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勘十郎殿・林・柴田御敵の事其壱
天文二十四年六月二十六日、織田光京に代わって守山城の城主となった織田孫十郎次京が、龍泉寺下の松川の渡しで若侍を引き連れて川狩りをしているところへ、若い侍が一人で馬に乗って通りかかりました。
「どこの馬鹿者だ、城主様の御前を馬に乗ったままで通りおって」
次京の家来の洲賀才蔵という侍が弓を取り、矢を射かけると、その矢は若い侍に当たり、落馬してしまいました。
次京達が川から上がって落馬した若い侍を見ると、驚いた事にそれは左京の弟の喜六郎秀孝でした。
歳は十五、六で、肌は白粉を塗ったように白く、赤い唇で柔和な姿、容姿端麗、世の中にそれ程居るとは思えない美形でした。
次京達はほぼ同時に仰天し、蒼ざめてしまいました。
次京は取るものも取り敢えず、守山城にも戻らずに、その場から馬に鞭入れてどこかへ逃げ去ってしまいました。
それから数年、次京は不遇の時を過ごすのでした。
この一件は、秀孝の兄である行京の耳にも入りました。




