閑話:人龍戦役Ⅴ
サファが地面を蹴ると、細い体躯は宙を飛ぶように舞う。稜線のように伸びる背びれに向けて刀を振るおうとしたが、黒龍の体が白く輝くのに気づいて攻撃を止めた。
黒龍からの反撃では無い。
空高く舞うサファよりも、更に頭上に太陽を分けたかのような光の塊が複数浮かんでいた。オルタナの生み出した光が辺りを白く照らしていた。そして、光の玉から熱線が幾筋も放たれる。光と黒龍の間に居たサファは自分に降り注ぐ光を、舌打ちと共に切り裂いた。
熱線は黒龍の背を焼き、地面を溶かす。溶けた大地が辺りへと広がっていくと黒龍の腹の下で攻撃を加えようとしているフィーニスの足元まで伸びてきた。マグマのように煮えたぎる大地を避けて移動しようとするも、逆に黒龍に攻撃の隙を与えてしまう。振るわれた尾の直撃を浴びる寸前、フィーニスは影を球体のように展開して自分を守った。
黒い球は溶けた大地の上を弾みながら、一直線にオルタナの方へと迫った。オルタナは次なる魔法の準備に取りかかっていたが、とんだ邪魔が入ったとばかりに黒い球を睨みつけ姿を消した。人の枠から外れ、現象となったオルタナは瞬間移動じみた移動方法を習得していた。次に出現したのは、黒龍の背びれ付近だ。黒龍の首筋を目がけて氷の刃を突き刺そうとするも、背後から降り下ろされたサファの斬撃をまともに喰らってしまう。
サファにしてみれば、刀を振り下ろした瞬間にオルタナが出現したのだから、止める暇も無かった。昔なじみの体が上下に分かれてしまったのを見て、斬撃の威力が落ちたと不満そうにつぶやいた。
斬撃は黒龍の首筋に入る。鱗を裂き、肉を裂き、骨まで届くも裂くには至らず。オルタナが邪魔をしなければ骨を通り過ぎて首を落とせたかもしれない。首を支える筋肉が切れた事で、黒龍の頭が下へと落ちる。自然と、黒龍の口から吐き出されたブレスも下へと向かい、攻撃を華麗に避けたフィーニスを追いかける形となった。
予想外の軌道変更にブレスの直撃を受けたフィーニスは、飛ばした影の矢のコントロールを失う。黒龍の目を狙って放った矢は、黒龍の頭の上を越え、自由落下に捕らわれていたサファに直撃しそうになる。刀で矢を弾き飛ばしたサファだったが、黒龍の背びれから放たれた雷撃を躱すには一手遅かった。雷撃を浴びながらも、背びれを足場に黒龍の攻撃範囲から逃れた。
いまだに蒸気を上げて大地を避けて器用に着地したサファ。
体を上下に分けられたはずなのに、何事も無かったように復活したオルタナ。
黒龍のブレスをまともに喰らい、黒い炎に包まれた影を引き剥がすフィーニス。
怪物と呼ぶに相応しい実力を持った三人は、まったく同時に叫んだ。
「君たち「てめぇら「貴様ら、邪魔をするな!」」」
あまりにも揃い過ぎた声は合唱のように重なり、遠く離れた場所で観戦していたウィンドヘイル家の次男坊まで届いた。
「オルタナ! どうして貴様は昔から馬鹿の一つ覚えのように広範囲殲滅魔法ばかりを使いたがるんだ! 前線で戦う奴を巻き込むから止めろと言ったよな! 高々数百年前の事を忘れるほど耄碌したのか、この爺!」
「黙ってろ。てめぇこそ、相も変わらず棒振り以外にやる事がねぇのか。毎回毎回、敵の傍まで近づけなきゃ戦えない野郎が。ちったぁ、遠くから敵を倒せる手段を考えろ。それと、フィーニス。足を引っ張るぐらいなら戦場から出てけ」
「あははは。面白い事を言うね。誰が誰の足を引っ張ってるって? 誰が黒龍の翼をもいだのか、忘れたのかい。ああ、いやいや。そんな最近の事も思い出せないのか。ぼくとしては敬老の精神を忘れるべからず。後は任せて日向ぼっこでもしてれば!」
黒龍という強敵を前にしておきながら、彼らは罵倒を止めようとはしなかった。
互いに互いの不満をぶちまけ合う怪物達は、苛立った様子だ。
土台、無理があったのだ。
一人一人が国を相手にできる怪物。それゆえ、単騎でも黒龍を相手に互角で戦えるだけの実力を持っている。だが、それはあまりにも完成し過ぎた個なのだ。
自分にとって最適の間合い、呼吸、手順、感覚。全てが超一流であるがゆえに、一つが崩れてしまえば、全てのバランスが崩れてしまう。爪楊枝で巨大な建造物を作るかの如く、緻密でなおかつ大胆な構築が必要となる。
そんな完成された個が三つも揃えば、ぶつかってしまうのは自明といえた。
彼らとて歴戦の戦士だから連携を取ろうと思えばできなくも無い。しかし、それは自分の個を―――強さを抑える事でようやく連携が取れるのだ。黒龍を相手に力を温存しながら戦うのは危険すぎる。場合によっては死にも繋がる。
これが、例えばフィーニスならゲオルギウスやクリストフォロス、ジャイルズといった互いの実力を知り尽くし、言葉を交わさずに意思を通じ合える相手とだったら、完璧な連携を披露できただろう。
サファとオルタナは同じパーティーに属していたが、組み合わせて戦うには相性が悪すぎた。彼らが全力で戦えていたのは、リーダーの資質に依るところが大きかった。
「ああ、もう。こうやって怒鳴り合っていても、らちが明かない。黒龍、ちょっと休憩! その間に話し合いをしようじゃないか」
あまりにも唐突な宣言に、クリストフォロスですら口を半開きにして驚きを隠せないでいた。ところが、更に驚く返答が黒龍から返ってきた。
「……認めよう。しばし、時間をくれてやる」
そう言うなり、大地に腹を着けた。戦わないと意思を表すかのように、眼すら瞑った。
罠だとしたらあまりにも分かりやすいパフォーマンスだが、フィーニス達は黒龍を無視して集まった。
「魔人種の童。話し合いとは何だ」
「童じゃない、フィーニスと呼んでくれ。サファ、それにオルタナ。このまま戦っても勝ち目がないのは気づいているよね」
『魔王』とは思えないほどの弱気の発言だったが、戦っている者は驚きも貶しもしなかった。事実だと首を縦に振った。
「見て。ぼくが切り落とした翼も、オルタナの熱線が抉った跡も、サファが切り裂いた首も、もう修復されてる。ぼくらの攻撃じゃ、悔しいけど致命傷にはなりそうもない」
「否定の概念……いや権能の名残だろうな。神々の力が完全であった頃は、敵対した存在を触れることなく消滅させた恐るべき力だ」
「神々の権能なら無神時代が始まった時に消えている筈だろ。なんで、いまだに使えるんだ」
「推測だが、神々の力が失われるという状況を否定したのかもしれん。流石に完全否定とまでは行かなかったが、それでもああして、傷があったという事実を否定して、異常な修復能力を獲得したのかもしれん」
「神々の力が相手か。……それで? わざわざ攻撃の手を止めてまで話し合いたい事とは何だ?」
サファの萌黄色の瞳が、フィーニスを値踏みするように動く。『魔王』は『守護者』の無礼な視線を気にすることなく答えた。
「このまま戦いを続けても互いに互いの邪魔をするだけで、自分の実力をきちんと発揮できない。だから、ここからは一人ずつ順番に戦おう」
「ほう。あの『龍王』を相手に一人で戦う……ねぇ」
「反対かい? それとも、一人だと怖くて戦えないとか臆病な事を言うのかい。それだったら仕方ない。面倒だけど君のお守りぐらいはしてあげるよ」
明らかな挑発だが、サファは唇を吊り上げただけでいなした。顎に手を当ててフィーニスの提案を聞いていたオルタナは悪くないと返した。
「どうやっても、この三人で連携なんか取れやしない。それだったら、黒龍を相手に一人で挑んだ方がまだマシといえるか。だが、それをしたとして勝機があるとは思えんが。まだ他に策でもあるのか」
「策なんかないよ」
「……何だと? 策も無しに挑むというのか」
「しょうがないだろ。だって、このまま黒龍を行かせて本隊と合流されたら、これまでの努力が水の泡だ。帝国が流した血も、この砦に集まって散った命も、全てが無駄となる。……それを許す訳には行かない。積み上げた屍を越えて進む事は出来ても、背を向ける事だけは出来ない」
静かに、しかし断固たる決意を持って告げる男の横顔は紛れも無く王の顔だ。若く見える魔人種の王は、肩を竦めて続けた。
「とはいえ、連携どころか足を引っ張り合うしかできないぼくらが揃って戦ってたら、誰かが死ぬ可能性がある。……まあ、現象となったオルタナは別としても、ぼくもサファも死ぬわけにはいかない。逃げられない、死ぬわけにも行かない。だったら、やれるのはたった一つだろ。時間を稼ぐ。ぼくの部下が黒龍を倒す方法を見つけるまでの時間を稼ぐんだ」
戦闘中、フィーニスはクリストフォロスに連絡を取っていた。彼とカタリナの二人掛かりで、黒龍の持つ不死性を攻略できないか命じたのだ。
「ぼくの部下と娘に託した。もっとも、彼らでも短期間で黒龍の攻略方法を思いつくとは限らない。それこそ一日、一週間、一カ月。どれだけ掛かるか想像もできない」
「黒龍をどうにかする術が見つかるまで単騎で足止め……か。いつ、終わりを迎えられるか分からない戦いだな」
サファは面倒だと言わんばかりにかすれた声で呟く。だが、その唇はつりあがり、笑みを浮かべていた。
「面白い。面白い事を思いつくな、フィーニス。俺は乗るぞ」
「……終わりの無い消耗戦か。正直なところ、俺はさっさと帰りたい。弟子に請われた分は働いたしな」
気だるげだがやる気を示したサファとは対照的な態度をオルタナは取った。
「薄情な奴だな、オルタナ」
「色々なしがらみに囚われているてめぇらと違って、こっちは自由気ままな風来坊なんでな。……とはいえ、流石にあの黒龍を放置しておくわけにも行くまい、か」
「それじゃ」
「面倒で気乗りしないが、終わりの無い消耗戦に参加してやる」
「……改めて聞くとやる気が削がれるなぁ。やっぱり止めましょうか」
「提案した貴様が言うな。それで、誰からやる?」
問われてフィーニスはしまったとばかりに表情を変えた。どうやら順番を決める方法までは考えていなかったようだ。
「話し合い……などとまどろっこしい事をする気はねえな。硬貨を投げて決めるにしても、三人だから。……あれで決めるか」
「あれ……ああ、じゃんけんか」
口にすると、同じ男と共に旅をした過去が蘇った。パーティー内で意見が割れたり、食事のお代わりを巡って平和的な解決手段としていつも使われていた方法。それがじゃんけんだ。
「じゃんけん、って何ですか?」
唯一知らないフィーニスに対して、オルタナがやり方を簡単に説明する。そして、じゃんけんぽんの掛け声の後、勝者が地に伏している黒龍の前に立った。
「待たせたな、黒龍。まずは俺とやり合おうか」
「……たった一人で我と戦うつもりか、エルフの『守護者』よ。あまりにも愚かな選択肢と言えよう」
「仕方ないだろ。貴様の反則じみた不死性を打ち破る手段が見つからない以上、これしか取れる手段が無い。だからまあ」
サファは鞘に収まっている刀の柄に手を這わせた瞬間、鍔鳴りが黒龍の耳朶を震わした。次の瞬間、黒龍の顔を斜めに走る傷が生まれた。
「悪いが付き合ってもらうぞ」
サファが繰り出した居合いが、終わりの無い消耗戦の始まりを告げた。
フィーニスの提案した消耗戦が始まってから丸一日が経過した。
一時間交代で、丸一日。フィーニスたちはそれぞれ八回ずつ黒龍と戦った計算となる。命を持った災害とさえ呼べる黒龍と互角に戦える怪物達によって、トラゴエディアの地形は様変わりしていた。サファの斬撃が雨霰と降り注いだ結果、大地は大きな亀裂を幾つも作る。フィーニスは影を重ねて黒龍に匹敵する巨獣となると、『魔王』の名に恥じない暴れぶりを披露した。オルタナの魔法の余波で海面は凍り付き、空からは季節外れの雪が落ちてくる。
それでもなお、黒龍は健在だった。巨獣形態となったフィーニスに翼の根元を抉られようと、サファの斬撃によって尾を切断されようと、オルタナの魔法によって体に穴をあけられようと、肉体は修復されていく。体力も無尽蔵だと言わんばかりに二十四時間休まずに戦えていた。
フィーニス達も疲労を抜くために二時間の仮眠を交代で取っていた。クリストフォロスに用意させた食料を取り、振動が止む事ない大地に寝転がる。次の瞬間には熱線が通るかもしれない危険地帯に居るのにもかかわらず、熟睡できるのは生命体としてどこか大事な感覚が麻痺しているのかもしれない。
フィーニスたちにしてみれば終わり無き消耗戦かもしれないが、黒龍にしても終わりの無い消耗戦である。フィーニスたちは二カ月に渡って戦って来た《神聖騎士団》よりも強く、黒龍ですら手を焼く時があった。だが、あの時と決定的に違う点がある。それは、黒龍は逃げようと思えば何時でも逃げられるという点だ。《神聖騎士団》と戦っていたときは結界によって脱出が出来なくなっていた為、戦いに付き合うしか無かった。
今は違う。
空は世界に繋がっており、羽ばたけばどこまでも行ける。黒龍は自由にもかかわらず、逃げようとしなかった。逃げる、というのが黒龍のプライドを刺激したというありきたりの理由では無い。現実的に、黒龍は目の前の怪物達がどれほど恐ろしいのか理解していた。
『魔王』フィーニス、『守護者』サファ、『魔術師』オルタナ。
彼らは『龍王』たる自身と同等の存在であり、竜を殲滅できる力を持っている。
―――竜は全滅してはならない。
個人で竜を滅ぼせる彼らは黒龍にとって最大の脅威と言える。相手を野放しにできないという点でフィーニス達と一致しており、この終わり無き消耗戦が続いていたのだ。
とはいえ、戦っている当事者たちは真剣であっても、それを眺めているだけの者達にしてみれば退屈である。どれだけ激しく、熾烈な戦いも一日も続けば飽きる。
黒龍達がぶつかり合う地点から遠く離れた場所に避難していたウィンドヘイル家の次男坊は、上等なソファに浅く座りながら戦いを見物していた。昨日までは何も無いはずの大地に、貴族の邸宅が現れていた。ウィンドヘイルの邸宅に比べれば小さいが、それでも五将軍を含めた魔人種が十人、サファが守ったエルフが二十人、フィーニスが混乱の最中助けた貴族の子弟二十人、合計すれば五十人の大所帯が狭苦しさを感じないで生活できる広さはあった。
魔人種たちの国にある屋敷をクリストフォロスの力を使ってこちらに運んだ。終わり無き消耗戦が始まってしまい、いつまでも吹きさらしの場所に集めておくのも不味いという判断だろう。
魔人種の給仕によって注がれた紅茶を口に含みながら、次男坊は『窓』に視線を向ける。黒龍の体から放たれる雷撃を次々と切り落とすサファの剣術は素晴らしいが、それでも戦いに終わりが見えてこない。
「……このまま戦いを続けても、終わりが来るのでしょうか」
誰かに尋ねるつもりで呟いたわけでは無かったが、部屋の片隅に居た若い男が呟きを拾った。男は傷だらけの裸身を隠そうともせずに答えた。
「ひひひ。そりゃ、無理ってもんだろうな」
「やはり、そうなのですかジャイルズ殿」
五将軍第二席、第四席は揃って不在だった。代わりに貴族の子弟たちの面倒を見ているのは第五席ジャイルズだったが、彼は帝国貴族に対しても敬意を見せないで接していた。何人かの貴族の子弟はジャイルズの言動に眉を立てるが、次男坊は気にしていなかった。ジャイルズから感じ取れる強者の圧が、ウィンドヘイルの血に流れる強い者に対する敬意を呼び起こしていた。
「陛下も含めて、全員が黒龍に攻撃を届かせられるけど、あの常識外れの修復力をどうにかする手段が見つかっていない。いくら攻撃しても振出しに戻るんじゃ、どうしようもない。一方で黒龍も黒龍で、時間稼ぎに徹している陛下たちを倒しきれずにいる。これじゃ、戦いが終わるなんて、夢物語って訳だ」
ジャイルズの説明に納得できるが、一つ気になった事があった。
「時間稼ぎ、ですか」
「そう、時間稼ぎ。このままじゃ、いつまでたっても終わらないから、クリストフォロスと姫さんが中心になって動いてんだよ。黒龍の不死性を剥がせないか、あるいは黄龍のように封印できないか調べてんだよ」
姫さんが誰なのか分からないが、あの怜悧な相貌をした男が居ない理由に納得した。
「とはいえ、流石にあの二人でもこの短時間じゃ何も掴めないだろうな」
「まだ戦いは続くという事ですか。……ところで、それは何ですか?」
ジャイルズが部屋の片隅に持ち込んでいたのは何かの絵だった。近づいてみれば、複雑に描かれた魔法陣のようにも見えた。
「これかい? こいつはトラゴエディアに築いた砦を俯瞰で見た時の絵さ」
「これが、あの砦の絵ですか。まるで……魔法陣のような緻密な形をしていますね」
「まるで、じゃねえよ。あの砦はエルフも加わって砦自体が魔法陣となっていたんだよ。そうする事で、この大地に流れてる魔力をくみ取って防御用の結界が展開できるようにってな。まあ、発揮する前に根元から崩されちまったんだけどな、ひひひ!」
皮肉気に笑うと、ジャイルズの顔が一転した。あまりの変わり様に、少年は戸惑ってしまう。
「ど、どうかされたのですか? 何か、気になる所でも」
「ああ、あるぜ。この砦、というか魔法陣だが、どうして結界なんだろうな」
「……と、いいますと?」
「いや、せっかく魔法陣を作るなら攻撃魔法とか、範囲に居る人間を強化したり回復したりする補助魔法でも良かっただろ。何しろ、相手は黒龍。結界魔法が通じるとは限らないんだぜ。だったら、ちょっとでも勝算を上げられる物を作ればいいじゃねえか」
ジャイルズの意見も一理ある。確かに、結界魔法は黒龍を相手に使用するとなると消極的な選択肢と言える。魔法を展開中は外部の攻撃を遮断できるが、同時に中からの攻撃も遮断する。仮に、黒龍の攻撃を防げたとしても、砦を無視されてしまえば効果は無いも同然だ。
結界魔法は捕らえた相手を逃がさない役割を持つ。防衛戦に役立つとは、到底思えなかった。
「十万の兵を分散することなく、一カ所に集めたのも気に入らねえ。黒龍が本隊に合流するのを防ぐために戦力を集中させて対抗するにしても、もっと場所もやり方もあっただろう。それなのに、こんな辺鄙な場所に戦力を集めちまって。……なあ、帝国のお坊ちゃん。帝国は今回の戦いでどうやって勝つ気だったんだ?」
魔人の問いかけに何も知らない少年は答えられなかった。生き残った貴族の子弟の中にも、帝国貴族は居るが、彼らも答えられない様子だ。果たして、父は何かを知っていたのか。
何も答えられないでいると、落胆したジャイルズが耳元を抑えた。
「おっと、連絡が入った。……ゲオルギウスか、どうかしたのか? ……戦場に誰かが向かってる? それも歩いて? 何だそりゃ。数は……一人? 特徴は……銅像のような騎士だと」
零れ聞こえた話から、どうしてだがある存在を思い浮かべてしまう。
ウィンドヘイル家の師と呼べる存在を。
到達すべき道の先に居る存在を。
瞬間、開いたままの『窓』が目も眩むような光に包まれた。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は7月3日頃を予定しております。




