11-26 リザの視点Ⅱ
心底嫌そうな声に振り返れば、地味な格好をした少女が立っていた。藍色の髪を適当な長さで切りそろえ、シャツに足元まできっちりと隠しているパンツという地味な姿は、人ごみに紛れて消えてしまいそうだ。
むしろ、それが狙いなのかもしれない。戦いの時の黒装束は闇に紛れるのが狙いだとしたら、これは人に紛れるためにワザと印象を薄くしているのだろう。
カタリナの元に身を寄せているキョウコツが、なぜか不機嫌そうに腕組みをして立っていた。
「キョウコツ。……貴女も買い出しに来たのですか」
知らない間柄では無いため、仕方なくふった世間話をキョウコツは鼻で笑った。
「はっ。そんな用件で来る訳……いや、まあ、そういう事にしておこう」
「なんですか、その取り繕ったような言い訳。……何か、私たちに用でもあるのですか」
リザの青い瞳が刃のように鋭くなる。カタリナの下働きとして使われており、彼女の代理として屋敷にも時々訪れている。レイと普通に会話しているが、リザにしてみればキョウコツは危険な存在だ。
帝国皇室から直接の依頼を受けて、レティを誘拐しに来た敵。依頼主が依頼主だけに、失敗した結果故郷に戻れなくなってしまい、カタリナの元に身を寄せる事になったが、本国への帰還を諦めているとは限らない。
レティを再び誘拐して連れ去る可能性は皆無と言えない。
潜在的に敵の可能性があるキョウコツを前に、リザは殺気とまではいかないが剣呑な空気を出すと、キョウコツも敏感に感じ取った。レベル差は大きいが、だからといって何もできないような、弱々しい存在では無い。押し付けられたとはいえ、一度は一族を担った少女。それなりの修羅場を潜り、胆力を併せ持っている。リザの空気に合わせて、彼女も圧を発する。
「二人とも、待ってください。こんな往来で何を始めようとしているんですか? まさか、人が居る場所で一悶着起こそうなんて、考えていませんよね」
静かに、それでいて断固たる口調で割って入ったクロノが居なければ、果たしてどうなっていたか。横合いから冷静な声を投げかけられて、リザは冷水を頭から浴びたように冷静になっていく。
「……申し訳ありません。何しろ、この不愉快な存在がいまだに学術都市に居座っているのが常軌を逸しているので、つい。普通に考えれば、帝国から身を隠す為に地の果てまで逃げているはずなのに。都市に巣食う鼠だって、それぐらいの頭が回るでしょうに」
「はっ。姉妹揃って帝国から追われている、哀れな存在が何を囀っているんだか。まあ、死に瀕する野良犬の遠吠えなんざ、耳が腐るだけで誰もまともに取り合わないだろうな」
ばちばち、と。
にらみ合いは激しさを増しながら、それでも二人は手を出すような事はしない。
ちょっとした修羅場を回避したクロノはキョウコツに尋ねた。
「それで、キョウコツさん。貴女がここに来たのは、私達に何か用があってのことなんでしょうか? それとも単なる偶然ですか?」
「……偶然だよ」
クロノの問いかけに対して、キョウコツは態度を一変させた。リザに対して感情むき出しに敵意をぶつけていたが、クロノには警戒心と恐れを混ぜた感情を見せる。
『姿なき幽霊の呼び声』事件において、キョウコツは現場に立っていたが、全ての真実を知らされてはいない。クロノが時を戻す力を持っているのを知っていても、13神が一柱クロノスだという事は知らされていなかった。暴走状態に陥っていたのも、『正体不明』による策略の結果というのも知らない。
そのため彼女にとってクロノとは、時を戻す力を持ちながら、狂った思考の元暴走した女という印象が強かった。
異常な力と異常な精神が組み合わさってしまった、爆弾のような存在。それも、いつまた爆発するのか分からない危険人物という警戒が残っていた。そのため、屋敷でクロノの姿を見る度に、キョウコツはクロノに対して怯えが混じった警戒心を露わにしていた。
ある意味、キョウコツの感性こそ普通の物なのかもしれない。
猛獣を前に身構えているような少女に対してクロノは言葉を噤んでしまう。下手に声をかけても、芳しい結果は望めない。どうすればいいのか、途方に暮れている彼女に対して、今度はリザが助け舟を出した。
「偶然か。それじゃ、ナタリカ博士は御在宅なのか?」
「博士? 博士なら朝から見ていない。書置きがあって、留守を頼むと書いてあった。……おそらくモンスターの生態調査で外に出ているんだろうな」
「……そうなのですか。それは困りましたね」
「博士に用事があったのか?」
「昨日、一月近く行っていた合同訓練会が終わって地上に帰還したので、一度挨拶と研究の進捗を伺おうとレイ様が仰られた。シアラが行く手はずだったのだが、ご不在なら日を改めるべきだな」
「そうしてくれ。博士はいつ戻ってくるのか分からんからな。戻って来たら、私の方から伝えてやるよ」
一拍開けて、キョウコツは周囲を見渡しながら言葉を続けた。
「そのレイは何処に? 他の仲間も居ないのか?」
「ここに居るのは私達だけだが……レイ様達がどうかしたのか」
「いや……何でもない」
そういうと、キョウコツは懐の上を軽く抑えた。膨らみから、何かが入っているのは推察できたが、それ以上はリザに分からなかった。
「邪魔したな。……お前たち、今日はさっさと帰った方がいいぞ」
「……それは、どういう意味です?」
「さあな。……それを教えて欲しいぐらいなんだよ、こっちは」
意味深な言葉を呟きながら、キョウコツは雑踏の中に消えていった。
「リザ、どう思いますか。あの方の言動を」
「怪しい、それは確実です」
キョウコツの消えた方向を睨みながら、リザが断言すると同意するようにクロノも頷いた。
「彼女は先程、『本当に居るのかよ、貴様ら』と言っていました。あれは、私達がここに居るのを誰かから聞かされていた事になります。ですが、私達以外の者が市場に居るかどうか、探りを入れてきました。彼女自身、何が起きるのか、あるいは起きているのか知らされていない、という事でしょうか。……上手く言語化できませんが、何か嫌な予感がします」
クロノの推測を聞きながら、リザは周囲に目を配る。市場の混雑は昼に近づくにつれて増していく。ここで何かが起きれば、被害は甚大だ。
キョウコツが市場に現れこちらの状況を直接探った事と、カタリナが学術都市から消えたという事実が、シーツに落ちた黒い染みのように無視できない。
この場にシアラが居れば、彼女の観察力でキョウコツの言動から何かを読み取れたかもしれない。ヨシツネが居れば、相手を上手く翻弄してもっと多くの情報を得られたかもしれない。
どちらも、二人に比べて大きく劣るリザには、キョウコツの振る舞いが理に適っていない、怪しい動きだとしか感じられない。
ほとんど、勘のような薄い根拠。
確かな証拠は一切ない。
だが、それこそが彼女を今日まで生かしてきた。レイと出会う前から幾度もあった危機的な状況を潜り抜けてこれた、大きな要因だ。
その勘が、何か厄介な出来事が水面下で動き始めていると告げていた。
「クロノ。これは私の勘です。砂を噛んだような、胸の中に汚水を注がれたような、そんな漠然とした嫌な予感が何かあると告げています。ですから、外れるかもしれませんが、万に一つ。当たっていると考えて行動しましょう」
クロノに異論は無かった。クロノに転生してから初めての不穏な状況だが、彼女は動じることなく毅然とした態度をしていた。
考えてみれば当たり前の話だ。
彼女は元13神として世界を管理していた。エルドラドの歴史を紐解けば、困難と混乱の時代だ。『七帝』以外にも大なり小なり、トラブルは続いていたはずだ。それは前回のエルドラドでも同じ事。その度に狼狽えていたら、心臓が幾つあっても足りないだろう。
凛とした佇まいをしているクロノに頼もしさを覚えつつ、リザは指示を出した。
「まず、散らばっている《ミクリヤ》の皆と合流します。クロノ。貴女は先に屋敷に戻って、シアラが博士の所に向かうのを止めて下さい」
「分かりました。……今から戻るとなると、十一時は過ぎてしまいます。もしかすると、シアラと入れ違いになるかもしれません。彼女が屋敷を出ていったら、追いかけますか?」
「いえ。その時は屋敷に残っていてください。最悪の場合、シアラは何かあっても《トライ&エラー》で戻って来れる確率が高いです。ですが、貴女は違います」
「そうですね。それで、リザ。貴女の方はどうするのですか?」
「私はレイ様を連れ戻します。何が起きるか分からない以上、レイ様を一人にさせておくのは危険です」
《ミクリヤ》の強みが《トライ&エラー》なら、弱点は一人一人だと脆いという点だ。
特に、レイが何らかの方法で行動不能にされてしまうと、途端に脆くなってしまう。クロノス戦の時、不意打ちだったとはいえレイの時を止められてしまい、リザ達は何度も敗北を喫した。
戦力的な意味でも、精神的な意味でも替えの利かない大黒柱を連れ戻すのは理にかなっていた。
だが、下手に分散したら危険ではないかとクロノの表情が物語っていた。
「分かっています。ここで私達が手分けして行動すると、片方が狙われてしまう可能性があります。ですが、纏まって行動するとレイ様かシアラ、どちらかしか間に合いません。シアラの知恵と状況判断能力は、この先絶対に重要になります」
それに、とリザは続けた。
「私の足なら『黄金の小鹿亭』まで三十分とかかりません。レイ様と一緒に移動すれば屋敷までの道のりも短縮できるはずです。……その間、貴女を一人にさせてしまいますが……これが今打てる最善策だと私は考えます」
敵の狙いが不明な現状―――そもそも敵が居るかどうかも不明だ―――分散するのは危険だとリザも理解している。だが、敵の狙いがレイだった場合、『紅蓮の旅団』の宿に居るとはいえレイを一人にしておくのは危険だ。
何より、クロノを狙う理由なんてどこにも無い。
なぜなら、今の彼女から時を操る権能は失われていて、一般の人間と何ら変わりないのだ。そもそも、誰が気づけるというのだ。13神が地上に落ちて、人間に生まれ変わったという事実を。
リザはそんな判断をしていた。
クロノは数秒考えてから、承諾するように頷いた。
「屋敷への道は分かりますか。幸い、市場近くを魔電車が走っています。それを使えば、距離を大幅に稼げます」
「大丈夫、だと思います。……リザ、気をつけて下さい。誰が狙われているのか分からない以上、貴女も狙われるという可能性があるのですから」
クロノに言われて、リザは目を丸くした。その可能性を彼女は欠片も思わなかったのだ。
これまでの人生、帝国四大貴族の末席として逃げ回ってきたが、自分が狙われているという認識は薄かった。自分なぞよりも、レティを守る事にばかり頭が回っていたのだ。
「なるほど、それもありますか。ありがとうございます。言われなかったら、気づきませんでした」
「では、私は屋敷へ。リザはレイさんを。……無事に合流しましょうね」
リザとクロノは微かに頷くと、それぞれ別々の方向へと歩き出した。その片割れに、ゆるりと近づく影があった。
市場から『黄金の小鹿亭』までの道のりには、残念ながら魔電車は走っていない。市場から吐き出される人と吸い込まれる人で、大通りは人の山で埋め尽くされている。隙間なぞほとんど無く、普通に歩いていればぶつかってしまう混雑ぶりだ。
その中をリザは足早に進んでいた。
人とぶつかる事も無く、まるで風のようにするり、するりと人ごみの中をすり抜けていく。
彼女は人の視線や足運び、重心から二歩先まで予測していた。誰が、どのタイミングで、どう動くのか分かれば、おのずと最短の移動ルートも見えてくる。
驚くべき技術ではあるが、ある一定のレベルに到達した者なら似たようなことは出来る。例えば、足早に雑踏を進むリザにピッタリと張り付いているキョウコツも、似たような技術を習得していた。
クロノと別れてからすぐに、尾行者が居る事にリザは気づいていた。それがキョウコツだと分かったのは少し前だ。エトネやヨシツネほど気配探知に特化していない彼女は、この混雑した中で誰かが尾行している事は気づけても、それが誰なのかはすぐに分からない。
しばらく泳がせてから、鏡の反射に映りこんだ藍色の髪からキョウコツだと判断した。
「まったく。あの女、隠れるならもっと上手に隠れなさい。私なんかが気づけるなんて、隠密としては落第ね」
ポツリと呟いてから、それが狙いなのかという可能性に口を閉じた。
キョウコツの実力は、船での一件で知っているつもりだ。キョウコツが本気で尾行しているなら、こんなに簡単に気づかれるような真似はしない。気づかせることで、本命を隠しているのか、あるいは気づかれても良いと考えているのか。
いくら考えても答えが出ない事に、リザはため息をついてしまう。
「やはり、考えるのは私に向いていませんね。こういうのはシアラの方が、得意なのに」
思考が脇道に逸れてしまうのは、胸の奥をかき乱す、言葉にできない予感のせいだ。キョウコツの狙いが何なのかは不明だが、彼女がクロノでは無く自分の方を尾行しているのは、予想外と言えた。
仮に、キョウコツが敵側だとしたら、自分を狙う理由は何なのかリザは即答できない。戦力的な意味で言えば、リザはそこまで警戒される存在じゃない。単純な実力ではレイの方が強く、範囲攻撃ならシアラ、長時間の連続戦闘ならエトネの方に軍配が上がる。
リザの持ち味は高いレベルで習得している剣術と、一瞬の破壊力ならコウエンと比肩される精霊剣。どちらも高い評価を付けられるが、真っ先にどうにかするべき対象とは思えない。
なら、別の理由、と考えてリザは首筋に冷たい汗をかく。
リザとレティが帝国皇室に狙われる理由は、レティがジグムントをコントロールできる術を持っている事ともう一つ。
リザの美しさにある。
帝国の宝石と呼ばれた母親は、実の兄である皇帝との間に不義の子を産んでしまった。それがレティだ。血の繋がった者同士から生まれた子だからなのか、彼女は帝国を帝国たらしめる『勇者』ジグムントへの命令権を持って生まれてしまった。それも、現皇帝を上回る権限だ。それゆえ、皇帝はレティの死を望んでいる。
だが、リザの事は回収を命じたのだ。同じ腹から生まれた姉妹に別々の命令を下した理由はあまりにも悍ましい。自分が劣情を催した妹と瓜二つの美しさを持つ少女を、手に入れようと望んだ。
《ミクリヤ》の中で自分が狙われる心当たりは、それぐらいしか思いつかなかった。
(皇帝が動き出した? ……だとしても、随分と回りくどい手ね。皇帝が何らかの方法でキョウコツに命令したとしても、あんな風に接触するのはおかしいわ。だって、こちらを色々と警戒させるだけで、向うには何ら得しない事。……駄目ね、このまま考えても、らちが開かない。いっそのこと、キョウコツを捕まえて無理やり吐かせてみますか)
物騒な事を考え始めたリザだったが、前方の騒がしさに思考を中断した。
黒山の人だかりの向こう側が騒がしく、悲鳴も上がっていた。
リザは数秒考え込んでから、進む先を九十度変えた。通りに面している建物に近づくと、窓枠を蹴った。建物の壁面を地面に見立てて疾走する。後ろで結んだ金髪が、重力と加速になびいて斜めに揺れていた。
あっという間に人混みを回避すると、彼女は建物の壁面を掴んで止まった。
「あぁっ!? どこに目着けてんだ、この薄汚い獣人種がっ!」
「その言葉をてめぇに返してやるよ、この糞人間。てめぇからぶつかって、その態度。これだからてめぇらは糞みてぇな存在だって言われるんだよ!」
雑踏の中にぽっかりと浮かんだ空白地帯で睨みあっているのは、どちらも冒険者だった。獣人種と人間族の冒険者たちは、口汚くお互いを罵り合っている。経緯は分からないが、険悪な様子なのは伝わってくる。
周囲に居るのは罵り合っている冒険者の仲間なのだろうか。仲裁する様子も無く、それどころか互いのパーティーを牽制し合っている。
自分を狙う何らかの罠の可能性は低い、とリザは判断し胸を撫で下ろした。人混みも、壁面を駆け抜けたリザの事に注意を払っている者は少なく、今にも武器を抜こうとしている冒険者たちを注視している。
(喧嘩、ですかね。まあ、流石に分別のある大人ですから、こんな人通りのある所で武器を抜くなんて事はしないでしょう。下手に関わり合っても面倒ですから、無視しますか)
つい先程、市場の外れでキョウコツと睨みあっていた事を棚に上げての発言である。
冒険者同士の小競り合いだと判断したリザは、そのまま地面へと戻ろうとして手を離そうとした。
だが、彼女の瞳が鈍い輝きを捉えた瞬間、彼女は壁面に両足を揃えた。
自重と重力で下へと落ちるはずの体が、放たれた矢のように真っ直ぐに飛んだ。
空白地帯の中心で、獣人種が片手斧を抜き放ち、応じるように人間族も剣を抜き放ったすぐ傍に彼女は着地をした。
二人の冒険者は、互いしか見ていなかったが、自分たちの傍で矢のように着地したリザの存在を認識していた。だが、認識はしていたが対応に数瞬遅れてしまう。
その時間で十分だった。
彼女は鞘の留め具を外し、精霊剣を鞘に納めたまま振るった。人間族の左わき腹と獣人種の顎を一振りで撃ち抜くという早業に、二人の冒険者は苦悶の声を上げることも無く崩れ去った。
あまりの早業に観客はもちろんのこと、倒れた冒険者たちも言葉を失った。全員の視線を集めるリザは、頭を下げた。
「突然の非礼、まずはお詫びします。しかし、武器を抜かれては見て見ぬ振りは出来ません。……どうやら酒を随分と召したようですが、酒は飲んでも飲まれるな、ですよ」
辛うじて意識を保っていた冒険者たちは、リザの説教を倒れながら聞いていた。
突然の闖入者が少女で、それも自分たちを一撃で沈めたという事実に軽い屈辱を感じながら、返って酔いが覚めたのか落ち着いた様子だった。
「ぐぐ、……あ、ああ。……悪かったな、アンタ」
「……おう。こっちも悪かった、な」
「はい、結構。これで一件落着ですね。申し訳ありませんが、お二方の手当はお願いしてもよろしいですか」
「は、はい!」
仲間の冒険者たちは、首を何度も縦に振った。明らかにリザの方が年下なのだが、酔っぱらっていたとはいえ、冒険者たちを一撃で二人も沈めたリザの技量に圧倒されていたのだ。あっという間に仲間を回収すると、雑踏を掻き分けて消えていった。
あっという間に剣呑な空気が消え去ると、通りは元の雑踏へと戻っていく。
普通の街ならリザの鮮やかな仲裁に喝采の一つも上がるのだが、ここは学術都市。冒険者がそこら中に居て、どこかしらで喧嘩は行われている。
今回と同じように仲裁に入るケースは珍しくないのだ。
空白地帯に人が流れ込み、元の賑わいが戻ってくる。多少なりとも言葉をかけてくるが、多くの者がリザに興味を示さなかった。リザとしては下手に悪目立ちせずに良かったと思い、目的地へと向かおうとして―――。
「懐古。ジグムントの剣術を正しき形で継承している者が居るとは」
飛び込んできた呟きに、心臓が凍るような思いをした。
声のした方を振り返れば、雑踏の中でも微動だにしない、フードを被った存在を見つけた。
男か女かもわからないフードの人物は、リザにこれ以上用は無いとばかりに踵を返した。しかし、リザはその人物に声をかけてしまう。
「待ってください!! なぜ、なぜその事を!?」
リザの剣術は帝国四大貴族だったウィンドヘイル家の剣術だ。帝国の武を司っていたウィンドヘイル家は、帝国兵士が扱う帝国剣術の総本家とされているが、それは正しくは無い。
帝国に浸透している剣術は、元を正せば『勇者』ジグムントの使っていた剣術だ。彼と共に戦乱の大陸を駆け抜けたウィンドヘイル家当主が、ジグムントの剣術を継承したのが始まりだが、ジグムントの剣術には問題があった。
それは、彼の剣術は聖剣を使う事を前提としている事だ。
伝承では自らエネルギーを生成し熱線を放つ聖剣は、地形すら変える力を持っているという。事実、デゼルト動乱で投入されたジグムントは、その伝承に違わぬ力を発揮した。
ジグムントの剣術にある幾つかの構えは、そんな物騒な道具を使う事を前提としている。そのため、帝国兵士の教練に導入するにあたり、そういった聖剣ありきの構えや技は排除されたのだ。
そしてウィンドヘイル家は帝国に広めた帝国剣術とは別に、ジグムントの正当な剣術を子らに教えていった。かつて、共に戦場を駆け抜け、苦楽を共にした仲間の技を、自分たちの都合で屍すら利用している事への哀悼を捧げるように伝承していった。
ウィンドヘイル家の反乱によって、ジグムントの剣術を習得しているのはリザだけだ。
彼女の構えから帝国剣術を習得している事は理解できても、それがジグムントの剣術だと見極められる人間はほとんどいない。
あのオルドですら、そこには気づけなかったのだ。
仮に、気づける人間がいるとすればウィンドヘイル家の事情を知っている者か―――ジグムントと剣を交わした存在だけだ。
『勇者』と剣を交わす。
果たして、そんな存在を何と呼ぶのか。
その可能性を理解しながら、リザはフードを被った人物の前に回り込む。覗き込んだ青い瞳は、目も覚めるような銀髪に、呻くような声を上げた。
「銀髪!? ……まさか、まさか貴女は『機械乙女』、ですか?」
違う、と。そう言って欲しいと祈るような思いだった。
だが、現実は無情だった。
「肯定。私は対魔法工学兵器用兵器Ω―1。個体名称、ポラリス・オルストラ。初めまして、ミス・エリザベート・ウィンドヘイル」
読んでくださって、ありがとうございます。
本年もよろしくお願いします。
本年も、当分の間は三日おきに投稿する予定です。次回の更新は1月10日を予定しております。




