閑話:北へ 『後編』
「話には聞いていたが、本当にあるとはな。……こうして見ていても作り物だとは思えねえ。人間の生首が置いてあるようにしか見えんぞ」
感心したかのような発言に来客たちは同意の声を上げた。彼らの視線の先にあるのは、『機械乙女』ポラリスの頭部だ。白銀の雪を固めたような頭髪に、薄紅が差してある白磁のような肌。閉じた瞼から伸びるまつ毛の柔らかさ。首から覗くコードやギアが無ければ、美しく整った眠り姫といった様相だ。
結局、ポラリスの胴体は見つからなかった。オルタナが作った魔法空間と共に消えたのか、あるいは誰かが回収したのか。ともかく、頭部だけがレイ達の手元に残った。
「極秘で招集した研究チームは即日解散ですよ。曰く、これを理解するには全てを分解して原型が留めないほどに研究し、それでも一つの事が分かるまでに十年単位は必要だと言われてしまいましてね。それでは話になりません」
「朝にお渡ししたポラリスの頭部が、夕方には返ってきましたよ」
「研究地区で保管しなくても宜しかったのですか?」
「君は研究者の生態を知らないな。彼らは研究材料が手元にあれば、調べられずには入られない業を持った奇人だ。彼女の頭部を研究地区に置いておけば、翌朝には二目と見られない姿になっていただろうな」
物騒な話だが、その可能性も考えられるとして頭部は屋敷に戻ってきた。
「それで、レイ。シアラから話は聞いているが、本気で『機械乙女』を復活……修復するために北方大陸に向かう気なのか」
オルドやグラッセ、そしてテオドールには北方大陸への遠征について話をしていた。
上級冒険者の、それも最上位に近い男の闘気で部屋の空気が切り替わる。グラッセやモランヌは気圧されたかのように顔を引きつらせ、カルロスは小さく悲鳴を上げてしまう。
だが、これまで多くの修羅場を潜り抜け、上級冒険者と共に戦い、何より『七帝』と渡り合って来たレイにとってオルドの手を抜いた威圧程度では、もう怯まない。
「はい、本気です」
射貫くような視線に真剣に返すと、途端に強面がくしゃりと歪んだ。
「がははは! 全く、正気とは思えないぞ。破壊の権化を、誰にも倒せなかった怪物が死んだというのに、それを蘇らせようとするとは」
「やっぱり、無茶苦茶ですかね」
「無茶苦茶だ! ……だが、誰かがやらなければ世界が無茶苦茶になるだろうな。冗談みたいな話だぜ。あれが存在しない方が、世界が滅亡しやすいなんてよう」
「……止めるつもりで話をしに来たんじゃないんですか?」
「いや。そうではありません、レイ殿。私達が今日来たのは、貴方の北方大陸遠征、ひいては『機械乙女』復活の支援を申し出に来たのです」
予想とは違う展開にレイは面喰った。
てっきり、グラッセはポラリス復活に反対なのではと考えていたのだ。ポラリスは魔法工学の兵器を破壊するためなら、都市を壊滅させるのもいとわない。自分の犯した行動によって、どれだけの人命が失われても気にも留めない。為政者としては、恐るべき脅威である。
加えて、学術都市は最先端の魔法工学を研究しているが、ポラリスの脅威を懸念して、大掛かりな実験ができずにいるとカタリナから聞いていた。
ポラリスが消えた方が都合のよい立場ではないかと考えていた。
だが、グラッセはポラリスがこのまま居なくなる事へのデメリットを、特に魔法工学の兵器が乱用される世界への危機感を語った。
ポラリスという抑止力を無くした世界は、自分から破滅に向かう。それを防ぐためにもポラリスを復活させる必要がある、と。
「皆さんの意志は理解できました。僕らが北方大陸に行くのを止めるつもりは無くて、それどころか支援をして下さるのですか。具体的なお話を聞いても?」
「それは私の方からさせて頂きます」
カルロスが横から口を挟む。グラッセが譲る形で引き下がると、小男は身をより出した。
「レイ殿たちの計画がどのような物かは存じませんが、北方大陸の険しさは筆舌にしがたいです。一面、雪と氷に覆われた大地。定住できるような土地は少なく、内地に行くほど生存確率は下がっていき、狂暴なモンスターが支配している危険地帯。はっきり言って、《ミクリヤ》のメンバーだけでは自殺しに行くのと変わりません」
「手厳しいですね。それでは、他の冒険者と共に行くべきだと?」
「はい。ただし、ある程度の裏事情を理解し、なおかつ信頼がおける冒険者たちが望ましいです。この場に居る方々は、『機械乙女』修復に賛成の方ですが、別の意見を持ち、邪魔をしようとする方も必ずいる筈です。なにより、今の時期に北方大陸へ海路でいくなら、大型船が必須です。海は凍っている箇所もあるため、中型船では突破できません。ですが、大型船で北方大陸に向かうのは目立ってしまいます。きちんとした理由を用意しなければ、真の目的が露見する恐れがあります」
カルロスは落ち着くために紅茶を一口すすると、とっておきの案を披露するかのように大仰に語った。
「ですから、ギルドと学術都市評議会で理由を用意します。名目は北方大陸に眠る資源の調査とてして、調査団を設立。研究者と共に上陸する冒険者の中にレイ殿たちを組み込ます。学術的な調査団を学術都市主導で組織するのも、それにギルドが協力して冒険者を斡旋するのも良くある話のため、不審がられる可能性は少ないでしょう」
「同行する冒険者は『紅蓮の旅団』メンバーで構成する予定だ。それなりに実力があるからお前らが不在でも護衛の役目は果たせる。それに、学術調査中にどこかへ消えても、追いかけるような真似はしねえ」
「調査団を設立すれば、大型船を確保できますし、人手を増やせますから前線基地を設立する事も出来ます。これなら、安全に北方大陸に上陸、探索ができるかと思います。地理的な事を考えても、私達が一番乗りとなるでしょう。如何でしょうか?」
饒舌な販売員のような口ぶりで喋っていたカルロスに対して、レイは即答を控えた。頭の中で説明を噛み砕く。
北方大陸へ渡るルートは海路だ。だが、今の時期は海が凍っており、大型船以外で渡れないというのはリザから聞いた話と合致する。大型船を動かすには大金と伝手が必要で、今のレイ達では難しい話だった。
食糧に乏しいという話も聞いている。北方大陸にもモンスターや動物はいるが、人間に必要な栄養素を補うのは難しい。レイ達は雛馬車で食料を積み込めるが、それにも限度はある。
レイが悩んでいた移動手段と食糧事情は、調査団ならどちらも解決できるのだ。加えて、ポラリス修復をさせまいとする敵対勢力の目を誤魔化す事も出来る。
入れたり尽くせたりの内容だが、同時に気になる事もあった。
「調査団を結成して、実際に人員を動かすと言いましたが、その資金は何処から捻出するんですか? 僕らが支払うなら難しいですよ」
「御心配には及びません。資金は黒龍の翼を売却した資金から捻出します。消費された魔石の分の賠償金を差し引いても、百人近い調査団を北方大陸に派遣して二カ月以上逗留するだけの予算になるはずですから、資金に関しては問題ありません」
自信満々に告げられる。どうやら、黒龍の所有権を放棄したから実現した話だったようだ。
「形としてはこのようになります。まず、ギルドが北方大陸に眠っている資源、およびモンスターの活動状況を調べるための調査団を派遣すると発表します。冒険者の選定は公募の形を取りますが、既にメンバーは決まっています。《ミクリヤ》と『紅蓮の旅団』の合同チームは研究者と共に北方大陸ヘ向かい、現地に到着しましたらレイ殿たちには別行動を取ってもらいます」
「『機械乙女』を修復できる場所の目安は付いているんだよな」
オルドが口を挟む。レイは頷くが、その場所がどこなのか明言は避けた。
「続けます。調査団の活動期間は二週間から三週間となります。レイ殿たちは『機械乙女』修復が終わりましたら合流して帰還しますが、期間内に修復が終わらなかったら連絡をください。残った資金で日を置いてからもう一度調査団を派遣しますので、その時に帰還して頂きます。今の所、概案はここまでで、詳細な計画書は関係各所と協議してからになりますが……如何でしょうか? 他に北方大陸への渡り方があるのでしたら、この計画は白紙に戻せます」
どうしますか、とカルロスは尋ねた。
レイは紅茶を手に取る。話が長引いたせいで冷たくなっているが、時間を稼ぐための動作だから気にせずに口にした。
考えるまでも無く、乗るべきだ。
今の所、北方大陸へ行くルートも、手段も、準備も整っていない。このままだと冬が明けるまでは難しいだろうと考えていた所に舞い込んできた奇跡のような話だ。
一も二も無く飛びつくべきだろう。
だが、と心の中でブレーキがかかる。あまりにも話が上手く行き過ぎなのだ。グラッセたちの懸念も理解できるし、世界が予断を許さない状況なのは理解できる。それでも、全てのお膳立てを整えられ、断る理由が無いという状況が不安感をあおる。
本当に問題は無いのだろうか。見落としは無いのだろうか。
そんな風に考えていると、胸に軽い衝撃を感じた。
数は二回。
レイは小さく頷くと、覚悟を決めた。
「グラッセ殿、オルド殿、それにカルロス殿。ご厚意に甘える形になってしまい恐縮ですが、調査団結成、何卒よろしくお願いします」
「おお、そうですかそうですか! いえ、悪いようにはしませんから、大船に乗った気で待っていてください」
喜びを隠そうともしないカルロスに対して、オルドはどことなく探るような視線をレイに向ける。冒険者の鋭い視線が胸に突き刺さるも、レイは表情を変えずにやり過ごした。
「それで、関係各所に話を通したら、どれぐらいで出発できますか?」
「そうですね。諸々の手続きを終えるまでには二週間から三週間が目安となりますな。遅くとも春の上月が終わるまでには出発できます。それまでに準備の方を終えて頂きたい。では、私はこれにて失礼させて頂きます。何しろ、ここからが忙しくなるのですからね!」
そう言うなり、カルロスは挨拶もそこそこに屋敷を飛び出した。扉越しに、魔馬車のとどろく音がした。
カルロスが退出したのが合図となった。
話は以上だと言わんばかりに、オルドもグラッセも立ち上がった。
「あれがギルドの長とは世も末だな。冒険者たちの反発を抑えないと、どこかで足をすくわれかねないぞ。とにかく、お前が計画に乗ってくれたのは助かる。テオドール陛下も、一刻も早く『機械乙女』を復活させてほしいと仰っていたからな」
ロータスからコートを受け取りながらオルドは厄介事か減ったと呟いた。
「……レイさん。此方が学術都市に在籍する腕の立つ鍛冶師のリストになります」
ロータスがそっと差し出したのは巻いた羊皮紙だ。
「ありがとうございます。でも、どうしてこれを?」
「リザから相談を受けていたんです。防具が壊れてしまって修復が難しいと伺いましたよ」
レイの装備品はこの前の戦いで大破いた。修復は出来ず、新しいのを用意しないといけないと考えていた。
「いっそのこと、黒龍の翼を防具に仕立ててみたらどうだ? 素材としては難しくとも、超一級品なのは
間違いないからな」
「でしたら、レイ殿の取り分は直接鍛冶師の工房に届けさせても良いかもしれませんね。鍛冶師が決まりましたら、モランヌに知らせて下さい。彼女に手配を任せますから」
「畏まりました、学長」
クロノが仕上げた報告書を抱えているモランヌを先頭に、四人も魔馬車に乗り込んだ。レイは主として玄関まで見送ると深々と頭を下げた。
扉が閉まると、上半身を起こす。その際に胸のポケットから落ちた小さな影が、あっという間に人の大きさに膨れ上がるのを驚かずに見つめた。
「ご苦労様、ヨシツネ。傍に居てくれて助かったよ」
「いえ、これも拙者の役目ですので」
ねぎらいの言葉に、ヨシツネは真面目な口調で返した。
応接室に入る前に、レイはシアラの指示で小さくなったヨシツネを胸ポケットに入れていた。人払いをしたが、扉越しに話している内容を聞き取るのは、獣人種との雑種であるエトネにとっては簡単だ。彼女が盗み聞きした内容をシアラに伝え、シアラはヨシツネに《送声》で指示を出していた。
胸を二回叩くのは肯定の合図だった。
「悪いけど、皆を呼んできてくれ。エトネから話は聞いているだろうけど、僕の口から伝えたい」
「了解でござる」
ヨシツネは頷くと隣室へと向かっていた。レイは先程と同じ椅子に座ると、大きなため息を吐いた。
自分の不甲斐なさが際立っていた。
この数日、自室にこもって悩んでいる間にもリザ達は行動していてくれた。自分が望んだ北方大陸への遠征を実現するために情報を集めたり、新しい防具を手に入れるための鍛冶師を探してくれていた。
こんなにも情けないリーダーを支えようとしていてくれたのだ。
室内に頬を叩く音が響いた。
レイが自分の両頬を叩いたのだ。力いっぱい叩いたから、顔が赤くなっている。
まだ、自分の正体が御霊であるという事は打ち明けられない。勘の鋭いシアラやコウエン、そしてクロノがこの事を知れば、同じ結論に突き当たるかもしれない。
自分だって持て余している可能性。シアラ達が知ってしまえば、ショックは計り知れない。クロノだって同じか、あるいはそれ以上のショックを受けてしまう。
確証に足る証拠や新しい発見が無い限りは、自分の胸の内に留めておくべき話だ。
そう決めた以上は、もう悩んでいる暇は無い。次の冒険へのカウントダウンは始まっている。
話し合いの時、オルド達はある可能性を口にしなかった。地理的な面や大型船の確保など、確かに学術都市は有利かもしれない。だが、学術都市の有利な部分を一発でひっくり返せるカードが、あの国にはある。
リザの話からすれば、あの国は独自のルートで魔法工学の兵器を収集している可能性がある。国の性質や統治者の行動からして『機械乙女』復活を最も望んでいないだろう。
ここから先は、その国と時間との勝負だ。
扉が開いて仲間達が入ってくる。ある程度、話を聞いていたからだろう。皆、覚悟を決めた顔つきだ。
レイは、そんな仲間達に向かって言うう。
「さあ、みんな。次は北方大陸に向かって出発だ!」
雪仕様の魔馬車が悪路を気にせずに進んでいく。走行性能は抜群だが、反面快適さを失った車内には大柄な男たちが向かい合って座っていた。
「宜しかったのですか。あの場で、あの可能性について明言しなかったのは」
グラッセが切り出すと、オルドは大丈夫だろう、と言った。
「レイの奴は南方大陸の騒動の時に遭遇している。俺達が言わなくても理解しているはずだ。むしろ、言わなかった、という事をきちんと理解できたかどうかが重要だ。……カルロスの奴は、本当に信用できるのかどうか、向うの出方で分かるな」
「ええ……全く、本当に厄介な時代に生まれたものです。世界崩壊が近づくというのに、世界は一つに纏まるどころか、戦争の兆しが見えるとは」
オルドとグラッセは、共通する不安要素を脳裏に描くも、それを口にしなかった。
果たして、彼らの長い腕はどこまで伸びているのか。それは誰にも分からないのだ。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
これで11章閑話は終了となります。明後日頃に人物紹介とステータス更新を投稿予定です。




