Chapter Fatal Battle 10
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その日、世界は本気でこの世の終わりを覚悟した。
長く争い続けた二つの帝国──ベル・クラウディア帝国とファンテリム帝国。
世界を敵に回した一人の男との戦争の果て、次に訪れたのは厄災だった。
大地は裂け、有毒のガスと熱水が噴き出し、立つことさえ出来ぬほど世界は、大地は揺れた。
そして──
星の娘達の死闘の末、世界を焼こうとした異変は打ち倒された。
めでたし、めでたし。
◆◇◆◇
エストレアは確かな手応えを感じていた。あの一撃で、確かに終わったのだと。
刹那の瞬間ではあったが、精神世界での出来事とリンクしたコアの破壊は確かに、かの強大な敵の息の根を止めたのだ。
天高く貫く光の中で、涼しげにエストレアは佇む。 それは単に神による恩恵───神威霊装による護りだけではない。
純粋に、果てたかの機神の断末魔の光はエストレアの身体を焼かなかった。
(……あの世界は。何もかもがおかしかった)
だが何よりも奇妙だったのは───あの声に、覚えがあったことだ。
不意にエストレアは精神世界、あるいは心象風景として現れた真っ白な空間での出来事を思い出す。
この世界で目覚めてからは覚えはない。ならば、あれはどこで聞いたのか。
すると、ラグナ山の山頂に展開されていた異界の門が収束するように縮んでいく。
極醒魔法──【夢幻回廊】
イズバザデン・アポクリフォートをラグナ山内部のマグマ溜まりから出さないために発動された魔法。
それは不可の魔法使いと呼ばれる大魔法使い、マリウス・シオンの切り札だった。
極醒魔法──【夢幻回廊】
現実と異界の狭間に仮想空間を構築し、対象を閉じ込める隔離結界。強大な存在を現実世界から切り離すために編み出された禁術級魔法。
だがその魔法も、今や役目を終えようとしていた。
空間の裂け目はゆっくりと閉じ、残滓のような魔力が夜空へ霧散していく。
「……終わった、のか」
誰に言うでもなく、エストレアは小さく呟いた。
その声は風に溶ける。
山頂に吹く風は、先ほどまで荒れ狂っていた熱気を嘘のように運び去っていた。
代わりにあるのは、静寂だけ。
火山の唸りも、大地の震えも、もう聞こえない。
世界は確かに──沈黙していた。
「エストレアッ!!」
「お姉様!!!」
不意に声が響く。
振り向くと、崩れかけた岩場の向こうからネロが駆けてくるのが見える。ネロとジェシカ、そしてダークエルフの双子の姿が続いていた。
「無事か!?」
「なんとか、な」
エストレアは苦笑する。なんとなくだが、安心感から体の力が抜けるのを感じた。
戦いが終わったという実感が、今さら追いついてきたのだ。
「……ほんとに終わったんだよな?」
ネロが空を見上げながら呟く。
今の彼女には『竜魔人』としての姿をしていない。だが、体のあちこちには稲妻のような鱗状の模様が刻まれてある。
先ほどまで暴れていた火山の噴煙も、空を裂いていた異界の裂け目も、今は跡形もなく消えている。
代わりにあるのは、ただ満天の夜の星空だけだった。
「多分な」
エストレアは少し苦笑しつつ、そう答える。だがその声には、ほんの僅かな迷いが混じっていた。
「ならいいじゃねえか。生きて帰れただけでも奇跡だ」
「そう、だな」
ネロが肩をすくめる。その言葉にエストレアが同意すると、合わせたようにジェシカが大きく息を吐いた。
「本当に……もう、二度とあんなものとは戦いたくありませんわ」
「疲れましたわーー!」と、そう言ってその場に座り込む。緊張の糸が切れたのだろうジェシカの顔色は魔力不足から来る疲労が見て取れた。
ダークエルフの双子も、無言のまま顔を見合わせて小さく頷いた。その顔色には若干眠たげだ。
皆、疲労の色が濃かったが、世界を焼こうとしていた存在と戦ったのだのだから当然ともいえた。
生きていること自体が、奇跡に近い。誰もがその事実を噛み締めるように、しばしの沈黙が山頂を包んだ。
夜風だけが静かに吹き抜けていく。火山の熱も、噴煙の匂いも、すでに薄れていた。
その静けさは、まるで世界そのものが深く息を吐いたかのようだった。
◆◇◆◇
「かくして大地を燃やそうとした怪物は星の娘によって撃ち倒されました、と」
まるで物語の結末を書き留めるかのように、彼女は呟いた。
黄昏の空の下、花畑の中でイーゼルに向かって筆を取る人物はその出来栄えに満足するように頷く。
イーゼルに立てかけられたキャンバスには赤く煮えたぎる山の頂上に十字の光が輝いている絵であった。
描いた人物───絵画の魔女エレインは満足そうにパレットと筆を置いた。
「ふぅ……」と息を吐き、エレインは空を見上げる。
何一つ変わらない、不変の世界。エレインはそこでずっと生きている。
季節は巡らない。 風も、花も、空の色さえ変わらない。それでも彼女は、飽きることなく筆を取る。
世界の出来事を、ただ描き留めるために。
「……ようやくだわ。ようやく、貴女に報いる時がきた」
誰に言うでもなく呟き、エレインはキャンバスを眺める。
燃える山と十字の光。その中心に立つ一人の少女にして世界の器たるエストレア。
またの名を星の娘か魔王の娘。あるいは───我等の罪の結晶。
キャンバスを見つめ、描き切った絵に手を這わせる、そんな時だった。
「……っ??」
風すら吹かない不変の世界に突如、突風が舞う。
花びらが視界を覆う中、エレインの眼前に一つの光がゆっくりと落ちてくる。
それはこの世界、ひいてはヴァルーの世界にはありえないもの。そして、エレイン達にとっては見慣れたもの。
手のひらサイズの黒い長方体、その表面に貼られたラベル。磁気テープで巻かれたそれを受け取ったエレインは懐から取り出したあるものにセットし、ヒモのようなものを耳に取り付けていた。
耳に取り付けた小さな装置の奥で、カチリ、と乾いた音がした。
続いて──
ザ……ザザ……という微かなノイズ。それはこの世界では決して聞くことのない、機械の音だった。
《─────この音声を聞いているということは、俺は役目を終えたということを表している》
《これは君が聞いていると言う前提で打ち明ける独白だ》
《こんなことを言うのは今更だと思うけど、君が正しかった。俺たちは間違えた。間違えてしまった》
《君の、あの時の表情の意味を俺達は間違えた時に悟った。アレに、『──────』に全てを塗りつぶされた時に》
ザ……ザザ……
テープの奥で、わずかな沈黙が流れる。
《……意識が……俺が俺である前に、伝えたいことが……今になって思う》
《あの時、君が止めようとしていた理由を、俺達は理解していなかった》
《君が一番望んでいたから、俺たちがやろうとしたことに反対していたんだってことに》
「………」
エレインは俯いたまま、黙って再生されている音声を聞いていた。それはエレインにとって向き合わなければならないものであり、同時にトラウマを呼び起こすものだったから。
《ぐっ………ごめん。もう、意識が、持たない。多分、皆同じ気持ちだ。人であろうとした君が一番正しかった。『──』も、『──』さんも、『──』も、『──』君も、多分そうだと思う》
《でも、それでも。俺達は諦めきれなかった。帰れる手段が欲しかった。俺たちのせいで滅んだとしても、諦めきれなかった》
《だから、俺たちはーーーー、ぐ、ぐぅ、うううう、これが最後になる、と思う。『──』さん、どうか、お元気で……【ハッキング完了】》
──ブツンという音と共にそれは再生をやめた。エレインは俯いたまま、それを抱きしめる。
「ごめん、なさい……」
「ごめんなさい……………在飼君。ごめんなさい………!」
悲しみを孕んだ声が黄昏の空に溶けていく。涙の枯れたエレインは、ひび割れた心をさらに亀裂を入れていく。
自らが犯した罪に、一生分の涙と慟哭を吐いた彼女は涙する資格はないと自嘲する。
黄昏の楽園に、彼女を慰めるものは誰もいない。深い後悔と慚愧で満たされた心は、彼女の思い描く理想でしか癒えないのだから。
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