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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-63 災厄はやって来る 『後編』

「裏切られたって、君が? 権謀術数の申し子にして、頬を撫でるだけで小国同士を衝突させて、数万の墓を築き上げた君が、篭絡した男に裏切られるなんて、それこそ世界が滅びない限りありえないだろ」


 混乱のあまり訳も分からない例えをしだしたエレオノールに、ジョゼフィーヌは小さく息を吐いた。その仕草だけでも、男女の区別なく人間なら心奪われても仕方ない仕草だ。


「今まさに、滅びゆく世界に乗ってるじゃない。……裏切られたというのは語弊があるわね。オーギュスターは、最後まで自分が裏切っていたという自覚を持たないまま死んでいったわ」


「……ふむ。ちょっと状況が理解できないね。申し訳ないけど、順序立てて説明をしてくれないかな。ついでに、君がそれだけ昂っている訳もね」


 遠く離れた場所に居るエレオノールだが、室内の状況は鳥の目を通して理解している。上気した肌に残る情交の跡に、薄く開かれた扉の向こうには折り重なるようにして倒れている男女の影。ジョゼフィーヌがジョゼフィーヌになる前から知っているが、彼女が誰かを抱くのは趣味であって性欲の解消を目的としない。体と心を開かせ、開発して、自分に依存させる過程を楽しむのであって、あのように物のように乱暴に扱う事は決してしない。


 だが、零という訳では無い。過去にあのような振る舞いをした時は、自分の中で抑えきれない苛立ちや怒りを、ああして発散しているのだと語っていた。


 今回もそうだろうと予測したのは間違っていなかった。


「恥ずかしい所を見られたわね。……そうね、貴女も学術都市に向かうなら、話しておくべき事柄ね。……この前、フランチェスカが姉妹に伝えてきた神託は覚えているかしら」


「ああ、もちろんだとも。時を司る神クロノスが地上に落ちたから、ぼくらに探し出して殺すように命じられた。でも、それがどうしたのかい?」


 法王フランチェスカ・ブルグアイは13神の言葉を聞くことのできる、無神時代唯一の存在とされている。しかし、その実態はエルドラドを管理する12の神に紛れ込んだ、レイ達が『黒幕』と呼称する存在の声を聞いているに過ぎない。


 観測所はエルドラドの全域を監視している。遠く離れた場所で天変地異の予兆があっても、観測所ならすぐに把握が出来る。『黒幕』は、地震や噴火、大洪水と言った自然現象が発生するポイントと時刻をフランチェスカに伝える事で、彼女が神々から神託を受け取る重要な存在だと周囲に思わせる事に成功した。結果、彼女は前法王の数多居る養女から、一気に法王庁のトップへと引き上げられた。


 そして、彼女は敬愛するおとうさまからの指示を神託という形で信徒たちに命じ、実行できる組織を手に入れたのだ。


「フランチェスカから指示を受け取って、私もすぐに動いたわ。自分の僕たちに手紙を送ったの。自分たちの治めている地域や持っている情報網に不可思議な事が引っかかったら伝える様にってね。それ自体は簡単よ。文章に、やる気が出るような甘い言葉をしたため、私の香水をひと吹きすれば、あとは放っておいても成果を上げてくれる。それこそ、草根を掻き分けてもクロノスを発見してくれる……はずだったわ」


 フランチェスカが法王庁という情報網を持っているなら、ジョゼフィーヌは権力者たちとの人脈が武器だ。ジョゼフィーヌとして生を受けて、帝国皇室という背中を見せただけで刺されても文句の言えない環境を彼女は鼻歌まじりに成長した。1000年以上を生きる理外の怪物にとって、帝国皇室という腐臭漂う環境は遊び場と変わらない。


 築き上げた人脈は複雑で、頂点に君臨するジョゼフィーヌ以外には把握できない。国境という壁は存在せず、権力者たちは進んで首輪を嵌め、彼女に鎖と鍵を預けて平伏する。まさに、絶対的な支配者である。


「それなのに、君は学術都市で起きた異変に気づかないでいた。腕が落ちたんじゃないのかな」


 姉妹の軽口にジョゼフィーヌは、そうね、とあっさり認めた。


「……随分と毒気の無い対応だね。正直、操っている鳥の羽をむしられるぐらいは覚悟していたのに」


「だって、事実ですもの。私に手抜かりがあったのは認めるわ。……有力者全員に送ったはずの手紙だったけど、一通だけ届いていなかったのよ」


「もしかして、それが」


「その通りよ。学術都市ギルド本部冒険者部門統括長オーギュスター・クロイラインに宛てた手紙だけが、届いていなかったのよ」


 オーギュスターの死後、ジョゼフィーヌは学術都市近郊に置いていた手の者をオーギュスターの私邸や執務室に忍び込ませた。今回の失敗がどうして起きたのか、それを探るためだ。


 念入りに秘匿された金庫の中には、これまでジョゼフィーヌがしたためた手紙が丁寧に保管されていた。ある貴族の晩餐会で初めて会った時の招待状や、オーギュスターにお願いという形で命令を下した時の手紙まで、全て揃っていた。


 その中に、ジョゼフィーヌが他の僕たちに送った手紙だけが無かった。


「代わりに、別の手紙があったのよ。……不愉快なことに、私が好んで使う便せんで、私の文字を真似、ご丁寧に私の香水まで仕込んだ手紙がね。それを受け取ったオーギュスターは、どう思ったかしら?」


「君の使う便せんに、君の字に香水なんだろ。だったら決まってる。愛しい、愛しいジョゼフィーヌ様からの手紙。ああ、なんて嬉しいんだ。あの方は俺を忘れず、俺を頼って下さる。ならば、その期待に応えなくては、ってところかな」


「まるで見てきたような反応ね」


「あははは。君という絡新婦に絡めとられた、哀れな昆虫の姿なんて腐るほど見てきたよ。これぐらい、姉妹なら簡単に想像できるだろ」


 誇るまでも無いという口調のエレオノールにジョゼフィーヌも納得した。


「それで? その偽手紙にはなんて書いてあったのかい?」


「……偽手紙にはある冒険者に関する情報と、その者にラビリンスで起きている異変を解決し、原因である人物を確保するようにと指示があったの」


「随分と持って回った言い方だね。そのある冒険者ってのは、誰のことなんだい」


 ジョゼフィーヌは答えるのを躊躇したが、すぐに諦めた。ここで黙っていても、エレオノールは近いうちに学術都市に着く。そうなれば、出会う確率は高いはずだ。


「《ミクリヤ》所属『緋星』のレイよ」


「―――っ、それは本当かい!?」


 鳥を介しても、エレオノールの喜色は伝わって来る。彼女が遠く離れた向こうで喜ぶたびに、中継している鳥は苦しそうに呻き、羽を机に散らしている。その内の一枚がジョゼフィーヌの乳房に乗ったのを摘まみ上げた。


「随分と、嬉しそうね」


「これが喜ばずにいられるかい!? 学術都市に、レイ君が居るんだろ。いやぁ、やる気の無い仕事だったけど、今じゃ興奮しっぱなしだよ。フランチェスカに抱きついてキスの嵐をお見舞いしてこようかな」


「今の貴女がそんな事をしたら、不敬罪で縛り首じゃないかしら。大体、あの子はそういうコミュニケーションは嫌いでしょ」


「おいおい、姉妹間でそんな無粋なこと……いや、あの子ならするか。妙に潔癖症な所があるしね、うん。キスの嵐は止めてあげよう。でも、やっぱり楽しみだね、レイ君と再会できるなんて」


「随分と嬉しそうね。そんなに気に入ったのかしら」


「まあね。あれだけの騒動で、最後まであきらめずに喰らい付いてきたんだ。その上、ぼくを完膚なきまでに叩きのめしてくれた。今度はぼくの番さ。彼の心がへし折れる音を聞いてみたいなぁ」


 声色だけを切り取れば恋する少女のような趣がある。しかし、その内容の醜悪さにジョゼフィーヌは苦笑を浮かべてしまう。


「それに、前の時は目が見えなかったからね。彼の正体に気づくことができなかった」


「ああ、そう言えばそうだったわね」


 水の都アクアウルプス近海の船上でエレオノールと語らったことを思い出した。彼女の前の体は年若い少女だったが、両目に酷い火傷があった。


「なにを他人事のように。大体、君はぼくと再会する前にレイ君と会ったんだろ。だったら、その時点で彼が誰なのか気づいていたはずだ。それなのに黙っているなんて、酷い話じゃないか」


「ごめんなさいね。でも、仕方ないわよ。姉妹同士、互いの邪魔をしてはいけない。貴女に彼の事を話したら、せっかく盛り上がっていた実験の邪魔になっちゃうでしょ」


「絶対に嘘だ。そうなった方が面白いって思ったんだろ」


 よく分かっているとジョゼフィーヌは内心で思う。


 流石は魂で繋がった姉妹だ。


 そう思う彼女の心にざわりと黒い影が触れた。それこそがここ最近、彼女を悩ませ、苛立たせている原因だ。


「……話を脱線させてしまったね。すまないが、続きをお願いしてもいいかな」


 やはり姉妹なのだろう。言葉に出さなくても、雰囲気だけで伝わる。


「発見された偽手紙を、オーギュスターは私からの指示だと捉えた。おりしも、ラビリンスで聞くだけで冒険者が意識を失ったり、衰弱したりする事件が発生していたの。オーギュスターは偽手紙の指示通り、彼に解決させようと命じて……成功してしまったわ」


 ずきり、と頭が痛む。これまで自分たちの思うように動かしていた盤面に、まったく知らない誰かの駒が落ちてきたような、そんな混沌を感じつつ言葉を続けた。


「事件が解決したことで、オーギュスターは報告を上げてきたわ。《ミクリヤ》のレイがラビリンスで起きている異変の元凶である時の神クロノスらしき人物を打ち倒した、と」


「――――何だって」


 遠く離れたエレオノールが息を呑んだのすら手に取るようにわかる。学術都市学長のグラッセから受け取った報告を、そのまま伝えてきたオーギュスターの手紙を受け取ったジョゼフィーヌも似たような反応を示したのだ。


「レイ君が、クロノスを、倒して、しまったのか」


「報告書には、そのように記述されているわ。偽手紙では確保とあったから、オーギュスターは命令を果たせなかったのは自分では無くレイ君であり、責任は無いという見苦しい言い訳が続いていたわ。……私にしてみたら、全部が寝耳に水よ。ラビリンスで謎の異変が一月近く起きていた事も、彼が学術都市入りしていた事も、その結果クロノスが彼の手で殺された事も。全部、全部、知らない事よ」


 ジョゼフィーヌの美貌に、怒りの炎が浮き出てくる。一度触れれば、灰も残らないだろうその業火に隣室の男女は巻き取られてしまった。


「それじゃ、纏めるとこう言う事かい。誰かが君とオーギュスターの繋がりを断ち切り、情報のやり取りを遮断。君に成りすましてレイ君とクロノスが接触するようにお膳立てて、その結果レイ君がクロノスを殺してしまった。……神殺しを達成してしまったという訳かい」


「全くもって、腹立たしい事この上ないわね。……これが意味する事は、分かっているでしょうね」


 ジョゼフィーヌの問いかけに、エレオノールは答えるまでも無いと告げた。


「……考えたくない事だが、ぼくらの中に裏切り者がいる。君はそう考えたんだね」


 やはり姉妹だ。


 自分と同じ結論に達していた。


 それが、もっともあり得ない可能性だと知りつつも、同じ結論だった。


 ジョゼフィーヌが僕としている人間の中で、ギルド冒険者部門統括長のオーギュスターはそれなりに重要な存在だった。トランプで言えば絵札程度の貴重性はあった。それゆえ、オーギュスターとの関係性は秘匿にしており、学術都市に他の僕を用意していなかった。下手に僕を作り、誰かを篭絡すればオーギュスターの嫉妬を招いて、対立を生みかねない。学術都市という要地を貴方一人に任せてある、というパフォーマンスがオーギュスターのやる気を増していたが、今回はそれが裏目に出た。


 そう言う意味で、ジョゼフィーヌの人心掌握や権謀術数の腕が落ちたといえる。


「オーギュスターとの関係性を知っていて、私の振りができ、なおかつレイ君の事に詳しいなんて一握りだわ。……この一件、姉妹の誰かが関わっていると私は考えているの」


「信じたくないが……明らかにおとうさまの命令を無視している。レイ君が神殺しをしたところで何の利益も無い。むしろ、クロノスと接触する事で余計な情報を手に入れてしまう恐れがあるじゃないか」


 これがエレオノールのように、おとうさまの命令による実験の最中に、偶然レイが関わったのなら仕方ない話だ。だが、今回は明らかに違う。ジョゼフィーヌの行動を邪魔し、おとうさまからの指示に逆らい、独自の行動をとっている姉妹が居る。


 それを呼ぶとしたら、裏切り者だ。


「でも、本当にぼくらの中に裏切り者が居るのかい。そんなの、信じたくはないけど」


「それに関しては同感よ。魂で繋がる私達を今更裏切るなんて。……『魔術師』のように、私達を知っている何者かによる攻撃という可能性も否定できないわ。こうやって、疑いの眼差しを姉妹に向けさせるのが狙いなのかもしれない」


 その可能性は、懇願に等しかった。姉妹に裏切り者が居ませんようにという本心が透けて見えた。


「ちなみに、カタリナやフランチェスカにこの事は?」


「話していないわ。話すつもりも無い。今の時点で、あの二人に加えてもう一人。あの三人の誰かが裏切り者の可能性が高いもの」


 フランチェスカは法王庁という巨大組織のトップである。その情報網や行動力なら、ジョゼフィーヌとオーギュスターの関係に辿りつき、繋がりを断つことはできる。カタリナは六将軍という立場を捨てた事で自由になり、現在は気ままに活動中。昔から、何を考えているのか分かりにくい姉妹であったため、警戒が必要だ。


 そして、転生してからまだ会えていない五番目の姉妹。彼女の行方は誰も知らず、おとうさまの命令を果たしているとだけしか知らない。


「一番怪しいのはフランチェスカ。二番目はいまだに表に出てこないあの子で、三番目はカタリナね」


「ぼくも同意見だけど、一つ尋ねたい。どうして、ぼくがその中に入っていないんだ。ぼくは、君としばらく行動していたから、便せんや香水、交友関係を知っている。君が隠していたオーギュスターとの関係を知っていたのもそれが原因だ」


 ほんの一時期だが、エレオノールは肉体が消滅したあと魂の状態でジョゼフィーヌに飼われていた。その時に彼女の秘密に幾つか触れていた。


「もっとも怪しいのはぼくじゃないのかい?」


 そんな疑問にジョゼフィーヌは簡潔に答えた。


「貴女じゃないのは確かよ」


 ストレートな物言いに、鳥を介してやり取りしているエレオノールの頬に赤みが差した。もっとも、それは直ぐに収まることになった。


「だって、貴女にあんな文章書けないもの」


「……はぁ?」


「偽手紙だけどね、随分と読ませる文章なのよ、本当に。私ほどじゃないけど、上手く人の心をくすぐっているわ。こういう文章を書く才能は、貴女に無いわ。昔から本好きで読んでいたけど、それを表に出して表現するのが下手だったもの」


「……非常に納得できないが、ともあれ文才の無いこの身を喜ぶべきなのだろう。それで、君は結局、オーギュスターを許したのかい。偽手紙に嵌められ、思惑通りに踊らされた老人を」


「うふふふ、まさかぁ」


 短い返答に全てが詰まっていた。


 ジョゼフィーヌは事情を把握すると、オーギュスターを切ったのだ。物理的な意味ではなく、僕としての関係性を破棄した。


 ギルド冒険者部門統括長という地位にある男を影から操ることに意味があった。自分との関係性がこれ以上公になればダメージを受けるのは自分だとジョゼフィーヌは判断した。


 ただ一言、


「もう、いいわ」


 と、書かれた便箋を目にしたオーギュスターの絶望は計り知れず、彼はこの世に未練を持たず自害してしまったのだ。


「私達の中に裏切り者が居るかどうかは別にしても、私達『正体不明アンノウンの娘たち』と敵対する誰かが居るのは間違いないわ。……ここから先、それを頭に入れながら行動しなさいよ」


「ああ、分かっているとも」


 姉妹からの忠告にエレオノールは楽しそうに頷いた。


 彼女は困難を愛する。


 苦難に歓喜する。


 誰かが自分の邪魔をすればするほど、達成した時の快感に身を委ねたくなる性癖があった。


 それゆえ、レイという存在は素晴らしかった。最後の瞬間まで足掻き続ける彼ともう一度会えるなら、それで十分だ。裏切り者か、あるいは敵対者の存在は気になるが些事に過ぎない。


 そしてもう一つ、彼女には気になる事があったのだ。


 鳥との接続を解除し、新しく手に入れた肉体を動かしてベッドに入り込むと、


「ああ、楽しみだ。レイ君、君はどれだけおとうさまに似ているのだろうか」


 と、呟いてから瞼を閉じるのだった。







「さてさて。今頃はジョゼフィーヌ辺りが裏切り者、あるいは敵対者に気が付いている頃かな」


 そう呟くのは、実験道具や研究材料で足の踏み場もないほど汚れた研究室の主だった。


 黒い髪は娘と同じように癖があり、眼鏡の外した瞳は金色に輝いていた。


 元六将軍第三席カタリナ・マールムは学術都市にある自分の研究室に居た。レイと話をした部屋で、自分の椅子に体を預けながら窓に映る青い月を見つめていた。


「相変わらず、汚い色をしているね。あっちの月の方がワタシの好みだったな」


 誰も居ない空間に、彼女の呟きが溶けて消える。カタリナは月に向けていた視線を横にずらすと、そのまま椅子を回す。半回転して止まると、机の上の惨状が飛び込んできた。


 部屋の散らかり具合に比例して、机の上も乱雑となっている。彼女はうずたかく積み上がった山を掻き分けながら、ある物を探した。


「お、あった、あった」


 山から取り出したのは、刺繍入りの便せんと、希少性の高い花で作られた香水だった。どちらもジョゼフィーヌが好んで使用している高級品だ。便せん一枚、香水の一滴で平民の年収に匹敵する。彼女はそんな高級品を何の感慨も無くゴミ箱へと押し込んだ。


 どちらもまだ量は残っていたのに。


 だが、もう役目は果たしたのだ。


 オーギュスター・クロイラインを意のままに操るという役目を果たしたから、廃棄したのだ。


 ―――彼女こそが、魂で繋がった姉妹たちの裏切り者だ。


「ごめんね、オーギュスター君。君が自殺をするほど追い込まれるなんてねぇ。予想通りとはいえ、やっぱり後味悪いわね」


 言葉では謝っているが、声色に謝罪の感情は欠片も含まれていない。空々しい謝罪は続いた。


「ジョゼフィーヌもごめんなさいね。この先、学術都市で活動するには貴女の目が邪魔だったのよ。レイ君とクロノスの事もあったから、ついでに潰させてもらったわ」


 姉妹に向けた弁解は、途轍もなく冷え切っていた。まるで、姉妹に対する感情なんて持ち合わせていないかのように、凍えていた。


「観測所の破壊。神の墜落、早すぎる真実の到達。ここにきて、おとうさまの計画に大きな齟齬が生まれつつある。おとうさまの事だから、全部計画の針を前に進めるための、良い切っ掛け程度にしか思っていないでしょうけどね。……だからこそ、付け入る隙が生まれたわ」


 呟くと、彼女は左手薬指に嵌めていた指輪を抜いた。丁寧な手つきで、慎重に持ち上げると背後の月光に照らされ淡く光った。


 それは古びた指輪だった。長いこと使いこまれていたのか、手入れはされているが時の流れを感じさせる。指輪を嵌めていた指の根元は窪み、薬指も他の指に比べれば細かった。


「おとうさま、おとうさま、おとうさま。観測所が無くなったから、こうして呼びかけても声は届きません。だからこそ、言わせてもらいます。……誰よりも、この世界を愛し、この世界を救うためなら12神にすら逆らった偉大で、敬愛すべき、慈愛に満ちたおとうさま。貴方はどうしようもなく―――()()()()()()


 月光に照らされた指輪は、内側に文字が刻まれていた。カタリナは金色の瞳を細めて、その文字を愛おしそうに見つめた。


「世界を救うために、この世界を滅ぼそうとするなんて、間違っています。間違いは正すべきですわ。他でもない貴方の娘の一人である、ワタシが正さなければならない」


 指輪に刻まれているのは一文だった。


 ―――永久に君を愛する。


 飾り気のない、どこまでもストレートな言葉は愛する夫アレクサンドの性格が込められていた。彼女は大事そうに指輪をはめ直すと申し訳なさそうに笑った。


「こんな親不孝な娘でごめんなさいね、おとうさまとお父様」


 だって、と彼女は続けた。


「貴方達の好きにさせたら、シーちゃんが死んじゃうもの。そんなの絶対に―――認めない」








 カタリナ・マールム。


 七帝の一角『魔王』フィーニスの娘であると同時に、『正体不明アンノウンの娘たち』の一人である彼女は、おそらくエルドラドの歴史上でも類を見ない反抗期な娘であった。


ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。

これで10章本編は完結となります。


感想欄への返信が滞ってしまい、申し訳ありません。頂いた物は、全て目を通させてもらっています。近いうちに返信していくので、少々お待ちください。


今後の投稿スケジュールは8月1日から予定しています。レイ達が主役の短編閑話を2本、その後冒険王を主役にした中編閑話の予定です。読んで頂けたら幸いです。


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