11-51 サイコロの目は 『前編』
失敗。
失敗。
失敗、失敗。
失敗、失敗、失敗。
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
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失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
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★
数えるのも馬鹿らしい程の失敗を繰り返した。
《トライ&エラー》を何十、何百と繰り返したところで肉体は疲労しないが、精神は摩耗する。心は澱み、海底に溜まったヘドロで満たされている。淡々と機械が作業を繰り返すように、足だけを動かしていた。
棘の付いた鉄球でも放り込まれたように、頭の中は刺す痛みが続き、視界はもやがかかったように曇る。明らかに精神の摩耗が肉体を蝕んでいた。同時に、思考にすら雑音が混じり、考えるという事が億劫になっていく。
自分が正常な判断をしているのか、そもそも正常なのかすら怪しい。
すれ違う人々が驚く様子から、如何に自分が追い詰められているのか理解できるのも滑稽な話だ。
影法師の声も届かない。
斜に構えたあの存在でも、付き合いきれないとばかりに引っ込んだのか、あるいは付いてこれなくなったのか。
自分と同じだけの時間を過ごしているのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
何しろ、ずっと休まずに繰り返しているのだ。
迷宮を突破し、屋敷に戻り、頃合いを見計らって黒龍の所に行き、そして死ぬ。
これらの流れを一度たりとも休まず、ずっと続けている。
休む事は出来ない。
一度でも眠り、意識を覚醒したら、《トライ&エラー》のセーブポイントが生まれてしまう。そうなれば、唯一残ったアドバンテージすら失ってしまうのだ。
レティが死ぬまでの一時間三十分は、短くとも黄金に匹敵する貴重な時間だ。この時間があるから、作戦を練り、実行するだけの猶予があるのだ。
ここでレイが意識を失ってしまいセーブポイントがずれてしまったら、この作戦が失敗した時にやり直す時間が無くなってしまう。
今頃、リザとシアラが作戦を進めているはずだ。二人が首尾よく進めているとすれば、シアラはフィーニスに捕まっている。もし、この作戦が通じなかった時、セーブポイントがずれてしまえば彼女を危険な目に追いやっただけになってしまう。
あるいは、この作戦が上手くいかなかった時は、別の作戦を組み立てなくちゃいけない。そのためにも、ある程度自由な時間が必要だ。だから、セーブポイントをずらす訳には行かない。
やはり、滑稽な話だ。
まだ、作戦の初期段階だと言うのに、作戦の完遂や別作戦の準備を考えているのだから、こんなに可笑しな話は無い。
これまでにも、似たような危機はあった。アマツマラでの赤龍戦、シアトラ村地下でのフィーニス戦、アクアウルプスでのエレオノール戦、デゼルト国でのゲオルギウス戦。
どう考えても不可能な状況から、どうにか辛うじて生き延びてきた。
だが、今回ばかりは勝つ道筋が見えてこないのだ。無為に死を繰り返し、無駄に精神を摩耗させ、無謀な道を突き進んでいるようにしか思えない。
そもそも、ここは作戦の全体図から言えば前提条件を揃えるための準備なのだ。
本来の目的を達成するための、いわば布石。絶対に外す事の出来ない軸。
それなのに、徒に死を繰り返し、精神を摩耗させていた。
それだけ、レイがやろうとしている事が最も難関とも言えた。
圧倒的不利な盤面を、一気にひっくり返す奇策。
あるいは悪手。
「……さて。今度こそ、成功してくれよ」
祈るように絞り出した声に反応したのか、デッドエンドスポットの扉がゆっくりと開いていく。
★
「フィーニス! 貴様はどこまでも執念深い男なのだ!」
黒龍の激情が世界を震わせる。四肢を伸ばし、咆哮を吐きだそうとする態勢を見た瞬間、コウエンはエトネとキュイを逃がそうと思考する。自分の中に蓄えてあるモンスターの遺伝子情報から、最も炎に強いモンスターの外皮を作り上げ、彼らの壁となろうとした。
だが、すぐさま結論は出た。
黒龍の咆哮を防ぐ手段は、自分の中には無い。どれだけ足掻いても、一秒と持たずに蒸発してしまう。もしも、赤龍の遺伝子情報が含まれていたら、あるいは可能性があったかもしれない。もっとも、赤龍に変身すれば内蔵しているエネルギーをあっという間に使い切ってしまい、消滅するリスクもある。
そのリスクすら、コウエンは許容していた。
黒龍の存在を知覚し、危険を承知で彼女たちを連れて来てしまった以上、無事に帰す義務が自分にあるとコウエンは考えていた。それこそ、自分の命を燃やし尽くしてでも、そうするべきなのだと。まるで、どこかの誰かと似たような考えをしている事にコウエンは気づいていない。
(せめて、炎の範囲が最も遠い所にこやつ等を弾き飛ばすしかあるまい!)
小さな握り拳が肥大化すると同時に、黒龍の咆哮が放たれる。
もう、間に合わないと悟った瞬間、突如現れた黒い影が内側から切り裂かれた。
それは鮮烈なまでの紅。
太陽が沈む時に放つ輝きによく似た炎だった。
全てを塗りつぶす黒い炎に向かってまっすぐ伸びた紅き炎は、黒龍の咆哮を受け止めて横へとずらした。咆哮が何もない地面に着弾するなり、大地が揺れ、黒い炎が渦を巻いて空へと伸びていく。
「え? おにいちゃん、なの?」
辛くも生き延びたエトネが不思議そうに呟いたのも無理はない。影を切り裂いて現れたのは、またしても影だった。むき出しの筋肉のようなスーツの上から、中華風の炎の鎧をまとっている。その姿は二人にしてみると異様に映り、手にした龍刀が無ければレイだとは分からない。
この姿を見るのが初めての二人に対して、レイは手に持っていた物を投げつけた。
「なんじゃ、この銀色の……液体か?」
投げつけられた物の一つは、瓶だ。透明な瓶の中身は、銀色に輝く物体だった。液体のように見えるが、手に持った重みや傾き具合から粘度の高い何か、というのだけは察した。
「悪いけど、説明は後だ。コウエン、それを食べて!」
「これを食せと言うのか。突然現れて、そのような世迷い事を」
更に続けようとしたが、足元の影が濃くなったことに気づきコウエンは言葉を切った。直後、黒龍の前腕が大地を均すように振るわれた。間合いの外に居たが、風圧だけでキュイの体は吹き飛ばされてしまう。大地を二転三転して止まった時には、レイの姿は先程の場所に居なかった。
「あそこ!」
萌黄色の瞳は、レイの姿を見逃していなかった。レイは地上から上空へと飛翔しており、黒龍と相対していた。
「……貴様、何者だ。貴様の魂……混じり合っている、いや違う。それぞれが独立し、重なっているのか。色の違う紙が幾枚も重なり、黒に近く……だが、それは……ありえん、これはありえん。貴様は何なのだ!!」
「それに関しては、僕の方が知りたいぐらいだ。お前なら、その答えに近いヒントに気づいたんじゃないのか」
レイの切実な本心だったが、黒龍にしてみれば煙に巻いたような態度に見えたのだろう。地鳴りのように低い唸りが、鋭き牙の奥からした。
「答えるつもりはないのか。……どちらにせよ、貴様は存在するはずの無い害悪だ。貴様と言う存在を世界は許容できん。自らの刃で汚泥を雪げぬというのなら、我が炎で塵も残さずに消えるがよい!」
「本当にさ、毎回毎回、勝手にキレて突っかかってくんなよ! 六龍って、どいつもこいつもこうなのかよ!」
返答は咆哮だった。黒龍の炎を回避しながら、レイは地上に居るコウエンに向けて叫んだ。
「ぼさっとしてないで、それを早く取り込め!」
「戯け! この状況下で悠長に食べている暇などあるか! 其方は即刻、この地より離れんか!!」
「そうもいかないんだよ。いいから、早く食えよ!」
叫びつつも、レイは器用に黒龍の攻撃を避けていた。世界を黒に染める炎を躱し、鱗の周りから放たれた稲妻をバジリスクの魔短刀を避雷針代わりに受け止め、刃のように鋭い翼が起こす突風を掻い潜る。
まるで、攻略方法を知っているかのような的確な回避に、すぐに《トライ&エラー》を使っていると気づく。それも一回や二回では無い。ああも流麗な動きで回避するためには、多くの屍を積み上げるしかない。
どうやら、自分が思っているよりも危機的な状況なのだとコウエンは理解をし、受け取った一つを指にはめてから、瓶の蓋を歯で引き抜いた。途端、鼻を突くのは腐敗臭だった
優れた嗅覚を持つエトネが、思わず眉をひそめてしまう。だが、コウエンは恐れることなく瓶の口を―――否、瓶ごと喰らった。
小さな栗鼠のように膨らました頬から、バリバリ、と硝子が砕けると音がしていた。普通の人間なら、口の中を硝子の破片で切り裂いてしまい、あっという間に血の海と化すだろう。あまつさえ、瓶ごと中身を飲み込むなんて事も出来やしない。
だが、コウエンにとっては造作もない事だ。硝子の瓶を噛み砕いてしまうのも、得体のしれない銀色の塊を飲み込むのも、どちらも出来てしまう。
見た目は幼気な子供ではあるが、それは皮がそうなっているだけだ。本来の姿は人造モンスターで、本質は赤龍の記憶を受け継いだ精神体。
そう、彼女は人造モンスターなのだ。
六将軍第六席ディオニュシウスと同じ種であり、元六将軍第三席カタリナの生み出した存在なのだ。
ごくり、と。喉を通り胃へと銀色の塊が落ちた時、コウエンは自分の体に宿った力と、あの塊が何だったのか理解し、レイが何を求めているのかを正しく受け止めた。
「呵々呵々! 前から思っておったが、其方は阿呆だなぁ! この様な運否天賦に頼ろうとは正気とは思えん。どれだけの屍を無為に積み上げたのだ。だがな、誇れ! 積み上げた屍は決して無駄にはならん。会得したぞ、レイ!!」
その言葉は天恵のように辺りに響いた。レイの体が自由なら、腕を振り上げて喝采を上げていただろう。だが、今のレイはそれどころでは無かった。
「そうかい、なら、早くしてくれないかな!!」
叫びには苦痛の色が混じっている。
黒龍の前腕に捕まり、今にも握りつぶされそうになっていた。掌だけでもレイの全長を越える巨大な手が完全に閉じてしまえば、レイは潰れたトマトのように体液をぶちまけるだろう。影を伸ばして手をこれ以上閉じさせないので精いっぱいだった。
「呵々。言われるまでもない。エトネ、阿呆鳥。其方らは離れていろ。巻き込まれれば、一たまりも無いぞ」
コウエンが降りると、エトネはキュイの手綱を取って避難する。残って戦いたいという気持ちはあるが、自分の出る幕はないと理解していた。それだけ、圧倒的に実力差がある。
コウエンは遠ざかる足音を背にしつつ、前に向かって駆け出す。
体格差は比べるまでも無く、今のコウエンは黒龍にとってみれば路傍の石と変わらない。踏みつけるか、蹴り飛ばしてしまえばあっという間に遠くへと消える。仮に、石がぶつかって来たとしても、その事に気づかないかもしれない。
それだけの、圧倒的な差がある―――はずだった。
だが、コウエンの紅蓮の瞳に恐れの色は浮かばず、そればかりか不敵な笑みすら浮かんでいた。
彼女の踏み出す脚は力強く大地を叩く。
これは比喩では無い。文字通り、力強く大地を叩いているのだ。
一歩、またしても大地を揺るがす四肢は漆黒の鱗に包まれている。コウエンの褐色の肌は、闇よりも深く、濃い漆黒へと変化していく。体格が変わり、相貌が変わり、何より大きさが変わっていた。
僅か三歩の間に、幼気ながらも蠱惑的な笑みすら浮かべる少女の姿は地上から消えた。
代わりに現れたのは、闇よりも深き漆黒をまとい、見る物を威圧する暴力的な雰囲気を携えた存在。誰あろう―――黒龍だ。
地上に現れた二体目の黒龍が、己の存在を誇示するように吼えた。
読んで下さって、ありがとうございます。




