11-36 リザの視点Ⅻ
「エルドラドは神々によってコントロールされていた世界だ。出生のバランスや大地を巡る魔力の循環、地表で起きる自然気象、新たな迷宮の出現も神が管理していた。ところが、千三百年前に始まった無神時代から今日にいたるまで、彼らは直接的な介入が出来なくなっていた。それを担っていたのは誰かな」
教師のような口ぶりで尋ねたフィーニスに、ポラリスが応じた。
「回答。古代種と呼ばれる六龍や、世界の根幹に触れられる精霊たちです」
「その通り。六龍は神々から与えられた権能は失ったが、それでも存在する事である程度のコントロールをしていた。世界に対する影響力、柱としての存在。例えるなら、家を支える大黒柱だ。それが無くなったら、屋敷はどうなるか」
フィーニスは崩れ落ちている建物を指差した。
「あれが答えだ。世界を支える柱が壊れれば、世界は自らの重みに耐えかね崩れてしまうだろう」
「そこに、てめぇが提唱する新しい生命循環の理をぶち込み、世界を支えるって訳か。まるで家主が居ない間に乗っ取るような、下劣な手段だな。それが、てめぇの世界救済か?」
「批判は結構。どちらにしても、人を、いや今の魂の総量を受け止め切れるだけの余裕がエルドラドに無いのは事実だろう。肥大化した魂が、世界を押しつぶす。なら、肥大化した魂を受け入れるだけの空白を作らなくてはいけない。御霊を壊し、流れる魂を消し去り、新たに残った魂を循環させる機構を作り上げればいいのさ」
「理解。到底、容認できる計画ではありませんが一応の理解を示します。実際に成功するかどうかの試算は……測定不可。現状の情報だけでは答えは出せません」
「君の計算なんて要らないよ。ぼくは誰が何と言おうと、この計画を推し進める。そのためにも、科学者の遺産。兵器の量産工場がどこにあるのか、教えてもらおう」
フィーニスは縛りあげたクロノを対価に情報を求めようとする。ポラリスの表情には何ら変化は無かった。
「不可解。先の説明だと魂の総量を減らす計画の筈ですが、どうしてそれほどまでに創造主の遺産に興味があるのでしょうか」
ポラリスの疑問に、隠れ潜んでいるリザも同意した。フィーニスの計画は荒唐無稽で、どうやれば実行可能なのか想像もできない。だが、少なくとも兵器の出てくる余地は無いように思えていた。
その答えを口にしたのは、意外にも魔人種側では無かった。
「負荷、だろうな」
オルタナの呟きに、フィーニスは笑みを濃くした。
「疑問。負荷とは、ミスター・オルタナ」
「言葉通りだ。こいつらの狙いは、魂の循環装置である御霊を破壊する事だ。御霊に大量の魂を流し込めれば、それだけ負荷が掛かり摩耗していく。限界以上に達すれば、御霊は自然に崩壊するっていう寸法だ。そのためには効率よく人を殺す必要がある。例えば、兵器を使ってな。……思いついた奴の性根の悪さがにじみ出ている計画だぞ」
苛立ちを隠そうともせずにオルタナは吐き捨てた。
オルタナが何に苛立っているのかリザにも理解できた。
大量の魂を流し込むというのは、今地上に生きている多くの人を殺す事で成り立つ。多くの人の屍を持ってして成し遂げられる、悍ましい計画だ。
「あははは。まあ、放っておけば五年も経たずに滅びる命だ。無為に消えるか、有意に消費されるか、どちらが世界に役立つか考えるまでも無いだろ」
「ふん。その結果、世界からは人間種と獣人種が消え去り、てめぇら魔人種が支配するエルドラドが誕生する訳か」
「ああ、それは理想的な世界じゃないか」
本心の言葉だ。
遠くからでも金色の瞳に宿る輝きが、強まったのを感じた。自分が思い描く理想の世界を見ているかのように、嬉しそうに目を細めている。そこには狂気しかない。
「不思議だとは思っていた。てめぇが、赤龍や青龍、緑龍の意思を奪い、わざわざ人の国を襲わせるなんてまどろっこしい事を選んだのが。ありゃ、六龍を滅ぼすのと人の数を減らすのを同時に行っていたのか」
「半分正解だ。本来の計画なら、西方、東方、中央、南方それぞれで大暴れさせて回復不能なダメージを与えて、帝国の外征を誘発させて戦争状態に突入させるのが狙いだったんだ。古代種の龍も滅ぼせるし、戦争が始まれば勝手に人は死んでくれる。頃合いを見計らって両陣営に兵器を横流しすれば、ぼく達が直接動かなくても、勝手に殺し合ってくれると思ったんだけど……予定外の駒が乱入してね」
「……レイか?」
オルタナの口から突然出た名前に、リザが体を震わした。
フィーニスは否定もせずに頷いた。
「まったく。こんなギリギリの時期になって、最後の『招かれた者』が登場するなんて。本来なら東方大陸の雄にして、帝国に次ぐ国力を持つシュウ王国を可能な限り破壊して、帝国の外征がしやすくなるのが精霊祭でのぼくらの狙いだったのに。蓋を開けてみれば、首都は落とせないし、国王テオドールは死なないし、死者の数は予定よりもずっと少ないなんて。その上、次は黄龍だよ」
嫌になるよと言うフィーニスの口ぶりには、どこか嬉しそうな感情が混じっている。リザには分からないが、困難や障害が現れるほどフィーニスは暗い喜びを感じる性質がある。
それを知っているジャイルズは、主の喜ぶ姿をケラケラと笑い、オルタナは明らかに引いている様子だった。
「まさか、黄龍が役目をまったく果たせないまま討伐されるなんてね。そんなの、誰が予想できるだい。まあ、君なら同期する事で知る術はあったか。そういえば、君も参加したんだっけ」
ポラリスは無言だ。
答える必要が無いと判断したのだろう。
「……まあ、いいか。ともかく、これで残ったのは、あの憎たらしい黒龍だけ。あれを倒せば世界を支える古代種の龍は居なくなる。御霊は流れ込む大量の魂を処理しきれなくなり、勝手に崩壊するだろう」
「おいおい。何を勝手に達成した気になってんだ。一番重要で、達成不可能な問題が残っているだろう」
「……へぇ、それって何だい」
「決まってる。黒龍討伐。それがてめぇに出来るのか。ゲオルギウスと一緒に挑んでも、倒し切れなかったんだろ。てめぇらの最強戦力が束になっても敵わなかったんだ。だったら、てめぇの計画なんざ、机上の域を出ない妄想だ」
嘲るような笑みを浮かべたオルタナに対し、ジャイルズは激昂した。
トレードマークのドレッドヘアーが逆立ち、傷だらけの顔面に血管が浮かぶ。
「囀るなぁ、オルタナ! 陛下の、我らの崇高な救済計画を、てめぇごときが―――」
「―――控えよ、ジャイルズ」
ぴたり、と。
穏やかだが威厳ある声にジャイルズの怒りは凍り付いた。沸騰した湯が突然止まったかのように、ジャイルズは平伏した。
「はっ! も、申し訳ありません、陛下。陛下の眼前で醜態を」
「気にするな。ぼくとしては嬉しいんだよ。いつも飄々として自由に振る舞う君が、そこまで感情を露わにしてくれて怒りを露わにした事がね」
そう言って、平伏するジャイルズの肩に手を当てた。そのままの姿勢でポラリスに金色の瞳が向く。
「さて、話はこれぐらいにしよう。ポラリス、工場は何処にある」
「回答。私に答える権限はありません。残念ながら、ミスターの希望には沿えません」
「そうか。なら、仕方ない。……君から研究所の場所を聞きだし、そこで調べるとしようか!」
その言葉が合図だった。
クロノの体が地面に広がった影に飲み込まれると、無数の影の狼が代わりに飛び出してきた。瓦礫塗れの大地を飛び越え、ポラリスに襲いかかった。
即座に、ポラリスの両手から熱線が飛び出るが数が多すぎる。光線を躱し、ポラリスに肉薄する狼だったが、横合いから放たれた炎によって撃ち落された。
「礼は要らないぞ」
オルタナが生み出した炎が、次々に放たれる影の狼を撃ち落していく。
「了承。それでは」
言葉を額面通りに受け取ったポラリスが、前へと跳躍した。地面に片膝を付いていたフィーニスの頭に向けて踵を落とす。だが、彼女のシューズは地面を砕いた。
直後、ポラリスの斜め後ろに出現したフィーニスは、手にした大きな鎌を振るった。死角から放たれた攻撃に対して、ポラリスは棒高跳びの選手のようにひらりと躱して見せた。
すれ違いざまに光球がフィーニスに直撃するも、影の鎧が防いでしまう。
着地したポラリス目がけて、双剣を取り出したジャイルズが迫った。両腕をだらりと伸ばして迫る姿は、肉食獣のような迫力があった。だが、刃が振るわれるよりも先に、足元から出現した氷柱に気づき体を仰け反らせた。回避が僅かに遅かったのか、顔面を氷柱が掠め、青い血が流れた。
そして、氷柱は内部に爆弾が仕込まれていたかのように弾けた。ポラリスが熱球を放ち爆発させたのだ。砕けた柱が弾丸のように散らばる。至近距離で浴びれば、全身がハリネズミのようになっているはずだ。
しかし、ジャイルズの前にはフィーニスが展開した影が壁のようにそびえていた。氷柱は影に飲み込まれ、そして全く別の場所から出現して氷柱をオルタナとポラリスに向かって射出した。
目まぐるしく攻防が入れ替わる。
『七帝』と魔人の戦いは加速度的に激しさを増し、混沌としていく。
攻撃手段が限定されているが、素の戦闘力が異常に高く、物理と魔法をある程度阻害できるポラリス。
多種多様な魔法を瞬時に発動し、自身も何らかの方法で不死性を得ているオルタナ。
六将軍の中で二番目の戦闘力を持ち、あらゆる戦士の戦技を発動できるジャイルズ。
弱体化しているとはいえ、影によって様々な攻撃手段を保有し、適切なタイミングで発動できるフィーニス。
それぞれの特徴が上手くかみ合っているのか、戦いは予想よりも長引いていた。全てが反転した世界で見つけた時計が指す時刻は、そろそろ十三時二十分を示す。果たして、この戦いは決着が着くのか。
リザがそんな想像をするのを見計らったように、街の中に異変が起きていた。
窓の外を白い霧が包んでいた。
「霧……当たり前だけど、自然的な現象じゃないよな」
地面から飛び出してきたポラリスの光弾を、影の槍で撃ち落したフィーニスは、穂先に絡みつく霧に気づいた。いつの間にか、辺り一帯を白い、ミルクのような濃い霧が包んでいたのだ。
「どう思う、ジャイルズ……ジャイルズ?」
呼びかけに返答は無かった。音が霧に飲み込まれるように消えていく。
つい数秒前まで、隣でオルタナを弓で狙撃していたはずのジャイルズが居なくなっていた。音も気配も、厚い霧に阻まれたように感じられない。
頭の中で警報が鳴り響き、フィーニスは霧からの脱出を決めた。これまで、いくつもの死地を潜り抜けてきた経験が、危険だと判断したのだ。
しかし、一歩遅い。
鎧の背面が泡立ち、翼が展開されるのと同時に、フィーニスの口からおびただしい量の血が噴き出された。
「これは……ぼくの、血?」
自身を汚す血の量に呆然としていると、フィーニスの両足が勝手に折れてしまう。跪いたフィーニスは、遅れて感じた痛みに混乱する。
激痛の発生源は体内だ。
呼吸するたびに、肺が軋み血を流す。まるで、肺の中で棘が付いた鉄球が回っているかのような激痛だ。
「痛いだろ。何しろ、肺の中で氷の塊が暴れているんだ」
濃い霧を掻き分けて現れたのはオルタナだ。彼は跪いているフィーニスの方へと歩み寄る。
「オル……タナ。やはり、この霧は、君が」
「半分正解だ。これを発動したのは俺だが、これは霧じゃない。氷の粒だ」
オルタナが手をかざすと、霧のように見える氷の粒が一斉に固まった。ちょっとしたボールぐらいの大きさの氷が重力に従って地面へと落ちた。
「御覧の通り、これは固まる性質を持つ。呼吸すれば肺の中で氷となり、内部からズタズタしちまう魔法だ」
ポラリスとオルタナ、フィーニスとジャイルズ。
二体二のチーム戦となった彼らだが、それぞれにある共通点があった。それは呼吸を必要とするかどうかだ。
『七帝』や魔人といえど、肉体を持っている生命体である以上、呼吸をする必要がある。だが、ポラリスとオルタナは違う。
片や、人に限りなく似せて作られた人形。
片や、人の形を真似しているだけの現象。
どちらも人の形はしているが、呼吸をしていないのだ。オルタナは、その共通点を利用した。
―――この魔法が発動した瞬間に、敗北は決まっていた。
「レイの仲間がどの辺りに居るのか分からんから使いづらかったが、やっと捕まえたぞ」
「あは、はは。それで、ぼくを捕まえて、どうするんだい?」
「決まってんだろ。捕まってるやつを助ける。てめぇだって知ってるだろ。俺は精霊の紛い物。世界から拒絶されながら、この世界の根幹に触れることが許された存在だ。魔法も、戦技も、そして技能にさえ、俺の手は届く」
それこそが、オルタナが『万能の手』と呼ばれる所以だ。
彼がもしも、本物の精霊になれていたなら、あらゆる物質や生命、魂にすら触れられたはず。だが、彼は精霊の紛い物に過ぎず、この世界が生み出した存在が生み出した幻想にしか触れられない。逆に言えば、フィーニスの同意無しにクロノを引きずり出せるのはオルタナだけだ。
オルタナの手が影に向かおうとすると、影に波紋が浮かぶ。
―――この魔法が発動した瞬間に、オルタナの敗北は決まっていた。
波紋を広げる影の中から出てきたのは、白銀の髪をした少女でも、エメラルドグリーンの瞳をした少女でも無い。
オルタナの知らない、いや、ポラリスもリザも知らない男だった。
いや、男だけでは無い。
防寒具を纏った若い女が出てきた。杖を必要とする腰の曲がった老人が出てきた。親の庇護下に居る年ごろの子供が出てきた。冒険者然とした姿をした犬人族の青年が出てきた。痩せこけて髪がまばらな男性が出てきた。
人が、人が、人が。
津波のように人が大量にあふれ出てくる。
「あははは! 良かったよ。君のために用意した盾にも出番があったよ! 早く魔法を解除しないと、巻き込まれるじゃないのか!?」
「フィ、フィーニス!!」
絶叫と共に霧は晴れていこうとする。
だが、既に手遅れだ。
吐き出された人々の意識は無いが、息はある。
吸い込まれた氷の粒は肺の中で結晶となり、体を内部からズタズタに切り裂いていた。魔人であるフィーニスやジャイルズなら耐えられる痛みでも、普通の人は違う。
精霊もどきでありながら、精霊と同じ束縛を受けるオルタナにとって、それは致命的な失敗だ。
「あははは!! さあ、堕ちてみせなよ、オルタナ!!」
―――『魔王』の哄笑と共に、地獄の門が開く。
読んで下さって、ありがとうございます。




