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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-11 頭領代行

 暗闇に溶け込む様にキョウコツは潜んでいた。


 巨大な威容を誇る蒸気船は隠密に長けた者には忍ぶのに十分な隠れ場所が多数あった。それらを線で繋ぐようにして移動すれば、警備が厳重な特等客室のある階まですんなりと入りこめた。


 準備は整っている。あとは仕上げの段階だ。薄い紫色の頭髪をくくった少女は、瞑想するかのように目を閉じて、じっと待つ。


()()。目標が部屋に戻りました』


 《伝声ボイスコール》で届けられた部下の報告が耳朶に飛び込む。キョウコツは口元を押さえながら会話を始めた。


「室内の状況は?」


『予定通りです。護衛が数人と労働奴隷、それに侍従長、そして会長のみ』


「分かった。……下の方に動きは?」


 魔法でさらに別の部下へと尋ねると、一瞬の沈黙を置いて返事があった。


『……問題ありません。《ミクリヤ》の奴らは全員、部屋の中におります』


「そうか。なら、五分後に突入する。援護は不要、周囲の監視を徹底しろ。私が……レイが出入りする瞬間を目撃されては全てが水泡に帰す」


『承知しました。ご武運を、代行』


 部下の陰に篭った声が聞こえなくなるのを確認してからキョウコツは小さく息を吐いた。


 一々、代行の部分を強調する部下たち。彼らは一人としてキョウコツを認めていなかった。


 祖父ガシャクラを追放した父は、確かに非道ではあったが敏腕でもあった。一族を良く束ね、明るい未来図を掲げていた。それがほんの一瞬、判断を誤っただけで朝露の如く消えてしまった。連座して、兄たちも。


 ぶるり、と肉親の死にざまを思い出して体を震わす。肉親の情があるから無残な死にざまに心を乱している訳ではない。単に、裏家業に身を置く人間であっても見た事が無いほど凄惨な死にざまに恐怖を禁じ得なかった。


 帝室は闇が深い。


 常々口にしてた父ですら、あの結末だった。辛くも生き延びた自分だが、いつああなってもおかしくない。まさに薄氷の上で舞いを強制されているようなものだ。


 此度の任務も、それに近い。


 帝室を騒がせたデゼルト動乱。その折に浮上した、とある少女。何やら大層な秘密を抱えているらしく、現在の主は彼女を有効に活用したいらしく誘拐を命じた。


 それが果たせられない状況ならば、殺しても良いと許可は下りている。裏を返せば、ここまで緩い縛りならば、失敗は許されないと言う事だ。


 自身が死ねば、残るのは幼い弟。まだ馬にも乗れない年頃に、何が出来ようか。年少なのを良い事に、一族の誰かが弟を傀儡に仕立て上げて主導を握るのが目に見えている。


 いや、それはまだマシな未来だ。下手をすれば一族は分裂し、相争うこともありえる。そうなれば、これまで培ってきた技も、伝承も、全てが廃れてしまう。


 自身の肩に、自分の命だけでなく一族の命運まで掛かっていると自覚した途端、キョウコツは呼吸が浅くなる。数度、深呼吸を繰り返して精神を平常へと戻した。


 そして刻限が来た。


 懐から取り出したのは折り畳まれた布だ。それを開くと、中には黒と白の艶やかな髪が数本収まっていた。少女はそれを飲み込むんだ。


 上下に動く喉、変化は途端に起きた。


 ごきり、ごきりと闇の中に不気味な鈍い音が響く。くぐもった苦悶の声は刹那の間に溶け消え―――そこに居たのは紛れも無く少年だった。


 手鏡で、自身の変身が完璧かどうかを確認する。映っているのは、黒髪に白が混じる、温和そうな少年だった。目標人物であるレティシアの主、『緋星』のレイ、その人がそこに居た。


 これこそ、彼女の持つ特殊ユニーク技能スキル、《メタモルフォーゼ》。


 対象人物の肉体を取りこむことで、一定時間その人物になれる。ただし、取りこんだ量によって変身できる時間は決められてしまう。頭髪程度では長くても十分と持たないだろう。


 猶予はあまりない。


 レイに変身した少女は、潜んでいた天井裏から無人の廊下へと降り立つ。技能スキルでは変身するのは肉体だけで衣服は自前だ。既に男物の洋服は身に着けていた。


 そして、素早い動きで扉をノックした。


 数秒の間を置いて、誰だという誰何の声が返ってきた。


「昼食会に呼ばれた《ミクリヤ》のレイです」


 声も先程までの少女の声とは違っていた。レイを知る者がいれば、間違いなく聞き分けられないほど、彼の声だった。《メタモルフォーゼ》は発動中、対象人物の姿形を完璧に再現する。それを見分けるのは鼻や耳などの知覚や、技能スキルを持ってしても不可能に近い。


 部屋の奥で話し声がして、今度は老人の声がした。


「レイ殿か。まだ、時刻には早いだろう。使いの者を送ると約束したはずだぞ」


「いえ、実は階下でジムカンタ商会会長への不穏な企みを知り、急いで警告に来たのです」


 耳をすませなくとも、扉の向こうで侍従長が息を呑んだ気配がした。


 急な話に面喰っている―――という訳ではない。


 実はジムカンタ商会も、内部では熾烈な権力争いが勃発していた。


 シュウ王国で起きたスタンピード。それはかの国の穀倉地帯を大きく荒らし、結果として食糧難を引き起こした。周辺諸国から支援として食料が格安で提供されるも、焼け石に水。王国は海の向こう側にある商会に民の食料を手配させた。それは莫大な金額が動く取引であり、ジムカンタ商会も加わる事になったが、それが遠因となって後継者争いが起きたのだ。


 老齢の会長が自身の後継者にと選んでいた男は人望が無く、人望の篤いナンバースリーが台頭しているのだ。それに危機感を抱いた後継者候補は裏工作を行い、ナンバースリーの影響力を削ごうとして、逆に失敗してしまった。この冬の差し迫った時期に、商会の会長が自ら学術都市に向かっているのは、その尻拭いの為だった。


 彼らの行動を見逃すほどナンバースリーは呑気な男では無かった。当然のように、妨害の為に手の者を向かわせていた。会長もその事は承知で、学術都市まで道程に一人でも多くの、出来る事なら腕利きの冒険者を求めていた。


 そんな時に名前を上げつつある年若い冒険者が同じ船に乗っていると知ればどうなるのか。


 全ては思惑通りだ。


 レイ達が何時ごろ蒸気船に搭乗するのか、偶然にも同じ時期に乗船するジムカンタ商会の内情も、部下が()()()()()か手に入れた情報を元に、今回の計画は進んでいる。三等客室でワザとレイの存在を広め、それは人の口を借りて上へ上へと昇って行ったのもこちらの仕掛け通り。


 危機感を煽られた侍従長は扉を薄く開ける。老人の瞳は懐疑心と動揺が渦巻いていた。


「そ、その話は本当なのだろうな」


「勿論です。詳しくは中で。ここでは人目があります」


「うむ。仕方あるまい。主に上げる前に、話を聞こう」


 チェーンが外され、扉が全開になる。少女は唇の端を吊り上げ、中へと一歩入った。


 ―――途端、膨れ上がった闘気に押される形で前へと飛んだ。


 咄嗟の判断だった。訳も分からず、本能が前に跳べと命じ、それに従ったに過ぎない。それが正しかったと気づくのは、後ろで鋭い斬撃が通り過ぎた後だった。


 装飾過多な室内の中央ほどまで一足で飛び、柔らかな絨毯に手を着いて反転すると、襲撃者に顔を歪めた。


「なぜ、貴様が此処に居るんだ、『緋星』!」


 二つ名を呼ばれた少年が、紅蓮の刀身をこちらに向ける。それだけで、心臓が鷲掴みにされたように痛み出した。


 侍従長や会長の護衛達は目を白黒させて成り行きを見ていた。なぜなら、まったく同じ顔が二つ並び、片方は武器を構えていた。彼らの理解力を越えた出来事だ。


「まったく、予想はしていたけど、本当に僕の姿形を真似しているね。いつぞやか戦ったミラースライムを思い出すよ。……まさか、あいつのように技能スキルまで真似してないだろうな」


 嫌そうに自分と同じ顔を見つめるレイに、彼の顔をしたキョウコツが険しい表情のまま叫んだ。


「答えろ! 何故貴様がここに。部下が貴様を見張っているはずだぞ!」


「そうだったね。なら、聞いてみると良い、そのお仲間に。でも、繋がると良いんだけどな」


 出入り口を押さえ、龍刀を構えたまま距離を詰めていくレイ。キョウコツは油断なく構えつつ、魔法で部下へと連絡を取る。ところが、いくら連絡しても、レイ達を見張っていた部下からの返答は無かった。


「……気づかれたというのか」


「落ち込む事は無いよ。最初は気づかなかったからね。でも、僕の仲間は優秀だ。居るだろうという前提で探せばすぐに見つけて、こちらで拘束させてもらった」


 となると、先程の連絡が嘘だったのだろう。少女は部下の安否を頭から拭い去ると、レイが周りに向かって告げた。


「侍従長。こいつは僕が相手しています。ですから、隣室の会長と共に部屋から出ないでください。そちらの護衛も、早く!」


 一喝されて、彫像のように固まっていた男たちは我先にと隣の部屋に駆けこんでいく。これで残ったのはレイが二人だ。


 同じ顔が向き合っているという構図は傍から見れば異様だろうとレイは考えてしまう。


 キョウコツはこの階で監視を続けている部下へと《伝声ボイスコール》で集まるように命じた。こうなっては仕方ない。格上を相手取るには数で押すしかない。


 それでもここまで来るのに数分は掛かってしまう。だから、その時間は自分で稼ぐしかなかった。


 少女は袖口に隠していた武器を掴むと、それを構えた。服の袖が破けていき、武器の全貌が露わになると、レイは嫌そうな顔を浮かべた。


 両手に握る、トの形に似た武具。それは彼にとっても因縁のある相手が使う武器だった。


「トンファー。まさか、ガシャクラの関係者じゃないだろうな」


 その名にキョウコツの顔が―――つまりはもう一人のレイの顔が同じように―――歪む。


「その通りだ。業腹ではあるが、ガシャクラは私の祖父にあたる」


「……正解だったのか。それじゃ、君の御爺さんと僕が因縁のある事も知っているのかな」


「無論だ。任務にあたり、貴様の事は調べさせてもらった。……先々代の腕を切り落とした事も、その後の活躍もな」


 レティシア誘拐を命じられた時、キョウコツは《ミクリヤ》に関する情報を可能な限り手に入れた。その過程でウージアに逃げ延びた祖父の一派がレイと交戦して打撃を受けたのを知った。


 敬愛する父と袂を分かった祖父に対しては、特に感慨は無い。腕を落とされたからといって憤りは感じず、むしろ何故その時点でこの怪物に深手を負わせられなかったと詰りたい気分だ。


 そう、怪物。


 レイの資料を取り寄せて出た結論がそれだ。


 正面からの戦闘で勝てる確率など皆無だ。


 世に出ている噂は、話を盛り上げるために尾ひれが増え、あるいはやっかみなどから曲解されたりして真実を歪められている。だが、それらを幾つも重ねて浮き彫りになった事実は恐ろしいの一言だ。


 赤龍、深層迷宮、六将軍。


 単語だけでも伝説の彼方に潜む化け物共と対峙し生き延びているだけで脅威だ。本人以外にも、脇を固める金髪の剣士や、魔人種の血を引く魔法使いや、エルフと獣人種の雑種など警戒すべき対象は多い。


 ゆえに、正面から挑む愚策は棄て、搦め手という名のキョウコツにとっての正攻法を選んだ。


 殺人容疑を掛ける事で社会的に身動きが取れない状況に追い込み、仲間と引き剥がす。その状態で任務対象者レティシアを拉致して船から離れるのだ。自分の潔白が認められるまで少なく見積もっても三日は掛かる。それまでに可能な限り距離を離し、帝国へと帰還するのが今回の計画だ。


 それが、このような形でとん挫されようとするとは。キョウコツは奥歯を噛みしめて、次善の策を練る。


 この場は乱戦に持ち込み脱出。本来なら誘拐が成功した場合に使用する方法で船を降り、態勢を立て直したのち、もう一度仕掛ける。


 どれだけの人数が船から脱出できるのか不明な上、相手にこちらの存在に気づかれているという不利な状況だ。仕切り直した所で、学術都市まで目と鼻の先。成功する確率は砂粒程度だろう。だが、ここを脱しさえすれば、まだ挽回の機会はあるのだ。


 両腕にトンファーを構え、全力で時間を稼ごうとして違和感を抱く。


 遅いのだ。


 同じ階にて監視をしていた部下たちは、近くに居たはずだ。わざわざガシャクラの話をしたのも、一秒でも多く時間を稼ぐため。だというのに、レイが抑える扉の方から人が近づく気配はしない。


 どういう事だと訝しむキョウコツの心を読んだようにレイは言った。


「君の仲間なら来ないよ」


「……どういう意味だ」


 疑問を言い当てられた動揺を押し殺しながら静かに返すと、レイは唇の端を上げて答えた。


「疑問に思わないのか。どうして僕が一人で此処に居るのか。仲間はどうしたのかって」


「仲間……そう言う事か!?」


 言われ、ようやく気づく。


 なぜ、レイは一人でこの部屋に突入したのか。リザ達は何処に居るのか。慌てて《伝声ボイスコール》で部下へと呼びかけようとしたが、返答は無い。


「この階に潜んでいたそっちの仲間達は、こちらの仲間があぶり出している最中だ。あとは君だけだ」


 告げられた言葉はキョウコツにとっては死刑宣告に等しい。室内は分厚い金属の壁と、人の頭ほどしかない窓だけ。扉を押さえられては脱出できない。


 ここは正に死地だ。


 ゆえに、彼女は覚悟を決めた。


 腕を前に構えて、低い体勢を取ると一気に足を踏み出した。精神力で強化された事で、絨毯に足跡がくっきりと残り部屋が揺れた。


 レイの一撃を躱し切るのは不可能。だが、被弾覚悟で飛び込めば抜けるかもしれない。


 この際、腕の一本ぐらいはくれてやる。そんな悲痛の、決死の覚悟を持った一歩は―――。


 ―――それを上回る一撃に踏みにじられた。


 地を這う蛇のようなキョウコツを止めたのは、地面すれすれから飛翔するように持ち上がった龍刀の峰だ。それは一筋の紅色の塊のようにしか網膜には映らず、気がつくと彼女は激痛と共に天井へと激突していた。


 一瞬で床から天井、そして天井から床へと落ちた。受け身を取る余裕も無い、背中からの落下に苦悶の声があがった。


 キョウコツの命懸けの逃走は、レイが繰り出した一刀に阻まれてしまった。


 それは、彼女の見立てが正しかったことを証明する一幕なのは皮肉としか言えなかった。


 肋骨が砕け、肺は痙攣したかのように動きを止め、衝撃で酸素を吐き出された彼女にそれを受け止める余裕はない。いつの間にかトンファーは手元から離れ、加えて《メタモルフォーゼ》の効果が切れた。


 苦痛の声に混じって異音が響くと、そこ居たのは男物を着た少女だった。


 その姿に、レイは見覚えがあった。


「やっぱり。あの時のメイドは君だったのか」


 前回、レイを特等客室まで案内した少女こそ、キョウコツだった。あの時点で、本来なら使いの者として送られるはずだった労働奴隷は、レイに変身したキョウコツによって殺人の目撃者として意識を失わされていた。そのため、彼女とその部下が商会の人間の振りをしてレイを呼んだのだ。


 もっとも、それを知らず、それどころか声も届かない激痛に喘ぐキョウコツは、最後の力を振り絞り、腰に忍ばせていた物を取り出した。


 レイとて、彼女から視線を切らしていなかった。キョウコツが怪しげな動きをしている事に気づき、龍刀からダガーに持ち替えて彼女を押しとどめようと踏み込んだ。


 しかし、それは失策だった。


 レイはこの手の込んだ誘拐は、レティを生かしたまま連れて帰らなければならない裏返しだと考えていた。それはあながち間違っていない。だから、頭の中から失念していた可能性があった。


 キョウコツは霞む視界の中、レイが間合いに踏み込んだのを確認して、取り出した物を握りつぶした。途端、指の間から緑色の煙が漏れ出した。


「じなば、もろども。どもに、じごぐにごいっ!」


 キョウコツが命じられたのはあくまでも生きたままの誘拐。しかし、それが叶わなければ、殺害も止む無し。


 対等契約で命が繋がるレイとレティ。どちらが死んでも、最低限任務は達成できるのだ。


読んでくださって、ありがとうございます。

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