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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-18 純粋な想い 『後編』

 エトネの勇み足とも言える行動だが、彼女には彼女なりの理屈があって選んだ行動でもあった。レイの意識を覚醒させるためには、自分たちの呼びかけが必要で、そのために闇を引き剥がす必要がある。一方でリザ達が前線に立てないのは、彼女らが奴隷契約に縛られ、下手に戦闘行為が取れないためだ。


 つまり、契約を結んでいない自分ならその縛りには囚われることなく、自由に戦えるのだ。


 加えて、ハヅミの戦闘力なら、きっと《神聖騎士団》の足を引っ張る事もない。


 そう考えて飛び出したのだが、現実は彼女の思い描く通りには進まない。彼女が前線に出ようとしたことで、攻撃の手が一瞬止まり、それを感じたレイが『魔王』の影を最大規模で展開。触手の嵐を巻き起こし、石舞台から邪魔な敵を一掃したのだ。


 寸前で指輪を発動していたエトネは、ハヅミが収束させた水の盾で触手を防ぎ石舞台に残れたが、他の者達は舞台から降ろされてしまった。たった一人残されたエトネに焦りと心細さが混ぜ合った色が浮かぶと、それを打ち消すようにハヅミが笑う。


「心配しないで、エトネ。私が付いてるもの。だから、大丈夫。……うん、ありがとう」


 一つの口から二重の響きと、二種類の喋り方という異様な光景に、石舞台を弾かれたマクスウェルがどういう事だとリザ達に視線で問いかけた。


 奴隷契約のせいで前線に立てないでいた少女らは、《神聖騎士団》の盾使いに守られていたのだが、触手の嵐が迫った瞬間、盾使いが身を持って庇い、そのお蔭で無事だった。引き換えに、盾使いは重傷を負い、レティが治療に当たっている。


「詳しい説明は省きますが、あの子は精霊を《憑依》させる事ができるわ。いま、あの子には《ハヅミ》という精霊が宿っているのよ」


「精霊を《憑依》。それではまるで、『精霊の寵愛を受けし者』ではないか」


 驚くマクスウェルたちを余所に、石舞台上で二人睨みあうレイとハヅミ。


 レイは触手の嵐で鎧を形成するための闇を一度に放出したせいか、一瞬だが拘束衣のような鎧を脱ぎ捨てた。既に全身を覆い尽くしてしまったが、レイの素顔をハヅミは見ていた。


「この子の中から全部見ていたわ。貴方、『魔王』によって魔人になりそうならしいわね。本当に、お間抜けな話ね。自分の中で蠢く存在に気が付かず、放置するなんて。そもそも、コウエン。赤龍の魂を継ぐ貴女が傍に居ながらこの始末なんて。恥を知りなさい」


 強烈な嫌味を淡々と口にしたハヅミは、レイの金色の瞳や、黒に染まった龍刀へと試すような視線を向ける。


「……反応なし。どうやら、本当に声は届かなくなっているようね」


 どうやらレイとコウエンを揺さぶる事で、何かの変化を期待したようだった。仮面から露出する無機質な瞳は、何の感情も浮かばない。単なる硝子玉のような印象だった。


「なら、しょうがないわね。この子のためにも、頑張るとしますか」


 ハヅミが言うと、周囲を取り巻いていた水が、一斉に形を変えた。まるで刃のように鋭い形状をした水が、一斉にレイへと躍りかかる。


 水といっても侮るなかれ。


 水の大精霊ミヅハノメの末端であり中枢でもあるハヅミが操りし水は、剣豪の一振りと同義。


 鋭い音を立てて、闇色の鎧を抉り切った。それでいて、下の肌に毛一筋の傷も付けないという繊細なコントロール。雨あられと押し寄せる刃を前に、レイが応戦を始める。


 闇の鎧が膨れ、弾けると同じ数の刃が水と正面衝突する。


 互いに激しく打ち鳴らしながら砕けていく水と闇。どちらも不定形でありながら轟音を響かせるのは、それだけ威力が高い事を意味していた。


 そんなハヅミとレイの一騎打ちの間も、エトネは自分なりに戦う事を止めなかった。


 右腕に備わるクロスボウに特殊形状のボルトを装填する。先が膨らんだ中には、粉末状のケラブノス石が詰まっている。それを弾きだすさい、もう一つの指輪に宿る魔法、《付与・雷》が発動した。


 雷を宿したボルトがレイの頭めがけて放たれ、着弾と共に爆発した。空気を震わした爆発が晴れると、球形の仮面が一部だが砕けていた。エトネが狙ったのは左耳の付近。そこで爆発したお蔭で、耳が露出したのだ。


「やったわ、エトネ。おにいちゃん、エトネだよ。へんじをして! このお間抜け! この子が心配しているんだから、早く帰って来なさい!」


 一つの口から、必死に叫ぶエトネとハヅミ。それをレイは拒絶するように耳を手で塞ぎ、鎧から刃では無く、触手を展開する。数は二本だが、《神聖騎士団》を退けた脅威。上と横からそれぞれ迫る触手を、エトネの体は軽やかに躱した。上からの一撃を横に跳ぶことで避ける際、ボルトをクロスボウに装填。横から足を狙った一撃は体を捻り、背中すれすれで回避。着地の瞬間にボルトを放った。


 再び爆音が響き、兜の一部が露出した。


 今回、ハヅミは水の操作に専念し、体の操作はエトネが担当していた。精霊を宿す事で強化された能力値アビリティにも慣れたもので、エトネは踊るように攻撃を軽やかに躱していた。


 その間も水撃の刃は止まらず、勢いはエトネとハヅミの方にあった。


「これは……凄まじいな。怪我の功名とはまさにこの事か」


 石舞台から落とされた際に肋骨が折れたマクスウェル。その程度の怪我なら自分で治癒できるとポーションを塗り包帯を巻いていた少年の体は、歪な落書きがされていた。胸の中心から体の先端に向かって、ジグザグと曲がりくねった黒い線。それは入れ墨や魔法陣と呼ぶには直線過ぎて、芸術性にも乏しかった。


「怪我の功名とはどういう事でしょうか、マクスウェル殿」


 そんなマクスウェルに手伝いを申し出たのはリザだ。胸から背中にかけて包帯を巻いていき、止めている最中だ。シアラとレティも、それぞれ《神聖騎士団》の面々の治療に奔走していた。


「いま、あの水撃に対してレイ殿は押されている。儂らを一気に全滅させようとした触手の嵐によって、一時的に力が弱まったのだろう。だから、単騎で渡り合えているのだ」


「ですが、触手の嵐が起きたのも、あの子のせいです。目を離したすきに飛び出してしまい、皆様の足並みを乱してしまい、隙を作ってしまったから」


「戦闘とは流動的だ。何が作用して、何が発生するのか。全てを読むのは、風に吹かれる砂の粒を記憶するように難しい。あのまま、消耗戦になっておったら、間違いなく此方が不利のままだった。こうして、反撃の機会がある分、重畳といえよう」


 歴戦の冒険家らしい懐の深い言葉を放つマクスウェルは、長杖を支えに立ち上がると、仲間に告げた。


「聞け! 動ける者は、今こそ立ち上がれ。見ての通り、レイ殿を縛る闇は、勢いを失いつつある。精霊の参加によって、好機が訪れたのだ。今度こそ、レイ殿を助けるぞ!」


 檄が飛ぶと、高位冒険者たちが立ち上がる。何人かは手ひどい負傷を抱えているというのに、血が流れ堕ちているというのにも関わらず立ち上がる。悲壮感なんて無く、これが当たり前だと言わんばかりに受け入れ、飲み込み、前進する。


「エリザベート殿。お主らも、何時でも動けるように準備をしておいてくれ」


「……はい。分かりました」


 頷くリザから視線を切り、石舞台へと向けたマクスウェルの瞳に、黒い影が映る。直後に、まるで津波のように押し寄せる黒い炎に、少年は足を止めざるを得なかった。







 石舞台で触手と刃を放つレイと、水撃の刃を展開し軽やかに躱すエトネ。両者の戦いは、マクスウェルの言う通り、エトネとハヅミの方が優勢だった。


 触手の嵐で消耗した直後に、精霊を相手にしたせいか、レイを包む闇は薄く、簡単に砕けてしまう。それを応急処置とばかりに塞ぐが、すぐに別の所が薄くなり、砕け、修復という繰り返しだ。


 一転して追い詰められた形となったレイが動いた。


 ぞわり、と。エトネの尻尾が膨らむ。嫌な予感に背筋が震えたのだ。肉体を共有するハヅミにもその感覚は伝わった。


 彼女は即座に、エトネを包み込むように水の膜を展開し、防御に徹する。


 その判断は的確だった。


 直後、石舞台に叩きつけるように振り抜かれた龍刀から、津波のような黒い炎が拡散したのだ。光を呑む雲のような闇の炎は瞬く間に石舞台を埋め尽くした。


「やられた。まさか、龍刀の力まで使いこなせるなんて」


 ハヅミが悔しそうに呟き、エトネを守る水の膜を何重にも展開する。幾重にもなる水の膜だが、黒い炎に周囲を取りこまれ、あっという間に一枚、二枚と剝がされていく。


 もし、石舞台を上から見る事が出来たのならば、異様な光景だと言えただろう。黒い炎が海のように広がるなか、一カ所だけ水の膜が穴のように存在を放っていた。


「……あ、あつい。我慢して、耐えて頂戴、エトネ」


 エトネを励ますハヅミ。しかし、水の膜の内側は蒸気で満たされ、エトネは蒸し焼きにされる饅頭の気持ちを味わっていた。汗が噴き出す傍から蒸発していき、意識が茹りそうになる。


 尋常ならざる高温を、この黒い炎は発していた。これまでレイが振るって来た炎とは、威力でも、範囲でも群を抜いていた。


 エトネも知らぬことだが、これに近い炎を、レイは一度だけ引き出したことがある。


 アクアウルプスにおける、エレオノールとの最終決戦。ソーマによるブーストもあり、龍刀の力を半分まで解放することに成功した彼の姿は、遠目で見て居た者からは緋色の星が現れたようだと謳われ、それがそのまま二つ名になった。


 いま、津波のように広がる黒い炎は、その時の炎を超えていた。


 龍刀の力を出鱈目に引きだし、それを闇と混ぜる事で威力を引き出しているに過ぎなかった。


 それが一つに収束すればどうなるのか。


 一瞬だが、頭を過った可能性が、ハヅミの眼前で姿を現そうとしていた。


 津波のような炎を割って、レイが迫る。手にした龍刀は、炎が渦巻き、収束しようとしていた。


「やらせる物ですか!」


 萌黄色の瞳を縁取る青色が輝くと、ハヅミは持てる全ての力を使い、水を同じように収束させる。汗が即座に蒸発するほどの高温の中で形成されたのは、槍だ。騎兵が、その突進力をそのまま破壊力とするべく円錐の形をした巨大な槍が出現した。


 対するレイは振りかざした龍刀に炎を収束していく。それは石舞台を覆い尽くしていた津波の如き炎をも吸収しつつ、水の膜へと突き刺さった。


 水が蒸発する音がエトネの耳朶に反響する。ガラス細工を壊すように、何重にも展開していた水の膜はあっという間に消え、最後に残ったのは水の槍だ。


 黒い炎を収束した龍刀と、かき集めた水の力を注ぎ込んだ槍が激突した。


 瞬間、石舞台は発生した水蒸気に覆われた。


「む、いかん。皆、身を守れ!」


 マクスウェルの警告に反応して冒険者たちは顔や肌を隠す。水蒸気といえど、高温ともなれば肌は爛れてしまう。目に浴びれば、失明する可能性もあった。


 マクスウェルの長杖が振るわれ、風が巻き起こると水蒸気は拡散し、石舞台は晴れる。するとそこには、二人の影があった。


 刀を振り抜いた姿勢で硬直するレイと、それに対して消耗しきった様に膝を突くエトネ。


 黒い龍刀と、透明な水槍が交差した瞬間、エトネは槍を横に流したのだ。


 円錐の形をしていた槍の曲線をなぞるように、指向性を与えられて龍刀は振るわれ、最後に横から押されたことでエトネに直撃しなかった。


 もっとも余波だけでも人が吹き飛ぶ威力。ハヅミはエトネを守るべく、最後の一滴まで力を振り絞った。その代償とばかりに、瞳を縁取る輪が薄くなっていた。


「エトネ……ごめん……なさい。私じゃ……駄目だった。おねがいだから、逃げ、て」


 その言葉を最後に、ハヅミの力がエトネから抜け落ちた。文字通り、一人となったエトネはクロスボウに装填されたままのボルトをレイに向けて放つ。しかし、レイはそれを、首を傾けるだけで避けてしまった。


 体は動かない。《憑依》の影響で、疲労が体を地面に縫い付けていた。


 打てる手は尽きた。装填済みのボルトを放ち、次弾を装填する暇は無い。


 エトネは悔しそうに、悲しそうに顔を歪めて、金色の瞳を睨んだ。そこにレイの温かさが残っているのかどうか、縋るように。


 だけど、少女の思いを裏切るように無機質な金色の瞳が覗き返していた。


「……たすけて」


 声が零れた。


 震える声で放たれた救援の言葉。それを聞くよりも前に駆けだした《神聖騎士団》や《ミクリヤ》だが、僅かに遅い。レイが龍刀を斜めに振りかざしていたのだ。


「だれか、たすけてよ」


 声が零れた。


 自分に向かって無機質な殺意を向けるレイを見上げつつ、エトネは助けを請うた。無理からぬ話だ。いくら死線を潜ってきたとはいえ、彼女はまだ十にも満たない童子。死を前にして、臆病な本心をさらけ出したとしても、誰も責める事は出来ない。


 だけど―――違った。


 彼女が助けを請うたのは、自分の命では無かった。


「だれか、たすけてよ。、たすけてよ!」


 彼女は兄と慕うレイの救済を、それだけを望んでいた。


 最初からそうだった。


 彼女は最初から、状況が正確に理解できなくてもレイが苦しんでいるのを知り、それを助けたいと思い詰めた結果、暴挙とも言える行動に出たのだ。


 徹頭徹尾、レイを助ける。その想いだけが、彼女を突き動かしていた。


 純粋な想いが、彼女の助けを請う声と共に空へと放たれた。


 ―――だからこそ、奇跡が起きる。


 無慈悲な刃が迫る中、エトネの首から下げられた宝石が一人でに輝くと、その中に仕込まれていた魔法陣が起動した。エトネに流れるエルフの血に反応して魔法陣は宝石を砕きながら、世界を切り裂く斬撃を放った。


 宝石を砕き、衣服を破き、胸当てを裂いた一撃は、世界を割る。


 瞬間、遠く離れた大陸に居た男に、その斬撃が伝わった。なぜなら、それは男が宝石に仕込んだ、己の斬撃なのだから。







 男にとって、世界とは一枚の紙のようなものだ。


 硬質な龍の鱗であっても、堅牢と謳われた砦であっても、不壊の神器であっても、男が刃を振るえば、するりと切れてしまう。それは時間や、距離であっても同じで、紙を手で裂くように簡単な行為だった。


 せかいに開けた傷口を繋げることで、距離を無視した移動も、男にとって可能だった。それがどのような理屈で、どうして繋がるのか、男にはさっぱり理解できないでいた。


 重要なのは、それを使う事で隠れるように身を寄せ合って暮らす仲間を守ることが出来る。その一点だけだ。


 これまでもそうで、これからもそうである。


 男が背負いし二つ名が、地に倒れる瞬間まで、男は守り続けるのだ。







 エトネの胸元から出現した斬撃をレイは体を捻る事で回避した。その捻りを加える事で、更に威力を増した一撃を放とうとし、しかし、その一撃は簡単に受け止められたのだ。


 龍刀と近いしい黒色の鞘が刃を食い止め、それを握る腕は枯れ枝のように細い。着流しの袖がずり落ち、病人とまではいかなくとも不健康な白い肌が露出する。


「……随分とまあ、妙な場所に呼び出された物だ。まったく、手間をかけさせる」


 能面のような感情を削ぎ落した男の唇が動くと、投げやりのようでいて面倒見が良さそうな男の本心が透けて見えた。


 緑色の長髪から萌黄色の双眸がレイを射抜き、その視線に圧されたかのように飛び退いた。


 それは正しい判断だったかもしれない。レイの周りを一陣の風が吹くと、レイの頭を包んでいた兜が縦に両断されたのだ。露わになった素顔を前にして、男は首を傾げた。


「なんだ、童か。その珍妙な出で立ちだから、てっきりフィーニスの馬鹿かと思ったが。……貴様、まさか聖印でも植え付けられたのか」


 一瞬で、レイが陥っている状況を理解すると、男は面倒だとばかりに天を仰ぎ見る。その間、鞘に収まったままの日本刀は、一度も抜かれていなかった。兜を切り落としたのは、状況からすれば間違いなくこの男だというのに、誰一人、見えなかったのだ。


「さて、この場合は、俺はどうするべきなのか。……ああ、考えるのも面倒だ。とりあえず、斬ってから考えるか」


 そう呟き男は―――『七帝』の一角、『守護者』サファは欠伸を噛み殺した。






 純粋な想いは確かに奇跡を呼んだ。


 しかしそれが良き結末を招くのか、はたまた悪しき結末へと至るのか。


 それは誰にも分からなかった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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