Chapter4-6
「大丈夫かなぁ、あの人。かなり重傷だったでしょ?回復魔法かけてももつかなぁ?」
「不吉なこと言うなよ。ていうか失礼だろうが‥‥。にしても大移動か・・・・。エレンさんが、いや俺たちが思ってたの現実になったな。」
先ほど駆け込んできた重傷の女性は担架に運ばれてどこかの一室に運び込まれたのを眺めながらアグニルがいつのまにか呼んだのか駆け込んだアンナとジッドは思ったことを口にする。
そもそも現代とは違い医療はもっぱら魔法に頼りきりだったりする。
包帯などなく、麻の布を巻くだけでそれ自体衛生的とも言えない。消毒液や麻酔もなく塩水がそれを代わりにしているのだとか。
また魔法自体四肢欠損を回復させるようなものは人間社会にはなく神聖国が魔族に指定してるエルフが納めているらしい。一般的に知られている魔法は傷の治りを保進させる効果だけだとアンナが説明してくれた。
だから神聖国はやたらパンドラを攻略したがるのだ。
人類至上主義を唄いながら結局行き着くのは利益。
もちろんそれが正義ではないかと言われれば正しくもあり正しくない。
国の在り方としては一つの形でもあるからだ。宗教絡みの争いは過去も未来も変わらないということなのだろう。
そんな中で治療魔法が使えるアグニルが先の女性に魔法が使えるということで連行されて行ったのだが終わったらしく青ざめた顔で戻ってきた。
どうした、と訪ねてみれば彼女の顔は恐怖、に染められていた。
「マズイわ、さっきうわごとのようにウルマトが上位竜に襲われているって呟くの。そしてね、色が……………真紅なのよ。」
アグニルの一言は周りにも聞こえていたようでかなりのどよめきが起きた。
例えばゴブリンやトロールは冒険者が下位ランクの依頼でよく対象になっているから分かりやすい。それよりワンランク上のオーガというのもいるがそこは割合とする。
上位竜は言わずもがなであろう。はっきり言って国の軍隊を一部動員する必要があるくらいである。
「ちょっと、アグニル!!上位竜・真紅って冗談でしょ!?」
「アンナ落ち着けって!今騒いだところで状況は変わんねぇって!」
「これが落ち着いていられるわけないでしょ!」
「は、離して………。私だって聞いただけなんだから!!それに、彼女はウルマトの関係者じゃないの、樹海に機密調査に踏み込んだうちの生き残りらしいのよ。」
襟を掴まれてガクガクと揺すられるアグニルは離してくれと頼みなんとか脱出したがアンナはまだ興奮しているらしい。
最終的にエストレアがアンナを介抱するとアグニルは身元を整え一息いれると引き締めたような顔をする。
だが、今の一連のやりとりを聞いていた他の冒険者の反応といえば…………
ざわっ
上位竜・真紅その単語を聞いたときこれほどふさわしい擬音はあるまい。
竜種は大きく分けて三つに分類される。ワイバーンはその序列では一番下である。飛竜の上に上位竜、そして頂点には魔族の一つとして認定されてる古代竜が存在する。上位竜は言葉を理解できるが魔法は使えず、古代竜はそれに魔法を使う。古代竜は人が立ち入る場所にはいないので出会うことはまずない。
飛竜といえども普通の冒険者にとって脅威には変わりない。Sランクの冒険者であれば倒すことは出来るとされているが。
今回は、飛竜より危険度の高い上位竜だ。言語を理解する、ということは知能が高くこちら側の罠やそういった類の奇襲は効かないと見たほうがいいかもしれない。
また、竜種ではないが龍と言われる存在もある。が、それも割合とする。
ともかく飛竜だけではなく上位竜はその強さを色で判別する。灰、黒、青、黄、赤、白という順で白に近いほど強さが大きくなる。ゆえに周りがざわつくのも無理はないというわけだ。
周りが落ち着くのを待っていたのかギルドの奥から受付嬢のモナがやってくる。手元には丸められたポスターのような紙を持っている。
「今から緊急依頼をここにいる冒険者たちに発令します!依頼自体の危険度は高いですが少しでも人数が欲しいので、ランクは問わずとします!なおこれはギルドマスター直々の依頼ですのでなるべく参加してください!」
●●●
冒険者ギルドに瀕死の重傷を負った女性が運び込まれてから次の日の昼ごろ。
ティーカップを片手に様々なところから送られてきた資料を一つずつ確認するギルドマスター、ルディナの姿があった。
獣人特有の黒い狐耳と尾を風に吹かれるままに揺らす。
資料を読み進めるうちにルディナの顔色は険しくなりベキ、と手に持つ羽ペンをへし折ってしまう。通算4回目だ。
「結論としてはここにいるSランク冒険者以外を呼び戻す時間がない以上、A、Bランク冒険者だけじゃなく低ランク帯の冒険者を使ってまで綿密に作戦を立ててやっていくしかないだろう。秘書よ、これを提出しておけ。」
ギルド長 ルディナは秘書に書類を渡すと次の仕事に取り掛かる。彼女は次にウルマトの領主に合わなくてはならず、さらには王都への騎士団派遣のため早馬の指示を出さなくてはいけないのだ。
「はあ、仕事が多すぎるな。毎回毎回威厳を出せとか‥‥。私はそんな柄じゃないのに‥‥‥‥。」
どうやら尊大な言葉遣いは全て演技だったようだ。しかし様々な能力を持つ冒険者たちのギルドの長を勤めるには必要なことだった。
ルディナは本来は気さくな性格をしている。それでいて将としてギルドの長としてやっていくには演技でもそれにふさわしい振る舞いが求められていた。
彼女はこのシェートリンド王国の第二の矛だ。第一はアイアノス。あの男は色々と規格外だ。戦ったら勝てる確率はかなり低い。
素手で、湖一つ消しとばしたなんて逸話があるくらいと思えば化け物ぶりがわかるだろうか。
流石に、素の実力ではないことくらいはわかってはいるが。
今思えば、過去の闘技会で手合わせした時は本当に死ぬかと思ったほどだ、と思い出す。
その際には国王アグラエィンにジェラルド王子も出席していたのだ。
「そういえば………、昔ジェラルド殿下を殴り飛ばした令嬢がいたか。随分と見た目が合わない大人びた子であったが元気にしているだろうか………。」
ルディナは雑念を払うと羊皮紙に羽根ペンを走らせる。内容は先ほどあったように騎士団派遣のための申請書。それとウルマトの領主との謁見するための書類。急がなくては手遅れになる。
椅子から離れ窓を閉めると、遠くウルマトの状況など知らんというように青空が広がるのみだった。
●●●
現在、ここは戦場だった。
鎧を着込んだ兵士達が武器を携え戦場と持ち場を行き来している。
ウェルゼリン大樹海近くにある、それなりの規模を持つ街、ウルマトは樹海側にあるメルキア砦にて忙しなく兵士たちが動き、あちこちには火の手が上がっている。
「怪我人をテントにつれてけ!グズグズするな、急げ!なに、担架が足りないだと!おい、誰かにおぶってもらえ!」
大群で押し寄せる魔物の群れは今の所抑えるのに全力を注いでいるため怪我人が出てもほとんど動けない。
「くそ、進行する時間が早すぎる!援軍はまだなのか!?」
「医療具が足りない!治癒が使える奴はいないか!?」
何より怪我人が時間が経過するごとに増えてくるのだ。メルキア砦の医療技術は王都の診療所と遜色ないくらいであった。しかし、重軽傷の差はあれど運ばれてくる怪我人のせいでさながらガ島の野戦治療のよう。
いずれ進行してくるであろう帝国軍に対抗するため一個大隊が存在する。
しかし、1日早いということもあるが、このメルキア砦を押し通らんと押し寄せる魔物の群れに騎士団の若い騎士たちがおじ気ついてしまい混乱してしまう。この状態ではいくら個人が優れていてもろくな指揮を取ることもできないだろう。現に何人かが重軽傷を負ってしまっている。
要は集の経験が未熟であったということ。最古参の騎士もいるにはいるが年の関係上全盛期の力は発揮できなかった。
「くそ、ギルドの連中は何をやってるんだ!このままじゃ押し破られる!」
「愚痴こぼす暇あるなら、前線出てけ!人足りねぇんだよ!」
「既に何人か来てくれているが、多勢に無勢なんだよ!!!」
「誰か来てくれ!扉が彼奴らの圧力でもう限界だ!」
「くそ‥‥‥、限界だ‥‥。」
ミシ、ミシと扉が軋み既に弧を描くほどに変形している。閂など等に役目を果たしておらず兵舎から、民家から募ってバリケードを張ることで辛うじて支えている状態だった。
「う、うわあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
そんな緊迫した状況だったからか、一人の兵士の緊張の糸が切れて一目散に逃げようとする。
みっともなく涙と鼻水が宙を舞い、声を上げて走り出してしまう。
「あ、こらテメエ逃げんな!!」
制止しようにも、それに続いてまだ新米の騎士達も伝播したのか彼に続いて走り出してしまう。
「っ!!扉が押し破られたぞ!!総員、剣を抜けェェェェェェェェェェェェ!!!!」
ーーゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
魔物達の咆哮が、押し破られた砦入り口から響き渡るのを誰もが聞いた。
●●●
今何が起きているのか分からず呆然といていた。
このメルキア砦に先日配属されたばかりの新兵で訓練所をビリだったけどなんとか卒業でき、ここに来たのに今は魔物が押し寄せてきているのだから。
厳しかったけど優しい先輩方が担架に運ばれているのをただ見ているだけだ。
訓練所で対処法を習ったはずなのに頭の中に叩き込んだのに自分の足は動かなかった。
けれど何が出来るのか、そう囁くように動けない。人手が足りないからって動こうとしない僕に鎧と剣を投げ渡してくる別の班の騎士がたった今起きた轟音ーー
単眼巨人サイクロプスに門を破壊された際の余波で瓦礫の下敷きになったのが見えたから。
逃げた。
他の人から見れば臆病者だと罵るだろう。
けれど僕はそれしか出来ることがなかった。当然だ。
配属されたばかりの新人が、現地での研修を受けてないのにいざ戦場に立てなんて無理がある。
騎士道もクソもない、生きてこそ意味がある。
走りながら見渡してみれば持ちこたえていたのは突破された正門のみで他は冒険者が駆けつけているけど数で押されている。
単眼巨人
群体鋼毛狼
邪小鬼
邪犬鬼
炎酸蟲
鬼熊蜂
見える範囲でもこれだけの数の魔物がこの砦とその周辺に押し寄せていた。
よく見ればさらにいるかもしれないがとっさに入ってきた情報だとこれが限度だった。
もはやこれは大移動ではなく意図的な統率行動ではないのか?
そう、思わないことはなかった。
その兵士は逃げる足を早めようとし、足を止めた。
いや、止めざるをえなかった。
見れば年端のいかぬ少女が瓦礫の側で泣き叫んでいる。瓦礫の下敷きになったのか彼女の親らしき腕を握りしめ泣き叫ぶ。
砦付近の市民は避難するよう通達があったはずだが、間に合わなかったのか、巻き込まれたのか。
駆け出した。
騎士だからとか、さっきまで逃げていたからとかどうでもいい。
あと少しで、泣いている少女の元に辿り着く。
ーーーだが、彼の意識は暗転する。
直後に感じたのは、熱さと押しつぶされる圧倒的な圧力だけだった。
「あら?何か踏みつけたみたいだけど…………。まあ、いいわ。後は任せたわよ、上位竜らしく派手に暴れなさいな。」
グルオオオオ………小さく唸ると背中にいたソレを下ろすと再度飛び立つ。
飛び立つ際、竜の足の裏から赤い液体がポタポタと垂れていた。
「ふふっ、せいぜい暴れなさい。物足りないでしょ?あんな数殺しても。そうね、出来れば………白薔薇くらいはきてくれると後が楽なのだけれど、ね。」
ニィ、と不気味な笑みを浮かべて崩落した屋根からすでに戦場に飛び立った竜をフード越しから見つめるのだった。




