10-14 暗夜の攻防
疎らに散らばる雲。
穴ぼこだらけの雲から時折、青い月光が甲板を撫でていく。日は沈み、星も見えにくい夜に置いて、船上は暗闇に包まれていた。そんな甲板上に掲げられた松明の傍で、レティは仁王立ちしていた。
顔には緊張が浮かび、視線は左右へと忙しく向いていた。
本来なら、この時刻に甲板に客が出てくるのは禁じられていた。船から落ちてしまえば、闇を溶かしたような川面から助け出すのは不可能に近い。それを船長に無理を言って甲板へと上がった。その上、余計な邪魔が入らないように船員たちにも下がってもらった。
その場に居たのは、彼女だけであった。
つまり、キョウコツたちを邪魔する者は居ない。
「刻限通り、一人で来たようだな」
女の声がレティの背後からした。振り返るのと同時に、影が音も無く甲板へと着地した。薄紫の髪を結んだ少女が切れ長の瞳で辺りを探る。
「貴女が、ガシャクラの孫娘ね」
「……その呼ばれ方は好ましくない。一族を追放された男だ。だからといって、貴様に名を明かすつもりはない。……それよりも、目的は―――」
「―――来ないでっ!」
一歩踏み出した途端、レティは隠していたナイフを手に掴む。ヨシツネから借り受けたナイフは、投擲を目的としているため刀身はあまり長くない。ヒーラーであるレティが取り出したからといってキョウコツにとって何ら脅威は感じなかった。
歩みを止めようとしないキョウコツに、レティはナイフの向きを変えた。
自分の柔らかな喉元へと。
「それ以上近づくなら、あたしはこれで死を選ぶよ」
警告にキョウコツの足は止まった。それが駆け引きでは無く、本気だと伝わったのだ。
「……勝手にすればいい。こちらとしては、貴様の死でも目的は達成できる。その方が手間はかからない。それ、するならば、早くしろ」
腕組みをして余裕を繕うキョウコツだったが、レティは彼女の余裕を剥がす。
「嘘だね。お姉さんは、あたしに生きてもらわないと困る。ううん、生きて連れて帰れる状況でみすみす見逃したとなれば、余計に心象を悪くするんじゃないの」
「……どうやら、貴様と心理戦をするのは分が悪そうだ。いいだろう、認めようとも。貴様に死なれては困る。だから、死のうとはしないでくれないか」
予想よりもはるかに呆気なく本音を口にしたキョウコツに、今度はレティが狼狽えてしまう。明け透けな性格なのか、それともこれも交渉術なのか。少なくとも容易な相手ではないと認識した。
「私の言葉を疑っているのか。確かに、貴様が死んでも任務は達成となる。……最低限な。今の主はお認めにはならないだろうし、私も一族からの突き上げをくらってしまう。みすみす、大功を得る機を逸したと、この身を嬲られるだろうな。それは御免だ。だからこそ、約束は守ろう」
「どういう意味なの?」
訝しむレティに対してではなく、キョウコツは仲間へと魔法を介して命令を下した。
「目標を目視した。周辺に人員は居らず、約束通り、解毒薬を部屋に運べ」
『了解いたしました』
短い返答はキョウコツにしか聞こえなかったが、その前はレティにも届いていた。
「ちょっと驚いた。まさかそっちから譲歩するなんて。てっきり、あたしを連れ去ってから薬を渡すのかと思ってたよ」
「その方が確実ではあったが、こうなっては仕方ない。再三になってしまうが、貴様に死なれては困る。いわんや、貴様の主に死なれても同様だ。あの時は、任務達成のために仕方なく毒を用いたが、いわば最後の手。できうることなら、取りたくはない手だった」
そう呟くと、キョウコツはレティを真っ直ぐと見つめると、
「さあ、約束は守った。貴様も、これ以上無駄な事はするな! こちらとしては、言葉を発せれば後はどうなっても構わないと命を受けた。その年で、四肢を無くすのは辛かろう」
そのままレティを捕まえようと無遠慮に歩を進める。掲げた松明が生む明かりの縁に達する前に、レティが待って、と叫んだ。
途端、キョウコツの柳眉が吊り上がる。
「まだ何かあるというのか。悪いが、これ以上はこちらも時間を掛ける訳には行かないのだぞ。駄々をこねるようなら―――」
「―――シアラお姉ちゃんを返して!」
キョウコツの言葉を遮った叫びに、彼女はどういう事だと呟いた。
「シアラ、というのは、確か貴様の仲間。あの魔人種のハーフの事であろう。それを返せとはいかなる意味だ」
「恍けないで! シアラお姉ちゃんを誘拐したのも、アンタ達なんでしょ!」
貸し与えられた一等客室。扉はヨシツネが固め、窓の無い部屋からシアラは忽然と消えた。
誰にも気づかれず、まるで空間ごと誘拐されたかのような鮮やかな手際。
《トライ&エラー》によって戻ったレイから聞かされていたが、まさか仲間の居る室内で仕掛けてくるとは。
電光石火。
刹那の瞬間を狙った犯行だった。
「彼女を返さないなら、私はこのナイフで喉を突き刺す。さあ、早く決めて!」
近づかれた分、距離を取ろうとするレティ。それは自然と、明かりから離れて暗がりへと飛び込む事になる。
そんな少女にキョウコツは困った風に口元に手を当てた。
「返せと言われてもな。悪いが、貴様の仲間になぞ、私達は興味ない。悪いが、心当たりは無いぞ」
「……そんな、そんな嘘を吐かないで!」
叫びながらレティは半ばそうだろうなとも同意していた。
リザやエトネという高位冒険者の入り口に立つ者から気づかれずに人を攫う術があるのなら、どうして自分に同じことをしなかったのか。彼女たちがシアラを誘拐したとするなら、説明が付かないのだ。
つまり、シアラ誘拐と彼女たちは別の犯人なのだ。
「そも、仲間の命を人質にとったのなら、それを材料に交渉していると思わんか。……いや、その顔からするとそれぐらいは承知していたようだな。だとしたら、何が狙いだ」
「取引だよ。シアラお姉ちゃんの居所を探す為に、アンタ達の力を貸しなさい。そうしたら、素直に捕まってあげるわよ」
予想外な申し出に、キョウコツはけらけらと笑いだした。真剣に言ったレティは顔を赤らめて怒りをむき出しにした。
「何がおかしいの!」
「いや、失礼。仲間を案じる貴様の思い。見事だ。よもや、敵の力すら使えれば利用するという豪胆さ。いやはや、その齢で実に見事だ。……だがな」
途端、キョウコツの雰囲気が一変した。コインの表が裏に変わるように、ハッキリと別の面が場を支配する。
笑う時に袖口から出した礫が、指に弾かれレティの手首に当たった。
痛みで、ナイフを取り落とした彼女の鼻先に影が滑り込んだ。
「流石においたが過ぎたな、娘」
言葉と共に振るわれた拳がレティのみぞおちに突き刺さる。深々と突き刺さった拳に、少女は小さな体をくの字に折った。
苦悶の声は短く、彼女の意識は直ぐに闇へと落ちた。
「手間を掛けさせる。……済んだぞ」
前半はレティに、後半は周りに潜んでいた部下たちに対して言った。闇に同化するようにして控えていた部下たちは、レティがもしもの時には羽交い締めするつもりだった。喉を突き刺したとしても治療の準備は出来ている。
つまり、最初から彼女に自殺は叶わなかったのだ。
気絶したレティを部下たちは無遠慮な手つきで触っていく。乱暴とも言える行為ではあるが、これは身体検査だ。何かしらの魔法が仕掛けられたり、技能や戦技が発動しないかを確認している。
念には念を入れて、魔法と技能で表面をくまなくチェックした。
結果は白。
隠し持っていた武器はナイフだけで、杖はどこかへと置いてきたようだ。
甲板に落ちたナイフを拾い上げると、それを川に向かって投げた。これでレティは無力となる。ぐったりと気絶した彼女を縄で縛ると、キョウコツはそれを肩で担いだ。
「娘の主に解毒薬を与えた以上、ここに残っているのは危険だ。貴様等は泡に戻り奴らの動向を監視しろ。誰と接し、どのように行動するのか報告しろ。私は、この娘を連れて一足先に戻る」
そう言って、空を見上げた。
雲で月は隠れてしまったが、闇になれた住人にはこの程度の暗闇は、昼とさほど変わらなかった。
彼女の双眸は、夜空を羽ばたく巨大な影を捉えていた。
上級モンスター、グリフォン。大空を駆け抜ける鳥の形をしたモンスターこそ、彼女らの切り札だった。
急流や水性モンスターなどの存在でハザム川を蒸気船で渡る以外の術は無い。
だは、空は違う。
川がどれだけ危険で、航海中の蒸気船が、絶海の孤島の如き様相を為していようが、空からの侵入は防げない。キョウコツはそこに注目して、作戦の脱出計画に組み込んだ。
帝国においてモンスターの奴隷化は国を挙げての計画だった。元々、竜を軍事力に組み込んでいる事もあって、忌避感は薄い。このグリフォンは先代―――つまりキョウコツの父が一族の増強目的で購入した物だ。
足に鎖が繋がったモンスターは甲板へと低く羽ばたく。キョウコツは、明かりが括りつけられた鎖を掴むと、途端に彼女の体は川の上へと引っ張られた。
高速で流れる川面に恐怖は覚えない。顔に吹きつける、切り裂かれるような冷たき風すら心地よい。
高揚感が四肢を満たしていた。
一度は諦めざるを得なかった目標を、こうして手に入れる事が出来た。
主からの覚えもめでたくなる。きっと、一族の後見人を、いわんや自分の立場を保証してくれる。そうなれば五月蠅い者共を黙らせられる。復権を目論む祖父や、頭領の地位を狙う有象無象を退け、女の身である自分が本当の頭領として認められる。
ああ、これほど喜ばしい事があるだろうか。
「くは、くくく、ははは、はははは!」
堪え切れない哄笑が、暗き川面を打つ。聞く者はいない。グリフォンと気絶したレティに気を使う必要も無い。己が勝利に酔いしれようとばかりに声を上げると、
「勝ち誇るにはいささか早計ではござらんか」
と、冷淡な声が耳朶を震わした。
あり得ない。既に川面から百メーチルは上空。自分とグリフォン、そして気絶した少女以外に生物は居ないはず。だがしかし、声は幻聴ではないと言わんばかりに続いた。
「それにしても、よもやモンスターを使役して上空へと逃げるとは。こればかりは盲点でござった。拙者も子供の時分は凧を上げたというのに、まさか凧に乗って侵入するとは。格好といい、其方も忍びでござるかな」
びゅうびゅう、という風きり音の中、確かに男の声がする。それを辿っていくと、声は意外な所からしていた。気絶して半開きとなったレティの、薄い唇の奥からしているのだ。
どういう事かと注視していると、唇で何かが動いた。
それは指の先ほどの大きさしかないが、するりするりとレティの体をよじ登り、そのままキョウコツへと飛びかかる。
左手は鎖、右手はレティを掴む彼女は防ぐ事も出来ず、首を必死に傾けた。
頬に当たる風とは違う鋭さが走った。薄く切れた頬から血が滲むが、気にしている余裕なんて無い。
影は鎖を掴むとそのまま上へ、上へと進んでいく。同時におかしな事に気づいた。初めは指先程の大きさしかなかった存在が、あれよあれよという前に膨らんでいくのだ。
闇に溶け込む姿は一族とどこか似通っている。首に巻いた長布が風にあおられ流れていく。
鎖を足で絡めとると、シルエットだけの存在が逆さまに吊るされたまま告げた。
「さて、その方は主殿の大切な仲間ゆえ、其方のような輩に預ける訳には行かない。返してもらおうか」
雲の切れ間から差し込む月光は、この場に居るはずのない男、ヨシツネの姿を浮き彫りにした。
「……馬鹿な、ありえん、ありえない! 仲間がどうやってここに!? 魔法も技能も警戒した。この子供の何処に潜んでいた……まさか、体内か!?」
御明察、とヨシツネは声に出さず口を動かした。
狼狽も一瞬、提示された情報だけで正確に読み切った相手の洞察力を褒めた。彼女の言う通り、自分はレティシアの体内に隠れていた。小さく縮み、奥歯に巻いた糸を掴んで食道の中で耐えていたのだ。
天から降りた一本の糸にしがみ付くというのは、今の状況と大して変わらない。
誘拐される前にシアラが考えた策は、あまりにも常識外れだった。
レティをワザと敵の手に渡らせ、解毒薬を手に入れてから隙を見て脱出。これ自体は普通の策だったが、そのための救援を、まさか人質の体内に潜ませるとは。もしも口の中まで検められても大丈夫なように食道に潜むという念の入り具合。
相手の意表を突くという点では正解だった。体の表面ばかりを注視して、こちらに気づく気配もなかった。
レティの演技も重要な役割を果たしていた。ああやって相手の危機感を煽る事で、思考の幅を狭めて確実に解毒薬を手に入れられた。
どちらも女子の身でありながら、己が役目をきちんと果たしていた。ならば、次は自分の番だった。
逆さまの状態でヨシツネは自由な両手を駆使してナイフを投擲しようとする。だが、先んじて動いたのはキョウコツだった。まだ、動揺から立ち直れず、混乱する頭でひねり出した回答は、荷物を捨てる事だった。
肩に担いでいた少女―――主の求めるレティを片手に掴んだ。
「待て! 私を攻撃したら、この手を離すぞ!」
恫喝は効果があった。逆さまの男はナイフを構えた姿勢で停止した。川面まで、少なく見積もっても百メーチルはある。いくら冒険者といえど、気絶したヒーラーなら大怪我は間違いない。加えてこの暗さだ。一度水面に巻かれれば発見は容易ではない。
「……戯言を。貴様がその方を今更手放すはずがあるまい」
「そうかな? そちらがどう考えるのかは勝手だが、私は警告したぞ。それに、こんな不安定な状況なのだ。手が滑る、と言う事もあり得るだろう」
事実として、レティを掴む手は冷え切り、ちょっとの衝撃で落としかねない。キョウコツはレティの命を盾に時間を稼いでいた。
せめて、下が地上ならば彼女を放り投げられる。支配下にあるグリフォンは、ゆっくりとだが向きを変えて、高度を下げつつあった。
(ヒーラーといえど冒険者だ。同じ年ごろの娘と比べても頑丈なはず。死にさえしなければ、いくらでも回復させられる。むしろ、落とした時に生じる隙で上の男を始末すれば良いのだ)
一見すると上を取られたキョウコツの方が不利のような状況だが、実際は違う。こんな不安定な場所で二人が争えば、間違いなくレティは落ちてしまう。そのため、ヨシツネも強硬手段に出られないのだとキョウコツは踏んでいた。
(……いや、待てよ。これはおかしい。あれだけこちらの意表を突いた隠れ方をしていた男が、どうしてこんな中途半端な状況で姿を現した。ここで行動した所で下は急流。手詰まりなのは目に見えているはずだ。だとしたら、何か別の目的が……)
思考は纏まるよりも前に掻き乱される。それまで逆さまの状態だったヨシツネが急に起き上がったのだ。腹筋の力だけで上体を持ち上げると、彼は腕を真っ直ぐにグリフォンへと向けた。
キョウコツは気づかなかった。彼の右腕には、本来なら彼の物ではない武器が装備してあることに。
「お借りしますぞ、エトネ殿。《付加・雷》!」
これまた借りた紫色の指輪が魔法を発動する。腕に巻いたクロスボウに装填されたボルトに雷が付与されると、内部にあるケラブノス石の粉末が加熱される。
主の命令で速度を落とし始めていたグリフォンめがけてボルトが発射された。
狙いは雄々しき片翼。
風を切って放たれたボルトは翼の根元へと深々と食い込み、直後爆発した。
「な、何を考えているのだ、貴様!!」
絶叫はグリフォンの悲鳴を塗り替える。哀れにも翼が根元から爆発したモンスターは大きく傾いていく。当然、三人を繋ぐ命綱たる鎖も傾いていった。
ヨシツネがこの様な強硬策、それも愚策を取るとは微塵も考えていなかった。まさか、空中という状況でグリフォンを先に狙うなど、まさに自殺行為だ。自分の身だって危うくする。
速度を落としているとはいえ、下は川面だ。むしろ、急速に落下している分加速して叩きつけられる。加えてこの暗さに、水の中は冬の夜と言う事もあって氷点下近いはずだ。そんな中に溺れれば、あっという間に体温は失われ、体は脳や内臓を守ろうとして手足の血流を抑制し逆に動けなくなる。
それらを知識として知っているキョウコツはとっさの判断に出た。少しでも助かるべく、身軽になろうとしたのだ。手にあったレティを本能的に手放した。
しまったと気づいた時には遅かった。気絶した少女は暗闇に似た川面へと飲み込まれる―――前に何かが彼女に巻き付いた。
それは布だ。誰かの意思を繊維に宿したかのような動きをする長布が、レティを掴んでいる。顔を上げれば、それを操っているのはヨシツネだった。
あっという間に自分の高さまで少女を引き上げた敵は、今度は何をするのかと思えば必死にあらぬ方向を睨んでいた。
それは振り返るまでもなく、先程まで居た船の方角だ。
そちらを睨んで何があるのだと考えるキョウコツだったが、答えは直ぐに出た。
彼女の視界を覆い尽くす、極光の空。
眩いばかりの光が自分たちの頭上を照らしているのだ。
一瞬、誰かが太陽を呼び寄せたのかと勘違いする光景だったが、それは違う。その光は船の方角から放たれていた。
「合図でござる。しからば、御免!」
そう叫ぶなり、ヨシツネは足で絡めとっていた鎖を呆気なく手放した。いまにも沈没しようとする船から降りるような身軽さで、いまや極光に照らされた水面へと飛んだ。
「させるか!」
反射的に攻撃を加えようとしたキョウコツに対して、ヨシツネは体を捻り躱しざまに、蹴りを加えた。それは蹴るというよりも、キョウコツの体を踏み台に跳んだと表現するのが正確だ。
水平に跳んだ男の体が輝きの空の下にくっきりと浮かぶ。川面に叩きつけられる直前、キョウコツはヨシツネとレティの体を優しく包み込む水の手を目視した。
「どうやら上手く行ったようですね」
凍える吐息と共に、リザは安堵の表情で呟いた。単眼鏡を外すと、船の高所、見張り台から飛び降り船内へと戻っていく。
姿を消す直前のシアラが出した作戦は、敵が甲板から空へと逃げる事が前提で組み立てられていた。つまりシアラは、敵が空から逃げると看破していた事になる。
《トライ&エラー》で戻ったレイから得た情報で、彼女は匂いが甲板で途切れた事に着目した。船の内部でも、前方でも、後端でも無く、甲板でぶつりと消える。その不自然さから、川へと飛び込んだという可能性を捨てた。そして空から逃走するのだと見抜いた。
そこで考えたのが、今回の作戦だ。
ヨシツネに小さくなってもらいレティの体内に潜伏。頃合いを見て登場して、相手の空輸手段を奪う。その際にケラブノス石入りのボルトを使う事で、もう一つの目的を果たすのが狙いだ。
闇夜の中で爆発は遠くからでもよく見えた。
見張り台でグリフォンに連れていかれる所までを追っていた事もあり、リザは直ぐに爆発の位置を把握。そちらに向けて精霊剣の斬撃を飛ばしたのだ。
敵を倒すための斬撃では無い。
薄く、広く、遠くと、広範囲を目視しやすくするのが狙いだ。こうすることで落下する二人を、ハヅミを召喚したエトネでも発見しやすくなる。リザは単眼鏡で、二人が精霊の導きで川面を歩くようにして船に近づいているのを視認した。
こうなれば後は問題ない。
船内へと戻ったリザはレイ達が待つ客室へと向かった。ただし、一等客室では無い。
あの場所は、シアラが誘拐された事で危険である事と、窓が無いため別の客室へと移動していた。移動した先というのは、今回の騒動で壁の一部が爆発した特等客室だった。
流石にジムカンタン商会の人間達も、戦闘があった場所に長くは居たくないという理由から部屋を変わっていた為、すんなりと移動できた。
リザが部屋に飛び込むと、驚いて身構えるエトネと視線が合う。しかし、その萌黄色の瞳の縁は青く彩られていた。
「ハヅミ様、失礼しました」
エトネの体の内に宿るハヅミは、気にしないでと返して、空いた穴の方へと顔を戻す。いま、エトネの代わりに彼女が表に出て、力を行使していた。
「貴女の妹と新顔なら、もう少しで船の側面まで辿り着くわよ。なんだったら、こっちへと引き上げましょうか」
「お願いします。……その、レイ様の方は?」
ソファで寝かされている主の方へと近づくと、机の傍に空き瓶が転がっていた。先端が針になっているそれは、解毒剤の瓶だ。
「そっちはもう大丈夫よ。私が見た限りで毒の気配は無し。直に目を覚ますわよ」
水を司るミヅハノメの末端であり中枢であるハヅミ。それゆえ彼女は毒の気配などを感知できる。そんな精霊の太鼓判にリザは胸をなで下ろした。
「それにしても、とんでもない毒ね。精霊たる私が断言するけど、こんな毒は自然界に無かった種類よ。解毒剤も同じよ。それこそ……あの都で猛威を振るった毒と同じかもしれないわ」
「都というともしかして、《アニマ・フォール》の事ですか。あれと同じで魔法で生成された毒なのですか。まさか、同一犯なのですか!?」
「可能性は十分考えられるわ」
予想もしていなかった可能性にリザは唇を噛んだ。
「……毒の生成した人物も気になりますが、シアラの行方も気になります。レティの考え通り、今回誘拐犯は二組居たのは間違いありませんが、彼女を誘拐したのは一体誰なのか」
「……それに関してだけど……ちょっと思い当たる事があるんだ」
「レイ様! 目を覚まされましたか」「ちょ、エト、おにいちゃん、おきたの!!」
会話に割り込んだ声に、リザもハヅミ―――いやハヅミを押しのけたエトネが駆け寄った。慌てて水の体を形成したハヅミは仕方ないとばかりに溜息を吐いて、ヨシツネたちが戻ってくるのを待った。
ソファの背もたれを掴んで起き上がるレイだが、毒の影響が抜けきっていないのか顔は青白く、憔悴の色は濃い。
「無理をなさらないでください。敵の毒だけでなく、レティの《ポイズンキラー》で体は消耗しているはずです。この水を、どうぞ」
渡されたコップを掴む手すら震えていたが、何とか飲み切ったレイにリザは尋ねた。
「それで先程の発言ですが。心当たりとはどういう事でしょうか。シアラを誘拐した犯人が誰なのか、見当が付いているのですか」
主の言葉とは言え、半信半疑の様子のリザに、レイは頷いた。
「ああ。犯人が誰なのか、どうやったのか見当は付いてるんだ」
そう呟くと、彼は目の下の傷を指でなぞった。
読んでくださって、ありがとうございます。




