Chapter Prologue
2作目。第二章の投下です
ーーベル・クラウディア帝国皇都クラウディウス、セフェルス・アウレア宮殿内、離宮 獅子の間
豪華絢爛な大部屋にオークで出来たテーブルに、シミひとつないカバーがかけられ、その上に乗るのはこれまた装飾見事な茶器の数々。
古き良きロイヤルコペンハーゲンに似た彩りがなされたカップやソーサー、ポッドなどが置かれ、同じように磁器の皿には他国から呼び寄せた菓子職人が手がけたお菓子が鎮座する。
しかし、誰一人としてそれに手をつけようとしない。
その席には既に何人か座っており、帝国貴族らしく、否。帝国皇族らしく、ここまでやるのかと言うばかりの金を注ぎ込んだ衣装を纏い、己こそが絶対だと傲慢にも振る舞うベル・クラウディアの皇太公の子供達。
「さて、我々がここに集ったのは言うまでもない。先日起きたーーー友好国であるシェートリンドに魔族の襲撃を受け、我々としても大打撃を受けたことについて、そして。魔王の娘を手に入れると豪語した阿呆、もとい義弟の対処について貴君らに聞きたいのだよ」
上座に鎮座し、足を組んで、各々のように振る舞う兄弟達を弊害する一人の男。帝位継承第一位、アラン・ブリターニュ・クラウディア。
いつかだったか、ジュダに打ち明けた野望を口にした言い方とはかけ離れた、為政者の後継者らしい振る舞い。
退屈そうに目を瞑るは継承第4位、第二皇女のガラテア。
面倒くさそうにテーブルに足を投げ出し、フォークを弄ぶのは継承位3位、第四皇子のバラン。
居眠りをするのはガラテアと同じ継承位4位のグライス、縮こまっているのは継承位が低い第六皇女マリナと第八皇子アルクハイトの双子。序列2位はここにはいない。
「はぁ?なんだよ、クソ兄貴。あのクソ生意気な愚弟がこっちに帰ってくるまでその話は無しにすんじゃねえのかよ。てか、クロードの奴今どこにいんのよ?」
「はぁ、ガッカリだわ。さすが愚兄、私帰るわ」
「zzzz………」
「「「「ガクガクブルブル」」」」
アランに近いガラテアとバランの兄弟達は自分勝手に振る舞うが、帝位が低く、誰かしらのバックボーンがないマリナなどの一部は発言することすらなく縮こまって震えるのみ。
こういうやりとりもいつものことだ。因みにクロードというのはクローディンの言い易くした愛称だ。
「クロードは今、カピトリナ近郊だ。皇室管轄外の裏カジノの実態を調べさせている」
「ほーん、やるねえ。結果出させてもうちらは得。結果出なくても厄介もん消せるし、皇室関係者を冒涜したと大義名分が得られるってわけだ。シンプルながら分かりやすい」
「つまらないから帰るわよ。あんた達と違って私忙しいもの」
「ふん、ジュダから連絡があったぞ?ガラテア、お前の領から反政府組織を出したな?」
「あら、何のことかしら?私が受け取った情報は薬のやり過ぎで暴徒と化した馬鹿をうちの私設部隊が鎮圧したとしか聞いてないし、報告してないわ」
室内に猛吹雪が吹き荒れたような気がした。
事実にしろ、どこで誰が聞いているかもわからぬ魔窟でその発言は迂闊すぎる。
ピリッとした雰囲気が支配し始めた頃、ガラテアは「ふふっ」と笑うとひらひらと手を振り退出する。
結局、議題など意味はなかった。まぁ、どう転ぼうと議題など集まるための名文でしかない。その名文も今さっき崩れ去ったが。
「やれやれ、あいつも困ったもんだ」
「あのアバズレ、サラッと揉み消したことバラしやがった」
「薬ばら撒いたのも奴の仕業だな?」
「だろうな。あぁ、お前ら残りは食っていいぞ。なぁに、居心地悪かっただろ、好きなだけ食え」
アランは手を振り、近くの使用人に自分達のテーブルの上を片付けさせる。
自身は振り返ることなく、妹と弟の近くを通りかかると目は笑うことなく、にこやかに笑いその部屋を後にする。
「しっかし、魔王の娘ねぇ。俺らがアカデミアを中退させられた頃だったか?戦争が終結したの」
「あぁ、確かそんな頃だな。しかし、数奇な運命もあったものだ。第六皇子のハンレスが求婚して張り手を食らわせた女が、まさか魔王の娘とはな」
「兄貴のことだから利用するだけ利用して絞り尽くした後に浮浪者にくれてやるまでが見えたぜ?いい趣味してやがる」
「くく、違いない」
アランとバランの二人はとてもいい笑顔で笑い合う。アランは直感で悟っていた。魔王の娘はこの国に来ると。
ーーならば来るがいい。せいぜい利用し尽くしてやろう。頭の髪一つから、つま先の爪のかけらまで我が覇道の糧にしてくれる。
二人の兄弟は残された、居眠りをする兄グライスの方に視線を向けながら手元に置かれたティーカップに満たされた茶を眺めている。
飲まないのは、“毒”が入っていると分かっているから。好きなだけ食え、というのは文字通りではない。
「死にたいなら食えば?」という暗喩である。
つまり、置かれた茶菓子などは最初から“毒入り”である。犯人など捕まえるだけ無駄。
まぁ、どのみち犯人は勝手にでっち上げられて広場で処刑行きである。
「(クロード兄様、早く帰ってきてください…………)」
双子は継承位が最下位ながら、尊敬する兄の帰還を待ち侘びていた。
そして次の日、宮殿勤めの侍女含む数名が皇室関係者を毒を入れて暗殺しようとした罪で皇都の広場で斬首刑にされたという話が宮殿の侍女の話の種になっていたという。
ーーー
ーー
ー
「ぁーーー、う…………」
暗澹たる空の下、汚物だらけの道路、整備されず雑草が生えてジメジメした地面。
掘立小屋よりもひどい、今にも倒れそうな建物が並ぶこの国の何処か。風は生暖かく、そして風に乗って鼻を刺激するのは異臭。何か腐ったような、それでいて甘い香り。
鼻を嗅いだ一人の少年。彼はボロ一枚纏っているだけの、貧しい姿である。いや、この国の実情的にボロ一枚纏えるだけ彼は幸運であろう。
ふらふらと湿った地面から腰を上げると匂いがする方へ歩いていく。それは少年だけでは無い。
ーーー……誰か死んだな。脳みそ、脳みそがなくなる前に………
ーーー急がないと、取られちゃう
ーーー腹が空いた……、でも動けない
ーーーひ、ひひ、ひひひひ
少年は、後ろから幽鬼のように集まってきた人々に鞠のように突き飛ばされて、ゴロゴロと転がってしまう。
中にはもう動けない人もいるようで、その人も死ぬのも時間の問題だろう。
少年が起き上がって、匂いのする場所に行くとその場所には腐乱した死体が横倒れており、ゾンビ映画のようにそれに群がる人々の姿があった。
ーーグチャグチャとかじる音が彼の耳に響く。
「………………」
少年はそれをみて何もせずに踵を返して跨いだ場所へ戻っていく。
戻ってみると、突き飛ばされた際巻き込まれた人がいたようで、腹這いになりながら伸ばされた手が地面につくとそれっきり動かなくなった。動かなくなった人は老人だったようだが、あまりにもガリガリに痩せすぎてどれほどの歳なのか、判別できないほどだった。
「……邪魔だな」
ボソッとつぶやく少年。しかし、行動を起こすよりも前に物陰からフラリと現れた人影が生き絶えた老人らしき人の足を掴むと、引き摺るように暗闇に引き込むとグチャグチャと齧る音を引き立てる。
やがて音が止むと、もう殆どない骨同然の残骸を人々の近くに投げ捨てる。あまりにも痩せすぎた死体はこびりついた人肉と骨だけらしく、非常に軽い音に気づいた人々はその死体に再び群がる。
少年はそれを一瞥した後、ふらふらと何処かへと消えていった。きっと、誰も近寄らない物陰にでも隠れているのだろう。
ベリッと血を這う蟋蟀が噛み砕かれる音を最後に暗雲の空は変わらず帝国の空を表している。青く澄み渡る、蒼穹の空を見たのはこの国でいつのことだったのか。汚染された、黒い空の下で少年は思い出せない記憶に想いを馳せたーーー。
これが二つに分断された帝国のうち、ベル・クラウディアでの宮殿に住まう者たちの日常。
奸計を張り巡らし、己が利益だけを貪り、自分だけが巧妙に生きていく魔境の域。
昨日の友は今日の敵。今日の敵は明日の敵。毎日が敵との生存戦争。もう一つの帝国、ファンテリムの皇弟の方がまだマシな統治はするであろう。
シェートリンド王国にある悪の街とて、秩序があったというのに。
その宮殿もその周りだけが煌めいているだけ。宮殿かその街の周りから出れば、空気は淀み、川は黒く濁り魚は腹を浮かして死んでいる。
街の中は街とはとても言えず、掘建小屋の方がまだ家屋として成立すると言えるぐらいに酷く、歩く人たちの体は極度の栄養失調でガリガリに痩せて、男女との見分けなど皆無。
道端には常に死体が転がっていて、誰も片付けなどしない。それどころか、食うものに困ったものが貧窮極まって死体に群がりわずかに残る肉などに齧り付く始末。
更に、路地裏を見れば目に光を宿さない浮浪者が薬物中毒から来る、口から涎を垂らしながらふらふらと徘徊する。その手には回し吸引したであろうキセルが握られていて、識る者には知るものがまだ火を残して煙が出る。
少し離れれば、女性特有の絹を割く声。これも当たり前の光景だ。
騒ぎを聞きつけ、武装した兵士ーーいや冒険者が浮浪者を斬り殺すまでがお約束。
治安を守る為の兵士は今や廃れて久しく。正しい志を持った騎士と呼べるものは現実を目の当たりにして心を折ってしまい、酒と女に溺れ愚か者の仲間入り。例えそうでなくても、僻みや妬みによって僻地に飛ばされ飢えに苦しんで野垂れ死ぬ。
この世界において、ベル・クラウディアの貧富の差、落差はとてもじゃないが直視などできるものではない。
何処にだって貧富の差はあるものだが、純粋に富ものと貧しいものが極端に存在するのは歴史上類をみないだろう。
ましてや、死体を齧ってまで飢えを凌ごうとするなど。土地は腐り、水は濁り、育つ苗は毒を孕む。
あえて言おう。この帝国は病に冒された国なのだと。隣のシェートリンド王国は聖遺物である龍脈の大結晶鉱床【深遠の神鉱】による常春の国であったがそれを羨み、国境沿いに侵攻しようとするのは無理もあるまい。
そんな世界にーーー神の器は足を踏み入れる。それは後に彼女が記す伝記において長い長い戦いの日々を告げる幕開けだった。
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ここではない何処か。精霊郷と呼ばれる世界の裏側、虚の場所。
ここの管理人であるエレインは歌う精霊達の言葉を聞きながら分厚い本を読んでいる。その背後には、描き終えた油絵がオーク製のイーゼルに掛けられている。その絵は太陽と少女、悪魔と鎌が描かれている。
「本格的にここから物語は進む。でも、途切れてるのよね……この物語は。でもそうなのよね。時は廻る。もう冷めちゃった」
パタンと閉じたエレインは常に変わらない空を見上げてため息ひとつ。
一度は恋焦がれた、希代の英雄を知るが故に彼女は【世界の器】を憂う。その後ろには描き終えた絵画。しかし、それは不自然に画面が歪み、ズタズタになって捨てられている、いや飾られている。
「次は、人間の醜さが凝り固まった坩堝。下手を打てば食われる、そんな世界。けど、そんな国でもーーーバモレッドが作った国だもの。見せてもらうわよ、王女様?」
杖を一振りして、イーゼルと共に真っ白な布貼りのキャンパスが現れる。筆とパレットを手に彼女は描く。現世から切り離された精霊郷にてその眼で写したものを絵にする三賢者の1人はその眼にどんな風景が写るのか。それは彼女が織り綴る物語にかかっているのだから。
精霊は踊る。世界の裏側で、一枚絵の下の小さな隙間。精霊たちの故郷。
精霊郷に住む精霊たちの詩は、彼らの歌であり、既知であり、予言であり、終わっている。
水精霊はキラキラと。
風精霊はフワフワと。
火精霊はゴウゴウと。
土精霊はカンカン、トントン。
光と闇の精霊は手と手を取ってクルクル、クルクル踊る。
踊りながら、唄を歌う。
『神秘の神石に守られた、豊かな愛の国。屍の悪魔は倒され、災いは一つ祓われた』
『黒と鋼、白い大輪を大地に咲かせ、古き巨人は赤い絨毯を引きましょう。空を食べる蛇には稲妻を、朽ちてなお情景に憧れて吠え立てよ』
『血の河に沈め。太陽に焼かれ、溶け落ちよ。千の黄金の穂先に射抜かれて、心臓は故郷におかえりを。』
『お目覚め如何、王女様。割れた国を救いましょう。されどこれは序章。災いはあと五つ。魔法使いともに巡礼は始まったばかり』
『太陽は座にお座りなさい。巡り巡りて廻りきよ。紅い玉座は満たされず、威光は天地を照らさず』
『狡猾な悪魔は盃満たして笑うでしょう。御身足カツカツ、いく先は北と南の朽ちた竜の国』
『毒を孕んだ大地に、石が溶けた雨。実りは朽ち、明日は我が身、けれど弱みを見せてはいけないよ。ガブリと頭から食われちゃう』
『顔と心に蓋をして。大いなる竜の屍は砕かれて新しい朝がこんにちは。壊れた歯車だらけの国はもういらない。輝く明日が欲しいと叫ぶのさ』
『血は血で拭われ、智慧者は病に倒れ、傲慢なるものは贄に、竜の後継者が救いに現れる。されど、常春を与えるな。恵みは枯れて、火は陰る』
『僕らは傍観者だから、麗しの君が魔剣を導いて。稲妻の導きに、どうか竜の王様を寝付かせて』
『人を呪い、都市を焼き、国を食う。罪深き獣が来るぞ、地平を閉ざす槍は何処にある?』
『あぁ、ペンドラゴン。支配のペンドラゴン。全知のその眼で御伽噺を終わらせて』
『カーテシーお一つ、お嬢様。絡まる運命、赤い糸に気をつけて。闇の帷に心壊れる前に血を捧げてね』
ーー 悪がはこびる法がある
正しい法などとうの昔に失われた。
ーー 善良なる為政者は魔に魅入られて
皇太公は失脚した。皇公妃が富を吸い上げる。
ーー 騎士は欲に溺れ
信じられるものは民には無い。あるのは今を生きる刹那のみ。
ーー 導くものは現れず
正当なる資格者は未だ決意は固まらず
ーー 魔竜の亡骸は嘆き
心臓たる魔剣は泣くであろう
ーー 罪なきものは踏みつけられ、罪は押し付けるもの。
罪がなければ、罪を作ればいい。
ーー 月の祭壇よ、陽の光ではなく月の慈悲を示し給え
あらゆるものを焼き尽くす日輪は救いになりえず、狂気に落とす月こそ玉座の道を指し示そう。
ーー地は深く、罪は胎動する。
槍を抜くべからず。資格なき者、触れることなかれ。原初より蠢く災いが、大地の全てを赫い血潮で満たすだろう。
そうして、無実なものが次々と死に絶える。生き残りたければ、強いものに縋り付け。権力でも、血筋でも、利用できるものは何でも使え。
これは呪いである。魔竜ではなく、人が人を呪い、魔がそれを唆しただけの物語であり、大いなる魔竜を打ち倒した英雄が紡ぎ続けた、今も続く御伽噺。輝かしい英雄譚を穢し続けた、愚か者たちの狂宴。
討ち手よ、今か今かと待ち続けよう。国を建てたのが英雄ならばそれを終わらせるのは、血の末なれば。
吠えよ、吼えよ、咆えよ、宇宙の王よ、古い陰の太陽よ。獣が吠え祀れば碧雷纏いて、紡ぎ手を終わらせよ。
ーー竜の血が食いつく前に、大地の牙が現れる前に。
ーー器よ、汝の役目を思い出せ。
湿った地面に倒れた、虚な誰かの目には燃え落ちる未来が映される。その先は再起か、終局か。
彼女が織り綴る物語。その旅の中で一、二を争う過酷と評した戦いが幕を開ける。
ーーさあ、始めようーー
第二章 動乱の帝国編 ベル・クラウディア
ーー封滅の月光ーー
窮極の果てに選びとったものはーーー?
「させはしないさ。バッドエンドなんて懲り懲りさ。本当の意味での災いは目覚めてしまうけれどーーー、まあ骨を折ってもらおうかな。後で殺される覚悟決めないとね」
●●●
「醜いものだな、反吐が出そうだ」
「我が主、ここは危険です。知っているではありませんか、この時代ではどうあっても救えないと」
「ふん。少し風が吹いただけで倒れるような屋台骨はあの時と変わらんな」
ベール付きのフードを深く被り、メドラウトーーいやモルドレッドを連れていく女性モルガンは帝国の煤汚い空と汚物だらけの廃都を苦々しく思いながら歩いている。
「触るな、近寄るな、息をするな。醜い、汚い、這いつくばる虫けらめが」
「ギャッ」
時折、いや頻繁に現れる強姦目的の廃人どもを息を吐く前に首をねじ切り、物言わないガラクタに変える。
「救えないのでしょうか。我らもまた同じ……「くく、救う?何を言うモルドレッド?お前は知っているだろう、初めから無意味なのだ」」
「………ッ」
モルドレッドは言葉をなくし、俯いた。その頬には涙が伝う。その涙は何を意味するのか。
少なくとも、知っているからこそ出る涙であることは間違いない。
「泣くな、行くぞ」
「我らの目的を忘れるなよ。地平を閉ざすことが出来る、神と人ですら扱えぬ地上に唯一の神器、極点にて輝く絶槍。原初の怒りを縫い止める杭、【久遠の無槍】を誰よりも見つける、ということを」
「はい………」
彼らは何を求め、何を目的にするのか。それはたとえ魔法使いとしても見抜けるものではなかった。
「救いなどあるものか……、あるのは虚しさだけだ」




