Chapter 8-2
「あーー、むかっつくぅ!!!」
「はしたないですよ、ギルドマスター」
城塞都市シェアト、その中心地にある冒険者ギルドの、一番偉い役職たるギルドマスターを務めるルディナはギルドマスターと名のついたプレートを蹴り飛ばして椅子にもたれながら子供のように駄々を捏ねている。
秘書を務めるルイは嘆息しながら注意するも「分かってる」の一点張りで今の態度を改めようとしない。
「ギルドマスター、何をそんなに嫌々なのでしょうか?」
「あんた、分かってて言ってるでしょ?」
「はて、なんのことは存じ上げませんが?」
これもいつものやりとり。
ギルドマスター、ルディナは机の上にバン!と叩きつけるように置いた羊皮紙をルイは「失礼します」と受け取り拝見する。
「いや、まあなんと言いますか……足元見てますね王宮の方々」
「そうよ、人の足元なんか見て楽しいのかしら。とっくにしつこいのはルートゼラ公爵のバカ息子よ!あのロリコンめ、何度言えば分かるんだ!」
「へえ、自覚はおありなんですね?」
ピシッとひび割れる音がする。
ギギギ………と錆び付いた音を立てるかのようにルディナがこちらに向かって顔を向けてくる。
その顔ははっきり言って怖い。
「ル〜〜〜イ?」
「自分で掘った墓穴で御座いましょう?」
ピシッと再度固まるルディナ。ギルドマスターにして英雄のカケラもないその様はルイからすればそれはもう口が歪み愉悦で唾が零れ落ちそうで……それを見ていた彼女、ルディナの目元には大粒の涙が浮かび。
「う」
「う?」
「うわぁああああああああああああああんっ!!!!」
決壊した。
幼女姿で、戦役を体験した英雄でありちょっと訳ありの経歴持ちだがこう見えても彼女も乙女。
しかし、人間計算では行き遅れもいいところであり、それをかな〜り気にしていることはルイも知っている。
が、今回はルディナ自身の自爆でありルイはただ焚きつけただけ。悪くないったら悪くないのだ。
……ほんの少しだけ悪戯心があったのは秘密ですよ?
「いいもん、いいもん!!成長期に入ったらナイスバディになるんだからっ!!」
身振り手振りで理想の体型を示すが現実は非情である。先ず、彼女は15年前の戦役経験済みであり、その時点で人間でいう成人は既に済ましている。それを知るルイは当然、
「獣人、狐人の成長期とっくに過ぎてますよね?」
「バカァ!!」
ドのつく正論をいう。
それを認めようとしないのは、多分意地だろう。
握りこぶしを駄々をこねる子どものように振りかぶり、ルイは身長の差を使い頭を抑えそれ以上進ませない。因みにルイが163㎝に対しルディナは151㎝である。
こんな下らないやりとりに水を差すように扉の叩く音が響く。
直ちに仕事モードに切り替える二人。「入れ」と言うと一人の女性、受付嬢を務めるモナが入室する。
「用件は?」
「調査結果が終わりました次第でしてその報告書で御座います」
ルイがモナに近寄り尋ねるとモナは羊皮紙数枚を取り出しルイに提出する。
受け取った報告書をパラパラと流し読みで確認するとモナに対し目配せする。
「たしかに。受け取りました。では、業務を続けてください」
「失礼いたします」
彼女が退室し、気配がなくなるとルイはルディナの元へいき受け取った書類を手渡す。
彼女もルイと同じく流し読みで書類の書かれていることを把握すると机の上に乱雑に起きため息一つ。
「ギルドマスター、書類は丁寧に扱ってください。せっかく纏め上げた……地下遺跡での報告書ですよ?」
「分かってるわよ、けど。どれもこれも胸糞悪いものばかりじゃない。やっぱり魔族は魔族ね」
「それは……「ストップ。それは言わせないわ。獣人も魔族に数えられていることは知ってる。けど、それを言う資格はない」申し訳ありません」
どれもこれも胸糞悪いものばかり。
報告書はクライア地下遺跡最深部においてまとめられたもの。ジッドやオルストなど出向いた彼らからの証言をもとにニアスやリムを同伴してギルドの調査団が派遣された。
そこにあったのは、壮絶な一言だったらしい。
人体実験が主であったらしく、最も多かったのは人体に寄生することで宿主をコントールする蠱面蟲を使った人体改造だ。
体の一部を変態させたり、結合、分解を行い兵器開発を行っていたようだ。
完成間近の個体もあったが、調査団が踏み入れた瞬間にドロドロに溶けたという。
ここまではまだ耐えられたのだが……。
「まさか……行方不明になっていた子供達があんな実験体にされていたとはな」
そうだ。
施設を隅々まで探索したところ、見つけてしまった。
体の一部を残して培養液に浸けられた幼い子供達を。
そして、その中にある一部は先日クライアの外に出現した屍者と化したものもあった。
「絶対に許さない……!こんなクソみたいな事した奴にはルディスの真名解放ですり潰してやる!!」
「同じ意見ではありますが……主犯につながるような証拠がないのが辛いですね。幸い、残されていた文字から魔族に通じるということは分かりましたが……」
そこなんだよなぁ……とため息をつくルディナ。
証拠もあまり参考にならない上に犯人につながるものは恐らく軒並み持ち去られた後だろう。
「ルイ、そういえば魔族と言えば奴隷商館で保護したーーダークエルフの双子がいたな?」
「あの子達ですか?ですが、あの子達は泥とは無関係だと思いますけど?」
「む、そうは言っていないだろう。ただ、報告によれば既に意識は覚ましていると聞いたが?」
「ええ。既に目を覚ましていますよ。今はたしかエレンさんが面会をしているはずです」
「あいつか……」
経歴は不明。しかし、容姿は貴族らしく立ち振る舞いもどこかそれを連想させる。
経歴不詳などギルドには吐き捨てるほどいるため詮索はあまりしていない。というか、規律によりご法度である。
そこはさておき、今回のクライアの件でランクを一つ上げそれに伴い褒賞も上げたはず。
ルディナはエレン…エストレアに対しよく分からない感覚を覚えていた。
体の奥から縛られるような感覚。支配されているのではなく、自ら跪きたくなるような……。
いったい何者かと調べようとしたが、やはりというか無闇に素性を詮索する行為なため泳がすことにしてある。
「ルイ、あと何かあったか?」
「えぇっと……そうですね。毎年恒例の仮面舞踏会がありますね」
パサっ、と書類を落とす音が聞こえた。ルイは視線を向けるとポカーンと間抜け面を見せているルディナに対し長年の付き合いゆえか即座に理解すると「ぷっ」と吹き出した。
「え、マジ……?」
「マジですね。良かったですね、愛しの殿方が見えるんですから」
「殺す………!」
ルディスをいつの間にか持ち出し床を陥没させている。それを見てわざとらしく、「きゃーー」と棒読みで流す。
まあ、彼女がこうなったのはただ一言。
性癖は人それぞれである。
●●●
視点が変わり、ここ恰幅亭の一室。
ベッドに腰掛けるエストレアの前には青みのある黒髪と褐色の肌を持つ耳の長いダークエルフの姉弟が俯いて立っている。
エストレアはまだギルドに対しこの双子の処遇、即ち引き取る旨を伝えていない。
それに真正面から恰幅亭に入ったのではなく、あのマリウスによる空間転移でエストレアの自室に転送されてきた次第である。
今、エストレアが考えていることはひとつだけ。
この双子と交流を深めるべく下の食堂で食事を交えようとしているのだが………。
彼らの見た目が問題である。それだけではない。
【何考え事してるのかな〜?】
エストレアの肩に乗るミニアグルもまた然り。
そんなエストレアの考えが読めていたかはさておき。
【平気だよ、僕に関しては君以外に見える人はいないだろう。それだけ気配を薄めているけど、血縁である彼らは別さ。ねえ、君たちもっと笑わないと、ね?】
「い、いえ、畏れ多くて……」
「いじめてやるな、アグル神よ。後、姿隠して笑ってるマリウス、出てこい」
「あはは、本当に君は見つけるのが上手いね。これでも僕最強の魔法使いなんだけど?」
「よく回る口だ。本当は隠すつもりもないくせに」
てへっ、とお茶目なポーズをするマリウスに殺意を覚えつつ本当に今後どうするか決めかねていた。
従者になれと言われ困惑している二人もそうだが、エストレア自身もこの二人をどう扱うか決心がつかないでいる。
本当に、まいってしまう。
決められた運命の上を、何ひとつ理解できぬまま進んでいる感覚。抗うことさえ考えることもできず時が過ぎていく感じがエストレアは嫌いだった。
「二人を公にするか、否か……か」
「んーー、それよりも君は行くべき場所があると思うよ。あの兎人の子と一緒にね」
マリウスの一声により、エストレアは電撃に打たれたような衝撃が走った。
何故、思い至らなかったのか。いや、ここまで濃い出来事が続いたためか。
そう、孤児院に行くこと。
それが一番優先の高いことだった。双子も重要だが、泥の行き先がすでに割れている今、分かっているだけの真実を伝える必要があるだろう。
ーー連れ去られた子供達は皆死んでしまったことを
しんみりとした空気。
元々、そんなことは無関係と言わんばかりに神アグルとマリウスは他所にエストレアの心情を理解したのか双子も表情が優れない。
くぅぅぅーーー………
いや、見た目相応のお腹が空いた合図にくすっ、と笑い双子の頭を撫でる。
嫌がるそぶりは見せず、かといって成されるままでは恥ずかしいのかさらに俯いてしまう双子。
「だが、その前にお前達の飯を済ませないと行けないな」
その横ではマリウスとアグルがやれやれと言わんばかりに苦笑いをひとつ、エストレアらに向けていた。
ーーー
ーー
ー
「え!?この子達が!?」
「あ、ああ。見ての通りなんだが……、私が引き取ろうと思って。一応、パーティーである皆には知らせておこうかな、って」
「ダークエルフ……、実際に見るのは初めてだな」
「(無言で頷く)」
エストレアはフードなど隠すものを着せず、パーティーのメンバーを信じて対面させた。
二重刻印は解除できていないが、いらぬ誤解を招かないようにすでに効力のない首輪を装着させてある。
事情の知らない、ほかの利用客はダークエルフだとしても奴隷の証を見て、そういうものだと認識するはずだ。
無論、このことは彼らにも言ってある。
くぅぅぅーーー……
「「うぅん、もう〜!!可愛ぁいいいい!!」」
初めは、子供とはいえ魔族と言われるダークエルフの彼らを遠巻きに見る感じだったのが再度鳴るお腹の空腹音で、すっかり絆されてしまいアンナとアグニルに膝抱っこされて、撫で撫でされている。
それとこの場には久しく見ていない面子がいる。
「ていうか、ナッシュお前今までどこにいたんだよ?」
「地下遺跡までは一緒だったよな?」
「そうですね、そこまでは。で、盗賊の仕事だろうと思って鍵を破って出たはいいんですけど………魔獣に追いかけられてですね……」
ナッシュはそういえば地下遺跡にいったとき見ていなかったが事前に脱出したはいいが戻らなくなったらしい。これで一つの謎は解けただろう。
「はい、あーん」
「に、人間の施しなぞ………!!」
「ちょっと、アグニル、アンナ!!まだ正式に見受けする手続きが済んでないんだ。誤解を招く真似は……」
「「妬いてるの?」」
「妬いてない!!」
双子を自分の席の近くにある専用の椅子に座らせ主導権を取り戻す。
なんだかんだ言って、今の双子のイザルナとイルナを見ているとこう抱きしめてやりたくなる衝動がある。
「ちょっと、エレン!!」
「独り占めは良くない、と、思います!!」
すでに酒が入ったアンナとアグニルは赤い茹で顔でエストレアに抗議を申し入れてくる。
忽ちにして、キャットファイトの勃発である。
「おー、おー、おっかねえお姉様方の取り合いだ。巻き込まれかねんな」
「逃げんべ……」
ガシっ!とジッドとドランの両名の後頭部を鷲掴みする背後の人物。
「おっと、あんたら逃げんじゃないよ。男なら勘定済ましてから、だよ?だいたいおんなじパーティーなんだから男が率先して鎮めてこい」
「ちょ、ちょっと女将……」
「あれに突っ込むとか勘弁………」
「つべこべ抜かすなっ!!他のみんなにも被害が飛んでるんだよ!あと、いつまで若い女性が半裸になるのを見てるんだい!!」
そうだそうだと笑いながらヤジが飛んでくる。年頃の若い女性が取っ組みあっているのだ。多少被害があるが逆に目の保養だし、酒の肴にもなる。
因みに、ダークエルフの双子のイザルナとイルナはジッドのそばに逃げてきている。
ジッドとドランは互いに見合わせて頷くと女将に敬礼する。彼女達に視線を向けると息を大きく吸い、駆け出した。
「「ウオオオオオオオオオオオっ!!!!」」
「「「邪魔っ!!!」」」
「「あべしっ!!?」」
「平和だねえ……」
一人呟く女将の台詞は騒ぎの中に消えたが、それでも今のこのやり取りが呟いた言葉を何より表している。願わくば、いつまでも……
●●●
クワイエット領領主館にて、二人の人物が書類を睨み合っている。
「アーノルド、今月はアレの月だがやるよな?」
「アレ、って……ああ、強化合宿か」
「おうよ。お前さんのことと、仮面舞踏会等で延期しようって話があるんだが……」
「被ることはないから、合宿は大丈夫だろう。今年は場所はどこでやる予定だ?」
「白薔薇だからいつものルテムル湖畔だな」
彼らが話し合っているのは、アイアノスの管轄である白薔薇騎士団の強化合宿の件である。
白薔薇騎士団と竜蘭騎士団、二つの騎士団は毎年、新人が入って1年を迎える頃、合宿を設ける制度がある。この合宿を乗り切ると、晴れて正式な騎士団の一員と認められるのと同時にそれぞれの対隊に振り分けられる。
白薔薇騎士団は先ほど言うようにルテムル湖畔、竜蘭騎士団はコラプス台地という高地で訓練が行われる。
書類によれば仮面舞踏会は今から12日後だが、合宿は今から五日後で3泊4日の訓練合宿が執り行われる。
被ることもないし、仮面舞踏会までは休日として扱われる。既に騎士団長のフローラのサインが書かれており、後は二人が承認するだけである。
「アーノルド、お前吹っ切れたのか?白薔薇による捜索が打ち切られた時恐慌状態だったが……」
「流石に、まだだよ。だけど、何処かで区切りをつけないとね………」
そう、アイアノスが言うようにアーノルドは一度発狂寸前まで行ったことがある。
それは養子であったエストレアの捜索が王家より打ち切られたこと。
理由としては、国の主催する仮面舞踏会に向けて主賓等の警備に当たるため捜索にあたる人員が足りないことが挙げられる。
その通達を知るやアイアノスはアーノルドの元へ飛んでいき、発狂寸前のアーノルドを物理で元に戻したのだ。
「まあ、無理はすんなよ……。そういや、ルテムル湖畔といえば霊廟があったな」
「ああ、忘れもしないさ。あの子の、母親と従者の眠る場所だからね」
そう、忘れるはずがない。エストレアの、今は亡き生みの親。名を聞く前に死んでしまった彼女達を攻めて景色のいい場所に埋めてやろうとルテムル湖畔の近くの霊廟に埋葬したのだ。
小さいエストレアを一度だけ連れて行ったことがあるがもう覚えていないだろう。
彼女達は何者だったのか、それを知ることはないが彼女達から託された大切な義娘エストレアに会いたいと思ってしまう。
「あ、そうだ。合宿とは関係ねえんだが、今回の仮面舞踏会で来賓が何名か決まったらしい。んでお前にも伝えとくよう陛下から言われてたんだった」
「お前なぁ……」
「まあ、名前はここに書かれてるから。すげえよな、枢機卿の名前まであるんだぜ?」
アイアノスの発言にこめかみが痛いが、受け取った羊皮紙に書かれた来賓の名を確認する。
隣国の帝国、ベル・クラウディアからは第六皇女マリナと第八皇子アルクハイトが。
同じく帝国ファンテリムからは皇弟ヘリオス6世、皇后ティアーナ、第3皇子マグルスが。
リスペリアン神聖国からはアイアノスの言葉通り、枢機卿の文字が一つ。
アナト・ティンベル枢機卿。
海洋連合からは出席はなく、小国群からは大臣などが参加するようだ。
我が国は、参加したいものだけが来る感じだろう。アーノルドやアイアノスは強制だろうが。
アーノルドは普段吸わない葉巻を取り出した。
小さな火種を魔法を使って着火し煙を吐き出した。




