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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-38 神を救え

 レイ達が屋敷に戻って来たのは夕方を大分過ぎてからだった。街灯が色づき、白に染まった街並みをオレンジに照らす。人通りの少なくなった道を三人は歩いていく。皆、無言だった。


 統括長の部屋を出てからというもの、難しい顔をして黙るレイに気を使って、リザもエトネも何も聞けないでいた。


「……あ、おねえちゃんだ」


 ふと、顔を上げると、屋敷の前に灯りを持って立っている人影にエトネは気づいた。


 雪は止んだとはいえ、足元から底冷えする寒さの中、シアラが心配そうに、不安そうに立っていた。


 彼女もレイ達に気づいたのか、大きく手を振った。小走りで近づくと、どうしてここにいるのか問いかける前にシアラが口を開いた。


「どうだったの。本当に、『紅蓮の旅団』が全滅したの」


 金色黒色の瞳は不安に濡れ、肌は雪よりも白い。彼女が心配している事が痛いほど伝わってくる。だから、レイは安心させるように笑いかけた。


「大丈夫。確かに、何人かは入院が必要で、しばらくはクランとして活動できないけど、一人も死んでいない。全滅はデマだったよ」


「……本当に、そうなの」


「ええ、本当です。オルド団長以下、怪我人は居ますが、そこまで深刻ではありません」


 リザもシアラを安心させるように付け加えた。ようやく、シアラは不安が取り除けたのか、大きなため息を吐いた。


「そう……随分と遅いから心配したわ。でも、無事でよかった。さあ、中に入って。寒かったでしょ。レティとヨシツネが夕食を作って待っているわ」


 そう言って、レイの手を掴む彼女の手は氷のように冷たかった。どれだけの時間、ここで待っていたのか伝わってくる。それをおくびにも出さずにシアラは扉を開ける。途端に漂う食事の香りに、レイの腹が鳴った。


 レイだけでなく、リザもエトネも鳴ってしまう。考えてみれば、昼食を取らずに病院へと行き、そのままギルドへと向かったのだ。腹が空いても仕方ない。シアラは腹の音を聞いて、くすりと笑ったが、彼女の細い腹からも同じような音がした途端、顔を真っ赤にした。


「……もしかして、食べないで待っていたのか」


「そうよ。悪い?」


 照れ隠しのつもりなのか、どこか怒った口調を装うシアラにレイは笑みを作ってしまう。


「何笑ってるのよ、主様」


「いや、ごめんごめん。それじゃ、まずは食事にしよう。それから……ちょっと話しておきたいことがある」








「……信じられないわ。クロノス様が迷宮に出現したなんて」


 沈黙を破ったシアラの言葉は、話を聞いた全員の気持ちを代弁していた。夕食を台所の真上にある食堂で済ませると、レイは皆にオルドから聞いた、迷宮での出来事を全て話した。


 最初は信じられないと言わんばかりに顔を歪めていた者達も、レイの淡々とした様子や、オルドを始めとした『紅蓮の旅団』主要メンバーの敗北、そしてギルド統括長の登場などもあって真実だと受け入れるしかなかった。


 だが、それでも衝撃はすさまじい。


 無神時代かみのいないじだいが当たり前になり、神々の恩寵が忘れられた今しか知らないリザ達にとって、クロノスの出現は価値観の崩壊にも繋がりかねない。それも話を聞く限り正常な状態とは言い難い。


「僕は……クロノスを助けたい」


 レイの言葉に全員が視線を上げる。


 リーダーの役目はパーティーに指針を示す事だ。レイは自分のしたい事を明確にした。


「彼女は、僕がこの世界に来ることになった原因だと自分を責めて、苦しんでいた。幾つものトラブルに見舞われる僕を心配していた。それがたとえ、『黒幕』によって歪められた偽りの記憶から生まれた感情だったとしても、それでも僕にとっては真実だ」


 彼女は、世界が終わるのを受け入れていた。


 受け入れて諦めていた。


 自らの死を甘受する代わりに、レイが無事に戻ってくるのを祈っていた。


 世界を救ってほしいなんて、自分を救ってほしいなんて一言も口にしなかった。


「……このままだと、あの人は更に被害を広げる。死者は増え、最悪地上にまで影響があるかもしれない。それを本当の彼女は望んでいないはずだ」


「だから助けるって言うの。壊れてしまった、まともな判断を下せないような神様を、ワタシ達だけで?」


 シアラが正気なのかと言わんばかりの視線で見つめるのを、レイは真っ向から見つめ返す。ほんの数秒、視線はぶつかり、そしてシアラは諦めた様に肩を竦めた。


「本気って事ね。なら、良いわよ。やってやろうじゃない。龍殺しに魔人討伐に、今度は神様の救出ね」


「……今更だけど、あたしたちって無茶苦茶な事に毎回巻き込まれてるよね」


 呆れたとばかりにぼやくレティに皆が頷いた。


 ともかく、全員の意見は一致した。


 救出対象は理性を失った、時の神クロノス。


 クロノスを生きたまま捕獲。


 可能ならば、彼女を元に戻す事が目標だ。


 それがどれほど非現実的な事なのか承知した上で策を練るしかない。


 とはいえ、すぐに大きな問題にぶち当たってしまう。


 シアラが頭を掻きながら困った様に言う。


「物理でも魔法でもダメージが通らなかった相手に、どうやって戦えって言うのよ。それも捕獲なんて。触れた物の時間を早めて崩壊させるってことは、鎖で縛ったり、地面に埋めても効果ないんでしょ」


「魔法の足止めも失敗したのですよね。だとしたら、《アイスエイジ》も望み薄でしょう」


 討伐よりも難易度の高い捕獲。


 時を止め、相手のレベルを戻し、無機物の時間を進めるクロノスをどうやって無力化すればいいのか、誰も答えは出せないでいた。


 幾つかの意見が出る度に、反論が出ては退けられる。時計の長針が二周したところで、ふとシアラが発想を変えましょうと提案した。


「身体的に捕獲、あるいは無力化が出来ないのなら、壊れた精神を元に戻す方へと作戦を練りましょう」


「つまり、正気に戻すって訳か」


「その通りよ。神様相手に力で挑むより、ずっと勝算はありそうでしょ」


「確かにそうかもしれませんが、そもそもクロノス様がどうして地上に居るのかすら不明なのに、正気に戻すのは可能なんでしょうか」


「それなんだけど、一つ心当たりがあるのよ」


 シアラの言葉に全員が驚く。神の壊れた心を治す術なんてあるのかと。だが、シアラが言う心当たりはそちらでは無かった。


「クロノス様が地上に降りた時期って、『姿なき存在の呼び声ゴーストボイス』が発生した時期になるわよね。ちょうど、私達がカプリコルを旅した頃。……主様が真実に気づいた時と被るのよ」


「……たしかに、その通りです。ですが、それの何処に問題が?」


 ぴんと来なかったリザとは対照的にレティはそういう事かと納得した風に口を開いた。


「お兄ちゃんが真実を知ったから、クロノス様は地上に降りたって事なの?」


「そう。それも今の状態から考えると、自分の意思で降りたとは思えないわね。主様の話だと、13神は神々の観測所で主様の行動をチェックしているんでしょ」


 シアラの確認にレイはそうだと返した。


「あの時、主様が暗示をうち破り、自分が本物の御厨玲じゃないと知ったのを、13神に紛れた『黒幕』も気づいた。そうじゃなくても、クロノス様や他の神が主様の真実に気づけば、こう疑ったはずよ。治療中の肉体は本物なのかどうか」


「主殿曰く、『本物の御厨玲』は既に死亡して、『招かれた者』としてエルドラドに来ている。クロノス様が治療していた肉体は、当然偽物でござる。観測所で大なり小なり騒ぎが起きたのは明白ですな」


「そう、観測所で騒ぎが起き、結果としてクロノス様は地上に来ることになった。それも精神を狂わされて。……こうなってくると、誰がやったのか見えてくるんじゃない」


 シアラが言う心当たりの正体に、誰もが気づいた。代表するようにレイはその名前を、名前は知らずとも存在を口にした。


「『黒幕』。僕に暗示を掛けた『黒幕』がクロノスにも同じようにしたと、君は考えるんだね」


「そういうことよ。つまり、これは絶好の機会とも言えるわ。主様に掛けられた暗示はまだ残っている。『本物の御厨玲』じゃないと気づかせないように働いていたのとは別の、主様自身の記憶を封じる暗示。クロノス様を元に戻すのは、そのまま主様の暗示を解く鍵になるかもしれないわ」


 その可能性は十分にあり得る。人の認識にまで手を加える存在が、クロノスから記憶や何かを奪い、精神を狂わせるというのは筋が通る。レイ自身、覚えがあった。自分が御厨玲じゃないと知った時、暗示による衝撃で精神が崩壊してしまった。


 クロノスを助ける理由がもう一つ増えた。彼女を助けるという事が自分を助ける事に繋がるのだ。


 だがしかし、情報が足りない。


 戦うにしても、正気に戻すにしても。


 自分たちは神の知識が足りていない。


「昔、ある人から聞いたんだけど、『勇者』ジグムントが討伐した旧『七帝』の中に別の世界から落とされた神様が居たというんだ」


 その話に聞き覚えがあったリザと、どういう訳だかヨシツネが反応を示した。


 ヨシツネは身を乗り出してレイに尋ねた。


「神々がこの世界に? その御仁の名は?」


「ちょっと待ってくれ。これにメモしてあるはずだけど……そう、ハウルヴァタットだ。もしかして、知っているのか」


 ミクリヤレポートを開きながらヨシツネに尋ねると、一週目のエルドラドからやって来た彼は噂だけならと答えた。


「拙者の居た大陸では、伝説の存在として扱われておりました。何でも、数百年前にエルドラドに落ちて、元の世界に戻ろうとして、巨大な塔を作ろうとした存在だと」


「とうをつくって、どうしようとしたの?」


「伝承によれば、天に届く高さまで積み上げれば、世界の果てに繋がり、上位の存在と対等になれるとか。そのために人間達を奴隷のように扱ったため、神々の怒りに触れ塔は崩されてしまったでござる。その後、元神は行方知れずとなり、誰もその姿を見てはおりませぬ」


 どこかで聞いたような話だったが、おそらく元神は生き延びたのだろう。旧『七帝』として『正体不明(アンノウン)』が出現するまでは脱落してないはずだ。


「……それで、レイ様は何が言いたいのですか?」


「神様が地上に降りるという事は無神時代よりも前だと珍しい事じゃない。だったら、神と戦った人間の話だってあっても不思議じゃないと思うんだ。『勇者』だって元神を倒したし、一週目のエルドラドでも元神は敗北した。ねえ、ヨシツネ。その元神がどうやって敗北したのか、詳しく知らないかな。それに『勇者』はどうやって元神を倒したのか、リザは聞いてないか?」


 レイの質問に一週目のエルドラドから来たヨシツネと、強者に纏わる伝承が好きなリザは揃って首を横に振った。


「申し訳ござらん、主殿。拙者は名前と伝承の触りしか前の主から聞いておりませぬ。それ以上となると……無念でござる」


「……ジグムントの伝承は、彼が『勇者』になる前のは破棄されています。帝国創世神話という、時の皇帝が残した自著録には、ジグムントの活躍を意図的に抹消している節があります。あくまでも、『勇者』は剣であり、勝利したのは自分たちのおかげだと声高に主張しています」


「そっち方面じゃ、手掛かりなしか。なら仕方ない。明日、文殿に行って神様に関する文献を漁ろう」


「そうね。でも、全員で行く必要は無いんじゃない」


 シアラが自分とレティを指差して続けた。


「文殿で調べものをするならワタシとレティの二人が適任でしょ。手伝いで人手が欲しいから、主様とヨシツネが一緒に来れば十分よ」


「そうですね。では、私とエトネで迷宮探索の準備を進めましょう。今夜の内に必要な物資の目録などを作成しますので、あとで確認をお願いします」


「うん、頼んだ。物資以外に情報も欲しい。オルドがその辺りを融通してくれるから、ありがたく利用させてもらおう。……とりあえず、こんな所で良いかな?」


 これ以上、話す事は無いかと確認すると意外な事にエトネの手が伸びた。こういう時に意見を言う子で無いため、シアラが驚きを隠そうともせずに尋ねた。


「どうしたのよ、おちび。さては、夜食でも欲しくなったのかしら」


「おちびいうな。やしょくは、おなかのおとをごまかしてるヨシツネにあげて。そうじゃなくて、おにいちゃんがいってたこと、まだせつめいしていない」


「僕が言ったこと? 何かあったかな」


「ギルドをでるとき。おじいちゃんをしんようしちゃ、だめって」


 舌足らずなエトネの言葉にリザは思い出したとばかりに同意した。


「そういえば、そのような事を警告していましたね。あれは、どういう意味なんでしょうか」


「なによ、今度はギルドまで信頼できないって言うの?」


 シアラが嫌そうに言うが、全くもってその通りだ。


「あのオーギュスター統括長は僕が『招かれた者』だと知っていた。それ自体は不思議じゃないし、不自然でも無い。弟子のオルドや、同時期にS級冒険者だったテオドール陛下から聞いたのかもしれない。でも、あの人は僕がクロノスによってエルドラドに送り込まれたことを知っていた。僕は二人にその事を話していないのに」


 レイがクロノスによってエルドラドに送り込まれたという事を二人に話さなかったのは、今日のような時を見越して―――という訳ではない。単にレイが話し忘れたという事であり、二人にとって重要な事では無かった。


 二人にとってレイが13神によって遣わされた『招かれた者』という事実が重要であって、13神の誰によって遣わされたのかは些細な問題だ。


 ゆえにオーギュスターが、レイを遣わしたのがクロノスだと知っている事はおかしいのだ。


「……主様がその事を話したのは誰なの」


「君達だけさ」


「サファさまにも、ローランさまにも話してないんだ」


「あの人の場合、僕が日本人の『招かれた者』という事の方が重要だったみたいでね。ローランさんもその辺りは気にしていなかったよ」


「ふむ。となりますと、統括長は主殿に関する情報を何者かから聞いているというのは確実でしょうな」


 忍びとして秘密情報を扱って来たヨシツネがレイの意見を支持した。


「主殿が誰によって遣わされたのか知る者はここに居る者等を除けば、天上の方々。つまり13神のみでござる」


「じゃあ、統括長は13神の誰かと直接言葉を交わせるってこと?」


「あるいは、13神の言葉を受け取れる何者かから情報を受け取ったと考えるべきでござろう。……いかがいたしましょうか? 拙者、統括長の周りを探って参りましょうか」


 ヨシツネの提案は魅力的に思えた。こういった情報戦においてレイ達は圧倒的に不利で、相手の思惑や背景を読めない事の方が多かった。そういう意味ではヨシツネの加入は大きな力だ。


 だが、レイはちょっと待ってほしいと言った。


「統括長が誰から僕の事を知ったのかは知りたい情報だけど、いまはクロノスの方を優先したい。統括長の周りを探って、それがばれて敵対することになったら、いささか面倒だ」


 レイの言葉にヨシツネは頷いた。統括長についての不安要素は残ってしまうが、余分な時間を費やす訳にもいかない。


「それじゃ、明日は僕、ヨシツネ、レティ、シアラの四人で文殿に。リザとエトネには出発までに必要な物資を揃えてもらおう」


 レイが纏めると、一同は頷いた。そして何が必要で、どんな情報を集めるのか話し合いを少し続けてから解散となった。







 翌朝。屋敷に鍵を掛けて《ミクリヤ》は二手に分かれた。


 予定通り、文殿にはレイとレティ、シアラ、ヨシツネの四人。リザとエトネは病院やギルド、商店を回る。


 レイ達は路面魔車に乗り込むと文殿近くの駅へと向かった。


 しばらくして、レイ達は来た日にも通った道を使って、文殿へと到着した。


 運営評議会館前にある文殿は、近くづくにつれ荘厳さが増し、周りと時間の流れ方が違うと感じる。古から知を残してきたというのは、そのまま時間を切り取り残して行くことに近い。膨大な蔵書が納められている文殿は、いうなれば過去の集積場だ。


 行き交う人々は様々で、従者を侍らして明らかに貴族だと言わんばかりの態度の者や、逆に着古して繕いだらけの平民や、揃いの制服を身に着けた学生と思しき集団、そして冒険者や職人、神官なども混じっている。誰にでも解放されているというのは事実だった。


「どうかしたの、お兄ちゃん? ぼうっと立ち止まって」


 先に進むシアラやヨシツネに遅れたレイに、レティが心配そうに声を掛けた。レイは頭を振ると、


「いや、ちょっと。遂にここに来たんだなと思ってね」


 言葉を濁したが、レティにはレイの気持ちが理解できた。この文殿を目指して旅をしてきた、いわば目的地と呼べる場所だ。そこに至る過程で様々な変化はあったが、それでも目的地に変わりない。


 短く無い時間を費やして辿り着いた場所を前に感慨に耽るのも無理はない。だが、ここで日が暮れるまで待っている余裕も無い。レティはごめんね、と呟いてからレイの手を取った。


「行こっ、お兄ちゃん。ここは目的地であって、まだ途中でしょ」


 謎めいた言葉ではあるが、レティの言う通りだ。文殿は目的地であっても、ゴールじゃない。初めは帰る方法を調べるために。途中で自分の秘密を解き明かすために。そして今はクロノスを助けるために行くべき場所の途中に過ぎない。


「そうだね。うん、行こうか」


 レイの言葉にレティは嬉しそうに笑った。


読んで下さって、ありがとうございます。

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