11-1 新人冒険者
地の下の更に下。
光の届かない空間を照らすのは、呼吸するかのように点滅する水晶。
むき出しの岩壁を幾つもの影が躍るように流れていき、冒険者とモンスターの上げる声が反響していく。
「すまん、そっちに一匹逃がした!」「俺に任せろ!」「キィキィ、キキキキキッ!」「馬鹿、突出し過ぎよ」「ギィィイイイ!!」「よし、こっちは片付いた。手が必要なら援護するぞ!」
反響する声の大半が年若い少年少女の物だ。醜い毛むくじゃらの、猿を二回りほど大きくしたようなグローリーモンキーを追い詰める動きも固い。一糸乱れぬコンビネーションとは、とてもじゃないが表現できない。
それも仕方ない。
この空間で戦っている冒険者は、大手クラン『紅蓮の旅団』の下部構成員だ。多くが冒険者になって半年から一年、長くても二年ぐらい。駆け出しと頭に着く時期は過ぎたが、一人前と呼ぶにはまだ時間が掛かる。そんな狭間の時期にある若者たちだ。
その数は総勢十八名。近接、遠距離、囮役や盾役など役割分担はしっかりと決められ、一定の決め事の元、一個の集団となって戦おうとしている。実力はまだまだではあるが、これからの伸びしろを感じさせる若者たちだ。
そんな若武者と相対するグローリーモンキーは、いささか荷が重い相手と言える。中級モンスターであるグローリーモンキーは、足よりも長い腕を器用に使い壁や天井まで自在に移動できる。性格は好戦的で、数をもって相手を押しつぶそうとする傾向にある。このモンスターの厄介な所は、集団よりも数が少ないと決して戦いを挑んでは来ず、仲間を呼んで準備をしてから襲撃する点にある。
十八名の冒険者集団を見つけたから、彼らは三十体近い大所帯で攻めてきた。
完全に劣勢だが、『紅蓮の旅団』の若手冒険者たちに撤退はあり得なかった。何故なら、ここを離れると試験失格なのだ。
試験とは『紅蓮の旅団』が開いている、短期育成教練の最終試験の事だ。
試験内容は、拠点防衛。
指定された広間を陣地として、定められた期間死守できれば合格だ。
これを合格する事で、若手冒険者たちは、育成とは名ばかりの地獄の特訓から解放される。
逆に失格者は追加補修送りとなってしまう。
残り時間は三十分。陣地中央に置いてある砂時計が落ちきれば終了だ。これまでモンスターによる襲撃が九回もあったが、どうにか撃退できた。このグローリーモンキーで最後だろう。
疲労は極限状態。道具も底を尽き、魔法は少し前から弾切れだ。圧倒的に不利な状況だが、冒険者たちの士気は高かった。
「皆、耐えるんだ! 団長の、団長のあの笑みを思い出せ! 追加補修送りになれば、どんな目に遭うのか分からないぞ!」
指揮官を任された男の檄に、全員が同意した。最終試験の内容と追加補修の存在を発表した時のオルドは、この世の物とは思えない笑みを浮かべていた。元から人相が良いとは言えない男ではあったが、両頬がつり上がり、岩を削ったような口元は不気味過ぎて悪夢だった。
実の所、それはオルドなりの激励の笑みだったのだが、与えた印象は正反対だ。もっとも、こうして若手冒険者の奮起を促せたのだから成功と言えよう。
それでも冒険者たちは疲労困憊、限界寸前の状態だ。今にも脱落者が現れてもおかしくない状況にも関わらず、それでも戦線を崩さずに保っていられたのはある存在のお蔭だった。
それは、迷宮が生む薄闇に浮かぶ亡霊のような白色をしていた。
飛び回る度に揺れる白髪は、光に透かせて見る雪のような輝きを放ち、その下にある美貌を見た者は、ため息すら吐くのを忘れて心を奪われてしまう。人間の美醜なんて関係ないモンスターでさえ、見惚れるような美しさがそこにはあった。
かつては神秘的な色をしていた瞳も、髪の色に合わせる様に白色化し、獲物を求めて戦場を睨む。手にしたのは槍のような武器だ。
ような、と付くのはそれが普通の武器では無いからだ。手のひらに簡単に包めそうな小さな歯車が幾つも連なり、重なり、槍の柄となり、刃となっている不可思議な武器だった。女性はそれを翻すと、盾を持って仲間を守っていた冒険者と対峙するグローリーモンキーの脇腹を貫いた。
刃を背中から抜くと、皮膚と肉で閉じられていた血と内臓が零れだし、形容しがたいニオイを放つ。だが、そのニオイは先に転がって骸となったグローリーモンキーと同じニオイのため、今更気にする者はいない。槍の穂先は獲物を求めて、無防備な首を晒すモンスターに突き刺さる。あっという間に一体撃破した彼女は、盾役の冒険者に軽く会釈すると次の敵に挑む。
すると、手にした槍に異変が起きた。穂先と、柄の一部がばらばらと崩れると、歯車の並びが変わり、別の武器へと変化したのだ。
真っ直ぐだった穂先は先端に行くにつれ湾曲し、切れ味のある刃と変わる。日本に昔からある薙刀に近い形状をしていた。
女性が振り回すと刃に遠心力が掛かり、そこから繰り出された一刀はグローリーモンキーを右肩から斜めに切断する。これで二体倒した事になるが、冒険者の間から驚きの声は出ない。何故なら三十体近いグローリーモンキーの内、十体は彼女の手によって倒されていた。
合計すれば、これで十二体だ。
残りは六体。
あっという間に駆け抜ける女性を、少年が熱っぽい視線で見送る。
「流石は《ミクリヤ》に新加入するだけの人だよな。あれで冒険者になって一月足らずなんて、誰が信じるんだよ。その上、あんな美人なんて」
「ちょっと! よそ見してないで、集中!」
見とれていた若者は、隣に居た仲間に叱られバツの悪そうな顔をする。敵の数は減らしてはいたが、危険な状況には変わりなかった。
グローリーモンキーの厄介な特徴は、数が減るごとに残されたモンスターの強さが上がっていくことにある。モンスターだから正確な数値は不明だが、半数が撃破されれば1.3倍、8割方倒されれば1.5倍。そして最後の一体となれば2倍近く強くなると言われている。
それを知っているためか、グローリーモンキーは数を減らしても撤退することなく最後まで戦おうとする。最も賢い策は、早々に撤退する事なのだがそれは許されていない。
この最終試験のテーマは、逃げる事の出来ない環境化で、いかに戦い抜くかという物だ。
最終試験に参加している何人かは、テーマを発表された時にアマツマラでのスタンピードを思い出していた。波のように押し寄せてくるモンスターの群れを相手に、冒険者たちは撤退する事を許されなかった。モンスターという脅威を前に、最も体を張るべきなのが自分たちだと理解していたのだ。
オルドが、拠点防衛を最終試験に用意したのは、冒険者には逃げたくても逃げられない状況が一度はあるという事を若手に伝えたかったからだ。そして、その意図は十分に理解できていた。一人のずば抜けた才覚に頼ることなく、強化されていくグローリーモンキーと十分に渡り合っていた。
一体、また一体とグローリーモンキーは倒れていき、そして最後の一体が残された。
「グルルル、グガアアアアアア!!」
咆哮は空間を震わせた。茶色の毛並みは仲間の血を浴びた様に赤くなり、四肢が一回り膨らんで見えるのは錯覚ではあるまい。
最後の一体となったグローリーモンキーの強さは、上級モンスターに匹敵する。十八人の冒険者らは最後の難敵を前にして神経を張り詰めさせた。ところが、その一団を止める様に薙刀の柄が地面を打ち鳴らした。
「申し訳ありません。……最後の敵は、私に譲ってはくれませんか」
「い、いやいや。モンスターからほとばしる殺気、尋常じゃありませんよ。いくら貴女が強くても、一人じゃ」
「そうです。それにこれは私達の最終試験でもあるんです。一人に任せて失格とされては―――」
「―――いえ、構いませんよ」
声は迷宮の天井からした。全員が見上げれば、天井に杭を打ち込み足場を作り、弓を構えている女性が居た。その女性は軽やかな動作で飛び降りると、音も無く地面に着地した。重力を感じさせないその動きに、冒険者のみならずグローリーモンキーすらたじろいでしまう。
降り立ったのは長い耳に涼やかな美貌を持った女性だ。彼女を知っている団員から声が上がった。
「副団長? どうしてここに」
「私が此処に居るのは試験官兼監督官だからです。そしてその権限を持って宣言します。これにて最終試験は終了。全員合格とみなします」
ロータスの宣言に『紅蓮の旅団』若手冒険者たちは呆気にとられた顔をする。言われた内容を理解できないかのような仕草に、ロータスはくすりと笑ってしまう。
「ほ……本当に、終了で良いんですか? 制限時間は余ってますよね」
「ええ、問題ありません。例年に比べて難易度の高い試験で、一人の死者を出さずに終わらせたのですから。今年は優秀だと胸を張って言えますね」
「よ、よっしゃあああ!」「やっと終わった! 夢じゃないよね」「御霊の見送りに参加できるぞ」「年の終わりは地上で休める」
まるで、地上で花火がさく裂したかのようなお祭りムードの中、ロータスは団員たちに背を向けて薙刀を持つ女性に語りかける。
「これで『紅蓮の旅団』の試験は終了です。よって、ここからは自由時間。貴女が何をしても、何ら問題はありません。どうぞ、お好きにして下さって構いません」
「感謝します、ロータス様」
頭を軽く下げると、女性は薙刀を構えグローリーモンキーと対峙する。ロータスからにじみ出る強者のオーラに押されていたグローリーモンキーは、ロータスが戦わないと知るなり自分の胸を叩いて威圧する。
岩をも砕きそうな音に団員たちの喜びの声は掻き消え、不安がさざ波のように覆い尽くす。
「あの、副団長。俺達も戦った方が良いじゃないんですか」
「いいえ。手出し無用と、本人が言ったのです。その意思を尊重しましょう」
でも、と続けそうになる冒険者を押しとどめ、ロータスは呟いた。
「彼女が向かう場所は、上級モンスター程度なら一人でも倒せなければ、入り口にも立てないのです。ですから、頑張ってくださいね―――クロノさん」
その呟きが聞こえたわけではないが、薙刀を持った女性―――《ミクリヤ》の新人冒険者クロノはグローリーモンキーを真っ直ぐ見据えた。
刃を向けられたモンスターは低く唸ると、両の拳を伸ばして構えを取る。観客は『紅蓮の旅団』の若手冒険者とロータスだけだ。
じっと睨みあう両者は、相手の隙を探りつつ、どう攻撃すればいいのか頭の中で幾通りも思い浮かべていた。実戦経験の少ないクロノも、多少なりとも考える。袈裟からの斬撃は、真横からの薙ぎは、意表をついた柄尻は。イメージの中のグローリーモンキーは、それらを悉く叩き潰していた。
通常のグローリーモンキー相手でも正面から挑むような愚策はしていない。腕力勝負となれば、同胞の死体を片手で掴めるモンスター相手に勝てるとは思っていない。最後の一体となった事でさらに強化されたグローリーモンキー相手に力比べをするような愚かな真似はしない。
となると、彼女に残されたのは一つしかなかった。
「……これでは、らちがあきませんね」
覚悟を固めたクロノに対して、ちょっと退屈さを感じたロータスは懐から1ガルド硬貨を取り出した。それを指で弾くと、乾いた音が睨みあう二人の耳を打つ。
そして、くるくると水晶の光を浴びつつ回転して地面に落ちると、甲高い音を上げた。
それが始まりの合図となる。
地面を蹴り、同胞の骸を突き飛ばして突進するグローリーモンキー。長い両腕を真横に伸ばしたのは、クロノを逃がさないためだ。そんな突進を前に、クロノは手元の武器を解体した。
薙刀は砂のように崩れ落ちると、全く別の形へと組み変わる。
それは斧だ。
可憐なクロノが持つには大きすぎる、それこそオルドが振るいそうな両手斧が組み上がる。自重に耐えかねたのか斧は勢いよく倒れていき、突進を止められなかったグローリーモンキーの頭部に突き刺さった。
刃は顔の真ん中までを割き、誰が見ても絶命必死の一撃だ。
しかし、モンスターは絶命したと思っても最後のあがきをしてくる。頭をかち割られても、一歩、二歩と歩みを止めなかったグローリーモンキーは、その長い両手を打ち鳴らした。もしも、その軌道に人が居れば簡単に押しつぶされる衝撃だろう。
だが、クロノはそこに居ない。最後の一撃を予期した彼女は、すでに間合いから遠ざかっていた。
自分の力で、自分の拳を砕いたモンスターは、無念そうな呟きを残して倒れていった。
読んでくださって、ありがとうございます。11章開幕です。
申し訳ありませんが、投稿ペースを三日に一度にします。次回の更新は11日を予定しております。




