閑話:《ミクリヤ》の副業 Ⅲ
雪の積もった街並みを二人の少女と青年が歩いていく。少女らは、片方が凛とした佇まいに気品があり、もう片方も愛嬌のある顔立ちをしていることから人目を集めていた。
幼い方の少女が降る雪を掴もうと飛び跳ね、金髪の少女が窘めている。
歩調を合わせる青年の地味そうな見た目から、お忍びで街を散策する良家の子女とその御付きなのだろうと周りは予想していた。
その実、内情は全く違う。良家の子女では無く、戦奴隷に冒険者という荒事を得意とする者達であり、更に言えば先頭を歩く少女は人間ですらない。
「まったく。あまり私達を困らせないでください」
リザが小言を零す相手は前を歩く少女だ。栗色の髪を肩で揃えている少女は振り向くと、不敵に笑った。見慣れた妹の顔では絶対に浮かばない笑みに、リザは理解しつつも違和感を拭えなかった。
「呵々。許せ、娘御。この擬態がどれだけの手練れに通じるのか試してみたくなってな」
「だからといって、A級冒険者の前に出るなんて。正直、生きた心地がしませんでした」
「拙者としては、いつの間に潜りこんでいたのか。そちらの方が驚きでござる」
忍者として気づかなかった自分を恥じる様にヨシツネは長布で隠した口元を固く結んだ。
二人の前を歩く少女はくるりと反転すると、愉快そうに笑う。
姿形は、リザの妹にして《ミクリヤ》のヒーラー、レティなのに、浮かべる笑みは獰猛で猛々しい。
「いやはや、面白い試みであった。付き合わせてしまったこと、礼を言わせてもらうぞ」
そう言う少女の瞳は、宝石のように美しいエメラルドグリーンから、一瞬だが鮮烈にして苛烈な紅蓮の色に切り替わった。
レティの姿をした人物の正体はコウエンだった。
人造モンスターとして転生した彼女は、細胞を変化させて変身する力を得ていた。遺伝子に刻まれたモンスターの器官を再現するだけでなく、自分の見た物を無機物、有機物問わずに変身できる。今の姿は、防寒着を纏っているレティの姿を忠実に再現しているのだ。
驚くべき事に、帽子や手袋、コートなどもコウエンの細胞が変化しているため、いうなれば彼女の皮膚だ。そのため取り外しは出来ない。
リザとヨシツネが『紅蓮の旅団』の元へ訪れる際、彼女はお見舞いの品である果物に変化して同行していた。病室に着く直前に擬態を解き、レティの姿で三人目の訪問者として登場したのだ。
コウエンの変化は恐ろしいほどに完璧だった。幾つかの実験で判明したことだが、エトネに言わせれば変化した人間の体臭まで忠実にコピーしているそうだ。三人目の訪問者として現れた時、リザとヨシツネでさえ、それがコウエンだと気づくのに数秒かかった。
それも変身した事を見抜いたのではなく、病院までの道のりで自分たち二人に気配を悟られずに尾行するという事が本物の彼女には出来ないから偽物だという、可能性を排除した結果の答えだ。
そんな完璧な変身をA級冒険者のオルドは簡単に見破った。オルドだけでなく、同室のベルドランドや、たまたま居合わせたロータスも見破った。
もっとも、見破った理由がヒーラーとは思えない、見事な立ち姿というのが冒険者らしいと言うべきか。
そんな彼らでも、何者かがレティの振りをしている所までは見抜いても、彼女がモンスターである事には気づかなかった。
コウエンの存在はクロノと同じか、ある意味それ以上に表に出しづらい。元は赤龍の魂と記憶を引き継いだ存在として龍刀に宿っていた精神体。それがレイを助けるために一度は消滅し、六将軍が生み出した人造モンスターとして転生した。
言ってしまえば、自意識を持つモンスター。
人と交流できるモンスターなのだ。
これまでモンスターは駆逐する対象としてしか見られていない。彼らは本能的に人を滅ぼすようにデザインされており、人を見かければ襲ってくる。襲ってくる以上は戦うしかない。
そんな関係がもしかしたら崩れるかもしれない。モンスターと相互理解が結べれば、人類の生存圏は拡大し、冒険者や兵士と言った労働力が別の方に割り当てられる。それはエルドラドの歴史に大きな変革をもたらすだろう。
それだけの価値がコウエンにはある。
それだけに細心の注意を払う必要があった。
リザはコウエンの事を、学術都市で出会った変身する技能を持った新しい仲間だとして紹介した。そういった技能を持った人間を知っているから、あながち嘘では無かった。
「A級冒険者といえど、妾の本質に迫る事は出来なかった。となれば、大抵の者に出会うた所で気づく者は居まい。これで安心して表を歩けるというものじゃ。それに何処かで試す必要はあったであろう?」
「……それはそうですが」
コウエンの言葉は間違ってはいない。
彼女を一目でモンスターだと見抜くかどうかの実験はどこかで行う必要があった。その相手として、高位の冒険者であり《ミクリヤ》の事を知っていて、理解力のあるオルドは最適の人物ではある。おそらく、レイの中で誰を相手にするかと考えた場合、間違いなくオルドが選ばれていたはずだ。
だが、主の許可も無しに危険な事を行うのは許されない。
そんなリザの雰囲気を察したのかコウエンは、
「なに、叱られる時は妾一人で叱られようぞ。其方らに類が及ばないように振る舞うとも」
と、言った。なにも叱られる事が怖い訳ではないが、リザもヨシツネもこれ以上何か言う必要はないと判断した。ここから先はレイが言うべき事だ。
そうこうしているうちに、気が付けば屋敷へと辿りついていた。二つある玄関の内、応接室の扉を開けると紅茶の残り香が鼻孔をくすぐる。すぐさま、お帰りなさいと異口同音に響いた。
「ただいま戻りました。……お茶の時間でしたか?」
「ああ、その通りだ。ごくろうさま、二人とも。外は寒かっただろう。いま、二人の分のお茶を用意するけど……その姿は何だい、コウエン」
「うわぁ! あたしが、もう一人いるよ!」
「コウエンちゃん、おかえりー」
「呵々。戻ったぞ、レイ」
レティの姿をしたまま、彼女なら絶対にしない尊大な態度を隠さないコウエン。そんな彼女に向かって、レイは手招きをした。何の警戒もせずに近寄った彼女に対して、レイは招いた手を固く握ると、そのまま頭に振り下ろした。
ごんっ、と鈍い音が応接室に響いた。あまりの音に、レティとエトネは首を竦めてしまう。
「うわぁ。なんだか、変な気分。自分がやられているのを、自分で見るなんて。なんだか、あたしも痛くなってきた」
思わず、頭を触ってタンコブが出来ていないかを確認した。
「―――ッ! この戯け者! 其方、いま拳を精神力で強化したじゃろ!」
「したよ。そうしないと、君の耐久じゃ耐えられる可能性もあっただろ」
「くぅうう! この芯にまで響くのは堪える!」
呻く姿は本当らしい。苦悶の表情が波打つと、そこから姿形が解けていった。愛嬌のある顔立ちは、下から現れた涙目ながらも傲岸不遜な表情に押しのけられ、一部の隙も無い防寒着は露出の多い肌着に代わっていく。
変化が解けると―――正確にはこの姿も変身した姿ではあるが―――コウエンはレイに食って掛かった。
長すぎる紅蓮の髪が龍の尾のように振り乱れた。
「其方! 突然殴るとは、いかなる狼藉じゃ! 正当な理由も無くこのような目に遭わせたのならば、今宵、其方には天罰が下るであろう! 具体的には考え中じゃ!」
「君が誰にも言わずに勝手に出ていったから」
レイの答えにぐうの音も出なかったのか、コウエンは悔しそうに唇を真一文字にした。
「大体、レティの姿はなんだ? もしかして、あの姿でオルド達に会ったのか?」
コウエンでは無くリザに尋ねると、彼女は首を縦に振った。
「本当かよ。……それで、オルド達は気づいたか?」
「コウエン様や他の方は、レティでは無い、というのにはすぐに気づかれました。ですが、彼女がモンスターであることは最後まで気づかずにいました。そういった変身が出来る新しい仲間だという説明しましたが、宜しかったですか」
「……モンスターと見抜けなかったか。まあ、それはどこかで確認しておく必要があったから良しとするが……いいかい、コウエン。どうして僕が怒っているのか、君には分かるかい?」
「皆目見当がつかん」
「だろうね。いいかい、君がモンスターだと誰かが気づいた場合、間違いなく近くの冒険者が拘束しようと動く。場合によっては排除だ。そんな時、君はどうする?」
「ふむ……降りかかる火の粉は、大火を持って払うのが妾の条理。暴力には暴力で相手しようではないか」
簡単に言ってのけるコウエンに頭が痛くなった。超級や超弩級モンスターの再現が出来る彼女ならば、オルドが相手でも互角に戦える可能性は十分ある。だが、彼女には欠点がある。
それは燃費の悪さだ。
超級や超弩級モンスターの再現はエネルギーを大量に使う。クロノスとの戦いで彼女が全力を出せたのは長く見積もっても3分。下手をすれば1分も持たない。オルドならその間を凌ぎきれる可能性は十分にあり、そして短時間とはいえ自分と互角に戦えたモンスターを野放しにするような甘い性格をしていない。
「君が強いモンスターだと知れ渡れば、街の安全を守る為に排除される可能性がある。今回は上手く行ったけど、場合よってはリザ達と一緒に追われることになってたかもしれないんだ。今の君は、誰からも恐れられた赤龍でも、龍刀に宿る精神体でも無い。人の理の中を生きる事になった存在なんだ。たとえ面倒でも、その事を頭に入れて行動して欲しい」
「……仕方あるまい。其方の顔を立ててやるとしよう。それと迷惑をかけたな、其方ら」
「私達は別に」「拙者も問題なく終わったのでお気になさらず」
これまでとは違う立場にあるという事をコウエンも自覚できたのだろう。神妙な顔で頷くと、応接室のソファに飛び込んだ。
「では紅茶を持て。慣れぬ歩行で足が疲れてしまった」
「はいはーい。お姉ちゃん達も飲むよね。ヨシツネさんは緑茶だっけ?」
「忝いでござる」
「頂きます。……あら、レティ? 貴女、足を怪我したの」
コウエンと入れ替わるように立ち上がったレティが、ひょこひょこと変な歩き方をしているのに気づいた。すると、レティは違うよと言って自分の片足を持ち上げた。そこにあったのは、妙な形をした靴だった。
まず、間違いなく妹の足よりも二回り以上は大きいそれは、エルドラドでは見かけないデザインだった。色も、素材も奇抜だ。だというのに、彼女はそれに見覚えがあった。
もう、半年近く経つが、シュウ王国のアマツマラで見せてもらった物だ。
「その靴、もしかしてレイ様の靴ではありませんか。あちらの世界から持ってきたという」
「正解だよ、お姉ちゃん」
「主殿の靴ですか? 布製の靴のようでござるが、これが未来の靴という事でござるか。それで、どうしてレティ殿は履かれているので?」
同じ疑問に対して答えたのはレイだった。
「その靴を使って稼ごうかと思っているんだ」
「成程。異世界で発達した靴をエルドラドで流通させようと目論んでいる訳か」
「目論んでいるって、人聞きの悪い」
「大して間違ってはおるまい。企んでいると言い換えても良かろう」
レイの計画を聞いたコウエンはバッサリと言い放った。彼女はいま、レティとエトネの二人によって床まで着きそうなほど長い髪を結ってもらっている。そんな二人の片足には、それぞれレイと共にこちらの世界に来たスニーカーが履かれていた。
レイの計画は、この靴をエルドラドで流通させるという物だ。
エルドラドの靴は大まかに分けて貴族用とそれ以外に分類される。
貴族は長距離を歩く事は無い。移動はもっぱら馬車だ。そのため、耐久性や機能性は疎かになり、人と違い注目されることに特化していき、靴の形が奇抜になっていった。
一方で民衆の靴は街で活動する人と野外で活動する人で、素材が分けられる。
道路が整備されており、気候が温暖な地方だとサンダルが主流であり、それ以外だと木を削った木靴が使われている。
農民や冒険者のように野外で活動する事の多い人には、動物の皮を何重に張り合わせたブーツのような物が使われているのだが、レイにしてみれば不満の多い出来だった。
「まず、靴に左右が無いって言うのが驚きだったね。木靴なんて、箱を履いているのかと思ったよ」
「靴とは、そのようなものでは無いのでしょうか」
生まれた時からエルドラドの文化しか知らないリザにしてみれば、レイの憤りは伝わりにくいのだろう。だが、レイの靴を履いているレティやエトネ、そして同じ異世界人であるヨシツネは納得できると頷いた。
「拙者も同じように感じていたでござる。ですから、前の主に仕えていた時は、この靴を自作して愛用しておりました」
ヨシツネの履いている靴は足の形に合わせて作られていた。素材も拘っており、特殊なモンスターの革を加工していて、高所から着地しても衝撃を吸収し、音を立てない特別性だ。
「あたしたちには大きすぎるけど、この靴、柔らかくて履き心地が良いよ。あたしたちの靴もこうだったら、普段出歩く時に楽が出来るよ」
レティの意見にエトネも同意した。彼女の靴は冒険者特有の固い靴に加えて金属の板が爪先に入っている。蹴り技もあるエトネにとって靴とは重い物というイメージがあっただけに驚きなのだろう。
他にあったシャツやズボンを二人に見せても、そこまでの驚きは無かった。
「ギルドの商人部門の人には、僕の企画書じゃ目新しさはないって言われたけど、この靴ならきっと驚かせられる。何より、こうして実物があるんだ。手に取って触れる以上の説得力は無いよ」
「其方が転移した時に持っておった道具の中で、靴が最も進んでいるというのは理解できたが、果たしてそのスニーカーとやら、再現が出来るかの? 見た所、妾にもよく分からぬ素材を使っているようじゃが」
コウエンの指摘に、それまではしゃいでいたレティとエトネが固まった。履いている彼女たちだからこそ理解できるのだろう。スニーカーに使われているゴム底などは、初めて触れた素材だ。
ゴムが地球で使われ始めるのは18世紀に入ってから。それまでは貴重品として扱われ、観賞用として用いられていたという。エルドラドでゴムが発見されているかどうかは知らないが、一般に流通している可能性は低いだろう。
だが、レイにしてみればそれは大した問題では無かった。
「完璧な再現が難しいのは理解しているよ。だから、最終的な着地点は布製の靴。柔らかく、通気性があって、長く履いてても疲れにくい物を目指す。それを出来れば冒険者だけでなく、一般の人でも購入できるだけの金額に抑えたいんだよね」
冒険者の総数は知らないが、貴族や上流階級を除いた人口の中で、冒険者と非冒険者の割合は後者が圧倒的に高いはずだ。
そんな人たちが履いている靴はベラベラのサンダルや、木を削った木靴だ。そこに、安価で履きやすい靴があれば売れるはずだ。
しかし、この計画には大きな問題点がある。それを指摘するのはシアラだった。
「ちょっといいかしら。確かに完成形で、目指すべき物があれば職人や商会も話に乗ってくれるだろうけど、実際に動いてくれると約束した商会はあるのかしら?」
クロノが眠った事で部屋から降りてきた彼女は、レイの計画を聞いてすぐに問題点を思いついた。
「残念ながら、まだ見つかっていない。これから探すつもりだ」
「そう。まあ、それなら探すべき商会は、これを完成できるだけの技術力があり、量産する事ができるだけの規模と、捌けるだけの販路を持つ商会よね。それも、ワタシたちには物があってもお金は無い。試作品を作る資金も、失敗した時の保証も全部商会が持ってもらう事になるわね。果たして、そんな物好きな商会が居るのかしら」
彼女の言う通りだ。付け加えると、ギルドに所属している商会が必ずしも善良とは限らない。海千山千の商人たちは、レイを下に見た瞬間から彼を利用し尽くそうと決めるだろう。それこそ、骨までしゃぶりつくされる可能性もある。
大きすぎる商会に接触して、スニーカーの構造や材質だけを真似され一銭も得られないという結果は十分に考えられた。
「そもそも、スニーカーの試作品が完成して、量産化が成功して、街で売られるようになるまでどれだけの日数が掛かるのかしら。靴に関しては素人だけど、一月や二月で済む話じゃないわよね。春までに間に合うのかしら」
「それに関しても全く分からない。協力してくれる商会がどれだけ優秀なのか次第だ」
「重要な部分は他人任せね。まあ、仕方ないわね。それで最後の質問だけど、これが上手くいかなかった場合は? 案が一つだけだと、失敗したら手詰まりになるわよ」
シアラが厳しく言うのは仲間を思っての事だ。魔石による収入が減るとなった以上、パーティーが存続するために副業をするのは正しい判断であり彼女もそれを支持している。
それだけに、失敗は出来ない。皆との生活が懸かっているのだ。不安な点は先回りして潰すのが彼女の役割だ。
そんなシアラの指摘に対して、レイはあると断言した。
「もう一つ、案はある。ただ、これに関してはスニーカーと違い実物がある訳じゃないから色々な人の意見を聞くことになる。とりあえず、君とレティに話しを聞いておきたいんだ」
「あたしも? どういう事なの、ご主人さま」
名指しされるとは思っていなかったレティに、レイは昔を思い出しながら尋ねた。
「あのさ、毛生え薬って出来ないかな?」
読んで下さって、ありがとうございます。
ミクリヤの副業編、次回で終了予定です。
次回の更新は16日を予定しています。




