11-47 『冒険王』と『魔導士』と『魔術師』
学術都市は巨大な都市だけに、人の目が届かない死角はいくつもある。建物の隙間にある裏路地もそうだが、リザ達が居る場所も立派な死角になる。
そこは、冬の空に近い建物の屋上だ。眼下では迫る年の瀬に向けて準備する人達で、通りは埋め尽くされている。彼らは知らない。この都市に、国すら亡ぼせる怪物達がひっそりと忍び込んでいるのを。
その内の一体がリザの隣には居た。
「疑問。私達はいつまで此方に待機するべきなのでしょうか、ミス・エリザベート」
「申し訳ありません、ポラリス。もうじき、来るはずなのですが……もう少しだけお待ちください」
了承を表すように、目を伏せたポラリス。その所作と佇まいから、本物のメイドが控えているかのような錯覚に陥ってしまう。
いま、ポラリスの力は大幅に弱体化している。学術都市で起きた時の権能に関する調査の為に赴いた彼女は、通常とは違う装備で学術都市に潜入している。道中で遭遇したリザの信頼を得るために、エネルギーの核となる魔石を砕き、フィーニスとの邂逅で残ったエネルギーの半分以上を消費してしまった。
失ったエネルギーを回復するには、魔石の補充が必要なのはリザも知っている。それも大量に必要だ。そのために必要な魔石が保管されている場所も、既に目星は付いていた。
視線の先にあるのは、学術都市の行政機関が集まる一角。白亜の宮殿とは言い過ぎだが、周囲の建物と比べても立派な建物こそ、ギルド会館だ。あそこの地下に魔石が大量に保管されている。
「提案。該当施設の警備は把握済み。此方の戦力を持ってすれば、目的を達成するには十分かと」
「それは分かっています。十分すぎて、おつりが出るくらいです」
向うに油断があったとはいえ、オルド達が束になっても敵わなかったという結末をリザは知っている。このまま突撃して、ギルド会館に張り巡らされた防衛網を強行突破して、堂々と魔石を奪うのは容易だろう。
だが、それをした場合、色々と問題が起きるのだ。
どんな事情があろうとも魔石の強奪は犯罪である。正体を隠しているとはいえ、リザが加担している事がバレてしまえば、学術都市に残る事は難しい。緊急事態だから仕方ないとごり押しするのも、余計な反感を生む。何より、強引に突破して、ギルド会館に損害を与えるのが良くない。
ギルド冒険者部門の長が死に、ギルド全体がきな臭い状況で余計なトラブルや遺恨は作りたくない。かといって、ポラリスの力をある程度取り戻してもらわないと、この後がきつくなる。
そのため、レイはもう一人の『七帝』の力を借りる事にしたのだ。
「よう、確かエリザベート、とか言ったか?」
男の声は二人の頭上からした。見上げれば何も無い空中で、階段を降りるようにしている男の姿を視界にとらえた。独特な出で立ちは見間違えようも無い。
「オルタナ殿。お久しぶりです」
実際は、前の時間軸で会っているため、リザの主観では久しぶりという感覚は無いのだが、とりあえず言っておく。屋上に降り立ったオルタナはリザを一瞥すると、その帽子に隠れた視線をポラリスに向けた。
「……見間違いかと思ったが、よくよく考えりゃ、それは無いな。てめぇみたいなイカレタ格好をして日の下を歩ける奴が他には居るはずもない。そうだろ、ポラリス」
「憤慨。創造主の趣味嗜好に関しては私も含むところはありますが、だからといって創造主の変質的かつ倒錯的な性癖に関してミスターが口を挟む資格はありません。即時の謝罪と撤回と賠償金を命じます」
「おい待て。そこまでは言ってねえし、てめぇにどんな権利があって命じてやがる」
「失敬。賠償金を求めようにも根無し草の旅人に金銭は難度が高いと判断。此方が譲歩して、賠償金は免除して差し上げましょう。ですから、心の底からの謝罪を要求します」
「ははは。三百年経ってもポンコツぶりは変わらんな。それとも、さっさとガラクタになりたいという意思表示か? だったら、特別に手伝ってやろうか」
「そこまで。そこまでにして下さい、お二方!」
ヒートアップしそうな険悪な雰囲気の中、リザは勇気と覚悟を持って二人の間に割り込んだ。ポラリスは表情を変えないが、オルタナは明らかに舌打ちをした。
「オルタナ殿。そして、ポラリス。お二方の間にどれだけの遺恨があるのかは、私には想像もつきません。ですが、今は。今だけは我が主、レイ様の指示通りに動いて欲しいのです。そのためには、お二方が争わないでください」
「ふん。……了承した。そこのポンコツが手を出してこないなら、こっちからは仕掛けない」「承諾。ご安心をミス・エリザベート。ミスター・オルタナが信じられない失敗をしても、私が支援することを約束します」
今にも一触即発の空気が漂うが、それでも一定のラインは越えないと決めたのだろう。リザは手順を進めようと、レイとシアラが立てた計画に従った。
「オルタナ殿は、現在の状況をどれだけご存知ですか?」
「たいしては知らんぞ。お前らの仲間がフィーニスに捕まって、シアラもジャイルズに連れて行かれ、レイが単独で何かをしようとしているんだろ」
どうやら、シアラは伝えるべき情報だけを短い時間で伝えたようだ。
いま、この状況下でオルタナに気づかれてはいけないのが、黒龍の事だ。黒龍を利用しようとしている事を知られると、この仮初の同盟が破たんするかもしれない。
「そうですか……分かりました。それでは、オルタナ殿にお願いしたいのは、あちらになります」
言葉を選びながら、リザは白亜の建物を指差す。
「なんだ、ありゃ」
「ギルド会館です。あそこに忍び込んで、保管されている魔石を盗み出してください」
一瞬の静寂。
冬の冷たい風が首筋を撫でたせいなのか、背筋を昇ってくる悪寒にリザは震えた。
「いま、ポラリスは魔石不足で力が出せなくなっています。この後、フィーニスとの戦闘において、ポラリスの力は必要になります。そこで、ギルド会館にある魔石を使って、彼女に回復してもらうんです」
「……ほぅ。俺に盗人のまねごとを知ろと、そういう事なのか」
「真似事ではありません。れっきとした盗人です。貴方なら、魔法工学の道具による警備網に引っかからず、常駐している冒険者たちに気づかれずに持ちだせるのではありませんか? もちろん、使ってしまった魔石は後で補てんします。……してくれますよね?」
最後の確認はポラリスに向けた物だ。彼女が頷くと、リザは内心で胸を撫で下ろすが、表面に出さずにオルタナを見つめた。
オルタナは帽子を手で押さえつけながら、肩を震わしていた。
わざわざ呼び出して、盗人をして欲しいと頼むのはあまりにも無礼な頼みだった。やはり、強行突破しかないのかと落胆していると、オルタナが口を開いた。
「よかろう。どれだけ必要なんだ」
予想と反した態度に、リザが面喰ってしまう。
「どうした? まさか、あの建物にある魔石を全部とは言わないだろうな」
「い、いえ。必要な量はポラリスから聞いてください。……その、こんなお願いを聞き入れるとは予想していなかったので、つい」
「ふん。確かに、他の奴らからこんな事を頼まれれば、一も二も無く断わっていただろうよ。だが、まあ。てめぇらなら、仕方あるまい。……俺に盗人をやれと頼んできたのは、エイリークに次いで二人目だな」
「エイリークとは『冒険王』の事ですか? どうして、『冒険王』の名前が出てくるのでしょうか?」
歴史的に大きな役割を果たした人物の登場に不思議そうになるリザ。そんな彼女にポラリスがある事を伝えた。
「当然。ミスター・オルタナは黄金時代の初期にミスター・エイリークと共に旅をした人物になります」
「え……えええええ!?」
「その反応からすると、サファの奴からは聞いていないのか? アイツとも一緒に旅をしていたぞ」
「サ、サファ殿が『冒険王』と旅をしたのは聞いていましたが、その中に貴方が居たなんて……聞いていません」
驚きのあまり放心する。『招かれた者』と『七帝』という本来なら敵同士の間柄なのに旅をしていたというのはどういう事なのか。ショックから立ち直ったリザは、もしかしてと前置きしてから続けた。
「『冒険王』の物語に出てくる、魔法の師匠というのはオルタナ殿で宜しいのでしょうか?」
『冒険王』エイリークは、自らの旅を本として出版している。過酷な奴隷時代から始まり、大陸を見て回り見聞を広めたり、仲間を集めたりした青年期。そして奴隷たちを集めて挑戦した迷宮攻略といった半生を纏めた内容だ。
モンスターが跳梁跋扈するこの世界において、世界とは自分の住んでいる範囲ばかりだ。大概の人々が村や街の境界まで、領主や君主であっても国境線までしか理解できない。水平線の向こうに、切り立つ山の向こうにも世界が続いているというのを、明確に意識できた人は非常に少ない。
エイリークの物語は世界を広げるのに大いに役立ち、夢中にさせた。
そのため、出版されてから九百年近い時代が経っても現存されており、リザも読んだことがあるのだ。
「『冒険王』の物語は、幾つか版が違い、その度に仲間の名前や役割が違っていますが、全ての版に共通して登場するのは魔法使い。黄金時代を作り上げた三英傑の一人、『魔導士』。まさか、貴方なんでしょうか?」
リザの青い瞳には幼き日の憧憬が混じっている。なまじ、英雄に対して憧れを抱いている彼女にとって、エイリークと共に旅をした人物なら、そのまま尊敬の対象になってしまう。
ところが、オルタナは小さくため息をつくと、
「そいつは、俺じゃねえ」
と、短く否定した。
「そう……なのですか」
「あからさまに落胆しやがって。てめぇの言う魔法使いってのはあれだろ? あいつに魔法を教えて、いっしょに奴隷紋を作った奴だろ」
「は、はい。貴方程の魔法使いなら、可能だと思ったのですが」
「期待に沿えなくて悪かったな。あいつと一緒に奴隷紋を作ったのは俺じゃねえ」
「では、どなたが?」
一瞬、リザは心臓を掴まれたかのような錯覚に陥った。これまでに幾度も浴びた格上からの殺気にリザは身構えた。
オルタナの表情は帽子で隠れているが、これ以上踏み込めば容赦しないという意志が伝わってくる。
「……過去話に花を咲かせる趣味はねぇ。とりあえず、魔石を集めるだけ集めてくるぞ」
そういうなり、オルタナは姿を消した。
途端に殺気は消え失せる。リザは息を整えると呟いた。
「どうやら、深入りしてしまったようですね。シアラも厄介な事を頼みますね。この騒動を上手く使って、オルタナ殿の情報を探れなんて」
情報を引き出す為に殺されては意味が無い。とはいえ、『七帝』の一角の情報は、今後を考えれば必要だ。特に、オルタナに関しては謎の部分が多い。フィーニス、黒龍と違い表舞台に立つことが少なく、サファやジグムントのように分かりやすい能力を持っている訳ではないのだ。
「オルタナ殿ほどの力量があれば『魔導士』と呼ばれるに相応しいと思ったのですが……他にもあの方に匹敵する魔法使いが居たという事ですか」
「肯定。ミス・エリザベートの推論は限りなく正答に近いとお答えします」
「……もしかして、貴女は何かを知っているのですか? 『魔導士』の事を?」
呟きを高精度なマイクで拾い上げたポラリスが、逡巡する間もなく答えを言う。
「回答。『魔導士』オルタナは、『魔術師』オルタナの息子であり、『魔術師』が13神に対する憎悪を生みだした原因とされています」
「同じ、名前? それに13神への憎しみの原因、それは本当の話ですか!?」
「不明。私が誕生する前の出来事であるため、情報を入力した創造主の主観が入っている可能性は否めません。また、これ以上の情報開示は許可されていません」
「そう……ですか。いえ、助かりました。これで一つ、大きく前進したかもしれません」
感謝を口にしながらリザは頭を下げる。
本当に、これだけの情報で前進したかどうかはリザに分からないが、レイやシアラに話せば自分が気づかない事に気づくだろう。
そのためにも、この記憶を消してはならない。
なんとしても生き延びても、情報を伝えなくてはいけない。
「とはいえ、こちらはそこまで危険ではないのですよね」
罪悪感から呟いてしまう。
なにしろ、弱体化しているとはいえ『七帝』の『機械乙女』と『魔術師』が傍にいるのだ。
シアラは一人でないとはいえ、『魔王』フィーニスに捕まっているのだ。リザと比べれば危険度は段違いで高い。
そしてレイは、これから『龍王』黒龍と戦わないといけないのだ。
リザはギルド会館から視線を逸らし、東の空へと目を向ける。内海を隠すように天に向かって伸びる山のすそ野に目を向けた。そこに現れるであろう、黒龍とレイの戦いに思いをはせた。
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大地がひび割れ、雲が渦を巻く。輝きを塗りつぶす黒き炎が草原のように広がり、人と獣の混ざり児が炎に飲まれている。鮮やかな羽を持つ獣はとうの昔に地割れに飲み込まれ、人の形をしたモンスターは肉塊となって散らばる。
そして、黒と白が入り混じった髪の少年は、龍の爪に腹を貫かれていた。
顔に生気は無く、瞳は洞窟の闇のように真っ暗で、手足はどこかに置いてきたのか千切れとんでいた。
唯一の生者にして、この地に降り立った破壊者が吼えた。
「笑止ッ!! かような弱者が、我の前に立ちふさがるなど、不快極まる!!」
咆哮は、天を震わし、大地を怯えさせた。光を失ったレイにも、黒龍の怒りだけが伝わり―――彼の意識は何度目かの闇に消える。
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