔の琉唯が俺の肩を押すように校門へ向かい、キュッと眉をひそめた。
そこには長身のイケメンが1人、所在なさげに立っていた。
「あ、安達さん」
母親の担当さん、ってやつだ。
スーツ姿がピタリと決まり、足の長さが際立っている。黙っていると整ってるため冷たそうに見える顔が、俺を見つけて綻んだ。
途端に柔らかな雰囲気に代わり、たまたまそばを歩いてた女子生徒が、その笑顔にやられてキャアキャアと悲鳴をあげて騒いでいる。
なんだ、この人を見てたのか。
まぁ、こんだけかっこいいんだから納得だよな。
他のお迎えらしいお母さん達もチラチラとこっちみてるし。
若いイケメンがこんなところに立ってれば目立つ。
さすがに母さんも自重したんだ。
良かった良かった。
「迎えに来てくれたんだ。なんか用事?母さんのパシリ?」
ホッとした気分のままに足早に近づく。
足取り軽い俺とは対照的に、琉唯が無表情になってるけど。
琉唯は、安達さんが嫌いなんだ。
と、いうか母さんの周りにいる男が嫌い、ってのが正解だけど。
恋するフェルターを通すと、すべての男がライバルに見えるものらしい。
難儀だな。
「アァ、おかえり。早めに出て来てくれて助かったよ。なんかいつも以上に居心地悪くて」
少し困ったように笑いながらも手を挙げて挨拶を返してくれる安達さん。
の、後ろから、ひょこりと小さな顔が顔を出した。
少し色素の薄い茶色の髪がサラリと流れる。
「おかえり〜、ゆう君」
ニンマリと笑うその顔はイタズラを仕掛けてくる時の母さんの表情そのままで。
(幼くなっても表情って変わんないんだなぁ〜、やっぱり内面が滲み出てくるんだなぁ〜〜)
思わず遠い目で現実逃避した俺は悪くない。
何してんの、この人。
「ハイ、撤収〜〜。帰るぞ」
このままココにいたら友人に捕まるのも時間の問題だ。速やかに移動、移動。
無表情のまま小さな背中を押して、驚いた顔で固まってる琉唯の手を引く。
「安達さん、車はいつもの駐車場ですよね?行きますよ〜」
なんでか安達さんが怯えたような顔でコクコクと頷いてるけど、どうしたのかな?
背中を押す体もなんだか動きがぎこちないけど、気のせいだよな。
とりあえず、車内でじっくりお話しような、2人とも。
読んでくださり、ありがとうございました。




