Chapter2-1
ザザザ、と木の生い茂る林の中を駆け抜ける一つの影がある。
月明かりの下、かつて白いドレスだったものは血で真っ赤に染まり、見た目は重傷を負って彷徨っているようにしか見えないだろう。 だが少女にとってはそうでもなかった。
少しでも、この場から、いやこの街から離れなければと体が警鐘を鳴らしていたし、なによりエストレアが死に諸葉が目覚めたことであの社交場に自分の居場所はないと悟ったからだ。
さようなら、王都。さようなら、お父様。さようなら、慕う子息女達。さようなら、殿下。
私は、今宵死んで、今宵に目覚めました。あの日、お父様より血の繋がりはない、託された子と言われそれでも家族として愛すると言ってくれました。
ああ、しかし私は人に仇なすと言われ続け戦役にて散った吸血鬼の最期の一粒種なのです。
「は、はは、ハハハハハ!!!月よ、私のいく末を見届けよ!今宵は月が綺麗だな。かつてはこんな綺麗な光景は見たことがない。」
少女”エストレア・クレイ・アルシャイン”はクワイエットの名を捨てて、内側から止めどなく溢れる力を抑えることなく周囲に放出していく。
その真紅の瞳を興味深そうに辺りを見渡しながら。
魔獣や動物たちは彼女から逃げるように、いや実際逃げて行った。夜の支配者たる吸血姫の放つ力の影響は絶大である。それこそやろうとすれば力に物言わせて使役させることすらできるほどの。故に本能的にわかるのだ。逃げなくてはと‥‥。
「この森を抜けよう。そして城塞都市シェアトを目指す。今のままではパンドラに行けないからな。」
まだ見ぬ魔族という存在に心を昂らせてエストレアは満月を見上げていた。
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煌びやかな宮殿の祝誕会が行われていたホールに少しずつ人が戻ってきた。
あまりの音と、悲鳴が鳴りを潜め王城に待機していた近衛兵を伴いアグラエィン王と軍務元帥アイアノス、軍務卿アーノルドは先行して入った騎士団の後に続いて入っていく。
王都常駐の騎士団は女性構成の【白薔薇騎士団】、男性のみ構成された【竜蘭騎士団】である。
今回、スピードに特化した【白薔薇騎士団】を伴って襲撃の鎮静化を図るためアグラエィン王に命じられやってきた。
だがら彼らが、踏み込んだ時すでにそこは死屍累々、血の河を生み出す凄まじい景観を焼き付けた。
「殿下!!」
「治癒魔法に長けるものを呼べ!!エリナは何処だ!!」
「今行きます!!」
まず、駆けつけたとき最優先で確保したのは王太子であるジェラルドである。
エリナと呼ばれた白装束の騎士衣装をきた淡い青色の髪を持つ女性騎士が別室に運ばれたジェラルドの治療に走っていった。
後には現場検証のごとく何人かの白薔薇騎士と、近衛兵、アグラエィン王にアイアノス、アーノルド、関係する何人かの貴族達が残った。
「これが、襲撃してきた犯人ですね。」
「数は10人、しかもこの紋章は………。」
「アン、これ見て、帝国の国章に偽装されていますけど……。」
何人かの女性騎士たちが担架に暗殺者達の死体を運び込んでいる。
アーノルドは白薔薇騎士団の団長から受け取った紋章を見てアイアノス、アグラエィン王らと目を顰める。
「太陽と十字、双剣か。間違いないな。」
「狙いは殿下でしょうな。王本人を狙わなかったわけは………何故でしょうな?」
「傀儡化を狙うなら逆でしょう。あの国はやはり読めんな。」
「宰相殿、抗議の文を。どうせ、知らぬ存ぜぬを決め込むでしょうが……送らねば遅れをとりましょう。」
「うむ、任せておけ。」
政治的なやりとりを行うべく、アグラエィンと宰相、同行していた法務卿らと別室へと向かっていた。無論、アーノルドも同席するつもりだったが……。
「す、すみません、アーノルド卿!!実は……」
「どうした?」
ひそひそと、騎士の一人がアーノルドに耳打ちする。すると、だんだんとアーノルドの顔が青く染まって行きついには膝から崩れ落ちてしまう。
「アーノルド様!?いかがなされたのです!?」
すると、耳打ちする別の騎士3人くらいがアーノルドを介抱すると、耳打ちした騎士を問い詰めた。
「ミリー、貴方、アーノルド卿に何を!」
「違うの!!回収した物品から、その、クワイエット令嬢の血痕のついた衣服が見つかったので……!!」
おそるおそるとその証拠品を部下から受け取るミリーはアーノルド含めて開示する。
「間違いなく、あの子のものだ……。周囲を探索せよ、どこかにあの子はいるはず、だ。」
「総員!!周囲を探索し、エストレア嬢を探せ!!」
力なくうなづくアーノルドに騎士はこの場にいる白薔薇騎士に声高く命じた。
「はっ!!」
その晩、白薔薇騎士団は周囲を探索したが、エストレアの姿は姿、形もなかったという。
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「ふぁあふ、ねみぃ‥。なんたって頭はこんな少人数でやるのかねぇ?なぁ?」
「無駄口叩くな、俺たち以外にも別で動いてる奴がいんのさ。第一俺たちは下っ端だ、働いて上がんねぇとよ。」
「それにしても今頃頭たちは先日捕まえた女共とお楽しみなんだろーなぁ。 羨ましい‥‥。」
「け、どうせオメェじゃ1ラウンドももたねぇだろうがよ。」
「ったく、オメェらは‥‥、お?」
「どーした、獲物か?どこだよ、見えねえぞ。」
場所は変わって複数の人影が薄暗い大森林の中を歩いていた。皮鎧を着込み、ブロードソードやメイス、杖などを装備している男たち。彼らの首魁である頭の命令で街道を通る馬車を狙うべく絞り込んだ場所、その最後のポイントを移動中であった。
無駄口叩くなか、一人が何か見つけたらしく、周りが注目するが獲物である馬車はない。
彼らは見間違いなく盗賊一味であり、近年、この近くの集落では若い女性の失踪が増えていた。
「ちげえって、ほらあそこ。すげえ上玉。でもなんでこんなとこにいんだ?」
望遠鏡を覗き込む男が指差す方向、そこに月明かりで照らされた美少女がいた。赤いドレスなのかあるいは血に染まったドレスなのかはわからないが赤髪のポニーテールの少女。
「うお、マジだ凄え。馬車なんか待たずあれを獲物にしようぜ。」
その提案に賛成するのに時間は掛からなかった。
だが、彼らはその一瞬に気づかなかった。
望遠鏡の先、彼女がこちらを見て笑っていたことを。
「ん?あれ、あの女どこへいったんだ?」
そして、彼らの背後に既に紅い眼を輝かせて立っていたことも気づいていない。




