決着
本来であれば桜子は自宅で紫苑の父親と待機しているはずだったが、急な仕事が入り事情を知らない父親は出掛けて行ってしまった。1人で待つ事に堪えられなかった桜子は、学生時代からの親友に会いに行く事にした。親友の家に向かう途中で手土産を買おうとお店に立ち寄ろうとした時、向かいにあるスーパーから子供が1人出て来た。子供は桜子に近づくとスンスンと鼻を鳴らす。ぎょっとする桜子をよそに無遠慮に近づく子供は満面の笑みで顔を上げると金色の瞳が輝いた。
桜子の心臓が警鐘を鳴らす。ゆかりの眷属が近くに居るはずだ。ちらりと視線を泳がすと金眼が微笑んだ。
「くっついてたのなら捕まえちゃったよ。それより、すごくいい匂いがするんだね! なんて呼べばいい?」
「……。桜子よ。」
会話を続けながら、この場を切り抜ける方法を探る。
「あなたの名前は?」
「僕に名前はないよ。許してないからね。だから桜子は好きに呼んだらいいよ!」
「いつもは何て呼ばれてるの?」
「うんとね~。金眼。」
得体のしれない威圧感はあるものの、屈託のない笑顔を見せる金眼は普通の子供のようだった。しばらく話をしていると、魔物さえ関わっていなければこの子は自分の弟だったのだと頭を過ぎる。思わず愛着に似た感情が湧いてしまった。
「やっぱり桜子はいい匂いがするね。僕、桜子が気に入っちゃったよ。」
パチンと指を鳴らす音が響くと桜子は意識を失ってしまった。
気がつくと狭く薄暗い空間で横になっていた。クロスの掛かったテーブルの下に潜り込んだ時の感覚に似ている。目の前に垂れ下がっている布を持ち上げ辺りを確認すると、全身の毛が逆立ちクラクラと眩暈がする。最悪な記憶が蘇り呼吸が苦しい。憤怒の感情で体が熱くなる。テーブルの下のような空間から這い出すと、紫苑の首を絞めている金眼を怒鳴りつけていた。
「あれ? 目が覚めたんだね。……怒ってるの?」
金眼は、桜子の様子に不思議そうな顔をする。
「今すぐにその手を離して! 紫苑から離れなさい!!」
立ち上がりズカズカと向かってくる桜子と、意識を失いかけている紫苑を交互に見る。パッと手を離すと紫苑から距離を取った。
「離したから怒んないで。桜子が嫌ならもうしないから。」
「当り前よ! 娘に触らないで!!」
一気に肺に流れ込む空気に咳込みながら、徐々に意識が戻ってくる。肺の痛みに耐えながら紫苑は状況を確認しようと努めたが、ぼやけてよく見えない。段々とはっきりとし始めた視界に飛び込んで来たのは信じられない光景だった。
「ママ? なんで……」
喉が痛み、掠れた声が漏れた。何故ここに自宅で待機しているはずの桜子がいるのか理解出来ない。紫苑を庇うように立ちはだかり金眼を怒鳴りつけている。まるで母親に叱られた子供のように悲し気な金色の瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。
(どうなってんだ。何があった?)
紫苑が困惑している間も桜子の怒りは収まらない。1度点いた火は烈火の如く燃え上がり、金眼を追い詰めていく。紫苑に危害を加えた金眼を完全に敵と認定した桜子は一切容赦しなかった。ついに金色の瞳から涙が溢れた。
「桜子は僕が嫌い?」
「娘を、紫苑を殺そうとしたのよ!? 大嫌いよ!!」
桜子の絶叫に空気が凍り付く。紫苑は反射的に手印を組むと桜子の前に結界を張った。金眼の放った雷が轟音をとどろかせる。辛うじて防いだが結界も砕け散った。
(不味いな。)
怒りに我を忘れた桜子はやり過ぎてしまった。金眼の体が足元からじわじわと闇に染まって行く。桜子に拒絶された悲しみが怒りにすり替わってしまったのだろう。何度となく雷を放つ金眼からは明確な殺意が感じられた。攻撃される度に結界を張り直していくが、防戦一方で埒が明かない。
「邪魔するな!!」
苛立った金眼が再び雷を放った。結界が砕ける。僅かに力の上回った金眼の攻撃が紫苑の頬と桜子の腕を掠め鮮血が散った。
「っつ!」
痛みに桜子の顔が歪むと一瞬、金眼が怯んだ。
「こんの駄々っ子がぁ!!」
紫苑は拳に霊力を集め金眼に向かって走り出すと、思いっきりげん骨をお見舞いした。呆然とする金眼に紫苑がたたみ掛ける。
「お前なぁ。マジでいい加減にしろよ!? 不貞腐れて自分の姉ちゃんに怪我なんかさせてんじゃねぇよ! まぁまぁ本気で殺しに来るとか頭湧いてんのかよ!?」
「……。姉ちゃん?」
金眼は顔を上げると紫苑を凝視した。
「そうだよ。お前とママは姉弟なの! 家族なんだからちゃんと謝れ!!」
「家族……。」
すっかり殺気の消えた金眼の手を取り、桜子の前に連れて行くと『ほら!』と紫苑に促された金眼がおずおずと声を掛ける。
「桜子。怪我させちゃって、ごめんなさい。」
しょんぼりとする金眼に気まずくなった桜子は視線を彷徨わせる。
「ママ。大人げないよ。」
「うっ。分かってるわよ! ……私も悪かったわ。ごめんね。」
繋いだままの手を軽く引かれ、紫苑が金眼に視線を落とすと上目遣いに見つめてくる。
「紫苑も殺そうとしてごめんね?」
「物騒な謝罪だな! 2度とすんなよ。」
金眼はふふっ。と笑みを漏らし桜子を見上げると、紫苑の手をぎゅっと握った。
「桜子。お願いがあるの。」
「お願い?」
「うん。僕に名前をくれないかな? 桜子に名付けして欲しいんだ。」
桜子は息を飲むと首を横に振りながら紫苑を見る。
「諦めなよ。弟に姉ちゃんから初めてのプレゼントだとでも思いなって。」
「……仕方ないわね。」
桜子は少し考え込むと、屈んで金眼に視線を合わせた。
「静桜。あんたのママと私から1文字ずつプレゼントよ。」




