10-26 我が家 『後編』
魔道具とは魔人種に流れる血を道具が取りこむことで自発的に魔力を生成して、特殊な能力を発動させた道具の事を指す。例えば、遠距離の通信を可能とした魔水晶や、レイの持つ龍刀コウエンやバジリスクのダガーなどがそれに当たる。
暗黒期よりも前、魔人種の血に宿る神秘に目を付けた者達によって、魔人種狩りが横行し多くの魔人種が生きながら血を抜かれていった。より効果の高い純種の子供が生まれにくいという事情もあり、その待遇は良かったが、それはあたかも金の卵を産む鶏のような扱い。彼らは逃げるために北へと渡り、その地に国を建てた歴史がある。
人魔戦役を経て、魔人種のほとんどが『魔王』の生み出した魔界へと渡り姿を消した事で、新しい魔道具は誕生しなくなった。それでも便利な道具として、今も重宝されている。
魔道具の多くが武器や防具だったのは、魔人種が傭兵として優れた面を持ち合わせており、自分たちの武器として用いていたからだ。
シアラの言う、屋敷自体が魔道具というのは異例中の異例だった。
レティが瞳を丸くさせて、口も同じように丸くした。
「それって本当なの? 何かの勘違いとかじゃなくて?」
「間違いないわ。あの屋敷、いえ、正確にはあの敷地内は魔道具と化していたわ。内庭の塀も、その一部。入る前は気づかなかったから、中で驚いたわ。同胞の血の気配が微かにしたの。それに実際に試したから、勘違いじゃないわよ」
「試したって、何かしたのか」
それは聞いていないぞとレイが訝しむ。屋根裏部屋で、シアラがこの屋敷は魔道具になっているとだけしか聞いていなかった。
問いかけに、あからさまに反応を示したのはリザだった。つい、と顔を背けた彼女に幾つもの視線が突き刺さった。
無言の問いかけに観念したかのようにリザが答えた。
「……その、トロンス様やモランヌ様がみていない隙に、精霊剣の極光を……窓に向かって放ちました」
「……何をやってるんだ、君たちは」
地下室で微かに感じた振動はこれだったのかと腑に落ちた。
呆れ声にリザは勢いよく腰を折り曲げて頭を下げた。
「も、申し訳ありません! シアラに押し切られ、威力を最低限に絞って空に向けて放ったので、仮に貫通しても被害は出ないようにはしました」
「そこを問題視しているわけじゃないんだけどな。……それで、結果はどうなったんだ」
やってしまった事を幾ら叱った所で意味は無い。シアラもあまり反省していない様子のため、レイは叱るよりも話を先に進める事を優先した。
「結果は、極光は防がれ散逸しました。窓には傷一つありません」
精霊剣の熱線は最低の威力であっても、硝子程度なら砕けるはずだ。それが防がれたとなれば、シアラの話は現実味を帯びていく。
すると、出入り口付近で話を聞いていたヨシツネが手を上げて発言の許可を求めた。
「君も、あの屋敷で悪さをしたのか」
「違いますとも、主殿。あの屋敷、表面は劣化したかのような佇まいでしたが、隙間風一つなく、木の軋みもありませぬ。何より、異様な雰囲気でござる」
「異様って、どういう意味なんだ」
「拙者は前の主人に仕えていた時に、様々な人物、組織の敷地に侵入しておりました。その際に、魔法陣や魔法で侵入者を感知、あるいは撃退する仕掛けがあると、独特の気配を感じられるようになりました。その勘が、あの屋敷でも働いていたのです」
「そういえばヨシツネおにいちゃん、ずっとあたりをけいかいしてたよね。あれってそれがりゆうだったんだ」
狩人としての感性が、ヨシツネの緊張を感じ取っていたのか納得したように頷いた。
「そうでござる。何の絡繰りがあるか不明でしたが、何時でも皆を守れるように身構えていました。ですが、あの屋敷にあったのは外敵を拒む力だったようで、拙者の取り越し苦労だったようでござる」
「いや、そういった警戒は重要だ。これからもよろしく、ヨシツネ」
レイが褒めると、ヨシツネは顎を僅かに引いた。
「ヨシツネさんとシアラお姉ぇが言うなら、あの屋敷は間違いなく何かの力が働いているんだろうね。でも、屋敷が魔道具なんて、ちょっと信じられないな。魔道具を作るにも、それなりの量の血が必要なんでしょ」
「そうね。道具の大きさや、宿す力の強さに比例して血の量は増えていくわ。あの屋敷ほどの大きさとなれば、十人程度では済まないでしょうね。相当な人数の血が使われたはずよ」
「それってなんだか、勿体ない使い方だよね」
勿体ないという表現はあながち間違っていない。
北の大地に逃れた魔人種だったが、そこは安寧の地では無かった。
一年中、厚い雲に覆われ、碌な作物も育たたない痩せた土地。資源も乏しく、魔人種が生き延びるために取ったのは傭兵家業と魔道具製造だった。
魔道具を作るための家畜を忌避して逃亡した彼らが、魔道具作りで生き延びようとしたのは本末転倒に聞こえるかもしれないが、それだけ追い詰められていたのだ。
黄金期の終わり、魔法工学の道具によって生活が安定して豊かになっていくのに合わせて、各国は領土拡張を夢見、魔法工学の兵器を用いた戦争を開始。それは『機械乙女』の暴威が振るわれるまで続いたが、その戦争中も、戦争が終わった後に各地で起きた小競り合いにも魔人種の傭兵部隊や魔道具は活躍した。
需要と供給のバランスが取れていたのだ。
そんな状況下で、学術都市の一角にあるこじんまりとした屋敷を、魔人種の貴重な血を大量に用いてまで魔道具としたのは使い方としては勿体なく感じる。
しかし、そうまでしたかった理由があるとしたら話は別だ。
「あの屋敷を使っていた誰かは、それだけ重要な存在だったって言う事かな。大勢の魔人種が血を提供するだけの価値がある人物」
レイの辿り着いた答えにシアラも同意する。
「恐らくはそうね。あの商人が屋敷の来歴を調べてくれれば、誰なのか突き止める事ができるわ」
みすぼらしい外観とは裏腹に守りや侵入者の警戒をされた屋敷。それは一種の城や要塞と同じだ。極端な話、あの付近一帯が魔法で吹き飛ばされたとしても、あの屋敷は残り住人を守るようにされているのだろう。
果たして、それだけの価値がある人物とは何者なのか。
興味は引かれるが、今はそれに拘泥している場合ではない。レイは全員の顔を見渡しながら尋ねた。
「それで、皆はあの屋敷を購入するのに反対かな。トロンスさんが見せてくれた残りの二軒も悪い物じゃ無かっただろ」
即決しようとしたレイに縋りつく様にして、自信を持って勧められる物件があると泣きついたトロンス。彼の熱意と迫力に負けて魔道具の屋敷の他にも二軒内覧した。確かに自信があると言っても納得できる。
方や、新築の屋敷らしく、全体的に清潔で開放的な造りとなっている。場所も市街地のど真ん中で交通の便も良く、冒険者向けの商店までも簡単に行ける。
方や、貴族の所有していた屋敷は広大な敷地に立派な邸宅。敷地の中に棟が三つもあり、部屋の数は指の数よりも多く、どんな事をしていても周りに迷惑は掛からない。
どちらも立派な物件だったが、皆の反応は芳しくなかった。
「二つとも、見てくれは一つ目よりも立派ですが、やはり防衛の面で不安が。貴族の所有していた屋敷は防犯の道具などがありましたが、あの程度ではそれなりの力量がある者なら簡単に突破できてしまいます」
「同感でござる。それこそ爆発の魔法でも放り込まれれば、二つ目の屋敷ならば一瞬で粉微塵と成り、三つの屋敷も広い分守るのに人手が必要となります」
防衛という面から欠点を指摘するリザとヨシツネ。
そんな二人に苦笑いしつつレティが意見を述べた。
「二つ目の方はそんなに悪くないけど、三つ目は駄目。あんなに広いとお掃除が大変、というのは半分冗談だけど、あたしたちみたいな新興の冒険者が贅沢していると余計な反感を買っちゃうよ」
二人とは違う視点からの意見にレイも納得する。そして黙っていたエトネに水を向けると、彼女はもじもじしながら、
「ひろいおうちは、ちょっとやだ。みんなのにおいとか、ぬくもりとか、そういうのがちかいほうがうれしいな」
と、可愛らしい事を口にした。隣に居たシアラが乱暴な手つきで頭を撫でると、エトネは嬉しそうに口元を緩ませた。
「ワタシとしては、あの屋敷を他の誰かに渡すのは危険だと思うの。扉を閉めて、鍵を掛けたら、それだけで難攻不落の要塞なんて洒落にならないもの」
「そいつは確かに洒落にならないな」
シアラの懸念した可能性にレイも背筋を震わせた。
仮に、どこかの誰かが悪意を持って何か企み、止めるために戦う事になった時、あの屋敷に逃げ込まれた時点で詰んでしまうかもしれない。流石に、冒険者の力を合わせればどうにかなるだろうが、それは希望的観測に過ぎない。
逆に、まだ誰もあの屋敷に秘められた力を知らないのなら、自分たちで確保しておくのが最良だろう。
そう考えたレイは結論を口にした。
「それじゃ、あの屋敷を購入しよう。明日中に手続きを進めよう」
反対意見は出なかった。
購入すると決まってからは全てが迅速に進んだ。
翌日、朝早くから迷宮へと向かった『紅蓮の旅団』を見送ると、レイ達はモランヌとトロンスが来るのを待った。
時間よりもわずかに早く来た彼らに、改めてあの屋敷を購入する意思を伝えた。
「ご購入、誠にありがとうございます。それで、書類を作成する前に、頼まれていた来歴の件ですが」
「何か分かりましたか?」
すると、トロンスは緊張した面持ちのまま頭を下げた。どういう事だとモランヌの方を窺うと、彼女も似た様に渋い顔をしていた。
「申し訳ありません。商会の方で調べたところ、あの物件の前の持ち主は不明でした」
「分からなかったと言う事ですか」
「その通りでございます。元々、商会の方へと流れてきた物件らしく、前に所有権の合った商会へと確認を取るも同じように別から回ってきた物件だったようで。三つほど遡った所で持っていた商会が倒産してしまい行き詰ってしまったのです」
「私の方でも公式記録を確認しましたが、あの屋敷の所有者は不明でした。分かっている事は暗黒期が始まる百年ほど前、四百年以上も前の建物と言う事です」
ですが、とモランヌは続けた。
「四百年前に建てられた建造物にしては綺麗すぎます。おそらく書類の不備でしょうが……ご希望ならもっと調べてみますが」
「いえ、それには及びません。トロンスさんも頭を上げてください」
レイが言うと、トロンスはゆっくりと頭を上げる。上目遣いの視線に脅えが混じっていた。
「前の持ち主が誰だったのかは単なる好奇心ですから、分からないのならばそれはそれでしょうがりません。不明だからといって購入しないと言うつもりもありませんから」
「左様でございますか。……その、これは何とも奇妙な話で、その、聞き流してもらっても構いません。あの物件は曰く付きの物件なのです」
「……それはどういう意味なんでしょうか?」
もしかして、魔道具の屋敷だと気づいているのかと身構えたレイだが、トロンスの打ち明けた話は違っていた。
「レイ様の前にも、何人か商会の方であの物件を販売したことがありましたが、どの方も早々に出ていかれたのです。皆様口を揃えて、あの屋敷は妙だ、と」
冬に近いというのに、トロンスの額には脂汗が滲んでいた。おそらく、そんな事故物件を知らずに売りつけてしまった事への罪悪感から打ち明けているのだろう。
それはそのままトロンスの誠実さに繋がっている。
「ですから、レイ様も何か感じたら、是非ご連絡を。すぐに売却の手続きを。もちろん、私共が減額無しで買い取らせてもらいます」
「分かりました。その時はまた、コクーン商会の方にお願いします」
その言葉にトロンスは胸をなで下ろした。これで、レイが手放す際にこの話が外に漏れる心配は無くなった。
となれば、あとは契約を終らせるだけだ。
「それでは此方が購入の手続きとなります。こちらとこちら、そしてこちらに御芳名をお書きください。……はい、はい。そちらには捺印も、朱肉はこちらに」
トロンスが鞄から取り出した羊皮紙の内容をシアラと、ついでにモランヌにも確認してもらいながらサインをしていく。レイには判断できなかったが、書類に不備や、悪意を持った仕掛けなどは無かった。
そして提示された金額を確認してサインをすると、懐に忍ばせていた小切手を取り出す。
アマツマラでテオドールに売った、ゲオルギウスの血の代金。これまでの旅の間、リザ達を購入するのに使い、旅の資金として切り崩していた。これを渡せば、《ミクリヤ》の財産はほとんど空になる。レイは覚悟を持って小切手を渡した。
手続きを終えると、トロンスはそれらを大事そうに仕舞いながら、羊皮紙の束と鍵を差し出した。
「ではこちらが購入に関する契約書の一式です。役所の方で移住の手続きを行う際にお持ちください。そしてこちらが屋敷の鍵となります」
何の変哲もない鍵のように見えるが、持ってみると僅かに力を感じる。これは龍刀やバジリスクの魔短刀と同じ種類だ。
鍵すら魔道具となっているのかと驚いていると、トロンスが席を立つ。
「ご購入、誠にありがとうございます。それでは私はこれで。何かご不明な点や、お困りの事がありましたら遠慮なく仰ってください」
そう言って黄金の小鹿亭を後にした。
彼を見送りに玄関まで行くと、モランヌが口を開いた。
「それで、本日は如何致しましょうか。何かご予定などは?」
レイは手の中にある鍵を弄びながら考える。
「そうですね。……この宿はオルドの好意で僕らだけでも使っていいと言われているので、生活環境が整うまではこちらに。しばらくは新居を住める場所にしませんとね」
魔道具として、建物は修繕の必要は要らないが、長年掃除がされていなかったからか蜘蛛の巣や埃などが層を為していた。それを思い出したのか、レティが腕まくりをした。
「よーし! それじゃお掃除から始めようか。お兄ちゃん、鍵ちょうだい!」
「慌てないで、レティ。掃除道具を用意する所から始めましょう。それで宜しいですか、レイ様」
「ああ、問題ないよ。モランヌさん、今日は掃除道具などが売ってそうな店さえ紹介してもらえれば、後は僕らでやりますから」
「分かりました。それでは案内を務めさせてもらいます」
言うと、モランヌは当てがあるのか迷うことない足取りで歩き出した。レティが追いかけながら、リザと一緒になって必要な掃除道具の確認をし、エトネがキュイを早く引き取りたいとぼやくのにヨシツネが同意した。
皆、何だかんだと新しい家に浮足立っているのだ。シアラはしょうがないわねと呟くも、自分も弾むような気持ちなのは否定できなかった。一行の最後尾に付こうとして、レイが動かないのに気づいた。
振り向けば、宿屋の入り口でぼうっと立っていた。手の中にある鍵を、どこか眩しそうに見つめる主に、シアラはどうかしたのかと尋ねた。
「いや、何でもないよ。いま、行く」
そう、と納得したシアラにレイは恥ずかしくて言えなかった。
自分が御厨玲じゃないと知り、どこにも帰る場所が無いと知ったあの日。
絶望の淵からなんとか引きずり戻されたが、胸の内にある空洞は埋まる事は無かった。
自分が誰なのか知らず、帰る場所も無い。その寒々しさが、心を侵食していた。
―――でも今は違う。
仲間と共に暮らす家。自分が帰る場所はここなのだと胸を張って言える。
それはレイにとって、ともすれば涙が出てしまうほどうれしい事なのだ。
だからこそ、急ぐように屋敷の購入を進めた。
レイは皆に追いつく直前、眦に浮かんだ涙をそっと拭った。
読んで下さって、ありがとうございます。




