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プロローグ

誰かがこの話を聴いたら、口を揃えて馬鹿にするだろう。

 だが、これは紛れもない現実だった。

 ─────ただの恋の話。

 世界を脅かす最悪にして、最高の初恋だった。




 十二月三十日

新しい年を迎えようと、人々は新年を迎える準備に追われていた。

大型ショッピングセンターのアパレルで働く奏もその一人で、大晦日とお正月のセールのため、夜遅くまで働いていたのだった。

タイムカードを切った時には、既に日付が変わっていた。

活気が消えた町の中を冷たい風に殴られながら、奏はロードバイクで走らせる。

雪が降るとスマートフォンのニュースで流れ、少し急ごうと、ロードバイクを加速させる。

 力を込めてペダルを踏んだその瞬間、爆発音と共に地響きを立てて町が揺れ動く。

「─────なっ?!」

奏は、泡得てブレーキをかけ、辺りを見回す。

道の先に車が二台止まっているは見えたが、それ以外はこれといった変化はなかった。

炎もない。人の騒ぎ声もない。煙の一つすらない。

だが、確かに爆発音は奏の直ぐ後ろからした。

息をのんだ瞬間、何か大きく黒い影が奏の前を横切った。

それを認識した途端、頬がじんわり熱くなる。

奏は頬に手を当てると、指先が赤く染まる。

奏が後ろを振り向くと、視界に入ったのは斜めに切断され、徐々に崩れていく二十階程のビルだった。

「え……」

轟音が響くと、理解が追い付きロードバイクに飛び乗り、死ぬ気で漕ぎ出した。

「いやいやいやいや! ありえねぇだろうが!」

明らかに一か所で起きた事故ではない。

一刻も早く離れようと更に加速しようとした瞬間、

 体が軽くなった。

 地面がいつもより遠い。

 全てがゆっくりに見える。

 いや違う。

 段差でロードバイクに投げ出されたんだ。

 その事実に気づく前に奏は地に強く叩きつけられる。

 胸を強く打ち付け、息ができない。

 視界が安定しない。

 火の揺れがゆっくり揺らいで見えている。

衝撃で視界が遠のき、崩れていくビルが迫ってくるのを見ながら、奏の意識は途絶えた。 

雪が降り始め、奏の頬に触れる。

目を覚ました時、奏は瓦礫の隙間に挟まれていた。

体は擦り傷や打撲が数か所に加え、左足がコンクリートの瓦礫に潰されている。

「あぁ、生きてたわ……」

口から無意識に吐かれる言葉。

呼吸を整え、痛みを堪えながら瓦礫から足を引き抜く。

激痛が駆け巡るが、いつ崩れるかわからない瓦礫の空間の中で見つけた外の光に向けて這いつくばって進む。

やっとの思いで出た途端、瓦礫の空間は崩れ落ちた。

「え……何…これ」

視界に広がるのは、崩壊した街だった。

あったはずのビルは、瓦礫となり、木々は燃え盛り、地面は砕け、ガソリンと焦げた匂いが充満している。

その異常と言える光景の中で彼女はいた。

灰髪をたなびかせ、武士にも似た和装を纏う。

手に握られた刀は白熱し、蒸気を上げる。

九本の白い尻尾、右耳の欠けた獣耳。

見た目は、少女なのに、その容姿とは程遠く、周囲の空気を凍結させるほどの殺気を放つ。

彼女の見る先には、7メートルいや8メートルの四肢を壊れた鎖で繋がれた巨大な狼がいた。


「フェンリル……」


そう少女が呟いた瞬間、姿を消した。

次に認識した時、フェンリルの四肢は根元から断ち切られていた。

暴れながらもその巨体が崩れ落ちる。

少女は、フェンリルの背後に立ち、呼吸の一つすら乱れていない。

圧倒的な力量。

だが、終わってない。

フェンリルの断面から液体のようなものが四肢を象り、再生を始めた。


「面倒……」


少女が刀を鞘に戻し、駆け出す。


「妖式抜刀術」


静かな声と共に抜刀し、赤い炎の中から黒く巨大な骸骨が姿を現す。

「躯の化身蛾者髑髏」

その巨大な骸骨は拳を振り下ろす。

地鳴りのような衝撃が伝い、フェンリルは抵抗する間も与えられず、その巨大な拳に押し潰される。

何度も、何度も、何度も、何度も、執拗に振り下ろされる拳。

フェンリルの姿が無くなるまでそれは続いた。

少女が、跡形もなくなったフェンリルを確認する。

少女は不機嫌そうに頬の血を拭う。

奏は足の痛みを忘れて、動き出す。

そこにあるのは、感謝の気持ちではない。

奏を動かすそれは、子供のような純粋な好奇心だった。

奏が声をかけようと、口を開いた時──。

「終わった。拾って」

とつぶやき、少女は光に包まれた。

「待って。待ってくれ!」

「え……人?」

少女が奏に気が付いたその瞬間、姿を消した。


これが全ての始まりだった。


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