8-27 砂の壁
「うわぁー! すっごい!!」
喜色満面で喜びを上げるのは、レイに背中を預けるように飛竜に跨るエトネだった。彼女は飛竜が空を羽ばたきだしてから、ずっと心を躍らせていた。
確かに、高度五百メートルを高速で飛翔するという経験は滅多になく、上下左右の景色が後ろに飛んで行くかのように流れる景色は見応えもあるだろう。だけど、それも三十分も続けば飽きてくるだろうし、実際、足を揃えて背後にしがみ付くようにしているシアラは、
「このおちびは寒い中で、どうしてこんなに元気でいられるのよ。まったく、子供は元気の塊って本当ね」
と、ぶつぶつと呟いていた。
袖を通したコートの襟を近づけて寒さから身を守るように少女は縮こまった。奪った六頭の飛竜に跨る者達は、概ね似たような姿をしていた。季節は夏。天には焼き付く様な太陽が昇っているというのに、こうも厚着をしているのは理由がある。
単に飛竜の上が寒いからである。
(確か、百メートル上昇するごとに気温は0.6℃下がるんだよな。エルドラドでも同じなのかは知らないけど、いま、五百メートルぐらい上空にいるから、同じなら地表と比べて3℃低い。加えてこの速度だ)
飛竜の背に戦闘機にあるような風防はない。頬に当たる風は切り裂くように冷たく、今の季節が何だったのかあやふやにさせる。ならば、高度を下げればいい話なのだが、山岳地帯を跨ぐ関係上、高度をこれ以上落とす訳にはいかなかった。かといって、高度を上げるのもリスクがある。いまは、飛竜らはコウエンの威圧に竦み、各自の言う事を聞いてくれているが、いつ裏切るか分からないのだ。
レイ達が飛竜を奪いに行く間、リザ達は馬車に積み込んでいた防寒具を持ちだし、即席で調理したカロリーの高い食事と紅茶を用意してくれた。それらを飛竜の背でかじりついた。体温が低下すれば、体が熱を欲しがり体力を奪う。これから黄龍を相手取るというのに、エネルギー不足で体が動けません、などとは笑えない話だ。
固いパンの腹を無理やり割き、中に脂身が多い干し肉を詰め込んだ、女性の敵のような塊を口に押し込め、過酷な旅の嗜好品として買っておいた貴重品の砂糖を惜しげもなく投入した紅茶で流し込む。流石にポーションほどの即効性は無いが、それでも腹が膨れれば澱のように体に沈み込んでいた疲労が和らぐ気がした。
『各自、食事と軽い休憩はとれたか。といっても、景色だけは抜群でも座り心地は最悪じゃから、たいして体は休められんだろうがな』
全体的に茶色がかった景色が流れていく中、おもむろにマクスウェルの声が頭に響いた。エトネが長耳を揺らして驚くことから、彼女にも同じ声がしているのだろう。そして背中に額を押し付けるようにしているシアラにも。
《伝声》に似た類の魔法を発動したマクスウェルが相互通話を構築した。《神聖騎士団》の面々は手慣れた様子でマクスウェルに返事を返し、遅れてレイ達も食事を済ませた旨を伝える。
『宜しい。では作戦会議を開こう』
あと一時間もすれば黄龍と向かい合うというのに、今頃になって悠長に作戦会議をするのか、という抗議は無かった。何しろ時間が足りないのだ。
黄龍の移動速度は速く、黄龍がアルビノ砂漠を抜ける前に辿り着かなければならない。そのためにまず移動の足を確保しなければ、作戦会議を開くどころの話では無かった。故に、黄龍への対策を話し合うのがこんな上空で行われることになった。
『まず、現在置かれている状況じゃが、黄龍はアルビノ砂漠中心部にある悪魔の巣。旧エルフの国跡地にて復活を果たし、北東の方角に向け移動をしておる。その移動速度は速く、恐らく夕暮れにはアルビノ砂漠を踏破し、そのまま進路を変えなければ、明日の朝までにはオーマットに着くとの事だ』
レイは背後へと振り返った。既に白亜の都は遠くにあるが、そこに残ると決めたレティやミストラル、残さざるを得なかったローラン、王として国を守ろうと奔走するダリーシャスやラシードの事を思う。
そんな彼らが黄龍に蹂躙される様を想像してしまう。かつて赤龍に燃やされたアマツマラの姿が白亜の都と被ってしまう。自分たちが失敗すれば、この頭の中にしかない想像が、現実になってしまうのだ。
彼らが朝日と共に死ぬ姿は絶対に見たくないと固く誓った。
『それを回避するためには黄龍を撃破するのが唯一の方法である。よって、我ら黄龍討伐隊はアルビノ砂漠付近にて黄龍を待ち構え、魔法が発動でき、なおかつ人気の少ない地帯まで奴を誘導。足を止めるために魔法を放ち、しかる後にサファ殿によって討滅してもらう。これを基本的な作戦の骨子とする。何か、質問はあるか』
真っ先に質問を投げかけたのは槍使いだった。彼は、黄龍を撃破するのではなく鎮める事は出来ないのかと口にした。
『それは不可能だ』
頭に響くのは幼くも理知的な響きのするマクスウェルではなく、冷然とした刃のような声、サファだ。
『聞けば、赤龍、緑龍、青龍。古代種の龍らが暴走した背景にはクリストフォロスか、あるいは六将軍の影があるという。ならば、北東の方角に向けて進路を取らせているのも奴らの仕業に違いない。大体にして、千年前の時点で黄龍は墜ちた精霊とかしていた。話が通じる余地は無かった。封印か、あるいは撃破するしか手は無い』
次に質問したのは盾使いだ。野太い声で、撃破といっても龍はどうすれば倒せるのかと尋ねた。
『それについては赤龍討伐を参考にする。テオドール王は高威力の戦技を持って撃破したという。つまり大火力を持って対処すれば可能性はあるはず』
赤龍討伐作戦において、囮役を担ったレイだが、オルドとテオドールの元へ赤龍を引き寄せた所で限界を迎え意識を失った。目が覚めた時には全てが終わっており、今頃になって赤龍は戦技で死んだのかと知った。
すると、マクスウェルの言葉に対して異口同音に、
『それは無理だろう』
『それは無理じゃろう』
どちらも頭の中で響くも、不協和音のように頭蓋を内側から爪で引っかくように不快にさせる。声を発したのはサファとコウエンだった。
「どういう事だよ、コウエン」
『む? サファ殿だけでなく、コウエン殿も無理と口にしたのか、レイ殿』
「ああ。ちょっと待って、コウエン。そのことを、僕以外にも聞こえるように話してくれないか」
承知したと短く返答が来ると、一瞬遅れてコウエンの声が空に響き渡る。
『単なる火力だけで黄龍を倒せるなら千年前に事は済んでおった。でなければ、『英雄』イーフェがその身を散し、古代種の龍が五頭も出張る事も無かったぞ。黄龍はどこで手に入れたのか知らんが、超再生と吸収の術を手に入れおったのだ』
『超再生は想像がつきますが、吸収とは具体的に何を吸い取るのですか』
『古代種の龍にとって、生きる糧とは大地を流れる魔力。しかし、黄龍は魔力を通り道ごと貪り、更にはモンスターや人の生命力や魂すら吸い上げるようになった。封印が解けた時、大勢が意識を失ったであろう。あれは黄龍が欠伸まじりに生命力を吸い上げた結果だ』
『あれは黄龍の仕業だったのですか』
『そうじゃ。魔力と違い、人やモンスターの魂は不純物が多い。本来なら龍の栄養とはなりえんが、あやつはどういう訳か魂を喰らい、そして自らを巨大化させた。溢れんばかりの力を蓄えて、鱗を突き破り肉が膨れ、それを覆うように鱗が生え、また肉が破る。その繰り返しを経て、あれだけの巨大な肉塊と呼ぶべき醜悪な姿に達したのだ』
コウエンの言葉を補強するようにサファが口を挟む。その声には、当時を思い出して悔恨の責が蘇ったかのように苦渋に満ちていた。
『当時、イーフェは己の精神力を熱に変える剣を持っていた。一度光が奔れば、大地は焼け、軍は薙ぎ払われる光の刃。しかし、それを持ってしても、黄龍の鱗を、肉を剥ぐことは出来なかった』
「それじゃ、どうやって倒せばいんだよ、サファさん」
『黄龍とて生ある存在。心臓が弱点なのは変わりない。故に、取れる手段は二つだ。際限なく増殖する肉を突き破って心臓を貫くか、あるいは体内に侵入して心臓を切り裂くか。確実性が高いのは、間違いなく後者だろうな』
『黄龍の体内に侵入するというのですか!』
驚くリザだが、レイとコウエンは同じことを思い出していた。この時間軸では無いが、レイは赤龍に食われてしまい、胃の中で溶かされてしまった事がある。赤龍の大きさでも人を丸呑みすることが出来たという事は、それよりも巨大な黄龍ならばパーティー単位で探索が可能かもしれない。
数秒、沈黙が続くとその間に考えを纏めたマクスウェルが、
『確実性を取るとしよう。レイ殿が人の少ない地域に黄龍を誘導し、儂とシアラ殿で足を止め、うちの者にサファ殿を加えた面子で体内に侵入。心臓を狙い破壊するという方策で行こう』
『ちょっと待って。例えばの話だけど、黄龍を海まで誘導して突き落すとかは駄目なの。だって、空を飛べないんでしょ、黄龍は』
シアラの突拍子もない意見に対して、マクスウェルは駄目だろうと否定した。
『黄龍の大きさと海の深さ次第では沈める事は可能かもしれんが、それで溺死しなかった場合が恐ろしい。魔力を吸い上げる黄龍が大陸間を繋ぐ海底の魔力通りに辿り着けば、それこそ被害は南方大陸のみで収まらなくなる』
深海に誘導した結果、海の底を塒にされては近づく事すら出来なくなってしまう。安全地帯で引きこもり、ただひたすらに巨体を膨らませる怪物に世界は滅ぼされてしまうだろう。
「それじゃ、僕はどこに黄龍をおびき寄せればいいんだ」
『場所は既に決めてある。アルビノ砂漠から西北西に位置する山脈だ。砂漠の境にある街とも距離が離れておる。ここでなら存分に戦えるだろう』
マクスウェルが締めくくると、異口同音に了承した旨が告げられる。
相変わらず綱渡りのような事をしているとレイは一人息を吐く。六将軍の真意が不明だが、黄龍を放置すればデゼルト国は、南方大陸は甚大な被害を受ける。多くの民が死に、その後に起きる混乱で更に死ぬだろう。
それだけは避けねばならない。
赤龍を前にした時の恐怖が背筋を昇ってくるが、それを強引にねじ伏せていると、脇腹を無遠慮に触られた。
視線を下に向ければ、白い指先がわき腹を撫でている。
「くすぐったいよ、シアラ。急にどうしたんだよ」
首を後ろに向けつつシアラに尋ねると、
「《神聖騎士団》の人から聞いたけど、主様。ゲオルギウスの槍を受けて、わき腹が抉れたそうね」
「え? ……ああ、そういえば、そうだね。忘れてたよ」
シアラに指摘されてから、そのことを思い出したのは抜けていると叱られても文句は言えなかった。叱責の代わりに与えられたのは金色黒色の冷徹な視線だった。
「あのね、主様。普通に考えて、お腹に穴が開いたのを忘れてたの一言で済ませるんじゃないわよ。……それで?」
「それでって?」
「痛いかどうかよ。こうして触っている分には、穴が開いたなんて思えないほど普通の状態だけど、本人からしたら違うかもしれないでしょ」
言いながらもシアラは、高級な陶磁器に指を這わすように触れる。レイとしてはくすぐったいという感想しか出てこなかった。
「どうやら傷は治っているようね。……ねえ、コウエン様」
『何用じゃ、娘』
鞘に収まったままのコウエンがシアラに、そしてついでとばかりにレイにも語りかけていた。頭蓋に響く声にシアラは問いかけた。
「主様の中にある、お、フィーニスの憎悪はどんな状態なの。このまま黄龍と戦ってて、それが再び主様を蝕む可能性はあるの?」
『ふむ。……現状、フィーニスの憎悪は封印、というよりも休眠状態に陥っていると呼ぶのが相応しいかもしれん。それを妾の炎で炙っておる最中じゃ』
「休眠という事は、再び憎悪が動き出す可能性も」
『あり得る。じゃが、その前に妾の炎で焼き尽くすつもり。ゆえに、安心せい』
「そう。……貴女が言うんですもの。信じるわ、コウエン様。それじゃ、次の質問だけど、主様の体はどんな状態か分かるかしら。魔人化が始まる前に負っていた重傷が、今じゃすっかり治っている。これってまるで、魔人が持つ治癒能力みたいじゃない」
レイは知らないが、ローランと死闘を繰り広げていたゲオルギウスは、受けた傷を修復する術を持っていた。シアラはそれを魔人特有の力だと睨み、レイがそれを会得したのかと心配していた。
シアラの質問に対してコウエンは長い沈黙を作る。シアラが不安から再び口を開こうとした瞬間に、彼女はようやく答えた。
『不明じゃ。魔人……ではなかろうが、半魔人……でもなさそうだしのう。かと言って、純粋な人間族かと問われれば、それはまた違うだろうな。……断言は出来んが、一つ言える事がある』
「……随分と勿体ぶるじゃないか。教えてくれないか、コウエン」
『レイ。其方の魂は、人よりもむしろ、魔人に近づいておるのは確かという事じゃ』
重々しく告げた内容に、レイは一瞬息が詰まった。コウエンは自説を補強する推測を口にした。
『アクアウルプスにおいて、あの道化師がばら撒いた魔法、《アニマ・フォール》。あれが其方に通じなかったのは、聖印による魔人化が水面下で進行しており、魂が人間のではない、別の物に変質し始めておったからだろう。《アニマ・フォール》は人間の魂に反応するからな』
「それじゃ、肉体はともかく魂は」
『魔人のそれに近いと、起きた出来事から推測できる』
魂からしてフィーニスの手によって改造され始めている。その事実にレイは途方もない衝撃を受けていた。仮初の肉体はまだしも、宿した魂は本物の御厨玲である。それが悪意に満ちた感情の玩具として扱われ、弄られているとなれば衝撃は凄まじかった。奥歯を噛みしめなければ、胸に広がる黒い感情を喚き散らしそうになった。
前に居るエトネが不安そうに振り返るのを見て、精一杯の強がりから笑みを浮かべた。
『レイ。それにシアラ』
するとコウエンが重々しい口調のまま二人を呼んだ。名前を呼ばれて驚くシアラに、
『聖印についてはまた後日考えるとよかろう。一日二日でどうこうできる問題でないし、同様に悪化することも無い。妾の力で抑えつけられているうちは、あのような状態には二度とさせん。むしろ、其方らは黄龍の事に心血を注げ』
真剣な声色のまま、コウエンは続けた。それは脅すようでいて、どこか心配しているような口調で、
『墜ちた精霊、国喰い、黄龍。世界の均衡を保つために討滅しなかったのは、正直に申せば建前だ。古代種の龍が五頭揃い、それでも妾たちには封印という手段以外、選ぶことができんかったのじゃ。心せよ、其方らが相対するのは世界を滅ぼしかねない現象だと言う事を』
コウエンの言葉が真実だったのはそれからほどなくして、嫌というほど理解できた。
古代種の龍が一体、黄龍。
墜ちた精霊と呼ばれる存在は、確かに現象だった。
世界を滅ぼす自然現象。
「……なんなの、あれ」
信じられないとばかりに呟くエトネ。口に出さないが、レイも同意見だった。あれは何だ、と叫びそうになった。叫ばなかったのは、衝撃が大きすぎたからだ。
オーマットを離れて二時間弱。予定よりも早くにアルビノ砂漠の入り口に着いた黄龍討伐部隊を待ち構えていたのは、砂の壁だった。
比喩では無い。
視界に映る地平線を埋め尽くすかのような砂の竜巻が砂漠で吹き荒れていたのだ。誰がそんな真似をしているのか、考えるまでも無い。
『よもやあれが、報告にあった黄龍の竜巻なのか』
まだアルビノ砂漠よりも手前だからか、魔法で言葉を飛ばしてきたマクスウェルだが、平静を装っていても声が震えているのが分かる。あのサファですら飛竜の上で絶句しているのが伝わってくる。
前にアルビノ砂漠を縦断していた時、砂嵐を体験した。砂が舞い上がり、土石流のような勢いで迫り、飲み込まれたのはとんでもない経験だった。
しかし、眼前に起きている現象は、それと比較にならない。
日差しによって色合いを変える大砂丘は巻き上げられ、所によってはひび割れた素肌を晒し、太陽すら遮る竜巻はゆっくりと大地を飲み込むように近づいてくる。
『……こいつは厄介だな。千年前、こんな竜巻は無かったぞ』
絞り出すように告げられた内容に、レイは呻いた。
千年前、白龍が仕掛けた封印は強大な黄龍を無数の砂粒になるまで体を崩し、集合しないように固定したのだ。だが、その封印がゲオルギウスの手によって破られ、黄龍の体は自己修復を始めた。
砂が集まり、形作る。始まりは穏やかでも、形が巨大になっていくほど黄龍の力は戻り、強くなり、加速していった。厄介な事に、黄龍の体はアルビノ砂漠の全域に散らばっていた。それらが集まろうとして、その結果として、強大な竜巻が発生したのだ。
白龍の封印が、皮肉にも黄龍の体が完全に復活するまでの時間を稼がせることになった。
「おにいちゃん。うすくだけど、すごいおおきいのが、みえるよ」
獣人種の血が為せる業か、竜巻の向こう側に居る黄龍をエトネは捉える事に出来た。世界を遮る壁のような砂の竜巻、その中央を指差した。
恐らく、彼女の言う通り、指し示した方角に黄龍は居るのだろう。なぜなら砂の壁越しにでも、途方もない圧力を感じていた。コウエンの支配下にある飛竜ですら、この場を逃げ出したいとばかりにもがいている有様だ。
精神が削られそうな光景を前に、マクスウェルが不吉な事を口にした。
『よもやと思うが、あの竜巻。砂漠を超えても発動しておるのではなかろうな』
「そんな! そしたら、作戦が前提から崩れてしまう!」
竜巻は砂漠の中でありながら、外に居るレイ達ですら吸い寄せられそうになる暴風だ。それが砂漠を脱した後も存在するというのなら、戦うどころか近づくことも、ましてや人の空かない地域に誘導することもできやしない。
作戦が崩壊するかもしれないと誰もが不吉な想像に身を震わした時、一匹の飛竜が群れから飛び出した。それはサファを乗せた飛竜だ。
『サファ殿。如何いたした!』
放たれた矢のように進む飛竜に対してマクスウェルの緊迫した声が魔法に乗って拡散されると、
『物見だ。あの竜巻をこの飛竜で突破できるならそれでよし。不可能なら作戦を練り直せばいい。誰も付いてくるな。俺一人ならあれから生きて戻るぐらい可能なはずだ』
と、砂の壁に迫りつつあっても物おじしないサファ。マクスウェルは何かを言いたそうにするも、しかし覚悟を決めた様に告げた。
『了承した。サファ殿。気を付けてくれ』
うむ、と返答がされると、レイの背後でシアラが首を傾げた。
『ねえ、マクスウェル様。サファ様ってもう、アルビノ砂漠に入ったんじゃないかしら?』
『む。それはそうだが、一体―――なんじゃと』
魂が抜け落ちたかのような声と共にマクスウェルが叫ぶ。
『サファ殿と魔法が繋がっておる!! 馬鹿な! 既に砂漠に入ったというのにか!?』
アルビノ砂漠で魔法は使えない。外側から魔法を発信しているだけならまだしも、内側に入りこんだサファと会話が続くのはあり得ないはずだ。
驚くマクスウェルは飛竜を駆り、サファに続いて砂漠の上空へと到達した。
そしてマクスウェルは魔法を詠唱した。朗々とした詠唱はレイ達の元に届き、飛竜から魔法の輝きが幾筋か放たれ、砂漠に落ちた。
驚きと困惑が空の上に広がる。
アルビノ砂漠で魔法が使えるという事実に皆が驚いているのだ。
黄龍が復活したからなのか、それとも黄龍が封印されていた事が原因なのか。その理由は誰にも見当がつかない。だけど、アルビノ砂漠で魔法が使えるとなれば、作戦は段階を一つ飛ばせるのだ。
『好機! これならば、わざわざ人気の少ない場所に誘導せずとも、ここで魔法を浴びせる事が出来るぞ』
珍しくマクスウェルが吼えた。しかし、彼の言う通りだ。レイが誘導する必要があったのは、アルビノ砂漠では魔法が使えないという前提があったからだ。魔法が使えるとなれば、アルビノ砂漠以上に、人が少なく、大地に影響を与えても問題の無い場所は存在しなかった。
『……何が何だかさっぱりだが、好機が見えたという事で間違いなさそうだな。ならば、この竜巻をどうにかすればいいという事か』
話を聞いていたサファの姿は、豆粒にも満たないほど小さな存在だ。その粒が竜巻に挑むものの失敗に終わっている様だ。
『侵入は不可能ならば、手始めに―――斬ってみるか』
呟きの直後、竜巻に変化が起きた。
神速一閃。
世界が割れた―――ようにレイは見えた。
実際は世界を分ける壁の如き砂の竜巻が、横に真一文字に切られたのだ。
誰がしたのか。
考えるまでも無い。
『守護者』サファの持つ絶技によって、自然現象が叩き切られたのだ。砂の壁に絶句していた者達は、今度はサファの出鱈目な技量に絶句する番だった。
ところが。
『……駄目か』
と、忌々しそうな口調と共に竜巻が勢いを取り戻したのだ。斬られて僅か数秒足らずで、竜巻は元の姿を取り戻した。
『これでは刃が届かん。一手足りないな。俺か、あるいは別の奴が竜巻を吹き飛ばし、大本である黄龍に一撃を与えない限り、この竜巻は止まらん』
「そんな、サファさんでも駄目なんて」
沈痛な声を上げてしまうが誰も咎めなかった。怪物ならばあるいはという気持ちが全員にあり、それを代表した言葉だった。
『仕方あるまい。サファ殿。策を練り直すために、一度戻るとしよう』
砂漠で魔法の試し打ちをしていたマクスウェルがそう告げるのと、正に同時だった。
世界が血のような、不吉な紅色に染まったのは。
空も、大地も、人も、飛竜も、砂の竜巻も。何もかもが単色の紅に塗りつぶされる。まるでその色だけで世界を表現しろと無理難題を押し付けられたかのように。閃光のように紅色は駆け抜け、そして世界は元の色に戻った。
「今のは、背後からか?」
レイが光の放たれた方角を見ようと振り返ると―――。
―――途端、背後から襲い来る突風に吹き飛ばされた。
「きゃああああ!」
「わあああああ!」
シアラの悲鳴なのか、レティの悲鳴なのか、それとも自分の悲鳴なのか。空中で錐もみするレイには判別が付かないでいた。飛竜の手綱を握りしめ、腕でエトネを抱え込み、シアラの手を離すまいとするので精一杯だった。
水平感覚が失われ、頭に血が上る。ジェットコースターで体が振り回されるように、出鱈目な軌道を描く落下に死すら覚悟した。
だが、帝国の誇る飛竜は、本当に良く訓練されていた。永遠のように思えた突風が収まると、飛竜は素早く態勢を立て直して、空中でホバリングした。視線を横に向ければ、他の飛竜たちも同様に落下を免れたようだ
「光に続いて、今度は突風かよ。一体何が起き……て……」
レイは衝撃波が起きた方向へと視線を向け、目に飛び込んできたそれに思考が停止した。同じように視線を向けたシアラが訝しむ様に、
「何あれ。変な形をしている雲ね。まるで……そう、キノコみたいな雲ね」
と、見たままの光景を口にした。
それは遠く、アルビノ砂漠とは反対に位置する場所から上がっていた。空に向けて焼けた鉄のような輝きを放つ雲が、上昇すると共に、上の方で形を崩し横に広がる。あたかも大地から生えた巨大なキノコのように見えたのだ。
「……おにいちゃん。……あそこって」
エトネが震える声で尋ねたが、レイの耳には入っていなかった。代わりに、少年の右拳が焼けるような痛みを発した。それが何かは直ぐに分かった。
対等契約を結んだ戦奴隷が死に、その契約が行使されたのだ。
右拳に宿る鎖が蛇のようにレイの腕を伝い上り、そして心臓を貫いた。
衝撃で震える体。暗くなる意識の中で、リザが焦るように叫んだのが聞こえた。
『……あの方角は……オーマット!? レティ、レティ!!』
オーマットに残したレティが―――死んだのだ。
読んでくださって、ありがとうございます。




