9-24 食料泥棒 『前編』
「食料泥棒を捕まえるって、別にアンタがそんな事しなくてもいいんじゃないの」
エトネへの辛辣な対応をした集落への不信感からか、口を尖らせるシアラに対して、エトネは首を横に振った。
「エトネはね、きめたの。いつか、おおきくなって、しゅうらくのひとをたすけられるようなひとになるって。だから、これはそのいっぽめなの」
彼女が悩んだ末に辿り着いた答え。それを否定するような者は居ない。
「だからね、しゅうらくのひとたちがこまっているなら、たすけてあげたいの」
拳を胸の前で握るのは気合の表れだ。その道のりが厳しいと分かりつつも、シアラは仕方ないと頷いた。エトネは真摯な瞳でレイへと懇願した。
「だめかな、おにいちゃん」
「駄目な事は無いけど……うん、ちょっと待ってってくれ」
レイとしても、エトネの気持ちを尊重してあげたいのだが、簡単に同意することは出来ない。一つは、狼人族の集落から疎まれているという事実だ。
協力を申し出ても、正面からでは断られる可能性が高い。
だから、レイは搦め手で行くことにした。
「大長。少し、お話があるんですが」
「ほう? 何でしょうかな、レイ殿」
「実は、エトネがこの集落の人に、迷惑を掛けた分少しでも何かで返したいと考えています。宜しかったら、その食料泥棒を捕まえるのに協力したいのですが、どうでしょうか」
「それは、それは。誠に有り難い申し出ですな。どれ、しばしお付き合いを」
皺くちゃな顔を破顔させた大長は輪になって集まる群集へとゆっくり近づいていく。この集落の中で、もっともレイ達に心を開いてくれている大長をとっかかりに話を持ち込むのは成功した。
大長の後を追いかけると、食料泥棒への対策を議論していた群集は大長が近づいたのに気が付いた。
「どうかされましたか、大長。それに、そっちの人間族は……ああ、例の」
集まった群集の中で、最も逞しい狼人族の男が、大長へと尋ね、次いでレイへと剣呑な視線を向けた。どうやら、エトネが戻ってきている事も、レイ達が共に居る事は広く知れ渡っている様だ。
「なに、実はここに居られるレイ殿から、一つ申し出があってな。レイ殿。こやつは村の青年団の一人、ムワイ。儂の息子が不在時には、集落の取りまとめをしております」
「どうも、初めまして。《ミクリヤ》所属、リーダーのレイと言います」
「……ムワイだ」
挨拶と共に出した手は無視され、短い名乗りしか返って来ない。だが、予想の範囲の反応だ。完全に拒絶されるよりも何倍もマシだ。
「話は大長から伺いました。この集落に向かって、食料泥棒が近づいているそうですね」
「まあ、そういうことになる。北の方から順繰りに、他族の集落を襲ってるやつが、隣まで来た。そこから近距離にある集落は此処と、あと一つぐらいだ。どちらかが狙われるだろうが、それは旅人であるアンタらには関係ないはずだ。……正直、集落に居るだけで不愉快だ」
言葉と共に放たれるのはむき出しの敵意だ。薄暗くとも、エトネの突き出た長耳は目立つ。ムワイは野獣めいたぎらつく視線をレイとエトネに叩きつけていた。
しかし、その程度の視線で退くほどレイも生半可な経験をしていない。サファやゲオルギウスなどの怪物達の暴力的な重圧からすれば、相対する獣人のはそよ風程度だ。
「その食料泥棒。捕まえるのなら、僕らにも協力させてください」
「……何だと」
ざわり、と。周りの狼人族が騒ぎ出すも、レイは構わずに続けた。
「これはエトネからの提案です。この集落に迷惑を掛けた分、少しでも罪滅ぼしがしたいと言っています。もちろん、お金などは要求しません」
どうですかと尋ねると、ムワイはぐるりと回りの様子を窺った。
レイの見た所、群集の反応は拒絶が七割を超えている。食料泥棒よりも、エトネに対する敵意の方が上回っている。一方で、迷っている人たちも居た。現実的な問題として、数少ない食料を盗まれる危険性を重視しているのだろう。
同じように感じ取ったのか、ムワイは口元を手で覆い、
「少し待て。仲間内で話がしたい」
と、だけ言って青年団らしき人達を集めて相談を始めた。
その中にはミエリッキの姿もあった。
しばらくして、話し合いが終わったムワイはミエリッキを伴ってレイの前へと立つ。
「結論は出ましたか?」
問いかけにムワイは頷いた。
「ああ。反対意見もあったが、アンタらの力も一応、借りる事になった」
予想よりもすんなりと事が運んでしまい、驚きを堪えるのに苦労した。もう少し、説得に難航すると覚悟していた。
獣人種の青年は複雑そうな表情のまま続けた。
「人手不足でな。見ての通り、山が崩れた時に怪我したやつも大勢いるし、何より荒事への経験が多い訳じゃない。素人衆ばかりだ。いつもなら、警備隊から人を引っ張れるんだが、今は別件で忙しいらしく、食料泥棒程度じゃ動けないそうだ」
別件というのは、モンスターの異常行動が原因だろうとレイは推測した。もしかしたら、別の場所でも集落が占拠されているのかもしれない。
「それと、もう一つはこいつの推薦だ」
ムワイが顎でミエリッキを指した。どういう事だと不思議がるレイに彼女は、
「感情を抜きにすれば、占拠された集落をああも手際よく奪還した手腕は相当な物です。貴方がたの強さは信頼が置けます。きっと、役に立つだろうと思い、そう提案しただけです」
「と、まあ。こいつの一言で、全員が一応了承した。……飯がまだだろう。俺達もだ。作戦会議はその後でやる。あとで庵に迎えを寄越すから、来い」
そう、一方的に言い放ってムワイは自宅へと戻っていた。他の人たちも三々五々に分かれていくと、レイはミエリッキを呼び止めた。
「……何でしょうか?」
固い声音の女性に対して、レイは頭を下げた。行為の意味を計りかねたミエリッキは再度、同じ問いかけをした。
「……何でしょうか、これは。頭を下げられるような覚えはありません」
「僕らを推薦してくれたことへの礼です。貴女が言ってくれなければ、多分、上手くは行きませんでした」
この集落の中で、もっともエトネに敵意を向けているのはミエリッキだろう。それは恐らく、集落の人間も察しているはずだ。そんな彼女がレイ達を推薦したとなれば、周りも納得はできずとも受け入れるしかない。交渉が難航した時は、彼女を説得するつもりだった。
予想と違い、自分が説得する前に彼女が進んで推薦してくれた。
それが本心からの言葉ならば問題ない。しかし、そうでないのならば、釘を刺す必要がある。
レイは、ムワイや他の狼人族から敵意を向けられても反応しなかった闘気を少しだけ出した。多少なりとも荒事に長けたミエリッキは、肌に突き刺す威圧感を前に、一歩後ずさりした。
「ですが、もし僕らを推薦した理由が、混乱の最中にエトネを狙うつもりだったのなら……容赦はしません」
「……なんのことだか、分かりません。それでは、また後で」
否定の言葉を口にして立ち去るミエリッキを、レイは疑わしいとばかりに見送った。彼女の本心は分からないが、警戒は必要だろう。
「おにいちゃん。どうか、したの」
「……いや、何でも無いよ。それより、晩御飯にしようか。そしたら、少し仮眠を取って夜に備えよう」
エトネの呼びかけに振り向いた時には、漂っていた闘気は散り、レイは平時と変わらない締まりのない笑みを浮かべていた。
天に青い月が堂々と昇り、その周りを星が宝石箱をひっくり返したように散りばめられている。そんな豪奢な空とは反対に、大地は伸びた草や耕された土などが闇に沈み広がっている地味な風景だ。
そんな風景から隔絶された世界のように、食糧庫の周りは賑やかだった。
無数のかがり火と、大勢の狼人族の青年に守られている食糧庫は、柱で床が持ち上がっている事もあってか、光の海に浮かぶ船のようにも見えなくない。ムワイは、鼠一匹逃さないと豪語していたが、それだけの自負を抱いても仕方ない警備だ。
狼人族の集落に食糧庫は四つあり、分散して置かれていた。
分散してあるのは、一つは許容量の問題と、もう一つは獣害や疫病の対策だ。一カ所に食料を溜めこみ、そこに虫や鼠が大量に発生したり、あるいは食物に感染する病があれば食料は全滅してしまう。それを防ぐために分散していた。
しかし、過去形なのは、そのうちの二つが土石流に飲み込まれてしまったからだ。
幸い、集落の端と端にあった二つは無事だった。レイ達は、そのうちの一つの警備に加わった。
夕食を庵でとった後、呼び出された会合で得た情報は食料泥棒に関する物だ。
三週間以上前に突如として現れたその泥棒は、数は一人だという。これまでに八つの集落の食糧庫を狙い、南下しているという。
最初は誰も食料が盗まれている事に気が付かなかったそうだ。だが、ある集落で食料を盗み食いに入った村民が、先んじて盗みに来た食料泥棒と遭遇してしまった事で発覚した。
薄暗い室内よりもなお暗い色の頭巾などで頭の天辺から爪先までを隠しているため、何の種族なのか、男なのか女なのかも不明。分かっているのは、鍵のかかった食糧庫へと侵入した手際と、獣人種の追跡を撒けるだけの身体能力を持っている事だけだ。
一瞬で意識を刈り取られた村民の目撃と、ある物的証拠によって食料泥棒が北から南に移動していると誰もが知る所となった。
そのある物的証拠というのが、金貨だった。
エルドラド共通貨幣であるガルスとは違う、見た事も無い金貨が他の食糧庫からも発見され、備蓄された食料が減っている事と合わせて、姿なき食料泥棒の痕跡へと至った。
その後も、食糧庫に金貨だけが残されていき、食料泥棒が南下をしていると判断できた。
ムワイはこの金貨を、忍び込んだ証のつもりだろうと不愉快そうに罵っていた。自分はここに居る。掴まれられるなら、捕まえてみろと言う挑発なのかもしれない。
一人の為、奪われる食料の量がそこまで多くない事もあり、警備隊から問題視されていなかったが、狼人族の集落には税として納める分を除けばギリギリの量しか残っていないため、警備に就く青年団の意気は高い。
「というよりも、ここで警戒しているんだって証明しておかないと、泥棒に舐められるわよね。そうなったら、ここはやり易いと思われて二度三度って入られるかもしれないし」
食糧庫の扉が見える森の中で身を顰めるシアラが彼らの心中を推理して見せた。
その可能性になるほどと納得した。
今の所、食料泥棒は一カ所を集中的に狙ってはいないが、盗みやすい場所を見つければ、そこの近辺に潜伏して泥棒を繰り返すだろう。それはこの集落にとって死活問題だ。
だからだろう。
闇夜を追い払うほどのかがり火に、青年団の厳めしい顔は気合の表れだ。手にはシンプルな形状の槍が握られている。
聞けば、青年団の多くは冒険者でも何でもないが、生来の能力値の高さから初級程度のモンスターなら一人でも倒せる程度に強いそうだ。
オール一でこの世界に落とされ、スライムに逃げ惑っていたレイにしてみれば羨ましい話だ。
ともかく、食糧庫はかがり火に照らされ不夜城の如き佇まいをし、不眠不休で見張る番兵に守られていた。分厚い錠が掛けられた扉の奥には、青年団の中でも腕利きの男が三人ずつ詰めている。そのうちの一人はムワイで、別の食糧庫にはミエリッキが入っている。
不安材料の一つが遠くに居るため、レイとしては気が楽になった。
「水も漏らさぬ警備ですね。万全とは言い難いですが、食料泥棒程度では侵入は難しいでしょう。これは私達の出番はありません」
同じように森の中に潜むリザですら彼らの守りに太鼓判を押す。レイ達は不測の事態に備えて遠巻きで待機を命じられた。
村の端に位置する食糧庫の、更に端。山からすそ野へと伸びる森の茂みに隠れていた。
いつでも動けるように準備しておいてほしいと言われたが、態の良い厄介払いだ。ムワイの判断やミエリッキの推薦などはあったが、やはり大多数がエトネを信用しておらず、心無い連中は彼女こそが食料泥棒だと言い放ち、あるいは災いを招いているんだと声高に主張していた。
そういった経緯もあり、エトネの希望は最低限しか叶っていないが、一応食料泥棒を捕まえる作戦に参加出来た。
食い入るように食糧庫を見つめるエトネの背中からはやる気が炎のように燃え上がっていた。正直な所、ここで食料泥棒を捕まえたからといって、彼らの見る目が様変わりし、態度が百八十度変わる事は無いだろう。だが、何事も一歩目から。どんなに高い塔も、一つずつ積み上げていかなければ生まれないのだ。
それよりも、レイには気になる事があった。
「……見た事も無い金貨、ねえ」
「それって、泥棒さんが置いていったていう証拠の事?」
レイの独り言を拾ったレティが問いかける。
「うん。どうにも、それが気になってね。この世界はいま、『冒険王』が、正確に言えばギルドが発行した共通貨幣が世界中で流通しているんだろ」
「そう言う事になるわね。九百年前、黄金期に誕生した魔法工学の道具。それを取り扱うギルドは、売買に使える貨幣を、自分の所で発行したガルスにしたの。各国が集めていた魔石をガルスで購入し、そのガルスで魔法工学の道具を売却して。そうやって世界中にガルスを浸透させていって、いつの間にか統一貨幣として流通するようになったの」
この辺りの知識はシアラの独壇場だ。彼女の説明に、レイは疑問を深めた。
「だとすると、見た事も無い貨幣ってのは、それより前の時代になるんだよね。どうして、食料泥棒はそんな古い貨幣を持っているんだろう。それに、それをわざわざ置いていくなんて」
「確かに奇妙ですね。食料が減っている事に気づいたとしても、それは単に消費が早かっただけか、あるいは前に確認した時の間違いで処理されたかもしれません。ですが、硬貨を置くことで、ここに侵入した何者かが居たという証拠になりました」
「そうなんだよ。一回だけの食料泥棒じゃなく、移動しながら盗んでいるのに硬貨を置いていったら、目立つし警戒されるだろ。自分が捕まる危険を高めるような真似を、何で古い貨幣なんかでしているんだろ」
「そんなの、捕まえてから本人に聞けばいいでしょ。もっとも、この警備を見たら、侵入は諦めるんじゃないの」
シアラが肩を竦めながら言った瞬間、レイ達が潜む場所からほど近い木の枝が揺れた。
一番に反応したのは、やはり集中していたエトネだ。腰を上げ、何時でも飛び出せるように前傾姿勢を取り、周囲を威圧する闘気を出した。それに反応してレイ達も思考を戦闘へと切り替えた。
水面に波紋が広がる様にかがり火の傍に居た青年団も槍を手に、音のした方へと向くと、小さな影が森から飛び出した。
それは一匹の小動物、モモンガだった。
体を広げ、低く滑空するそれは食糧庫の下へと入りこみ、そのまま集落の方へと走り去っていた。
音の原因が小動物だと知り、一気に高まった緊張感が解けていく。それはレイ達も変わらなかった。
だが、たった一人。
この場で高い集中力を維持し続けたエトネだけが、それを知覚した。
背筋を震わせ、灰色の尾をぴんと伸ばした少女は驚きを隠そうともせずに叫んだ。
「おにいちゃん、たいへんだよ! もう、しんにゅうされてる!」
読んで下さって、ありがとうございます。




