chapter4-7
「ごめんなさい、院長………。」
その日の夕方、兎人のアグニルはカゴに盛られた果物をエストレアの手に持たせて彼女が頻繁に出入りする孤児院を訪れていた。
訪れた理由は、依頼を中断することだ。
流石に、ギルドマスターから依頼が貼られてしまえば他の依頼は受けられない。
なので、詫びを考慮した上で今回、その日のうちに訪れたのだ。
「いいのよ、交易上重要な場所が危機にさらされているんですから。冒険者としてそっちにはいっても構わないわ。」
「本当にごめん。あ、これ果物買ってきたから。みんなに分けてあげて、エレンさん。」
名を呼ばれたのでエストレアは手に持つ果物を入れた籠を目の前のシスターに手渡す。
目の前にいる人物は孤児院を運営するシスターで今年67歳になる最年長なのだそうだ。
「すみませんね、でも子供達も喜ぶことでしょう。貴方達とファラム様に感謝を。」
シスターは同じように後ろに控えていた若いシスターに手渡すと奥の部屋に引っ込んでしまう。耳をすませば、子供達の喜ぶ声が聞こえるあたり喜んでもらえたようだ。
この孤児院は教会も兼ねていて、風と豊穣の神ファラムの名の下に建てられている。
ファラム含めて、最高神アマデウスを筆頭に12存在しておりこれをいつしか『レムド神族』と呼ばれるようになった。
そして、レムド神族を狂気まで崇めているのがリスペリアン神聖国で獣人などの亜人やパンドラの魔族を圧力をかけるのも利益もあろうがその実アマデウスの偉業に他ならない。
かつてエストレアが養父の書庫から見つけた、この世界で語られている神話では
アマデウスは、自身を生み出した母神であるリリスを12神率いてその座を下ろしその実権を握ったという。
リリスより生まれた異形は、人を生み出したアマデウスにとって危険そのものだった。
当時の世界は、光もなく、闇ばかりが続き生まれたばかりの人にはアマデウスが与えたわずかばかりの火しかなかったのだ。
蠢く12体存在する巨影の神とその眷属達に怯えていた人間たちに憐憫を覚えたアマデウスは神々を説得し、母に刃を向けた。
鍛治の神カランが自身の髪の毛から赤錆びた鎖を鍛錬し、最初に火を灯した火の神サラが夜を打ち消すと日と夜の境目でアマデウスは十二体の巨影の神と共にリリスを赤錆びた鎖で縛り夜の底に沈めたという。
かくして夜は開け、昼が来て太陽が空を駆け巡り満足すると休むために帳の神アダトが空を覆うことで昼と夜が生まれた。
だが、巨影の神は自身のエネルギーを使いそれぞれの種族を生み出した。すべては、アマデウスの被造物である人に世の全てを自由にさせないための抑止力とするために。
信仰と狂信の巨影はエルフとダークエルフを
戒律の巨影は悪魔を
愛楽の巨影は夢魔を
力の巨影は竜種を
空虚の巨影は龍を
慈悲の巨影は最初の使徒を
無法の巨影は邪鬼と呼ばれるものらを始めとする巨人達を
共存の巨影は獣人を生み出し
死告の巨影は実体なき者を従え
野生の巨影は獣を
深淵の巨影は泡の化身を海深く静かに落とした。
最後にリリスは彼らを束ねる王を生み出したという。
アマデウスは、彼らを狩り尽くし人が世を統べると使徒を指名し神の名の下に裁きを下した。
そして、十五年前の戦役が溜まりに溜まった彼らの爆発とも言えるだろう。
そして、戦役で先陣を切って現れたのが吸血鬼と呼ばれる存在でアレクサンドルが当時彼らを従えて抗った。
吸血鬼自体よく分かっておらず、吸血鬼がリリスの最期の被造物ではないかということで彼の死をもって戦役も神話もここで終わったという。
ーー実際はその血は受け継がれ、器は満ち、魂は混ざり彼女の覚醒と共にここにあるというのに。
が、それも遠い話。今はまだ知ることではない。特に神話というものは、盛りに盛られるのが常識なのだから。それが真実か虚実か、それは誰も分からない。
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「それじゃあ、今のこの事態が終わったら改めて受けるわ。子供達にもよろしくって伝えてね。」
「ありがとうね、あまり無理はしないでね。冒険者といっても命あっての物種なのだから、ね?」
もうそろそろ陽が傾き夜になり始める頃には自分たちは彼女に背を向けて歩き出している。
エストレア含め二人とも無言だった。
無言な理由は特にない。話すことが、ネタが切れたからというしかないだろう。
ーー子供達の声、可愛かったな………。」
だがあまりにも退屈になってきたからか、心に止めるだけの事を口にしてしまったらしい。
「そうでしょ、そうでしょ!?はぁ〜〜、ついてないなぁ。まさか、このタイミングでギルマス発行の緊急依頼が来るなんて………。」
そうなのだ、この国いや、この世界の冒険者ギルドの規則として第3位階以上の権限を持って発行された依頼のことを緊急依頼、または権限依頼といってこれがある限りよほどのことがない限りこちら側を優先して受けなければならないと定められている。
第3位階以上の権限とはまず、第3位階が各地方の領主が国王の璽を押されて発行する『領璽状』と呼ばれるもの。
第2位階が各国、各街などにある冒険者ギルド、そのギルドマスター自ら発行した『ギルドクエスト』、そして、第1位階、つまり最大権限で発動するのが各国の最大権力者である国王、あるいは皇帝、教皇などの直々の指名した依頼である『玉璽状』或いは『神言の奇跡』である。
今回は間違いなく『ギルドクエスト』である。
上位竜・真紅が出たと聞いたのだからかなりの規模のはずである。故に『玉璽状』に触れるか触れないかくらいだと思うのだが、それ一つ下げた『ギルドクエスト』で貼り出されていた。
そもそも、こういった緊急依頼は滅多に出ない。当たり前だが、国家権力、国家権力並みの力を束ねるギルドマスターからの依頼なんてポンポン出るものではない。
「アグニル、私は思うんだ。この緊急依頼から未来は激動に見舞われる気がするんだ。」
なんとなくの予感。けれど当たる気がする。割と強めに。
「そう、だとしたらどうなるのかな。私は、やだな。こういう穏やかな日々が続けばいい。それが一番だと思う。」
「確かにな、そうだといいな………。」
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やがて、シェアトの門前に来ていて衛兵にチップを渡すと問題なく帰ってこれた。
衛兵もかなりピリピリしているのがよく手に取るように分かりかなり警戒態勢を敷いているものと思われた。
シェアト内部は夕暮れではあるものの、昨日と比べ人が少ない。家屋はカーテンで仕切られて、活気が落ちている。
「緊急の依頼が来ると大概こうなのよ、緊急の依頼は危険な依頼だし、なによりギルドクエストは殆どがギルドを有する街が巻き込まれる可能性が十二分あるから。多分、一部区域は避難勧告が出てるんじゃないかな?」
「だが、そういうものは一般の市民は秘匿されるべきではないのか?」
エストレアの疑問は緊急の依頼の内容等は隠されて公表されるのでは?ということだ。なのに、ギルドクエストと市民に広まりさらにどのような状況か、もある程度広まっている。
情報の共有と言えばいいのだろうが、そこのところは曖昧なのかもしれないし、単にエストレアが知らないだけかもしれない。
「さあ、私は古参の冒険者ってわけでもないし、そこのところよくわからないの。ってあれ?あれってジッド?」
見ればこちら側に向かって走って来る人物。今は大通りを歩いているため、人が少ないとは言えまばらに人が歩いている。そこを走って来るのはどうなのだろうか。
近づいてきて、ようやく顔が見えてくる。なるほど、ジッドで間違い無いのだろう。
「お前ら、ここにいたか!急げ、ギルドマスターからギルドクエストについて詳細が開くからな!!」
やがてエストレアたちの前で止まると息を切らしながらこう言った。
「え!?ギルドマスターが?!何か進展でもあったの?!」
「大有りさ!!メルキア砦が陥落した!!偵察に行った連中がこちらに向かってた生き残りを運んで来てな、情報通り上位竜・真紅の仕業だ。ウルマト市街侵攻まであと5日持てばいいらしい。」
「5日ぁ!?どう考えてもここからじゃ間に合わないじゃない!!早馬でギリギリよ!?」
「そのための緊急招集だ、それに………魔物を倒そうにも上空から上位竜のブレスで妨害されてまともに対処できないらしい。」
聞けば、状況は悪くなる一方。ウルマト市街までの地上は魔物の群れ、空は竜種が握っていて猶予は5日あるかないか。
「とにかく、行ってみるしかあるまい。ジッド、すぐ行こう、場所案内してくれ。」




