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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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閑話:冒険王 奴隷時代Ⅶ

 そこは不可思議な空間だった。


 透明な青色のペンキで塗りたくった様な美しい空が頭上を覆い、下へと視線を向ければ雲海が白い大陸のように広がっている。


 太陽に手を伸ばせば届きそうなほど近く、それこそもっと上昇すれば宇宙へと突き抜けそうな程の高度に位置しているというのに、風は恐ろしく穏やかだ。


 大理石を削った様な巨大な一枚板の上に、幾つもの柱が突き出て階段のように連なっている。その最上段に腰かけ、手元に開いた『窓』を眺めているのは、中性的な顔立ちをした青年である。長い青髪を紐で括り、肩から前へと流している神の名はアネモイ。


 エルドラドを管理する13神が一柱にして、風を司る神だ。


 そしてここは、彼が座して過ごす空間である。星々がドームのように覆う大理石の間と違い、ここは13神がそれぞれ占有する空間の一つ。アネモイの許可なく立ち入る事は、例え13神であっても許されざる行為だ。


 美術品の如き完成された美しさを持つ顔を嬉しげに歪めながら窓に熱い視線を送っていると、外から声を掛けてくる存在に気が付いた。


 途端、アネモイの表情に険が走る。自分の憩いの時間を邪魔され、その不満がありありと浮かんでいた。それでも、その美貌に影を差す事は無く、むしろそれすらも彼の美しさを引き立てている。


 アネモイは雪の結晶を固めたような指先を振るう。すると、アネモイ以外誰も居なかった空間に新しい人影が出現した。


 揃いのトーガを身に纏い、青髪で顔を隠す青年、魂を司るサートゥルヌスだ。


 彼は大仰な仕草で一礼すると、


「お休み中、失礼をします、アネモイ。新しい観測結果が纏まったので、ご報告に参った次第でございます」


 と、手に持っていた結晶の欠片をアネモイに向かって弾く。アネモイは片手で受け止めると、それを新しく生み出した窓に向かって落とす。波紋が表面を揺らし、収まるのと同時に幾つかのグラフやレポートが表示された。


 それらをつまらなそうに見つめつつ、確かに受け取ったとだけ告げた。


 自分を一瞥すらしない態度にサートゥルヌスは憤りを感じてはいなかった。むしろ、愉快そうに口元を崩していた。


 そのまま退出しようとしない神に対して、アネモイは苛立たった様子で声を掛けた。


「……おい、サターン。いつまでここに居るつもりだ。渡すべき物を渡したのなら、速やかに退出したまえ。ここは私の座だ」


「これは失礼を。ただ、個人的に興味がありましてね。許されるのなら、質問をさせて頂きたい」


 唐突な申し出にアネモイは驚かずに、眉の間に皺を作る事で不機嫌さを表した。


「ふん。やはり、そんな魂胆か。何か企んでいるだろうと予測はしていたがな」


「おや? 驚きましたな。貴方の読心術が、まさか神である俺にすら通用するとはな」


「読心術ではない。この資料だ」


 言って、アネモイはサートゥルヌスが持ってきた資料を開いた窓を掴むと、空間を裂くように滑らした。見えないレールに沿うかのように滑る窓をサートゥルヌスは軽やかに躱すと、窓はそのまま雲海の中へと消えて行った。


「一読しただけで、あれが重要性も緊急性も低い内容だと判断できる。わざわざ持ってくる必要はない。大方、あれを渡すのを口実に、私と面会するつもりだったのだろう」


「ははは! いや、見事に看破されてしまったようで、何やら恥ずかしい限り。実際の所、正にその通りだ。風の神アネモイ。俺はどうしても貴方に尋ねたいことがあったのだよ」


 サートゥルヌスは階段のように連なっている柱を足場にして、上へと昇っていく。アネモイは上がってくるサートゥルヌスへと視線を固定したまま、組んだ足の上で頬杖を突いた。


「ずばり、安城琢磨についての質問さ」


「私の『招かれた者』について、何が聞きたいというのだ」


「簡単な事だ。どうして貴方は、彼をあんな環境にて転生させたのかという事さ」


 神々が『招かれた者』を転生する際に、いくつかの条件を設定できる。一つは種族。一つは性別。そして最後の一つにして、ある意味最も重要な条件、それは転生する場所だ。


「種族や性別は転生する前の、生前に合わせるのがスタンダードとされている。エルドラドにおいて、最も繁栄している人間種は他の世界にも大勢いる分、転生先としてはどの神々も選びやすい選択だ。性別も同様の理由で生前のをそのまま選択するケースが多い」


 まだエルドラドが『神々の遊技場』として正しく機能していたころ、人間として生きた戦士を、獣人種の女性として転生させた神が居た。その神の思惑はともかくとして、結果としてその少女は早々に死んでしまった。死因は自殺。


 原因は生前に培った価値観や認識の齟齬である。


 自らが毛むくじゃらな動物の、それも女という事実に耐えきれなくなったのだ。


 もっとも、これは数ある事例の中で、珍しい方の結果だ。逆に異世界で獣人として生きた狩人が人間種になったり、吸血鬼として生きてきた怪物が魔人種として転生したり、モンスターとして死んだ魂を人間に転生させた神も居た。


 それらが先の少女のように自分の置かれた状況に絶望して、自ら死を選んだ訳ではない。


「転生先をどんな風にするのかは、『招かれた者』を招いた神の自由だろ。君にとやかく言われる筋合いはないな」


「それはエルドラドが『神々の遊技場』と呼ばれた時代のルールだ。エルドラドが崩壊への道筋を走りだしている現状で、貴方のした事は不合理極まりない。安城琢磨を、どうして奴隷の子供として転生させたのか。それが分からないのだ」


 エルドラドにおいて、人間種人間族の個体としての寿命は平均して七十前後である。そこに、生まれた環境、時代、生活水準などいくつかの要素が加わり、大まかに五十代から八十代ぐらいが人間族の寿命と言われている。


 仮に、短い方の五十代が安城の寿命だとして、彼は奴隷として転生したせいで二十年近い時間を無駄に過ごしたとサートゥルヌスは言う。


「『招かれた者』の役目は世界救済。そのためには幼少期から特別な訓練や経験、人脈を作るように促せる環境へと送り込むのが合理的な判断かと。事実、他の神々はそうしている」


「他の神がそうしたからといって、私がそれに習う必要はあるまい」


「確かに。ですが、納得はできないのですよ。仮に、これに意味があるとするなら、それをご教授願いたい。今後の、俺の『招かれた者』を招く時の参考にしたいので」


 再び一礼をするサートゥルヌスにアネモイは隠すことなく胡散臭い奴と口にした。


「ヘリオスの差し金か?」


 同列ではあるが13神の中で一際威厳がある神の名を出すと、サートゥルヌスはとんでもないと首を振った。


「あくまでも個的な興味です。誰かから聞いてこいなどとは」


「……まあ、いい。どうせ、他の神々も似たような疑問を抱いているのは顔を見れば分かる。私が、君らの立場なら同様の疑問を抱いたはずだ。故に、答えてやる。その代り、他の神に君から説明したまえよ」


 サートゥルヌスが承りましたと告げたのを見て、アネモイは己の考えを明かす。


「君の言う通り、安城琢磨の転生先を奴隷の子にしたのは、理由があってのことだ。……それを語るためには、彼の歪な精神構造を語らなくてはいけないな」


 言うと、アネモイは何もない空間に無数の窓を開く。それは一枚一枚が動画のように動き、音声が再生される、何かの記録映像のようだ。


 視線で問いかけるサートゥルヌスにアネモイは、


「これは全て安城琢磨だ。無論、エルドラドに転生する前の彼だ」


「赤子から老人まで。もしや、安城琢磨の生涯を記録しているのですか」


「ああ、その通りだ。……私が彼を招こうと決めたのは、彼が在るかどうか不安定な異世界へと渡る事を、生涯を通じて疑わずにいた精神性を評価した……だけではないのだ」


 アネモイの言葉にサートゥルヌスは軽く驚いた。安城琢磨が生前貫き通した異世界への憧憬は、13神の中でも広く知れ渡っており、火の神プロメテウスなどはその燃え尽きるような生き様を高く評していた。


 彼が招いたイーフェよりも先に安城琢磨を見つけていたら、おそらく招いただろうとは本人の言だ。


 それだけに、憧憬以外の理由があったのかとサートゥルヌスは驚いた。


「安城琢磨は言うなれば……生まれる時と場所を間違えた、迷子のような存在だ」


「迷子……ですか?」


 オウム返しの言葉にアネモイは頷いた。


「あれが異世界という創作物にのめり込んだのは、生まれた環境だけでなく、本人の抱えている業に問題があった。あれは、生まれつき現実を現実としてとらえる事が出来ないでいたのだ」


「それは……何かしらの。五感に異常をきたしていたという事ですか」


「近いようで違う。安城琢磨は幼い頃から、あれが生まれ育った世界を、正しく認識できないでいたのだ。喜びも怒りも愛しさも悲しみも、どれもあの男には理解できない、感じる事のできない概念なのだ」


 例えるなら、それは味のしないスープを味わう様な事だ。酸味も甘味も塩味も辛味も苦味も、どれも曖昧にしか感じ取れず、それが上手いのか、あるいは不味いのかすら理解できない。理解するための機能が、彼の舌には無い。


 喜怒哀楽を感じる機能センサーが、彼の心で正常に働いていなかった。それらを正しく繋ぐはずのケーブルが途中で切れたかのようになっていた。


 来る日も、来る日も、理解できない、感じ取る事の出来ない現実スープを、生命活動を維持するためにだけに接種する毎日。


「普通なら、年を経るごとに、その状態と折り合いを付ける。それを社会性と呼ぶのか、あるいは年相応の落ち着きと表現するのか。ともかく、時間が解決するはずの問題を、安城琢磨は別の方法で知ってしまった」


「異世界について記された書物、ですね」


「その通りだ。彼の世に出回っていたその類の書物は、ほとんどが創作物。作者の頭の中で産み落とされた偽りだ。ところが、安城琢磨は、それに縋るしかなかった。この世界を感じ取る事が出来ない自分だけど、別の世界なら違うのではないか、と」


「それじゃ、つまり。安城琢磨が異世界に来た本当の目的は」


「異世界への憧憬だけでは無い。異世界への。それがあれの本当の目的さ。そして、あの男は願い通りに異世界へと渡り、困難に直面した時、生の充足を感じる事が出来た」


 サートゥルヌスは予想していなかった答えに言葉を失う。一方で、頭の中で納得もしていた。


 どれだけ異世界に恋い焦がれていても、憧憬だけで人生を棒に振るかもしれない覚悟は誰も抱けない。


 だが、人生をやり直すための逃避行動という意味でなら、あるいは可能かもしれない。いまの人生に価値を見出せず、それゆえ次の世界、異世界に想いを馳せ、人生を費やす。しかし、それは悲しい理由である。


「私が本当の意味で安城琢磨を気に入ったのは、その執念だ。新しき世界で、本当の意味で生き直したいという欲求。それは世界を大きく変革する糧となるだろう」


「……安城琢磨を選んだ理由には納得がいきましたが、それでは答えになっていません。どうして、そんな人間を奴隷として転生させたのですか」


 再度の問いかけにアネモイは秘密を打ち明けるかのように声を低くした。


「ああ、それは洗礼だよ。13神が一柱、風を司る神アネモイからのとっておきの洗礼を与えたのさ」


 アネモイの意図が理解できないサートゥルヌスは首を傾げた。


「いいかい? 彼は生まれてくる時間や場所、あるいは世界を間違えた、ただの凡人だ。持ち合わせた知識も経験も、平均的でしかない。そんな人間が世界救済を行うためには、途方もない困難を此方から与えるしかないだろ。何しろ、生まれた故郷せかいから逃避する為だけに異世界転生を望む人間だ。平凡な環境で、いや恵まれた環境で生まれたとしても、彼は何も為そうとはしないだろ。彼にとって、転生することが望みなのだから」


「……人生をやり直す。それが安城琢磨の、本人ですら理解していない欲求ならば、あり得る話ですね」


「だからこそ、彼には世界の闇を見つめさせるべきだと私は考えたのだ。エルドラドにおける奴隷制度。その中でも、あそこの採掘場はよく出来ていてね。あそこに根っからの悪人は居ないのだよ。皆が奴隷制度というシステムを受けいれ、見えざるシステムに操られているのだよ」


 命が数として消費される地獄のような光景。しかし、そこに悪意はない。誰かが誰かを貶めようとするわけでもなく、憎しみから生み出した訳でも無く、歴史が積み上げた結果に過ぎないとアネモイは語る。


 奴隷として生きていく以外の手段を知らない者達が居て、奴隷を必要としている者達が居た。ただそれだけの話だ。


 水の流れに合わせて回る水車のように、奴隷制度は生まれ、動き、回る。その過程で多くの悲劇と死があったとしても、それは誰かが悪いという事にはならない。


 悪意無き悪。


 魔王のような分かりやすい敵がいるならば、それを倒す英雄となればいい。しかし、システムを正すのは、何時だって革命者なのだ。


「プロメテウスが招いたイーフェの存在によってエルフの国は崩壊した。それは前回のエルドラドにおいて、起きなかった出来事だ。その結果、世界は乱れ、変化し、新たなる七帝『守護者』を誕生させた。結果としてはエルドラドの崩壊に変化は無かったが、私は前のエルドラドに起こらなかった事こそが世界を救済する手段だと考えているのだよ。七帝を倒す以外の世界救済を、安城琢磨にやらせてみせる。そのために、奴隷として転生させたのだ」


「……アネモイ。貴方は一体、何を企んでいるのですか?」


 珍しく困惑した素振りを見せるサートゥルヌスにアネモイは確固たる確信を抱きつつ告げた。


「革命だよ。私は、エルドラドに新しい風を吹かせてみせる」






 夜中に振り出した雨によって水かさが増した川の傍を人影が二つ、並んで歩いていた。一人は背の高い、中折れ帽子を深く被り、黒い革製のジャケットを身にまとった男。適当な長さで切り揃えた金髪は、先端に行くほどくすんでいる。もう一人は、男の背丈の半分ぐらいしかない、動きやすい服装に身を包み、目元まで伸びた艶やかな金髪を揺らした幼い少年だ。


 二人とも大きな荷物を背負い、親子で旅をしているかのような様子だった。


 すると、子供の方が川を見て驚きの声を上げた。


「ねえ、ねえ。川に人が流されてるよ」


 少年のあどけない言葉と裏腹に大事な内容に、帽子の鍔を上げた男が目を細めながら川を眺める。茶色くなった濁流の中を時折、少年の言う通り人が浮かんでは沈んでいくのが見えた。


「ありゃ、兵士か? それにしては首輪を付けた奴もいるな。どっかの逃亡奴隷……にしちゃ、随分と数が多い」


 男は見た物を口にしながら、川の上流へと振り返った。記憶にある通りなら、この近くに国営の採掘場があったはずだ。大抵の採掘場では奴隷が使われているから、そこの関係者だろうかと辺りを付けた。


「だとしたら、下手に関わるのは止めた方が良いな。余計な事に首を突っ込んで、面倒な事に巻き込まれたらたまったもんじゃない。お前も―――って、どこに消えたんだ、あいつ」


 自分の足元に居たはずの少年がいつの間にか消えた事に男は気が付いた。金髪が目立つ少年を探して視線を飛ばすと、進行方向の先に見覚えのある頭を見つけた。


 小走りで駆けより、文句を吐けようと口を開いたが、しゃがみ込んだ少年の影に居た存在に気が付き呻いた。


 薄茶色の髪を坊主に刈り上げ、体格に合っていない鎧などを身に着けた二十前後の青年。男は青年の首に嵌められた金属の輪に視線を注いでいた。


「言った傍から奴隷を見つけてんじゃねえよ」


「ねえ、ねえ。この人、生きているよ」


「ああん? 息は……しているな。確かに生きている。もっとも、ほっとけば死ぬがな」


 奴隷の口元や体温を手で感じ取った上で、男は断言した。まるで氷のように冷たい体に、微かな吐息では、そう長くはもたない。体を拭き、温めないと死んでしまう。


 それを理解した上で男は子供に告げた。


「ほっといて、先を行くぞ」


「えー? 助けないの」


「馬鹿か、お前は。こちとら、根無し草の魔法使いだ。今日の寝床もままならないっていうのに、こんな問題大ありの奴隷を連れていく余裕はないぞ。うちはただでさえ食い盛りなガキを抱えてんだぞ」


 男の言葉に子供は唇を尖らせる。


「そんな態度をしても助けねえよ。犬猫ならまだしも、逃亡奴隷なんて厄介事の塊、見なかった事にするのが一番だ。さっさと行くぞ」


 言うだけ言うと、男は先へと進む。すでに死にかけの奴隷について忘れたかのような足取りだ。


 対照的に子供は先を進む男と、倒れ伏す奴隷の方を交互に見つつ、後ろ髪を引かれる思いで男の方を追いかけた。


 ―――瞬間。子供の足が止まった。


 彼の意思では無い。


 子供の足首を、奴隷の青年が掴んで離さないのだ。その力は凄まじく、まるでこれを離せば死ぬかのように念を込めている。


 子供の力では振りほどくことは難しい。子供は困った風に首を傾げた。


「ねえ、ねえ。お兄さん。僕はお父さんと一緒に行きたいんだ。だから、この手を放してくれないかな。うちのお父さんって、僕の事も容赦なく置いてく人なんだ。だから、ねえ。お願いだよ」


 聞き分けの無い子供を悟らせるかのような優しい語り方をする子供に対して、奴隷の青年は息も絶え絶えになりながら答えた。


「おれ……は……こん……な……ところ……で……死んで……たま……るか」


「そんなの僕に関係ないよー。困ったな、本当に困ったな」


「おい、! 何をやっているんだ。早くこっちに来い」


 遠くから自分を呼ぶ声に、ちょっと待ってて、と子供は返した。オルタナと呼ばれた子供は頬を掻くと、どうするべきかと悩む。


 そして、名案を思いつたとばかりに小さな掌を打った。


 倒れ伏す青年にしゃがむと、オルタナは内緒話をするかのように囁いた。


「あのね、お兄さん。実は僕、ここに来る前に凄い面倒な事をお願いされたの。僕って綺麗なお姉さんに弱くて、ついつい安請け合いしちゃったんだよね。でも、冷静に考えると、一人でやりきれる自信が無いんだ」


「なん……の……はな……し……だ」


「だからね、契約をしようよ。僕はお兄さんを助ける。その代りに、お兄さんは僕を助けてくれるかい?」


 奴隷の青年は既に考えるという行為をする事すらできないほど消耗していた。


 ただ、そんな頭の彼でも、差し出された手が、生存するための唯一の可能性だと理解していた。地獄に向かって垂らされた、一本の細い蜘蛛の糸。それを拒めば地獄に置き去りにされる。


 だから、奴隷の青年―――安城琢磨はその手を掴んだ。


 オルタナは安心したかのような笑みを浮かべた。


「決まりだね。これで、お兄さんと僕は一蓮托生だ。それじゃ―――世界を救うとしようか」


 その言葉を聞きながら、安城の意識は底なしの闇に包まれるかのように消えてしまった。







 冒険王、エイリーク・レマノフ。


 彼の生涯において共に旅をした仲間の多くはその後の歴史にも関わる重要人物として名前や功績が後の世まで知れ渡っている。


 だが、そんな中で、ただ一人。謎多き人物とされている者が居た。


 ある時はエイリークに名を与え、魔法を教えた師として。


 ある時はエイリークから多くの事を学んだ弟子として。


 ある時はエイリークの言葉を記した、『冒険の書』を執筆した親友として。


 語られる物語によって立ち位置や、年齢、名前、時には性別すら変わってしまう謎の存在。


 だが、彼もまた偉大なる人物として、二つ名だけは残していた。


 無神時代において、人類の黄金期と呼ばれた時代。『冒険王』、『科学者』に匹敵するだけの偉業を成し遂げた三英傑の一人―――『魔導師』。


 既存の魔法とは全く別の新しき魔法を生み出した異端の天才と、過酷な環境から立ち上がる術を知った奴隷の子は運命に導かれるようにして出会ったのだ。


読んで下さって、ありがとうございます。


これにて7章閑話は終了です。

次回は7章終了時のステータスと簡単な人物紹介を投稿します。

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