秘密〈Epilogue〉
花びらのような、微かで柔らかい感触が、私の唇を掠めたような気がして、目が覚めた。
真っ白なシーツの、硬いベッドの上にいた。
病院かとも思ったが、ベッドを隠すように垂れているカーテンの隙間から、
武骨な灰色のデスクが見えて、ああ学校かもしれないと気付いた。
「十波」
名前を呼ばれて、声がした方へ顔を向けると、叔父がいた。
「気が付いた?」
「…どうして」
「廊下で突然倒れたんだって。貧血。義兄さんも姉さんも電話が繋がらなくて、俺に連絡が」
安心したように微笑んだ彼の背後からは日の光が差し込んで、柔らかく彼全体の輪郭を照らしていた。
この年若い母方の叔父とは十歳も年が離れてはいない。
叔父の側には筒型の図面ケースがあった。
「仕事中だったんじゃない?迷惑かけてごめんね」
「いや、ちょうど事務所に帰るところだったから」
ベッドの上で身体を起こすと、頭がまだくらくらとする。
「喉、渇いてない?」
叔父が差し出したペットボトルに入った水は仄かに檸檬の味がした。
よく冷えていて、美味しい。
口許を拭い、ふと唇で手が止まった。
…目覚める直前、誰かに触れられたような気がした。
あれは、夢?
「眠っている間、誰か来た?」
叔父は首を傾げた。
「さあ?俺が来る前は分からないな」
僅かに開いた窓から風が流れて、白いカーテンを揺らした。
叔父の髪の毛が揺れ、目元の黒子が見え隠れする。
彼が私の方へ手を伸ばし、頭をやや乱暴に撫でた。
「…帰るか。家まで送ってく」
「うん」
ベッドをおりて、自分の鞄を探してきょろきょろしていると、先に扉まで歩いていた叔父が持ってくれていた。
追いついて、廊下を並んで歩く。
ふわりと風にのり、彼の方から白檀の香りがした。
「そういえば、夢をみていたよ」
ああ、そうだ。
私の誰にも言えない、この想いこそが。
「どんな?」
私の―…
「秘密」




