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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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閑話:冒険王 邂逅編 Ⅷ

 瓦礫の山を降りて走り出したが、どうしたものかとエイリークは悩んでいた。


 作戦なんて、これっぽっちも思いつていなかった。


 親父さんとエルフの剣士が繰り広げる壮絶な戦いの余波に混じり、足元の微細な振動が徐々に大きくなっているのを感じていた。まるで遺跡が立てる断末魔の叫びのようなそれは、遺跡の崩壊が近い事を予感させる。オルタナの言う通り、もうじき崩れそうだ。


 一刻も早く、二人の戦いを止めて崩壊に備えるというオルタナの意見には全面的に賛同するが、それをどうやって実行するのか、良案は無かった。


 一歩、一歩、近づいていくだけで、戦いの衝撃波が全身を打つ。斬撃や魔法のがぶつかる度に発生する衝撃だけでなく、親父さんからほとばしる殺気や、エルフの剣士が高速移動した際に起きる突風に足を止めてしまいそうだ。


 両足に精神力を回し、二人の戦いを止めるという思いに呼応して《スピリット・オブ・スティール》が身体能力を向上させているが、それにも限界はある。これ以上近づくことはできない。


 距離にして一〇メートル。これが限界だ。


 ここからでは二人の間に割って入るなんて芸当は望めない。斬撃で真っ二つになるか、魔法で塵も残らずに消滅されるかという以前に近づけない。


 となると、残った方法は二人の、あるいはどちらかの意識を自分に引きつけ、戦いから逸らすしかない。追撃部隊との戦いを繰り返すうちに気づいたのだが、命を賭けた戦いには独特の緊張感がある。それは集中力を高め、感覚を研ぎ澄ませ戦いへと没頭させる。逆を言えば、水を差して緊張感を台無しにすれば、あの二人の対立を止められるかもしれない。


 戦いに割り込む身体能力が無くても、声を掛ける程度の気力は残っている。


 問題は、どんな風に呼びかければ戦いを中断するのか。


 遺跡が崩れるから逃げようと提案した所で、あの二人が素直に従うとは思えない。仮に、親父さんが退いたとしても、エルフの剣士も退いてくれるとは限らない。オルタナの見立てでは、あの剣士なら遺跡が崩落しても生き延びるとの事だ。崩落に備えようとする自分たちを狙い、邪魔する可能性は十分にあり得た。


 自分たちが遺跡の崩落を耐えるには、エルフの剣士が拘束されて親父さんが無事なのが理想だ。そのために必要なのはエルフの剣士が親父さんを前にして致命的な隙を生む事だ。それこそ激昂して、親父さんを相手に背中を見せるような隙を作れば、親父さんならエルフの剣士を拘束できる。しかし、このままでは、絶対にそんな機会は訪れない。


 超一流という言葉では表現しきれない怪物が、易々と隙を作るはずが無い。親父さんもエルフと渡り合うので手一杯だ。もし、遺跡の崩壊に気づいているなら、既に動いているはずだ。


 エイリークやサーコートの青年はともかく、オルタナが危険な目に遭うのを黙って見過ごすような人物では無い。


 助けようとしてない段階で、まだ気づいていないのだ。


 ならば、隙は自分で作るしかない。


(……と、そこまでは思いついたけど、どうやってあんな怪物の気を引くのか。短い言葉で相手の意識をこちらに誘導する。そんな便利な技能(スキル)でもあったら楽なのにな。まあ、無い物ねだりをしている暇はないな)


 これ以上、体は動かない。立っている事しかできない体の代わりに、頭が急速に回転しだす。生き残る道筋を掴もうと必死になる。


(エルフが怒りそうな言葉。お前ら、薄い本の人気者……駄目だ、こんなの通じるはずが無い。……そういえば、エルフか。ずっと昔にエルフと会ったよな)


 親父さんの腕が切り落とされ、首まで床に落ちるというショッキングな光景から始まったせいで、昔の事なんて頭から抜け落ちていた。エルフの注意をどうやったら引けるのかと考えている内に過去の事を思いだした。


 まだ3歳の頃だ。


 奴隷の兄弟である、くろまるが死んだ日の夜。地の底に向かって掘り進められた採掘場に潜りこんだエルフと遭遇した。顔をターバンで隠していたため、青年という事しか分からないが、信じ難い身体能力をしたエルフだった。軽くジャンプしただけで三階建ての建物よりも高く飛び、その素早さは警備兵たちの目に留まりもしなかった。


 奴隷としてのみじめな日々を過ごしていた安城琢磨にとって、彼との出会いはここが異世界だという事を初めて実感させた瞬間だ。


 そして、反乱へと繋がる決意を抱いた日でもある。


(あの時のエルフは、同胞から逸れた同族を探していたんだよな。あれから二〇年近く経ってるけど、見つかったんだろうか。まてよ……エルフの剣士は変な事を言ってたよな。未知の魔法を扱うのはお前らか。それは同胞から教えてもらったのかって。同胞ってエルフの事だよな。とすると、逸れたエルフは見つかっていないのか?)


 引っ掛かりを覚えると、其処を起点に歯車が噛みあっていく。


(仮に、行方不明のエルフがまだ見つかっていないとしたら、エルフの捜索隊はあちこちを回っているはずだ。エルフが魔法技術に優れているのかどうかは知らないけど、あのエルフは未知の魔法というフレーズを聞いて、エルフが関わっていると思い込んでこんな所まで来たんだ。じゃあ、捕まったエルフの行方を知っている、教えて欲しければ協力しろと言えば従うんじゃ……いや、駄目だ)


 思いついた案に頭を振る。下手に嘘を吐けば、その嘘がばれた瞬間に戦いは再開してしまう。それも嘘を吐かれた怒りから、自分に対しても剣が向けられるだろう。親父さんが守ってくれるなんて言う幻想は抱かない方が良い。遺跡の崩壊を免れても殺されるリスクは遠慮したい。


(それよりも、もっとストレートにぶつけられて、それでいて相手を激昂させるようなセリフは……ああ!)


 思いついた。


 思いつてしまった。


 あまりにも馬鹿らしく、そしてとんでもなく失礼なセリフを。


 それは、エイリークが安城琢磨だったころに抱いて、一つの理想であり夢でもあったシチュエーションだ。男なら誰しも一度は持ってしまうだろう情欲に塗れた、煩悩の生み出した夢。それを否定できるのは、一切の肉欲を持たない徳の高い僧のような、高潔な存在だけだ。


(効果は……あるかな。あったとしてもどうなるのか、想像もできないな。……でも、思いつくのはそれぐらいしかないし―――っ!!)


 思考と同時に呼吸が止まったのは、二人の戦いが僅かにずれて近づいた事で、自分が生死の境に立ったことに気づかされたためだ。


 ほんの一歩、あるいは半歩か。


 ここは間合いだ、と全身の一つ一つの細胞が叫んでいた。


 エルフの剣士が放つ必殺にして、必死の斬撃。その間合いに自分が最接近したことを肉体と魂が理解したのだ。


(ここ、か。ここが境か。もう、残った時間も無い。こうなったら、腹をくくるしかないのか!)


 やけっぱちの覚悟をかき集め、エイリークは肺に酸素を取りこんだ。


 そして、叫んだ。


「―――ハーレム要員にエルフ娘が欲しいんで、紹介してくれ!!」


「アアッ!!」


 殺気が物理的な圧力となって襲いかかる。それまで、エイリークの方を歯牙にもかけていないエルフの剣士が振り向き、禍々しい殺意をぶつけてきた。それだけで数歩後退してしまう。


 萌黄色の瞳は殺意が宿り、長剣の切っ先は間違いなくエイリークの方を向いていた。つい数秒前まで殺し合いを繰り広げていた親父さんに対して、一欠けらの意識を向けていなかった。


 劇的な反応に喜ぶことはできなかった。


 何故なら、エイリークの体は殺気によって戦意を喪失していた。


 両足に回していた精神力は泡のように弾けて消え、二人の戦いを止めると固く誓った思いは露となった。体から力が抜け、崩れ落ちてしまう。生命活動を停止していないのが奇跡のような状態だ。


 ―――それが功を奏したのは、まさに皮肉だった。


 斬ッ、と音にまで聞こえた一撃が、エイリークの首があった空間を駆け抜ける。刹那の間に距離を詰め、手加減なく放たれた斬撃は、しかしそこに居たはずのエイリークが崩れ落ちた事で回避できた。


 殺気で数歩後ずさりしたのも幸運だった。そうする事で、エイリークの必殺にして、必死の間合いから逃れられていた。仮に、間合いの中に居たら床に崩れ落ちていた所で斬撃は修正され、エイリークの命を奪っていたはずだ。


 しかし、間合いから逃れたとしても、斬撃から生き延びたとしても、それはほんの一瞬だ。


 距離を詰められたことで、エイリークは今度こそ間合いの、それも中心地付近に立つことになった。付け加えれば、エルフの剣士が抱く殺意に一瞬の陰りも無く、エイリークの死はそこにあった。


 彼は倒れているエイリークに向けて何ら躊躇うことなく剣を向けた。


 一瞬でエイリークの命を奪える斬撃は、しかし予想外の結果に終わる。


 衝撃が両者の間を駆け巡り、金属が砕け散る音が響いた。


 エルフの剣士が持つ剣は一切の傷を持たず、腕ごと後方へと流されていた。そして、エイリークの手にあるナイフは衝撃に耐えられないとばかりに振り切った姿勢で砕け散っていた。


 一見すると、エイリークがエルフの攻撃を剣で受け止め、その代償にナイフが砕けた様に思える。そして、それは事実としてそうなのだ。


 二人の力量差を考えるなら、本来ならあり得ない結果だ。普通ならば、エイリークが剣士の斬撃を細くて小さいナイフを抜く前に、彼の体は両断されてしまう。よしんば、ナイフを抜いたとしてもナイフごと体を両断されていたはずだ。打ち合う所か弾き飛ばすという結果はありえない。


 そのあり得ない事が現実に起きたのだ。


 超絶的な実力を持った剣士の一撃を、エイリークが止めるという異常事態。これを実現させたのは《スピリット・オブ・スティール》だ。エイリークの死にたくないという短くも切実な思いに特殊(ユニーク)技能(スキル)が応えてくれた。あり得ない量の精神力が一気に生成され、ナイフへと纏わされ、無意識に動いた体は底上げされた身体能力によって神速の斬撃に追いついてしまった。


 結果、剣士の長剣は力比べに負けてしまったのだ。


 それはあり得ざる結果だ。頭に血が上ったとはいえ、エルフの剣士にとってこの結果は予想外だった。


 命のやり取りの最中に想像もしていなかった言葉を掛けられ、自分の一撃を遥か格下に防がれる。


 二度の驚きは致命的な隙を生んだ。


 親父さんの右手が弧を描くと、倒れているエイリークの周りに泥が生まれた。灰褐色のそれは、どろりとした流体が意思を持ったように剣士へと襲いかかった。


 すぐさま振るわれる斬撃は、流体を二つに分ける。


 だが、その行為が無意味とすぐに理解した。二つに分けられた泥は何事も無かったように混ざりあい、エルフの剣士を飲み込んだ。


 同時に、エイリークも。


 最適解は迎撃では無く回避だと気づいた時には遅かった。魔法で生み出された泥はエルフの四肢に絡み、そして一瞬で凝固した。


「捕獲完了、と言いたいがどうせこれも数秒で壊されるだろうな」


 親父さんの言葉通り、凝固して鉄同然の硬度になった泥にヒビが入り始めていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、エルフの剣士! それに親父さんも! これ以上戦ってると、全員潰れて死ぬぞ!」


 辛うじて首から上が外気に晒されていたエイリークが叫ぶとひび割れが止まった。どういう事だという雰囲気が二人から感じられた。


「アンタらの戦いが原因で、この遺跡が崩壊しているんだ。ほら、戦いが止まったのに揺れは治まってないだろ」


 上階に開いた穴から瓦礫が次々と降り注ぎ、壁の亀裂が広がっていく。ここに来て、二人も遺跡の危機的な状況にようやく気づいてくれたようだ。息苦しいまでの殺気が消え失せていく。もっとも、硬質化した泥に全身を圧迫されているため別の意味で息苦しかった。


「もう、戦っている場合じゃない。早く手を打たないと、全滅だ」


「……別段、俺はどうにかなると思うが。それに、この『精霊の養い児』もな」


「君たちが無事でも僕らが無事じゃ済まないんですよ」


 緊迫した状況にそぐわない穏やかな声はオルタナだ。彼はサーコートの青年を伴って父親の元へと来た。


「父さん。すぐにでも結界魔法を展開して。じゃないと、本当に潰れて死んじゃうんだ、僕たち」


「お前を助けるのは問題ないが、こいつ等は放っておいても良いんじゃないか」


「確認しておくけど、そのこいつ等の中に俺が入っているのは気のせいですか?」


「言った方が良いか?」


 辛辣な発言だ。身を挺して戦いを止めた功労者に対してこの対応かと嘆くエイリークに、親父さんは仕方ないと溜息を吐いた。


「お前と、しょうがないがエイリークを助けるのは問題ない。だが、其処の奴と、『守護者』を助ける必要はないだろ」


 我儘を言う子供を諭す親の口調で、見捨てた方が良いぞと説得する親父さんだがオルタナは首を縦に振らない。


「……分かった。なら、そこの若いのは生かそう。だが、『守護者』は助けない。遺跡の崩落程度で死ななそうだから、地下深くまで掘り進めて星の中心に置き去りにしよう」


「朗らかに物騒な相談を子供に持ちかけるなよ」


 エイリークの突っ込みも親父さんには届かない。彼はオルタナにどうだ、と尋ねるが、逆に幼子の無垢な視線を真っ直ぐに受け止めてしまった。数多の魔法を操り、大規模破壊すら可能な怪物が、たった一人の少年に怯んでいる。


「あんまり我儘を言うなら……僕にも考えがあるよ」


「……聞かせて、貰おうじゃないか」


「どうしてアンタがそこまで追い詰められてるんだよ。さっきまでの超然とした存在は何処に消えたんだ」


 親父さんもオルタナも、エイリークの言葉は無視して真剣に向き合う。サーコートの青年が唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。


「我儘を言うなら、嫌いになるよ」


「―――ッ!! ………………分かった」


 長い沈黙と、苦悶の声が親父さんの精神を如実に表していた。息子に嫌われるのがそれほど嫌なのかという突っ込みは空気を読んで飲み込んだ。


 彼は腕を振るうと、自分とオルタナ、サーコートの青年、そして固まった泥に囚われている二人を包んでも余りある光の結界を展開した。


 直後、それまでとは比べ物にならない振動が立て続けに起きた。


 遺跡が限界を迎えたのだ。


 遠くから聞こえてくる重みのある轟音は、真っ直ぐ下へと向かってくる。音は近づき、振動が激しさを増した次の瞬間、圧倒的な質量の瓦礫がジャイアントナーガの居た地下空間を埋め尽くした。








 その日、大森林を中心として局所的に起きた地震は、それ以外の地域に何ら被害をもたらさなかった。普通とは違う地揺れに学者らは首を傾げ、民衆は自分の生活を脅かさない事などさっさと忘れてしまった。


 だから、真実を知る者は少ない。


 大森林を生みだし、隠れるように残されていた古き寺院が最下層まで崩れ、辺り一帯を巻き込む災害を起こしてしまったのが、二匹の怪物が遭遇した結果起きた人災だという事を。


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は13日を予定しております。

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