10-22 合同親睦会
食堂を出る頃には街は差し込む夕日によって朱く塗り替わっていた。
「それではレイ殿。私は、今日はこれで失礼いたします。明朝、黄金の小鹿亭に不動産を扱う商人を連れてお伺いいたします」
黄金の小鹿亭というのは『紅蓮の旅団』が貸し切っている宿の名前だ。そして、屋敷が見つかるまでの間、そこが《ミクリヤ》の仮の拠点となる。
路面魔車へと消えていくモランヌを見送ると、宿まで案内するロータスが不思議そうに尋ねた。
「レイさんたちは、学術都市に定住するつもりなのですか」
「そのつもりです。僕達は、『紅蓮の旅団』のようにあちこち渡り歩いて稼ぐ冒険者じゃありません。ここを拠点に金を稼ぎつつ、情報を集めたり、道具を揃えたり、体を鍛えていこうと考えています」
レイが考えている計画は、短期で終わる可能性は低い。
自身に纏わる謎、フィーニスの呪い、帝国との対立、世界救済への道筋。
解決の糸口すら掴めない難問ばかりだが、この街ならばその全てに対して答え、ないしは手掛かりぐらいは掴めるかもしれない。少なくとも、街から街へと移動し続ける今までの生活では、調べる余裕も糸口も無いのだ。
それに、レイは誰にも言わないでいたが、もう一つ屋敷が欲しい理由があった。
それを口にする事はせずに、ロータスへと続けた。
「渡りの冒険者から定住の冒険者へと変わるつもりです。ですから、仲間と気兼ねなく暮らせる屋敷を探そうとしているんです」
「それは理解しましたが、この街に定住するのは中々厳しいですよ。最先端の魔法工学の道具や研究が行われている場所だけに、研究地区への移動は許可なくして出来ませんし、定住するにも審査だけでなく、他の人の推薦なども必要だったはずです」
「それについては問題ありません。旅の間に出会ったマクスウェルに、学長へと紹介状を頂きましたので、学長が便宜を図ってくれることになりました」
告げると、ロータスは眼鏡の奥で瞳を丸くした。
「驚きました。……いえ、マクスウェル殿とお会いしていることは存じていましたが、あの方がそこまで貴方がたを信頼しているとは。……どうやらアマツマラで別れてから、良い冒険をしたようですね。今夜の宴会で聞くのが楽しみになってきました」
「良い冒険、だったのかは分かりませんが、大変だったのは間違いありませんね。それで『紅蓮の旅団』は何時頃まで学術都市に滞在するのですか?」
「とりあえずは冬の中月までを目安に。場合によっては出発が早まるかもしれませんし、逆に遅くなるかもしれません。こればかりは、天の機嫌次第ですね」
中央大陸北西部にある学術都市は、冬の上月から中月までの間雪が降り、移動もままならなくなる。
大所帯である『紅蓮の旅団』は、雪が降っても居ないこの早い時期から宿を押さえなければ、全員が一カ所に固まれないという事情がある。その分出費は嵩んでしまう。
迷宮に潜るのはメンバーを鍛えるのと同時に、出費を取り戻す意味もある。
金銭的な問題に額に手を当てるロータスに、レイはそういえばと呟いた。
「学長といえば、今日、オルドらしき人物を遠目で見ましたよ」
「おや? ……ああ、そう言う事ですか。運営評議会館ですね」
一瞬、遠くを見つめて思案すると、ロータスは直ぐに答えを導き出した。
レイはその通りだと頷いた。
「団長は、ギルド冒険者部門統括長に呼ばれて、急きょ開かれた特別会議に出席されました。お話などはされましたか?」
「僕が気づいた時には、階段を降りて行ったので。追いかけようかと思いましたが、学長と面会する約束をしていたので、諦めました。……何か、あったんですか」
特別会議というのが時間的にも場所的にも、学長が出席していたのは間違いない。
A級冒険者を呼び出した冒険者部門統括長に、学術都市の運営を担う学長。それ以外にも身なりからでも社会的地位が高いと察せられる人たちがその会議に集まっていたはずだ。
そんな人たちが一堂に介していたという事実が、首元にナイフの側面を当てられたような気分の悪さを感じさせる。ここに至るまで、幾度もトラブルに見舞われた直感が、警報を鳴らしていた。
ロータスは頭を横に振ると、合わせるように金糸のような髪が揺れた。
「分かりません。使いの者はとにかく来る様にとしか伝えず、私も供をしたかったのですが、拒否されてしまい。……っと、着きましたね」
足を止めるとロータスは建物を見上げた。
もうじき冬の時期を迎えて、日が沈むのはあっという間だ。辺りが薄暗くなっていくと、周りと同じ建築様式の六階建ての建物に明かりがともされていく。窓越しに見える仄かな灯りは、人の息づかいを感じさせてくれる。
「ここが黄金の小鹿亭です。どうぞ、中へ」
ロータスが扉を開けると、レイ達は中に入っていく。
途端、突き刺さるのは多くの視線だった。一階は受付以外にロビーになっており冒険者らしき者達が思い思いの姿勢でくつろいでいた。
しかし、弛緩し油断している訳ではない。迷宮を潜っていくことで磨かれた野性的な本能が、仲間とは別の気配を感じて、瞬時に戦士の顔を引き出した。
一瞬、平和な宿に剣呑な空気が流れるも、それはすぐさま霧散した。
最初に気づいたのは猪人族の青年だった。厳めしい顔に、仲間しか気づかない喜色を混じらせて名を呼んだ。
「……レイ? 久方也」
「ああ、オイジンさん! お久しぶりです」
それは『紅蓮の旅団』と共に旅をしていた時に、同じ馬車に乗っていたオイジンだった。彼を皮切りに、レイの事を知る者達が口々に名前を呼んで駆け寄ってくる。
先程の鍛冶屋でも再会したカーティスが肩に手を回して引っ張ると、双子の冒険者であるキャメルとカーメルが同じ顔で喜びをあらわにした。カーミラと談笑していた犬人族のハイジストはリザとレティを見つけ、二人にそれぞれ抱きついて喜びを露わにした。
彼ら以外にも、顔見知りは幾人も声を掛けに近寄り、そうでない者達も遠巻きにレイ達を一目見ようと集まる。同じ冒険者として、流星の如き勢いで階段を駆け上がる存在に、好奇心を抱いていた。
そんな中を切り裂くように雷鳴に似た声が轟いた。
「何の騒ぎだ、こりゃ!」
怒声に、『紅蓮の旅団』のみならず《ミクリヤ》ですら背筋を伸ばす。
重たい足音が階段から響き、巨体が一階へと姿を現した。
「幾ら貸し切りだからとガキみたいにはしゃぎ過ぎて、ご近所さんの迷惑とかちったぁ考えろよ。それで何の騒ぎなんだ」
岩を人の形に削り取った様な筋肉質の男が辺りを睨むと、自然とレイの囲いが割れた。男とレイの間から人は消え道が出来た。隠れる余裕なんて無かった。
男の瞳に驚きが広がり、分厚い唇が吊り上がった。
「よう、生きて再会できたな」
「……お久しぶりです、オルドさん」
名前を呼ばれた途端、『紅蓮の旅団』の団長は不機嫌そうに鼻を鳴らした。レイとの距離を詰めると、子供も逃げていきそうな強面をぐいと近づけた。
「俺は、お前を対等な奴だとみなした。命を預け合える、冒険者だとな。それを忘れちまったのか」
その言葉に、レイはこの人は変わっていないなと嬉しく思う。
「いいえ……お久しぶりです、オルド」
「ああ、お前もな、レイ」
どちらともなく 差し出された手は、固く握り交わされた。そして、オルドは仲間へと振り返り叫んだ。
「おい、てめぇら! 今日は祝いだ! 一緒に死線を潜り抜けた朋友との再会だ。浴びるほどの酒を持ってこい!」
オルドの叫びに爆発の如き喝さいが応じた。
『紅蓮の旅団』が黄金の小鹿亭を貸し切っているのは、宿の品質が値段の割に上等なだけが理由ではない。この宿は、隣に食堂を併設している。それも六十人以上が一堂に介しても余裕があるほど広い食堂だ。そこも一緒に借りる事で、滞在期間中は寝る場所と食べる場所に困る事は無い。
いつもならばそれなりの喧騒の中で進むはずの食事は、倍の喧しさと激しさを伴っていた。宿の主人がほうほうを駆けずり回って手に入れた酒樽は、勢いよく消えていき、非番の料理人どころか、他所の料理人までかき集めた調理場は鉄火場めいた殺気を放つ。次々と料理が完成され、運ばれていくのを切り盛りする女将は、あたかも戦場で采を振るう軍師の様だ。
そうとは知らない『紅蓮の旅団』と《ミクリヤ》の合同親睦会―――別名、宴会―――は時間と共に盛り上がっていく。
ロータスの言う通り、『紅蓮の旅団』は危機的な状況にあった。
ファルナへの対応を巡り、穏健派と過激派がにらみ合いを続けて、宿の中の空気は剣呑としていた。いつ、大きな諍いになっても不思議では無かった。それが、《ミクリヤ》という刺激を受け入れた事で、不満や軋轢は奥底へと沈み、酒の力や宴の雰囲気も借りてわだかまりが限りなく薄くなっていた。
あるテーブルでは魔法を主に扱う者達による激しい討論会が繰り広げられていた。『紅蓮の旅団』において、旧式魔法を主軸にした昔然とした魔法使いは少なく、エルフの里で勉強したシアラの知識は彼らにとって羨望の的だ。
ロータスが《ミクリヤ》の面々がエルフの里に滞在したことがあるとポロリと零した途端、彼女は引きずられるようにしてテーブルへと連れて行かれた。彼女から少しでも多くの知識を引き出そうとする魔法使いに対して、シアラも負けじと彼らの経験を引き出そうと激しい舌戦を交わす。
また別の場所では獣人種ばかりが集まるテーブルが形成された。
冒険者という、命の危険が付き纏う職業に獣人種は多く集まる。大体の人間種よりも能力値が上回る彼らは、血筋を辿ればカプリコル出身者が多く、同郷の少女に興味を抱いていた。
エトネが最近カプリコルを訪れた事を知ると、自分たちの故郷はどうなっているのかと口早に質問が放たれた。《ミクリヤ》一行が通ったルートに故郷が掠めていれば、より詳しく話を聞こうとし、そうでなくともモンスターの活動が活発になっていると知るだけで不安から顔を歪ませていた。
それを見る度に、幼い少女が落ち込んでしまう。周りは慌てて慰めるために、彼女が好きそうな山の話を振ると、途端に笑顔を取り戻す。いつの間にか、話題はカプリコルの生態系や、故郷での幼い頃の話へと移っていた。エトネはどの話も嬉しそうに、そしてせがむ様に聞くため、大人たちも嬉しくなって余計に口が回っていた。
更に別の場所では、リザとレティが姉妹揃って捕まり話をせがまれていた。
『紅蓮の旅団』のオルド班を含めた多くの者にとって、この姉妹とレイが最も面識がある。そんな彼らがアマツマラを離れた途端、多くの事件や騒動に巻き込まれてきたというのを噂話で聞く度に驚きと不安が積み重なっていた。
彼らは無事なのだろうか。
元気でやっているのだろうか。
二つ名を貰ったレイはともかくとして、リザやレティの事はハッキリと分からない事もあって誰もが気にしていた。こうして無事な姿を見てホッとしたのと同時に、彼らが経験したという出来事が本当の事なのか、気になってしまうのは冒険者の性だろう。
シアトラ村の地下迷宮や、水の都アクアウルプスでの『怪物の行進』。南方大陸を揺るがしたデゼルト動乱などを聞きだそうと質問攻めに合っていた。
そうなると、加入した時期が比較的最近なヨシツネは話題が少ないから放置されるかと思いきや、実は彼がもっとも人気かもしれない。
『紅蓮の旅団』が、オルドの気風に合わせて猛々しく、騒がしい人ばかりではない。静かに飲みたい者や、このノリに合わせられない者、あるいはファルナの事で気分が晴れない者なども一定数居る。
こんな風にバカ騒ぎをする仲間を、どこか冷めた目で見つめる者達。
ヨシツネは、そういった者達を対象に絞り、酒を持っては話を聞き、愚痴に相槌をし、大げさとも取れる共感を示し、相手の自尊心をくすぐる。
何時しかヨシツネの周りには話を聞いて欲しい人たちが集まり、ちょっと異様な雰囲気になりつつある。だが、渦の中に居る者達は気づかない。
忍者として教育を受け、一週目のエルドラドで諜報活動していたヨシツネにとって酒の席は情報収集と人心掌握にうってつけの場だった。振る舞い一つで、相槌の一つで、酒の注ぐタイミング一つで、人を上手く誘導する術を身に着けていた。
ほんの一時間足らずで、彼は『紅蓮の旅団』の内部事情を手に入れ、人物関係や相性などをも網羅していた。ある意味、肩書に恥じない活躍ぶりだ。
そんな混沌とした状況をレイは二階のテラス席から眺めていた。
特別な客向けの二階は、下とは違い閑散としている。レイも最初は下で知り合いに囲まれて飲んでいたのだが、オルドに呼ばれて上へと昇った。
待っていたのはオルド以外に、ロータスとカーティスだ。
「そいじゃあ、改めて。懐かしき友との再会と無事に乾杯だ」
「「「乾杯」」」
唱和に合わせて、グラスがぶつかる。傾けると、強いエール特有の苦みが舌を刺激していく。だが、レイはあまり気にしたそぶりをせずに飲み干すと、カーティスが何故か嬉しそうに、
「随分と、酒の飲み方が慣れてきたじゃないか。さては、冒険もそこそこに飲みまくっていたな」
と、揶揄ってくる。
「一応、この八か月で鍛えられましたので」
「へぇ、誰にだ」
「『聖騎士』ローランさんです」
告げられた名前に、カーティスが笑いだした。
「そうかそうか。酒の師匠は『聖騎士』殿なのか。そいつは随分と鍛えられただろうな」
面白がり笑っているが、レイとしては事実なのである。デゼルト動乱が終わった後、肝臓がアルコールに浸されるほどの勢いで飲まされた記憶はあまり思い出したくない。
弁明するつもりではないが、ローランにも一応の考えはあった。名前が売れた事で、レイ達に近づこうとする輩が、酒と女と金の力を利用するのは世の常。せめて、酒で手酷い失敗をしないように慣れさせようという気遣いだった。
そのお蔭で、多少なりとも酒に慣れてきたなとレイ自身も思う。
「ローランか。元気にしていたか、あの最強天然は?」
S級冒険者を捕まえて天然と呼ぶのは失礼なはずだが、レイもローランは天然な所があるなと一緒に行動していた時に思っていたので否定はしなかった。
「ええ、元気でしたよ。でも、ゲオルギウスとの戦いで隻腕になってしまい、それ以外にも大怪我を」
「聞きました。デゼルト動乱に六将軍が関わっていたというのは事実だったんですね」
六将軍の名を聞き、ロータスの瞳に鋭い光が宿った。
ロータスとオルドは、ネーデの街でゲオルギウスと戦っている。
オルドに至っては、アマツマラのスタンピードでクリストフォロスとも対峙していた。それだけに六将軍の力を理解し、同時に生き残れたレイに感嘆まじりの視線を向けていた。
「六将軍が末席とはいえ、ディオニュシウスを撃破したのはとんでもない事だ。人魔戦役に参加した、名のある英雄たちにすら出来なかった偉業だな」
「僕らが直接倒した訳じゃないですよ。ミストラルさんの支援が無ければ直ぐに死んでいただろうし、直接手を下したのはサファさんです」
「それでも、だ。話だけでも、その戦場が死地だったのは十分に理解できる。生きて帰って来れただけでもとんでもないのに、お前はもう少し偉そうに振る舞う事を覚えるんだな」
ぼやきつつエールを飲み干すと、アルコール混じりの吐息と共にオルドは呟いた。
「ここにあいつも居れば、悔しさと羨ましさと、あとは色んな感情を爆発させて、お前に突っかかっていったんだろうな」
その言葉に、左右を固めていたロータスとカーティスが表情を沈ませた。
彼らが誰の事を思っているのか、すぐに分かった。
「ファルナの事は、ロータスさんから聞きました。オルドはどう動くつもりなんですか」
「……どうもこうも無い。今は様子を見るしか方法は無い。法王庁と事を構えるにしても、今のまんまだとこっちの分が悪いしな。……協力者を作って、内部の情報を集め、対抗策を練るまでは動けねぇ」
言葉では理解しているかのように振る舞っているが、表情を見れば違うと分かる。薄皮一枚下の本心が納得できないと叫んでいるのが伝わってくる。今にも聖都に押し入り愛娘を取り戻しかねないオルドにレイは聞いた話をする。
「実は、ローランさんから伺ったのですが、今の法王庁は上層部が恣意的に組織を歪めている可能性があるそうです」
内容から自然と潜めた声に、三人が顔を寄せ合って耳を傾けた。
「ローランさんと、今の法王は血の繋がりは無くとも、同じ人に育てられた義兄妹。そうでなくとも、彼は『聖騎士』という立場から法王と謁見できるはずなのに、周りに阻まれているそうです。加えて、《神聖騎士団》へと送られる命令の種類も先代の法王から変わりつつあるとの事です」
「つまり、『聖騎士』殿は法王庁に対して不信を抱いている、ということか」
その通りだとカーティスに頷いた。オルドは腕組みをしつつ、天井を睨むと、
「法王がファルナに何かしたんでは無く、上層部全体が何かをしようと企んでいる、という筋書きもあり得るのか。こりゃ、下手に枢機卿に取り入っても、罠に嵌められるだけかもしれないな」
「そうですね。懐柔工作は、別の人間を選びましょう。情報を教えてくれて、ありがとうございます」
ロータスが頭を下げると、レイは力に為れて良かったとホッとする。
レイにしても、ファルナの無事は気になる所だ。
なにより、人の意思に介入して、操る術というのは無視できない。自分に仕掛けられた暗示とどこか似た匂いに、過敏に反応しているのだ。
すると、天井から視線をレイに向けたオルドが、口を開いた。
「こっちからも一つばかり情報を。……というか、お前さんから心当たりを聞きたくて、こうして呼び出したんだ」
どういう事だと左右に視線を向けるも、ロータスもカーティスも心当たりがない様子だ。
「なあ、レイ。お前さん、幽霊に心当たりはあるか?」
読んで下さって、ありがとうございます。




