閑話:《ミクリヤ》の副業 Ⅰ
「大変残念なお知らせですが……お金がありません」
「それは……本当に残念なお知らせね」
シアラの呆れたと言わんばかりの声が食堂に響いた。窓の向こうでは雪に埋もれた街並みが広がり、見ているだけで寒くなりそうだが、魔道具化した屋敷のお蔭か隙間風一つない食堂はそれなりに温かった。
もっとも、懐事情は外の風景といい勝負かもしれない。
食堂に集まった《ミクリヤ》の面々は、レイの深刻な表情に、これが冗談ではすまない話だと認識していった。
「あの、そんなにも財政的にひっ迫した状況なのですか」
心配そうなリザに対してレイは首を横に振った。
「今日明日にも財布が空っぽになるというような状況じゃないよ。ただ、見落としていた大きな出費がこれからあるんだ。それを支払ったら、本格的に危ないね」
「見落としていた出費? クロノ様やコウエン様が屋敷に住まうための経費、じゃないわよね」
「それぐらいは問題ないよ。食費も生活費も、水道の使用料や薪などの燃料費も当面の分は残してある。だけどね……税金を支払う分が心もとない」
レイの言葉に食堂でしまったと言わんばかりに顔を歪めたのはシアラとレティだった。リザとヨシツネは不思議そうに顔を見合わせ、エトネはそれが食べ物なのだろうかと繰り返し呟いていた。
「しまったぁぁぁ。……そうよね。あるわよね、税金。これだけの規模の都市国家ですもの、そりゃあるわよね」
「うーん。これはやっちゃったね、ご主人さま。購入したばかりの屋敷とお別れする日も近いのかな」
「……ねえ、レティ。その、税金はそんなに大変な金額になるのかしら?」
姉の素朴な疑問にレティは困った様に頭をかいた。
リザは税と無関係の暮らしをしていた。
帝国四大貴族の娘として生まれ、幼い頃から修道院で暮らし、主に剣術ばかりを習って来た弊害だ。その後、奴隷として暮らしていたため、人では無く物として扱われてきたから、人にしか適用されない税金について知る機会が無かった。
一方でレティは、戦奴隷として奴隷商人に仕えていたが、年齢が幼く、その割に目端が効いた事から金勘定の手伝いをさせられていたため、その辺りの知識は幾らかある。
一週目のエルドラドでは地位の高い人物の密偵として働いていたヨシツネや、主に山で暮らしていた幼いエトネも税金について知識が無かった。
そんな知識差を埋めるためにレイは貰った資料をテーブルの上に広げていく。
「今日、モランヌさんから頂いたんだけど、学術都市に移住したら、年に一度これだけの税金を納める必要があるんだ」
「ちょっと見せてね。まずは人数に応じた人頭税、所有する物件にかかる不動産税、加えて土地の面積に応じた地代税。まあ、この辺りは普通ね」
「うわぁ、公共施設の使用に関する税金、けっこう取るんだね。それに保有する動物と……奴隷に対する税金も発生するんだ。うーん、他にも細かい項目があるね」
「主殿、年に一度と申されましたが、いつに払うのでござるか」
「支払期限は春の上月の一日まで。一応、僕らのような移住者には初年度の支払いをする義務は発生しないんだけど、それは今年の分で、次の春から冬の一年分を春の頭に支払う事になるんだ」
「去年の分を払うんじゃなくて、今年の分を、年の早い時期に払うってこと? それって酷くないかしら。だって春に払って秋になる前に出ていったら、半年分払い損じゃない」
「それの説明もされたよ。何でも冒険者はいつ死ぬか分からない職業だから、一年分を年の初めに徴収するんだって。その分、冒険者が支払う税金の総額は、他の人に比べれば幾らか安くなっているそうだよ」
レイの説明で、シアラは一応の納得をした。代わりに指で日付を確認していたレティが喋り出した。
「それじゃ、あと二月半ぐらいでこの支払いが来るって事? 確かに残り時間を考えると難しいように思えるけど……そこまで深刻な問題かな」
秋の終わりに学術都市に辿り着き、ラビリンスで発生していた《姿なき幽霊の呼び声》騒動を解決し、ようやく落ち着けるようになった。気が付けば、暦は冬の上月の半ばを過ぎた頃だった。
残った期間を最大限稼げばおつりが出ると、レティは頭の中でそろばんを弾いた。だが、先程から聞こえていた固い物を噛み砕く音に声を上げた。
「あっ、そう言う事なんだ」
「そう言う事なんだよ、レティ」
「どういうことだ、レイ?」
《ミクリヤ》のメンバーはレイに対して様々な呼び方をするが、全員が敬称を付ける。しかし、ただ一人―――というよりも一体と呼ぶべきか。彼女はレイの事を呼び捨てにする。
以前からそのように呼んでいたから、生まれ変わったとしても別の呼び方をするつもりは無く、呼ばれる方も気にしていなかった。
レイは固い物を噛み砕く音のする方へと首を向けた。
そこに居たのは、背もたれに背中を預け、椅子を傾けつつ、おやつを摘まんでいる幼女だった。魔道具化した屋敷とはいえ、冬の時期だというのに足の付け根までが見えそうなショートパンツにチューブトップという、褐色の肌をこれでもかと晒している幼女の名前はコウエン。
赤龍の魂を持ち、その知識を引き継ぎながらモンスターに転生した少女だ。
「む、成程成程。其方の悩みの種は、これという訳か」
それまで話に興味を持っていなかったが、レイの視線で何を言いたのか伝わった。彼女は摘まんでいたお(・)や(・)つ(・)を全員に見える様に持ち上げた。
小さな手には大きなそれは、傷一つ無い球体をしており、艶やかな灰色を放つ。それが単なる石ではない事を、この場に居る全員が知っていた。
その石の名は魔石。
モンスターの体に埋め込まれ、モンスターを生かす原動力だ。
コウエンは魔石を躊躇うことなく口に入れ、竜の牙のように鋭い歯で噛み砕いた。
「うむ、美味である」
「美味じゃないよ。本当に参ったよな。まさか、魔石がコウエンを生かして、戦うためのエネルギーなんて」
人はエネルギーを外から摂取しないと死んでしまう生き物である。それはモンスターも同じであり、人が食べ物を摂取するように、モンスターは大地を流れる魔力を生きる糧にしている。迷宮では潤沢な魔力が摂取できるため、モンスターにとっては楽園なのだ。
だが、それは普通のモンスターの話だ。
レイの精神から肉体のある現実に転生したコウエンは、人造モンスターとなってしまった。
人造モンスターとは、六将軍の一人だったカタリナ・マールムが生み出した、様々なモンスターの遺伝子を混ぜ合わせた、異端の存在だ。
本来の姿はスライムに似た粘液の塊だが、その細胞一つ一つを変化させることで、遺伝子に組み込まれているモンスターを再現したり、レイの中に居た頃の幼女の姿を作っていた。
傲慢不遜な態度を隠さない幼女の姿だが、その真実はモンスターだ。それも自然の理から誕生した生命では無い。あらゆる魔法と実験を組み合わせて誕生した、歪な生命だ。
人のように食べ物から栄養を摂取する事は出来ず、モンスターのように大地から魔力を吸い上げる事も出来ない。
人造モンスターが生きるために必要なのは魔石だ。
モンスターの体内で結晶化されるそれは、高濃度の魔力を内包している。大地から魔力を引き上げられないコウエンにとっては最適な、そして唯一の栄養源だった。
超級モンスターや超弩級モンスターにも変身できるコウエンのエネルギー消費率は激しく、こうして人の姿を保っているだけで内包しているエネルギーは三日で底を尽いてしまう。戦闘となれば、十分も持たないで自滅してしまう。
クロノスとの戦いで、彼女が時戻しを繰り返さずに持久戦を仕掛けていたら、間違いなく敗北していた、というのは本人の言だ。
一方で魔石は冒険者にとって、日々の糧である。迷宮に潜り、モンスターを倒す事で得られる魔石をギルドで換金して、ようやく収入となるのだ。
それはレイ達も変わらない。
むしろ、支援者を持たず、高額になりそうなモンスターの肉や素材を見抜く力や、売買するルートを持たないレイ達にしてみれば、魔石は唯一の収入源。それがいまや、コウエンの命綱なのだ。
「クロノ様との戦いの後、迷宮から脱出するまでに手に入れた魔石は、コウエン様の食料となって消えてしまいました。迷宮で消費しやすい物資は、『紅蓮の旅団』から提供されたとはいえ、防具などの修繕費は発生しています」
「オーギュスター統括長が死んで特別報酬も無かったことになったし、今回は儲け無し。お金ばかりが消えていくわね」
リザとシアラの言葉に、一同はレイの言う金欠宣言がどういう意味なのか理解した。
「僕たち《ミクリヤ》は迷宮を探索した過程で得た物を売却して金を稼ぐ冒険者だ。その主な収入源となる魔石が、今後コウエンの食料となると、収入が一気に落ちる可能性がある」
迷宮探索にも金は必要だ。
潜る予定日数分以上の水と食料、油などの生活必需品、武器防具の補充や修繕、迷宮内部の状況などを知るための情報料などなど。冒険者たちはあらかじめ、この必要経費を算出し、次回の探索に必要な額と、怪我や死亡などで発生する損失を考慮した金額を頭の中に入れておく。
全額を魔石だけで回収できれば理想的だが、やはり理想論に過ぎない。現実は、魔石以外にもモンスターの肉や爪、皮膚などを剥いで換金し、少しでも利益を出そうと必死になっている。
あるいは、ある程度の知名度があれば支援者を募り、迷宮探索に対する出資金を集めたり、迷宮を潜る以外に依頼を個人的に引き受けたりしている。A級クランの『紅蓮の旅団』であっても、その辺りは変わらない。
これまで、《ミクリヤ》は金策とは無縁だった。
ゲオルギウスの血が高額で売れた事で、旅の間の経費や、戦奴隷三人と屋敷などを一括で購入できた。
そんな恵まれた財政事情も此処までだ。この冬の過ごし方を誤れば、パーティー全員が路頭に迷う結果になりかねない。
レイは真剣な面持ちで告げた。
「という訳で、これから、《ミクリヤ》の財政会議を始めます。議題は、魔石の売却金以外の新しい収入方法です。誰か、意見はあるかな?」
突然の開会宣言に問いかけで、これはというアイディアを出せるはずもない。頭の回るシアラやレティでさえ口を噤む中、意外にも手を上げたのはヨシツネだった。レイは視線を彼に向けた。
「質問なのでござるが、新しい収入方法が迷宮探索と関係が無かった場合は、迷宮に時間を費やす割合は減るのでござるか?」
「いや、迷宮探索に費やす時間は極力減らさないつもりだ。《ミクリヤ》の基本方針としては、ここで全員のレベルアップや連携の強化をしていきたい。それに、魔石をギルドから購入するよりも、自分で調達した方が安上がりだ」
魔石には大きさや輝き、色によって込められている魔力が違い、売却金額も、購入金額も変化する。高額な物ほど、コウエンのお腹を満たしてくれる。それをギルドから買い取るのと、自分たちでモンスターを刈るのでは、後者の方がコストパフォーマンスは優れていた。
「では、迷宮探索を行いつつ、同時に利を得られる方法を思いつく必要があるのでござるか。いやはや、これは難しいでござるな。冒険者という職では、他にどのような稼ぎ方があるので?」
やはり、ヨシツネは情報を引き出すプロだ。質問という形で問題点を明確にして、レイが広げた話を整理する事で議論の呼び水を作った。それを切っ掛けに言葉が机の上で踊り出した。
「そうですね。一番手堅いのは魔石の売却ですが、次にモンスターの肉や皮膚などを回収して売る方法です。ギルドに売る事も出来ますし、直接商会などに持ち込んだ方が高値で買い取ってくれることもあります。ただ、纏まった金額を稼ぐにはそれなりの量が必要となり、運搬に人手を割く必要があります。それと何の伝手も無い場合は断る商会もいます」
「運搬に関しては雛馬車があるから問題は無いけど、高値で購入してくれる商会の当てはないよな。回収した素材はギルドに売るのが一番手堅いね。支援者を募って、お金を出してもらうのは」
「それは止めといた方が良いわね。支援者の言う事に従うことになったら、どんな事を頼まれるか分かったもんじゃないわよ。それにうちにはクロノ様も居るのよ。下手に探られたら厄介よ」
名前をクロノと改めた彼女はこの場に居ない。迷宮を脱出し、死にたいとばかり訴えていたが、二日ほど前にようやく前向きに生きる決意をしたが、気持ちに体は付いて行けない。まだ、立ち上がるのも補助が必要なほど弱っている。
「めいきゅうにも、クロノさまをつれてくの?」
「まさか。あの方は家で留守番をしてもらう事になるのでは。そうですよね」
「いや、出来る事なら彼女も迷宮に潜ってもらおうと考えているんだ」
リザの質問に対する答えに、あちこちから戸惑いの声が出た。
「ちょっと待ってよ、主様。確かに、あの方は元神だったけど、今は人間よ。それも普通の人以下の。そんな人を迷宮に連れて行くなんて信じられないわ。まさか、権能が蘇るとでも思っているの」
「そうじゃない。彼女を迷宮に連れて行くのは、彼女のためなんだ」
「……どういう事かしら」
「彼女は『黒幕』によって地上へと落とされた。彼女を落とした『黒幕』は『正体不明』の可能性が非常に高いとすれば、奴にはこちら側に協力者がいるはずなんだ」
「『機械乙女』が言っていたという、『正体不明の娘たち』の事ですか?」
デゼルト動乱の時、砂漠の空で出会った魔法工学の最高傑作は、レイと同じ『招かれた者』の一人である『科学者』のメッセージを持っていた。
その内容は、13神が騙されていて、『正体不明』を復活させる為に暗躍している勢力が居るという内容だった。
「たち、っていう言い方からすると、おそらく複数人だろう。そいつらが、地上に落ちたクロノスを探している確率は高い」
「それは……その通りですね。神の領域と地上は隔絶された距離にありますが、言葉を交わす方法は無いわけではありません。レイ様が聖域でクロノ様とお会いになられたように、敵も秘密の連絡手段を持っていてもおかしくありません」
「これまで、自分が表に出ないように暗躍していた『黒幕』にとってクロノさまは唯一の目撃者。記憶を消したとしても、確実に始末しておきたい相手だもんね。なら、クロノさまを一人にしたら危ないね」
「そう言うこと。彼女がどれだけ回復して戦闘に参加できるかは未知数だけど、彼女を一人にする方がよっぽど危険だ。……という訳で話は戻るけど、迷宮内で稼げそうなのは他にないかな」
「素材の売却と支援者を募るのが駄目だとしたら、あとはギルドのボードにあるクエストをこなすとか?」
「悪くないけど、それを主な稼ぎ方にするのは危険よ。依頼内容によっては報酬と釣り合わない可能性もあるし、失敗した時には違約金も発生するのよ。迷宮探索のついでに受ける程度に収めておくなら問題ないわ」
「では、迷宮内の情報を売るというのは如何でござろう。どの区域にどんなモンスターが出現するのか、どこに罠があるのか。拙者に任せて頂ければ必ず果たしてみせましょう」
「悪い案じゃないけど、それだとヨシツネの負担が大きい。それに、情報の売り買いは素人が手を出すと火傷しそうだ」
喧々諤々。
一通りの意見は出尽くしたのだろう。会議は停滞し、沈黙が場を包む。
「やっぱり、迷宮で稼ぐ効率的な手段は魔石を集めて売ることの様だね。なら、迷宮以外で稼ぐ方法を考えようか」
「とはいっても、ワタシ達は冒険者。商人じゃないのよ。一から商品を作って、販路を構築して、商品を売りつけるなんて事、迷宮探索の片手間に出来ないわよ」
シアラの指摘は正しい。レイ達は冒険者であり、命懸けで剣を振るって戦う事がお仕事である。
同時に、レイは『招かれた者』である。
御厨玲という異世界人の記憶が焼き付いた少年でもあるのだ。
レイは待ってました、と言わんばかりに、膝の上にあった紙の束を机に置く。十枚や二十枚では収まらない紙の束には、エルドラド共通文字と共に、絵が記されていた。覗き込むリザ達にしてみれば、どこかで見たような、あるいは見た事の無い物ばかりだった。
「レイ様、これは何でしょうか? こちらは、チェスのように複数の駒が……ですが盤の形が違いますね……こんなボードゲームは初めてみますね」
「カード……ゲーム、ジンロウ? カードゲームにしては枚数が少ないわね」
首を傾げる仲間達に、レイは自信満々に言う。
「これは僕の……御厨玲が記憶している異世界のゲームのルールや遊び方、道具の構造や使い方を纏めた企画書だ。僕はこれを商会に売りつけ、アイディア料を貰おうかと考えているんだ」
読んでくださって、ありがとうございます。
この閑話は全部で4話を予定しております。次回の更新は8月10日を予定しています。




