Interlude Chapter No.2
いつもより短めで御座います。
【呪われた、血濡れの刀】
ーー南無阿弥陀仏
ーー南無観世音菩薩
ーー南無大勢至菩薩
ーー南無清浄大海衆菩薩………
お経の声が聞こえる。
黒服という喪服を纏い、大勢の人たちが参列する。
お坊さんがお経を唱えるのを聴きながらまた一人、また一人と増えていく。
ただ。
一つおかしい点といえば喪服を纏う人たちは皆カタギではないということだ。
外では武装した警官隊がずらりと並びいつでも対応できるよう厳戒態勢でもある。
キキィーー!バタンっ!
白いセダンから降りてくる男性は白人の男性だった。
中にいる人たちに指示を飛ばし、彼一人式場へ足を運ぶ。
そんなピリピリした空気の中、マル暴の新人刑事、館林修はタバコを吸う先輩にして上司である神原薫に問うた。
「神原さん、いくらなんでもこれはなんなんです?シシリアンマフィアにアメリカンギャング、ロシアンマフィアに中国マフィアまで……。此処にきてからあらかたの組は網羅したと思いますけど……『紅家』って此処まででしたっけ?」
「おい、館やん。ここであまり騒ぐな。蜂の巣にされるでな……。紅家はな、特別なんや。そして、うちらマル暴が取り締まれない……いや検挙できない組でもある。なんでかわかるか?此処にきてる連中がそれを証明しとる。紅家を検挙してみろ、此処にいる世界中のギャングどもがうちら警察を蹂躙するからやで?っと、日本最大の組の真宗組や……道開けぇ……」
神原の言葉に視線を向けると黒塗りの高級車から降りてきた人物を見る。その人物は日本最大の暴力団、真宗組組長を務める、孝臣鋭治である。孝臣鋭治は神原に親しげに近寄ってきた。
「おお、神原のオジキじゃねえか。紅家の坊ちゃんに来てくれたのか?」
「バーロー、此処に来とる連中の監視や。余計な騒ぎ起こさんよう張り付いとるんや。此処で立ち止まらずに豹理の馬鹿にでも会いに行けや」
「は、確かに厳重だわな。さて、お前さんのいうとおり豹理に会いにいくさ」
立ち去っていく真宗組組長の背を見て縮こまる新人刑事館林修はようやく息が出来たかのように荒く呼吸をする。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか。しかし、なんというかオーラが……」
「オーラ、か……」
闇の世界とはいえ、人の上に立つ男はカリスマを持つ。そのカリスマに当てられたのだろう。新人に此処を連れてきたのは間違いだったかと心の中で思っていると。
『"But I can't believe it. That boy is going to die." 』
『“And it ’s a hostile organization, but it ’s not deliberate.』
『 "It seems to have been crushed that day, there"』
流暢なクイーンイングリッシュで話す若い白人の一団が神原のそばを通り抜けていった。
「神原さん、あれって………!!」
「ホテル・ブリタニアか。生で見るのは初めてだ…」
数あるアイリッシュ・マフィアの中で、英国で唯一の実態が判明している古参のマフィアだ。ただ、英国内でしか活動しておらず、フリーメイソンの監視等などあってそのほかの国に出ていくことがなかったためか、日本ではあまり情報が少ない組織でもあった。
「はい、神原……なに!?」
そんな中、神原の携帯が鳴る。応答し、次に発したのは動揺だった。
「ああ、ほうか。わかった……。蘇芳の奴には言っておく。万が一は武装警官隊で対処させる……。分かってる。そうならんよう最善は尽くす。……ああ、切るで?」
顔が真っ青だ。
さっきと違って青ざめた表情を浮かべた上司を見た館林は不安そうに尋ねる。
「どうしたんですか、神原さん?」
「ちぃーと、面倒なことになった。
ーーー紅家所有の『国宝』、九曜紋鍔桜紋彫太刀………『舟切兼嗣』ってぇいう刀が盗難に遭ったってよ」
●●●
自分の前にはいつも兄の姿が付きまとった。
あらゆる面で、兄の姿があった。最初は、物心つくころだったか。その頃は尊敬できる人だった。
ーーーけど。
年月を経ていくうちに気づいてしまった。
紅家という極道の一族、組員からの視線に自分は含まれていないことを。
兄は、自分を大切に接しているように感じられたが道場に通う頃にはあまり接点がなくなっていた。
ある日、自分は両親や幹部の留守を見て書斎で紅家の掟を知った。
一子相伝や、長子優先など。他にもあったが要は自分は補完要員らしい。
だからだ。
黒服の人たちや、両親があまり自分に目をかけないのは。世話係の人の憐れむ視線がいつも痛かった。
泣きたかったが、泣けなかった。
泣いても、見てくれる人がいないのだから……
ーーー兄が死んだ。
雪の降る冬の夜。兄の友人の家の帰りから敵対している黒龍組の組員の運転するトラック、その荷台の下敷きになったと聞いた。
それを聞いた自分は気がつけば頬が緩んでいたことに気づいた。
咄嗟に口を押さえ、見られていないか周りをそっと見る。
中学生のために学ランが喪服の代わりだが、自分以外に年の近い人がいない。
後、葬儀の会場にもいない。自宅である。
「くれぐれも粗相のないように……」
「分かってるって……」
母方の叔父に当たる、自分の世話係は真っ黒なサングラスを光らせてこちらを常に見ている。
すると、彼は立ち上がり何処かへ行った。あの方角は厠か。
自分は部屋に戻ろうと立ち上がるとなにやら違和感を感じ取った。
すすり泣くような、か細い声が。
気になって声のする方へ歩いていく。
家の使用人達がギョッとした顔をしていたが御構い無しだ。
とにかく、この耳に入る声が気になって仕方ないのだ。
彼はこの紅の家の深奥に向かって歩いて行った。
だが、彼を見た者どもは皆口を揃えてこう言ったという。
ーーー憑き物に取り憑かれたような、青ざめた顔であった、と。
声の主を見つけた。
それは自分が立ち入ることさえ許されない呪符が貼り付けられた古めかしい大扉の中だった。
だが。
だが、しかし。
たまに見かけることがあるこの部屋だが、いつもは固く閉じられており呪符のせいか寄りたくなかった。
しかし、今、この部屋の扉はうっすらと開いており、まるで自分を呼び寄せているかのようだった。
彼は中に入った。
そして、目に入ったのは幾重にも貼られたお札、錆びた鎖、そして、漫画などで見た術陣。
その中央に磔られたもの。
それは刀。
太刀と小太刀。
赤錦の包みに包まれた大小の刀は先ほど述べたように拘束されていた。
そして、それを見た瞬間に聞こえてくる声のような何かが。
兄は言った。
古くからある紅のしきたり。
それは代々、あるものを封印し、監視し、受け継ぐこと。
それが目の前にあるものなのだと。
紅家の血は戦国から。しかし、それは家を興すときであり、血そのものは古く菅原道真の頃からあったという。兄の言葉を思い出しながら、その足は自然に前に向かっていった。
彼は歩み寄っていく。見るからに呪われた武具に。
手に取ると声はさらに大きくなり、包みをまるで自らの意思で脱いだように鞘が包みから姿をあらわす。
少しだけ魔が差し刀身をあらわにする。
艶めいた、黒塗りの刀身、刃に当たる部分は紫色、彫られた桜の字はまるで胎動しているかのようだ。
なにより、恐ろしいのは抜いた途端に、ポタ、ポタと垂れると表現する赤いーー、紅い液体が刀の刀身から滲み出るように手元に流れてくるのだ。
ゴク、と息を呑んだ。
そのまま、刀身を全て抜きロウソクもないのに不気味に照らされた部屋の中で彼は口の端を吊り上げ密かに、狂ったように笑った。
そして、彼を探しに来た世話係の叔父は、隈なく探したが見つからず、当主豹理から禁域にされている部屋が空いているのを見つける。
呪符が剥がされ、血糊のような足跡が残っており足跡は塀を越えて消えている。
中を覗くと二振りあるうちの太刀が消えており、また封印している呪具も壊されていた。
悲鳴をあげ叔父は急いで会場の当主豹理に連絡を入れた。
間も無くして豹理は禁域の部屋を焦るような足取りでやってきた。息子、諸葉の葬儀は大体終わっており急いで駆けつけたのだ。
「豹理……申し訳ありません!私どもがついておりながら…このような事態、いかな詫びをしたら良いか……!!」
「寅丸は無事だったか……。だが、よりによって舟切が持ち出されるとはな……」
「親分、近くの河川敷で身柄を確保したと連絡が……。『な、おいっ!!』どうした!?な、なんだと!?自刃したぁっ!!?」
手下からの凶報。
身柄を確保しようとしたところ自ら刀を体に突き立てたという。
それを知った豹理は電話を引っ手繰ると「刀に触れるな!!」と、怒鳴る。
「親分………」
「あの刀はな……。正真正銘の呪われた刀だ。早良親王から菅原道真公、平将門に崇徳院の手に渡り続けた刀剣だ。早良親王は時の鍛治師に命じ一振りの剣を作らせた。それは死後、陰陽師の手で封じ続け菅原道真公に下賜されたのち将門、崇徳院に渡り、その度に打ち直された。そして………どのような経緯かは伝わっていないが我が紅の血に流れ着いた」
「些細は知らぬ。だが、手に取ることは禁忌であると言われている。妖刀村正など足元に及ばん。手に取ったものが一度の振り下ろしで時の南蛮船を真っ二つにしたという証言もある。
ーーあれは常人が見るべきものではない」
その後、自刃したものの、彼は一命を取り留め病院で入院することになった。
しかし……病院に着いた時にはいつのまにか手にしていた太刀、舟切兼嗣は煙のように消えており必死の捜索にもかかわらず見つかることはついぞなかった。
『残念ながら一部しか具現化できなかった。全部取ろうとしたけど剥がせたのはそれだけ、さ』




