Chapter 8-1
おまたせ。
あれから一週間近く経った。
この一週間、エストレアはそこそこ暇というかいつも通りに戻ったというか。
変わったことといえばランクが一つ上がったことと例のダークエルフの双子が目を覚ましたことだろうか。
聞いたところによると、クライアでの神降臨の際、多くのエルフ達が傅き、拝していた頃に唐突に目を覚ましたそうな。
現在、エストレアは双子のいるギルドのとある一施設に足をか運んでいた。
正確には『留置所』が正しく、そこの一室に治療兼軟禁という形で置かれているらしい。
何を言っているのかわからないと思うが、この世界では15年前の戦役を知る人が多く、また魔族と呼ばれる者達の脅威を多くの心に刻まれている故だろう。
そのために、子供であろうと治療はするが軟禁するという措置である。
泥事件での関係性、魔族であっても子供であるという泥からの回避など理由は多く、エストレアがここに足を運べるのは彼ら、ダークエルフの双子を救出した当事者であるという正当性を主張し、こうして面会をこぎつけた。
エストレアは職員の後ろを歩きながら、クライア地下での神との謁見のことを思い出していた。
神は自分のことを知っていた節があった。それも前々から決められていたことを。
そうでなければ、
【へぇ………ようやく生まれ落ちたのか。僕たちとしては長かったのか短かったのかは知らないけどね】
などとは言うはずがない。
それにマリウスのことも知っていたようである。
彼、というか神はあのいけすかない魔法使いと言った。そのためにあのいけすかない魔法使いがいるのだと。
(だとしたらあいつ、一体何年生きているんだ?)
どうでもいい疑問が浮かぶが、その前にクライアでのことだ。神は願いを受け入れたと言うなり、その後少し間をおいてすぐ地上の光を拝むことになったのだ。
ジッド達も良くわかってない状態で結局、あの日の出来事は夢ではないかと思っていた。
しかし………
多くの住民だけではなく、世界中の人々にかの神の威信は伝わったらしく、なんでも身分問わずエルフ全員が礼拝の姿を取ったという。かのギルドマスターも神の姿そのものは見てはいないが影としての姿を目撃したようで、次の日には根掘り葉掘り聞かされたのだ。
思い出にふけっていると前に歩く職員が立ち止まりこちら側に振り返ってくる。
「こちらです。呉々も気をつけてください」
「ありがとう」
エストレアが中に入ると、鉄格子のドアが閉められ、中には安全のために守衛が入り口付近に二人一組で立っていた。
奥へと歩いていくと白衣を着た女性が立っていて、エストレアの姿を見るとお辞儀をしてくる。
鉄でできた重々しい扉の先にダークエルフの双子がいるのだろう。が、彼女も彼らに手を焼いているようだ。彼女の手首に巻かれた包帯が血に滲んでおり、それを物語っている。
「今は落ちついています。ですが、さっきまで狂ったように暴れていて………怪力で有名であるダークエルフですから気をつけてください」
ギギギ……と開けられる扉。
その中を覗き込んだエストレアはしばらく声が、呼吸が止まっていたらしい。
一言で表すならば荒野、或いは世紀末。
ヒャッハー!とか言いそうなモヒカンが暴れるような風景を幻視した。
バタン!
ふぅーーー、と息を吐き落ち着かせる。
もう一度、重い扉を開け中を見る。
今度は幻覚は見なかったが、その光景は凄まじいの一言。
元はベッドだったであろうものは四角いキューブに変わって置かれ床にオブジェのように突き刺さっている。紙屑のように引き裂かれたものは壁を構成する柱、の残骸。かろうじて部屋の限界を支えている。
調度品の品々は床に散乱し裸足で歩こうものなら怪我をするだろう。
床に接する石の囲いは亀裂が走り、まるでぶん殴ったようなクレーターが。
天井には先ほどの調度品を投げつけたようで破片が天井に刺さっていた。
そんな部屋の片隅にからだを丸める小さな存在を見た。
おそらく、彼らがそうであろう。
黒髪、浅黒い肌にとんがった耳。幼いながら、ダークエルフの力をこの部屋で振るった犯人。
近くにまだ使える椅子があったのでそこに腰掛けると座り心地が悪かったのか座るのを諦め壁にもたれかかる。
「‥‥‥‥君達の名はなんていうの?」
腕を組みながら観察するように彼らに問いをかける。
「‥‥‥‥‥。」
顔を上げることもなく、だんまりを続けるダークエルフの姉弟。まるで話すことなど何もない、というのがよく分かるというもの。
「黙っていては何も分からないだろう?其れとも、言葉は話せないのか?」
問いを投げたというのに反応が一切ない。それどころか目も合わせようともしない。挑発しても同じ。
仕方ないので、ほんの少し殺気を放つことにする。するとようやく顔をこちらに合わせてきた。
「ようやく顔を上げたね、なら「……話すことなんて無い」へぇ‥‥‥‥」
言うじゃないか、とさっきより強めに殺気を向ける。弟だと思われるダークエルフの子はビクッとしているが逆に姉のほうは身体を震わせながら此方をキッとにらめつけてくる。
大した担力だ。いや、虚勢を張っているだけなのか。
そうして彼らを見ていると姉の方の子がこちらに向かって拳を振りかぶってくるではないか。
「おっと」
パシっ。
「…………うそ」
ダークエルフの少女にとって渾身の一撃だったのだろう。それを見ず知らずの人間と思っている人に軽々と受け止められたのだ。実際、躱していたら背中の壁はクッキーのように粉々になっていたに違いない。
余波だけで、小さな亀裂が走っているのを見たが故に。
「姉ちゃんから離れろ、クソ野郎っ!!!」
今度は弟のほうが助走から勢いつけたドロップキックが。
続いて、轟音。パラパラと砂埃が舞う。
「えっ!?」
だが無傷。それどころかキックの体制のまま足首を抑えられ固定されている。
こちらが痛くなく、かといって振りほどけない。
「いきなりご挨拶じゃないか」
殺気を飛ばしておいてよくもまあ言えるなと自嘲するがそれはそれ、これはこれだ。
「さぁて、軽く可愛がってやろう。なぁに、心配するな」
意地悪ぽく笑い、にっこりと笑う。
さて、軽く揉んでやろう。
●●●
「いだい、いだい!!!!」
「ほら、暴れるな」
今、何をしているのかといえば簡単に言えばマッサージである。ツボ押しともいう。
何処かの北斗七星のツボではないが人体のツボを押せば効果があるのは本当だ。
正確には、リンパ節や神経節などを押すことで活性化させ行き渡らせるとのことらしい。
(そういえば、北◯の拳をアイツ熟読してたなぁ………。で、変に真似て掛かってきたから叩き落としたけど)
前世の親友、鷹島慎也。
幼馴染の彼はよく自分の道場に顔を出しては少しだけ一緒に鍛錬したこともある。
因みにだが幼い頃の自分、紅 諸葉は慎也から北◯の拳を借り読んだことが何度かありいつだったか両親……父豹理に聞いたことがある。
『ねえ、父さんこれホントにできるの?』
『む?貸してみろ。……………………………………無理だな』
『先ず、肉体が限界を迎える。そして、人間の皮膚を甘く見るな、むき出しの臓器ではあるがその分強靭にできている。そして経絡の流れは個人差がある。同じとは限らない。背中や足など重要なツボは共通だがこれのようなツボは見ただけでは判別は不可能だ』
『紅流は長きにわたりあらゆるものを取り込み吸収し己の技とした。サンボ、カラリパヤット、パンクラチオン、シラット、エスクリマ、ナクバブカ……それらの動きや極意を取り入れて来た。当然、中国拳法も、だ』
『諸葉、俺の私見ではあるが……拳法の歴史はそれほど重要ではない』
『え………?』
『ひとえに、拳の歴史というのは自分が極みきれない“時間”を押し付けることだ。拳法をどこまで飲み込めるかは己次第、子孫に伝えることも重要だが、才能、いや飲み込める力がないと判断したなら伝えないのも拳の法の良いところだ。諸葉、お前にもそれは同じことが言える。まだ伝えていない奥義があるからな』
今にしても、過去にしてもかなりの暴言に違いないだろう。一方で否定する要素もないが。
「ふぅ………、終わったぞ」
「ハァ………ハァ………」
彼等に施したのは自律神経系を活性化させるツボを突いた。目覚めたばかりで、ロクな食事もとらずこうして暴れていたのだから案の定、身体にガタが来ていた。
ふと彼等の首元……を見やる。
吸血するためではない。双子である彼等の置かれた環境特有のものだ。
奴隷の証である、刻印が未だ残っていたのだ。
だが救出した際に奴隷印は消したと聞かされているだけに何故と疑問に思った。
そっと、それに触れるとバチっと弾かれる感覚と指先の熱を感じた。
(まさかーー、二重刻印!?)
二重刻印。それは既に押されている奴隷の刻印の上にその効果を潰さず、かつ新たに刻印を刻むこと。
もう何十年の前から禁止されている行為であり、公になれば最悪極刑もあり得る重罪。
奴隷の刻印を刻むことだって、今は感化されているが前世の自分ならあり得ないことだと思っているくらいなのに無理やり二重に刻むなど正気を疑うだろう。
何故、ギルドは気づかなかったのか。
外で待機している彼女が診察等していたのなら気付くはずなのに……何故?
【そりゃそうさ、それは特別な代物さ。今の暫定魔王ヴォルバートくんの配下の一人、ジュダ君が刻んだ魔刻印だからね】
「なっ!?」
【ふふふ、驚いただろう?あ、本体はあるべき場所にあるんだよ、僕はその分身かな?ミニアグルと呼んでくれたまえよ】
「なっ……なっ、なっ………!!?」
エストレアの足元、その影からいつかみた神の姿……の小さな、小さな姿が。
親指サイズの大きさしかなく、神と知らぬのであれば可愛い?存在だろう。
思わず、腰を抜かしてしまい尻餅をつきながらドアの方まで引きずるように逃げた。
そんなエストレアなど軽く一瞥するだけで済まし、ツボ押しで伸びている双子のダークエルフをしげしげと見つめ続けた。
【へえ、バカに出来ないものだね、人体のツボ?とやらは。怪我や病気は高価な薬や魔法で済ますところが多いのに。下手すれば、祈祷なんてするところもあるのにね】
「体の滞る場所をほぐしたりして流れを良くするんだ。気の流れといって、ちょっと哲学的なところがあるから詳しくはいえん」
【ふーん】
長い間、彼らは栄養も取らず、周りは敵、信頼できるのは互いだけ。ストレスも溜まっていたはずだ。
そんな状態では、体に悪いものが溜まるし良くない。
「ぁ……あう…?」
ようやく最初のマッサージを施した双子のうち、女の子が目を覚ましてこちらに向かって半分眠そうな顔で見つめてくる。
こうしてみると黒髪と褐色の肌にエルフ耳とくればファンタジーなダークエルフそのものであろう。
エルフと呼ばれるものは長命で成長が遅いとされ人間でいう50だとしても彼らからすれば8〜9歳相当であるらしい。
そう考えると、いくつぐらいなのだろう?
「どうだ?体が楽になったか?」
「……体……軽い?……?!、!?!」
腕をぐるぐると回して体を確かめている。その顔には顔色が良くなり健康的な褐色の肌に変わっている。
そして、エストレアに顔を向ける、のではなく彼女のそばにいる小さなミニアグルに視線を向けて………即座に床にダイビングし五体投地をするという行為に出た。
「【え?】」
「申し訳ありません、そ、祖なる御方の側でありながら、れ、礼もせず無様な姿晒したこと、い、一族にとって万死に値する行為、今すぐ此の身の死をもってつ、償いたく……!!」
「【え?】」
二度めのえ?である。
サーッ(迫真)と血の気が引くような感覚。いや、ドン引きか。
どうするべきか考えていると、自分で自分の首を捻ろうとしているのを慌てて引き剥がしにかかるが凄まじい力が伝わってくる。
ミニアグルは当てにできないし(親指サイズ)、思わず力を引き出してしまう。
「【自害は許さない】、そこに直れ」
目を爛々と赤く輝かせて命令する。
びくっと体を震わすダークエルフの少女。未だ目を覚まさない男の子の方は目を閉じていてもその命令に対して本能からか体を震わしていた。
はたして効力は絶大だった。
目と目を合わせただけではない。彼らの魂の根底から揺さぶったが故にその言葉は呪となるだろう。
言霊となった言葉に目を見開いており、その瞳には驚きの色に染められていた。
「なんで、言葉だけで………人間が私を!?」
その側では小さな神アグルがニヤニヤと笑っていて愉悦を感じていた。
見下ろすように、彼女を見る。
そんな時だ。此の部屋を覆う、瞬時に人除けの結界が張られ更に空間が切り離された。
前者は、前にもこういうことがあったので発動者は分かりきっている。後者は小さなアグルに違いない。
「都合のいい登場だな、マリウス?」
「ありゃ、流石にもうサプライズは無理か。クライア以来だね、エストレア」
●●●
【久しぶりだねぇ、相変わらずいけ好かない、飄々としてるね君は】
「お久しぶりです、神アールヴ・アグル。封印が解けたのは、僕としては僥倖でした」
【へえ、それは彼女に関係があること?】
えぇ、とマリウスは薄笑いながら、ニコニコと小さなアグルと会話している。
切り離されたこの部屋はもう誰も出入りすることはないため、幾らでも出来るのだ。この際、聞くこともできるだろう。
「ずっと思っていた。マリウス、お前は何がしたいのだ。私を王女と呼びながら何一つ私に教えてくれなかった。私は、お前が読めない。それが私がお前に抱く感想だ」
「んー、嫌われたかな?アグル神のことを教えずにいたのは理由があったんだよ。君は今の魔王軍幹部を知っているかい?6闘将と言うんだけどね?」
マリウスは水晶を取り出し、そこから六人の人物が映し出された。それをマリウスは順に見せた。
呪滅キュリア・ノイマン
啓信ジュダ・ツアルキオン
双児ベリル・ノッド、ベリオット・ノッド
剛鬼サイキ・ノーグ
誠盾ボルテ・アルキオネ
真淵アーレス・リオン
「僕はその中でもジュダ君に疑われる節があってね。まあ、ジュダ君は御子降臨を信じている悪魔出身だからね。今の魔王軍幹部としては見過ごせないんだろうね」
「おまけに、『双児』には目をつけられるし…いい事ないよ。負ける気はしないけど、今の立場が崩れるからね。魔王軍幹部と全面戦争なんてしたら今の情勢は一変する。きっかけがなくちゃいけない。わかるだろう、殿下」
【ははぁ……読めたよこの先のことがね。僕が彼女に贈り物したことも君の読み通りって訳か。やっぱ嫌いだよ君は】
彼らの会話にエストレアは全然ついていけていない。思わず、双子の姉弟のそばに寄り聞き流していた。
「という訳だ。エルフの祖、神アールヴ・アグルの血を引くもの、イザルナとイルナ。
君達の目の前にいる彼女は、亡きアレクサンドル王の遺児にして王女。ここにいる神と僕の名を持って君たちに命じよう。敬服し、仕えよ」
「はあっ!?」
双子ではなく、エストレアの間抜けた声だ。
双子を手に入れろとは言っていたがパートナーとしてではなく、従者にしろと言ってきたのだから。
ちらりと見れば双子も理解が及ばないようで半信半疑といった感じだ。
それが正しい感情だとエストレアも少し安心した。
「ご覧、彼女、王女殿下の御姿を許可なしで拝見出来るんだ。アレクサンドル王の血を思わせる赤い髪、彼が寵愛したナターシャ妃の血を引く緑眼と絹の肌。そしてーーー」
マリウスは懐からボトルを取り出した。
それをグラスに注ぐと香しい、鉄の香り。くらっとくる感覚と火照る身体。そういえば、あの日からまた血を啜っていない。
緑眼が赤く染め上げられ猛禽の如き鋭さと冷たさ。髪はざわつき、重力に逆らってうなりをあげた。
指先の爪は伸び、口元の牙は血を求めて長く伸びる。
「彼女は、アレクサンドル王以前から守られてきた、王の血の引くものにしてその証を示した。『吸血鬼』として、ね。これ以上の証明はいるかな?」
「あ、あ………」
「お姉ちゃん……!」
ガリっ、と音がするとエストレアが指を噛み無理やり元に戻ろうとしていた。口元から血の跡が残っているがそれでも先ほどの圧はない。ただ、冷ややかにマリウスを見つめるだけ。
「マリウス、いい加減にしろ」
「エストレア、今のは認めさせることが重要なんだ。まあ、果たされたけどね」
そういうとマリウスは双子を見る。釣られてエストレアもそちらに向くとーー
「……そ、祖なる神と一族の長にして父イルグラッドに誓い、我ら姉弟は御身に忠を捧げます」
臣下の礼をとった二人がいた。
「ほらね?」
とりあえず、ムカついたのでマリウスの足、小指のあたりを踏んづけておいた。




