4-2
「幻影転身!」
自身を魔物たちと同じモノ――精神体にして、より干渉しやすくする。同時に干渉を防ぎやすくする。不死族がよく使う攻撃手段であり、防御手段だ。
現実に現れると『脆い』イメージで形作られるデスサイズのプロスだが、その存在はすでに大罪に並ぶほど強力な識格を持つ。なまじの魔物に彼の存在を侵すことはできない。
(形と能力も、人のイメージままなんだな)
【そうだ。だから俺には物理攻撃が利きにくい。いや、本当はいっちゃん弱いんだが、効きにくくする術を始めから持ってる。人間が俺に与えた形が、どっちかっつーと精神体から抜け出さないイメージだからだ。テメーで倒しにくい属性与えるんだ。業な生き物だねェ】
(アンデットなんて、恐怖の象徴みたいなものだからな)
【自らの武器は効きにくく、相手の武器には傷付けられる。だから俺には、斬れねェもんはほとんどねえ!】
「瞬影・冥腐蝕衝!」
プロスの鎌そのものに魔法陣が浮かび上がり、発動する。
振るった軌跡は衝撃波となり、水面に広がる波紋のように、大きく外側に向けて広がって行く。黒い魔力を帯びた衝撃波に触れた魔物は一瞬で蝕まれ、全身を黒く染め上げ四散する。
もし梗が東京に留まり防衛線に参加していれば、一般の幻想狩人一部隊による斉射およそ三撃分ほどだと、露骨な結果が浮き彫りにされたことだろう。
一気に開いた塔までの道を、駆け抜ける。
【わーお】
「……。空郷さん……本当に、強いんですね……」
引きつった棒読みで感嘆の声を上げるアストレイアと、幾分気後れしたようなアデリナを振り向いて。
「後悔してるなら戻っていいぞ」
「戻りませんっ。私だって――」
ヴッ。
両手を広げ、アデリナが方向も見ずに左右に作り出した魔法陣が、道を狭めようとしていた魔物を、さらに焼き払う。
「中央第二支部では、期待のエースでした!」
「その年で魔神種クラスにまで育ててんだから、分かってるよ」
【ちなみに、俺が魔神種カテゴリーに入ったのは、旦那が十四の時だがね】
「うっ……くっ……」
どうやら、それよりは遅かったらしい。
「プロス、余計なことはいいっつってんだろっ」
せっかく浮上させたのに、またアデリナの気分を沈ませてしまった。
【へいへい】
「私っ、負けませんから! すぐに空郷さんの隣に立ってみせますっ!」
「俺は、後ろにいてくれた方が嬉しいんだが」
「何でですか! 足手まといな私が悔しがるのがそんなに楽しいですか! 最低ですっ!」
「それはプロスだ。そしてお前の中の俺像は、一体どんななんだ」
よほど悔しかったらしい。赤くなって叫ぶアデリナに、少し呆れつつ。
「後ろにいてくれた方が、守りやすい」
「!」
思っていなかった言葉をかけられ、アデリナは目を見開き先程とは違う理由で顔を紅潮させ、はくはく、と口を無言で二、三度開閉させてから。
「かっ、空郷さんは、卑怯です。最低です。不意打ちとか……」
「は?」
振り向いた梗が、平然としているのが、アデリナにはまた悔しかった。
「私! 絶対、負けませんからっ」
「あ、あぁ?」
アデリナの気迫の意味が分からず、仕方なしにうなずいて誤魔化すと、プロスとアストレイアが楽しげに笑った。
訳が分からない。
「炎爆破!」
怒りの全てをぶつけるかのように、アデリナは再度現れた入口付近の魔物を、入口ごと爆破させる。
広くなった入口から塔の中へと梗、アデリナと飛び込んで――つい、足を止めてしまった。
「これが、塔の中か」
目に映った塔の内部を、ぐるりと見回して梗は呟く。
「私、塔の中に入ったの初めてです」
「俺もだ」
災厄の塔自体は、もちろん、研究をされていた。魔物の発生地点なのだから、原因究明を求めて当然だ。
しかし、昨今では内部までの調査は時期尚早だという見方がされ、あまり進んでいない。
理由は二つ。一つは発生地点ゆえの魔物の多さ。塔全体が発生装置であるようで、脈絡なくいきなり現れるのだ。不意の一撃を受け命を落とした研究者や幻想狩人も多い。
もう一つの、そして最大の理由は、調査に同行した幻想狩人が従えていた魔物に乗っ取られる悲劇が結構な割合で発生したためだ。
魔物を強力にする何かがあるのだろう、という見方がされている。
その顛末を知っているからだろう。ごくり、とアデリナは唾を飲み込む。
【うふふ。怖いの? アデリナ】
「怖いわけないでしょう!」
魔物の言葉に惑わされるのは危険だと重々承知しているアデリナは、強い語調でアストレイアの言葉を否定した。
「あぁ、心配ない」
虚勢で言った言葉に断言が返ってきて、思わずアデリナは梗を見上げた。
「ここは多分、魔物を強くする場じゃない。少なくとも、アストレイアは」
【……あら。嫌ぁね。知ってるの?】
「あぁ」
【じゃあアレが何か、ここが何かを本当に知りながら来たって言うの? 剛毅なこと】
【当り前だろう? 何しろ俺ァ、強欲でね】
「……?」
交わされる会話の意味がよく分からずに、アデリナは答えを求めて梗を見つめた。その背をぽん、と叩いて促して。
「ここは人を弱くする場だ。多分な。だから魔物に喰われやすくなる。それだけだ。ちゃんと自分の心を制御してれば問題ない。行くぞ」
「は、はい」
塔の内部は、きらびやかだった。
床はフィオールディペスコを基調とした、大理石でのモダイク模様。壁に等間隔で立ち並ぶ、黄金で装飾された円柱。白大理石の台座に飾られた、クリスタルの彫像。壁に彫り込まれた精緻な彫刻。光源の原になっているランプはダイヤモンドの輝きだ。
「何か……成金くさいです」
「そういう偶像だったんだろ」
頂上までは、延々螺旋階段で繋がっているようだった。はるか頭上に針の穴ほどの光が見える。
螺旋階段の踏み板は、厚みのある黄金。そこにはサファイヤ、ルビー、エメラルド、オパール、マラカイト、ガーネット、ジェット、アメジスト、色とりどりの宝石が砕いて散りばめられ、魔性の灯りに輝いている。
見ていると、少し頭が痛くなる。光の反射のせいだろうか。
(……踏み板一つ持って帰っても、結構な金になりそうだな)
だからどうだという訳ではない――はずなのだが、うっかりそんな感想が頭をよぎる。
【旦那、早速当てられてるぜ。俺ァ別にあんたを喰おうとは思っちゃないが、突け入られる隙を作るのは感心しないねェ。ここで金勘定はやめときな。取っ掛かりにされちまう】
「!」
プロスに苦笑と共に囁かれ、ぎくりとして我に返った。
強欲そのものから生まれたプロスから諫められるとは、立つ瀬のない話だ。
「空郷さん?」
「……アデリナ」
梗の動揺に気が付いたのだろう、呼びかけられ、後ろを歩くアデリナを振り返れば、きょと、として不思議そうに梗を見ている。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。お前、凄いな」
「何がですか?」
「いや、欲に負けないあたりが」
本格的に囚われた訳ではなかったが、意識させられてしまったのは確かだった。
忠告した自分の方が、金品などというあからさまなものに誘惑されてしまった。若干恥ずかしい。
「? これですか? だって、気持ち悪いじゃないですか」
ためらいなく、アデリナは鋭い爪のついた足で床を蹴りつける。大理石にしっかり削られた跡が付いた。
「人を殺す塔にあるものです」
「そうだな」
うなずき、梗は心に侵入しようとしてくる何かを意識して締め出した。
なるべく頂上のことだけを思い描き、螺旋階段を駆け上がる。
登っている間にも、吹き抜けになっている塔の中央で、次々と魔物が生まれて行った。そのまま階下に落ち、外へと出て行く。運悪く階段に現れた魔物は斬り伏せ、ひたすらに階段を駆け上る。
始めは点のようだった光が段々と大きくなり、四角く切り取られた出入り口の形を取り――抜けた。