閑話:海賊たちの悲哀
いわゆる闇ギルドというのはギルドと対を為す存在―――ではない。
世界の何処かに本拠地があって、そこから支部に、あるいは活動中の者達へと上から指示が飛んでいくわけでもない。
闇やギルドと呼称されているが実体は無数の悪党どもがひしめき合い、野放しにされている無法地帯だ。冒険王が興したギルドのように、規則に縛られ、倫理に嵌められ、身分証に繋がれている訳ではない。
単に、そういった堅苦しいのを嫌い、自由と享楽と欲望を優先させた集団に過ぎない。
そのため、闇ギルドという単語はそのまま裏社会と読んでも差し支えなかった。無論、裏社会である以上、程度は違うが概ね犯罪行為をしており、人に害する集団なのは違いない。
彼らが生業にしているのは幅が広い。
例えば、違法薬物の生成から販売。あるいは高額すぎる貸金業者。はたまた暴力による略奪や貴重な種族や技能持ちを誘拐して市場を通さずに奴隷として販売。真っ当な人間が聞けば眉を顰めるようなことを、彼らは率先して行う。
それは倫理観や道徳心が欠如しているからではあるが、もっともな理由と言えば、それが楽だからだ。
日の当たる道を進むことが苦痛で、法に則って収まる事が辛抱できず、自分の思うがままにしたいから正道を外れていく。
これは、そんな裏社会に生きる人間のお話だ。
大空を渡り鳥の群れが飛翔する。彼らは風を見極め、極限まで絞った体で驚くべき距離を移動する。それでも、彼らの体力には、あるいは風に限界はある。そのため、羽を休める場所を記憶して、そこを短期的な目標として繋いで行き空を羽ばたく。だからこその渡り鳥である。
コバルトブルーの輝きを放つ織物の如き海に点在する島々。
それは渡り鳥たちにとって重要な休憩地である。
同時に、そこは別の渡り人たちにとっても重要な場所であった。
島の入り江。
風雨や時間によって削れて行った洞穴が、天然の船着き場となっている。そのため船は島に飲み込まれるように進み、岩壁の天井に守られて帆を畳む。
楽士による演奏に合わせて踊り子が煽情的に舞い、観客たちの下卑た掛け声が反響する。飲んでいる男たちの多くが、人相は悪く、薄汚れ、刀傷などを勲章のように吊るしていた。はっきりいって、真っ当な人間の集まる所では無い。
それもそのはずだ。
ここは海賊たちの休息地なのだから。
畳まれた帆は髑髏が記され、男たちからは暴力で相手を従えてきた迫力が滲み出ている。
そんな空間の一角は酒場となっており、眩しい日差しや、塩っ辛い風で乾いた喉を潤しに男たちは集まる。
満員のテーブルが盛況ぶりを表しており、いまもテーブルの上でグラスがぶつかり、男たちは中身を一気に流し込む。喉が激しく上下して、飲み干したグラスをテーブルに叩きつける音まで一致した。
「くっはぁ! オヤジ、もう一杯!」
一人が言えば、他三人も同じ事を言う。カウンターの中でグラスを拭いていた老主人は鷹揚に頷くと、人数分の新しい酒を持っていき、空のグラスを持ち帰った。
「それじゃ、次は何で乾杯するんだ?」
「決まってるだろ。この四人で、同じ船に乗るんだ。それを祝わないでどうするんだ」
「その通り! 今までも顔を合わせた事はあるが、同じ船に乗った事は無かった俺達が、こうして同じ海賊団に入ったんだ。その幸運に感謝だ」
「ぎゃははは。感謝って柄か? 大体、誰に感謝するんだよ。13神だとして、どの神にするんだよ」
「水の神オケアニスか、あるいは賭け事好きのタナトスか?」
「バーカ。俺達みたいなのに感謝されても、神さまが喜ぶわけねえだろ。俺達が感謝するべきなのは、俺達の持っている幸運にだよ」
「そうだ、そうだ。俺達の幸運に感謝を!」
「「「感謝を!」」」
一斉に唱和すると、男たちは度数の高い酒を一気に流し込む。喉の内側から熱した刃で薄く裂かれるような痛みを感じるも、酒に溶けた脳は正常に働かない。赤ら顔に瞳孔は拡大し、呼気に混じる酒の匂いだけでも酔えそうだ。
もっとも、此処まで飲んでいるのは彼らだけではない。どこのテーブルも似たような光景が広がり、老主人や給仕をする肌を露出させた女性たちは止めやしない。
海賊たちにとって、大手を振って酒が飲め騒げる場所は多くない。
彼らは破落戸であり、御尋ね者だ。正規の港に船を停める事など不可能だ。そのため、奪った金や物資などをこうした秘密の港で換金して、そこで一気に使い果たす。宵越しの金は残さない。次に船が出れば、陸に上がれるかどうかなんて誰にも分からない。
近隣の国の海軍に潰されるかもしれないし、商船の護衛をしている冒険者に殺されるかもしれないし、同業他社の海賊に襲撃されるかもしれないし、あるいは海に潜むモンスターや天候によって船が沈むかもしれない。
いま、酒を酌み交わしている者達と、こうして次も飲める確率は驚くほどに低い。
そういう生き方を選び、そういう生き方に馴染んだのは彼らだ。
誰も後悔をせず、恨まず、振り返らず。
誰かから奪い、それを溶かしていく。酒に溶かし、高価な品に溶かし、女に溶かす。
まさに自由な生き方である。
自らの命を担保にしたギャンブル。
生きている限りは勝者で、死ねば敗者だ。
「―――そういやよぉ。お前たち、今回は何があったんだ」
話の種が尽きたのか、あるいは酒の器が空になったのか。四人組の一人が酔ったと思われる口調で三人に尋ねた。
「何って、どういう意味だよ」
「言葉の通りだよ。今回は何があって船を降りたんだ?」
海賊とは自由な生き物たちだ。
船に乗るのに七面倒な契約書を交わすことなく、所属している海賊団に不満があれば港に着くのに合わせて文字通りに降りる事が出来る。海賊が集まる船着き場ともなれば、大抵船員の募集しているため、直ぐに別の船へと乗る事が出来る。
この四人のうち、話を振った一人以外は、彼の所属する海賊団に次の航海から参加する事になった。
海の上や陸の上で顔馴染だった彼らは、これも縁だと喜び合いこうして酒場に繰り出した。
「あれか? 報酬でもめたんか。船長が渋ちんだから、もっと稼げる船を探したとか。あるいは威張り腐った奴をぶん殴って船を下ろされたのか。……ああ、分かったぞ。船長の女を寝取ったのか! それがばれる前にケツをまくったのか! ぎゃははは!」
自分の発言を面白く思ったのか笑い声を上げる。だが三人の男たちは沈黙したままだった。それどころか、先程まで気持ちよく酩酊していた表情は強張り、冷汗すら滲ませていた。
同席者らの様子がおかしくなったことに気づいて、男は笑うのを止めた。
「お、おいおい。どうしたんだよ、お前ら。あれか、飲み過ぎたのか?」
「勘弁してくださいよ、お客さん方。吐くなら、海の方に向かってしてくだせえ」
「うるせえな! そんぐらい、分かってる!」
喧騒の中で置物の如く立っていた老主人がここぞとばかりに口を開いたのを黙らせ、仲間達に向き直った。本当に吐こうとしているのか、喉がせり上がったのを無理やり押し込めていた。
「いや、大丈夫。大丈夫だ。ちょっと、思い出してな。……ありゃ、悪夢だった」
一人が言うと、何故か他の二人も頷いた。
「悪夢って事はもしかして。お前らが船を降りた理由は」
「「「ああ、そうだ。海賊団が壊滅させられたんだ」」」
異口同音に告げられるも、男たちはすぐさまきょとんとした顔で互いを見やる。丸くなった瞳は、お前もかと言っていた。
そう、この三人はそれぞれ別の海賊団に所属していたはずなのだ。それがこうして新しい海賊団に所属するにあたり、前の海賊団が壊滅したというのは偶然と呼ぶには不気味過ぎた。
「なんだ、お前の所も壊滅したのか。でもよ、お前の所は確か三隻あったよな。あれはどうなったんだ」
「三隻のうち二隻は訳も分からない内に沈められたよ。魔法で作られたバカでかい壁と、とんでもない炎に燃やされてな。無事だった船も拿捕されて、逃げきれなかった奴らごと海軍に引き渡されたはずだぜ」
「魔法って事は、お前のとこは冒険者に遭遇したのか。そりゃ、運が無いな。どこの奴らだ。この辺りを専門にしている奴らか?」
冒険者は海賊にとって厄介な敵だ。彼らは基本的に数が少ないため、海で遭遇する確率は低いが、その分手強いのが守りを固めている時が多い。ましてや船を沈められるような魔法を使える冒険者となれば、興味を持たない方がおかしい。
自身の体験を思い出したのか、顔を青ざめつつ酒を流し込むと、
「《ミクリヤ》だ。俺達が遭遇したのは《ミクリヤ》っつうパーティーだ」
と、吐き捨てるように告げた。
その名に聞き覚えがあるのか、一人が驚いた様子を見せた。
「《ミクリヤ》っつうと、あれか! 最近名前を売り出している、新鋭の冒険者集団。何でも年若い連中ばかりの集まりで、中にはハーフエルフの幼女が居るとか」
「ハーフエルフだぁ? エルフの冒険者だけでも珍しいのに、雑種なんて眉唾もんだろ」
「いいや。その噂は間違いねえょ。俺は見たんだ。俺の四分の一も生きていねえガキが、訳の分からん速度で突っ込んでくるのを。それに巻き込まれて、船から落ちたんだ。……ハーフのガキ以外にも、うちの腕自慢を一撃で倒した女剣士だとか、海を凍らせる魔法使いまで居やがった」
ごくり、と。男たちの喉が鳴る。ある意味、常識人なら一笑に付す内容なのだが、海賊たちにとっては違う。彼らは身を持って知っている。この世には若くとも怪物と呼ぶに相応しい存在が居る事を。それと出くわす危険性が、非常に高い事を。
「……おっと、酒が切れちまったな。親父、次のを持ってきてくれ。そいで、お前の所はどうしたんだ。お前んところは、船長が元冒険者の武闘派だろう。それが壊滅するなんて信じられねえよ」
「はっ。そんなの俺の方が信じられないぜ」
話を振られた男は不愉快そうに口を曲げると、注がれた酒を飲みながら自らに起きた悪夢を淡々と語った。
「俺んところは、普通に客船を襲ったんだ。相手も慣れたもんで積荷の中で換金しやすい物を率先して差し出したんだ」
海賊もピンキリだ。
船底まで根こそぎ奪う様な者も居れば、通行料とばかりに一定の金額を納めれば見逃す奴も居る。生かしておけば、再び奪う機会が訪れるかもしれないからだ。もっとも、それをすれば近海の海軍に報告が行き目を付けられやすくなるリスクもある。
腕自慢が揃った彼らは、後者を選ぶことが出来た海賊団だった。
「だけどよ、お頭が欲を掻いちまった。船の乗客からも金品を奪おうとしたんだ。……それが間違いだった。船底にひしめく様に身を寄せ合った三等客の中に、そいつは居たんだ。悲鳴を上げず、身じろぎもせず、身ぐるみを剥がされていく客とは別に涼しそうにしていた男に、仲間が手を伸ばした。そいつが持っていた槍を奪おうとしたんだ。でも、でも、次の瞬間にはそいつの頭が落ちた音が聞こえたんだ」
ごくり、と。同じように男たちの喉が鳴った。
その現場に居たからなのか、男の話は生々しく、酒で火照った体を寒々とさせていく。
「呆気にとられた仲間達が、我に返った時には遅かった。その場にいた奴は全員、男の抜いた槍に貫かれるか、首を落とされていたんだ。あ、あれは何だったんだ。普通、槍ってのは片方に刃があるもんだろ。でも、あいつの槍はもう片方にも刃があったんだ」
「双頭の槍。そりゃ、もしかするとデゼルト国の戦士かもしんねえな。あそこの部族に、そういった槍を使う奴らが居たはずだ」
「あ、あ、悪夢だ! 槍が傾く度に、赤い血しぶきが辺りを汚して、ばたばた仲間が倒れて動かなくなるんだ。俺は、あいつ等を見捨てて、甲板へと上がった。お頭に助けを求めたんだ。あいつはそれを追いかけて、同じように甲板に出てきた。返り血なんて浴びず、槍の穂先だけを真紅に染めて。でも、その後ろからは誰も出てこなかった。みんな、みんな全滅してたんだ」
想像するだけで胃の奥がせり上がって来そうだ。聞いているだけでこれなのに、話している方は思い出している分、余計に堪えるはずだ。だというのに、口は転がり始めた雪玉のように止まらず、聞き手役に回った男たちも止めようが無かった。
「そいつは静かな声で言ったんだ。遺恨も無いが、降りかかった火の粉。払わせてもらうと。周りは男の態度に頭にきたり、逆に笑い飛ばしてたけど、俺とお頭だけは別だ。俺は下での虐殺を見てたし、お頭は元冒険者。そいつの出す空気がやばいってすぐに分かったんだ。愛用の斧を構えて、突進した。……勝負は一瞬だった。男の槍が空中に溶ける様に消えたと思ったら、お頭の喉を裂いて、それで終わっちまった。崩れ落ちたお頭を前に、そいつは聞いたんだ。続けるか、どうかって。答えは一つ。俺達は何も取らずに逃げ出したんだ」
思い出した悪夢を流そうと、男は酒を飲み干した。空のグラスが手から滑り落ちて、床を転がっていくも、誰も拾おうとはしなかった。
場の空気が氷の張った海中並みに冷たくなっていく。空気を変えるために最後の一人へと話を振った。
「そ、それで。お前の所はどうしてだ?」
尋ねると、男は口を真一文字に結び、真剣な表情で聞き返した。
「お前らさ。海って割れるもんだと思うか?」
その素っ頓狂な質問に男たちは首を傾げた。
海を割るとはどうい事なのか、見当も付かない。
「こう、草むらに手を突っ込んで左右に広げる様に、海って割れるもんか」
「そりゃ……出来ねえだろ。海は液体だ。草みたいに掴める訳でもないし、なあ」
隣の男へと同意を求めれば、首肯が返る。だが、話し始めた男は彼らの常識を鼻で笑った。
「俺は、見たんだよ。いつものように、船長が降伏勧告を送りつけたら、遠くに見えた船から何かが飛んだんだ。目に見えない、何か。でも、それは海を二つに割りながら俺達の船へと迫って、そのまま通り過ぎたんだ。まるで、巨人が刃を振り下ろしたように、船は真っ二つ。それどころか、二つに割れた海に飲み込まれて、海底に激突したのが見えたよ」
今度の話は想像すら出来ない。
あまりにも荒唐無稽な話なのに、笑い飛ばすには語り手の表情が真剣過ぎた。
「運よく、海の方へと落ちた俺だけど、待っていたのは二つに分かれた海が、一つに戻る為にぶつかり合って渦潮を作ったんだ。あっという間に飲み込まれて、次に気が付いた時は別の船に拾われてたのさ」
「……じゃあ、お前さんの船は誰に沈められたのかさえ分かんねえのか」
「そう言う事になるな。……ありゃ、何だったんだ。あの船は、何を乗せて、俺達は何を怒らせちまったんだ」
「何か、手掛かりになりそうな事は無いのか」
問いかけに男は腕組みをして頭を捻ると、ああ、と声を上げた。
「一つあった! 魔法で声を飛ばしてたら、逆に向こうから聞こえてきたんだ。……低く、冷たい声で、俺の乗っている船に手を出すとは言い度胸だ。刀の錆にしてやる、って。それの後に、何かが飛んで来たんだ」
それを手がかりと呼ぶには少ない。声だけでは、どんな正体なのか見当も付かない。
三人が自らに起きた出来事を語り終えると、テーブルの上は通夜のように静かさに満ちてしまった。思い出したくも無い事を思い出してしまい、体験した恐怖や不可解さに酒は吹き飛んでいた。
話を振った男はその空気を打ち払うように叫んだ。
「でもよ! お前らは生きているじゃねえか!」
男の叫びに三人は不思議そうに瞬きをした。
「そんなひどい目に遭っても、こうして生きて、ここまで来れた。そいつはスゲエ幸運だ。そんな幸運を持っているなら、今度はでっけえお宝を手に入れられるはずだ!」
「……ああ、そうだな。そうだよな。あんだけ酷い目に遭ったんだ。次は美味しい目に遭わないと、筋が通らねえ!」
「俺はお宝が欲しいな。目も眩むような黄金とか、この目で見てみてぇ」
「俺は女だ。股座がいきり立つ女さえいりゃ、そこが天国だぜ!」
根拠のない励ましは、しかし男たちの頭上を覆う暗雲を晴らすには十分だった。口々に勇ましい事を叫びつつ、浴びるほどの酒を流し込んでいく。
一時の泡沫としりつつも、快楽を享受する。
外で起きた事を洗い流す休息地。
ここは海賊たちの楽園だから。
なお、彼らの海賊団は十日後。襲撃した客船にて護衛をしていた、S級冒険者率いるパーティーに壊滅したのだった。
読んでくださって、ありがとうございます。




