7-50 首都解放作戦Ⅴ
赤黒い雷が、土砂降りの雨の如く空間を焼き払う。一つ一つの雷が轟音を響かせ、ドーム状の室内は音の洪水に飲まれた。
建物を保護する結界が砕けては修復、砕けては修復という作業を繰り返さなければ、建物自体が消し炭となってもおかしくはない破壊力だった。
《雷神ノ暴雨》。雷系における最高位の魔法は、空間を薙ぎ払う雷の雨をもたらした。時間にすれば数秒だが、永劫続くようにも思えた。いまだ、反響する音だけが残り、室内を揺らしていた。
何もかもを薙ぎ払う魔法が終わった時、あり得ざる光景が広がっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……や、やっと。終わったのか。皆、無事か」
膝を屈しながらどうにか顔を上げたレイが周りに声をかける。防具の無いむき出しの顔には雷の火傷痕がくっきりと残っていた。痛みが全身を駆け巡り、皮膚が焼き鏝を当てられたようにじくじくと泣いている。それでも辛うじて生き残っていた。
レイの言葉に反応したリザ達も、同じような姿だったが、全員生きていたのだ。超級魔法を浴びて、それを耐えたのだった。
「あ、危ない、所でした。……レティの、《半球ノ盾》が無ければ、即死していました。よくやりました、レティ。それとダリーシャス様、大丈夫ですか」
「ああ、問題ない。助かったぞ、リザ」
リザの下敷きになっているダリーシャスが礼を口にするという奇妙な現象。実は、魔法が発動される直前にリザは傍に居たダリーシャスを守ろうと覆いかぶさった。そのお蔭か、ダリーシャスもどうにか生き延びた。
「リザの言う通りだ。レティが魔法を四重に掛けてくれなかったら、いまの雷で全滅してたよ。ありがとう、レティ」
「ううん。あたしの手柄じゃないよ。シアラお姉ちゃんが言ってくれなければ、反応が遅れてたよ。だから、お姉ちゃんのお手柄だよ」
「お褒めの言葉、あんがと。にしても、魔法工学の兵器が魔法を使うなんて。『科学者』って絶対性格がねじ曲がってるわよ」
ぐったりとしたままシアラが吐き捨てるように言った。
あの時。腕輪の魔法式からそれが超級魔法だと看破したシアラはレティに対して《半球ノ盾》を張るように命じた。それも一枚では無く四枚。咄嗟とはいえ、よくぞ中級魔法を四枚も展開できたとレイはレティを称賛したい。
仲間達が集まっていた事も幸運に作用した。四重の守りの中に居たレイ達は、一枚目があっけなく砕け、二枚目もほとんど間をおかずに砕け、三枚目がどうにか耐えようとして結局砕け、最後の砦を突破された時には《雷神ノ暴雨》は威力を弱めていた。一枚でも守りが足りなかったら、誰かが死んでもおかしくなかった。
そして、シアラの功績はもう一つあった。
《雷神ノ暴雨》を放った巨人兵の頭部。無機質な兜を乗せていた部分が大きく抉れていたのだ。
腕輪の魔法式を見た瞬間、それがもしかすると雷系かもしれないという可能性を思い浮かべたシアラはレティが盾を展開するよりも前に、エトネの腰にあったポーチを掴んで投げたのだ。ハンマー投げの選手のように、体を回転させて、遠くへ放り投げた。
力いっぱいに投げたボルトのポーチが奇しくも巨人兵の頭部へと向かい、そんな中で《雷神ノ暴雨》が発動したのだ。
オリハルコンで構成されている巨人兵は、自分の魔法でダメージを負う事は無かったが、ケラブノス石の粉末を収めたボルト、合計三十本分の塊が一度に爆発したのは耐えきれなかった。
頭部を半壊させた巨人兵は、元々膝裏を破損している事もあってか膝を屈していた。そうでなければ、魔法の影響で床に呻いているレイ達を見過ごすはずがなかった。
「とにかく、回復するね。《超短文・中級・拡散回復》」
レティを中心とした回復の魔法陣が展開され、その場に居た全員に癒しの光が降り注いだ。火傷の痕や、焦げた髪などが瞬く間に回復された。
どうにか立ち上がれるようにまで回復したレイだが、魔法陣の中心に居たレティが立ち上がろうとしない事に気が付いた。
「どうしたんだ、レティ。まさか、回復が追いつかないのか」
「ごめん、お兄ちゃん。精神力が切れちゃった。目が回るし、体に力が入んないや」
心配するレイに対してレティは掠れた声で返した。考えてみれば、中級魔法を連続で五発も使ったのだ。レベルアップを繰り返し、戦闘の経験を積んだレティといえど、持てる精神力を全て使い切っても無理はない。
レイは自分のポーチから精神力を回復させるポーションを取り出そうとした。ところが指先が濡れた感触が伝わる。慌てて振り返ると、ポーチから複数の色が混じった液体が染み出ていた。上から触れば、瓶が砕けていた。どうやら、雷撃を浴びた時に砕けてしまったようだ
「参ったな。さっきの魔法のせいでポーションが全滅だ。みんなの方はどうだい」
レイの問いかけに各自がポーチの確認を行ったが、無事だったものは居なかった。
「在庫は馬車の方にあるけど外に置いてきたからな」
首都に潜入するにあたって、馬車は小さくして持ち運んでいた。その中にはレイ達の装備品の他に監禁されている王や族長たちの体調を考えた食料や薬、物資などを積み込んでいた。族長らを解放している最中に、自由に使ってほしいとマクスウェルに預けたのが裏目に出た。
もっとも、馬車の中にはケラブノス石の塊が転がっている。小さくしている間は中の時間は停止しているらしいが、雷がどのような影響を与えるのか不明なだけに、手元に無くて助かったとも思う。
レイ達はポーチを何重にも重ねて染み出るポーションを絞り、レティの口元に流し込んだ。
「悪いけど、いまはこれで我慢してくれ」
「ううう。口の中で色んな味のポーションが混じり合っているよー。不味いよー」
涙を浮かべて抗議するレティだが、それなりに効き目はあったようだ。精神力を半分以上回復させて、ようやく立ち上がった。
回復を済ませたレイ達は巨人兵へと向き直った。頭部と膝裏の破損は想像以上に影響が大きいのか、まだ巨人兵は膝を突いたまま動こうとはしなかった。その隙に、レイは作戦を決めようとする。
「状況を確認しよう。まず、此方でアイツに有効打を与えられそうな技は何だと思う」
「そりゃ、主様の《全力全開》状態でしょ。それとリザの飛翔穿」
「シアラの《アイスエイジ》が効かないとしても、《ハヅミ》ならば身動きを止めるぐらいは可能では? ケラブノス石のボルトが無くなったから、エトネの格闘が通用しない事を考慮すれば発動しておいた方が安心かと」
「ご主人さまの《崩剣》とか《砕拳》はどうなの?」
「あれは攻撃が通らないと意味がないからね。鎧で弾かれるのが落ちかな……うん。作戦が決まったよ」
全員の思い付きを頭の中で整理したレイは作戦を説明した。それは上手く行くかどうか分からないが、賭けるだけの価値がある作戦だった。
「それで行きましょう。レティの精神力が全快じゃない以上、さっきの魔法が放たれても今度は防ぐことは出来ない。やるなら、動かないでいる今だけよ」
シアラの言葉に全員が頷いた。
膝を突いた巨人兵に思考回路なんて物は無かった。ノーザンが組み込んだのはパターン別の画一的な対処法のみ。自らの体が損傷した場合、その度合いをチェックし、そのまま戦闘続行できるかどうかを自己分析し、場合によっては体を一度崩してから再生するという手段も取る。巨人兵はそのチェックを行っている最中だった。
頭部を破損し、膝裏を砕かれても戦闘自体に復帰することは可能。そう、結論付けるまでは侵入者への対応は一時保留となっていた。レイ達を放置しても問題は無かった。巨人兵と共に侵入者を閉じ込める鳥かごがある限り、脱出は出来ない。ならば、一刻も早く自己分析を終らせ、戦闘に復帰する方が得策なのだ。
だけど、それをレイ達は待っているつもりはなかった。
巨人兵を倒すべく行動を開始。龍刀から紅蓮の炎が渦を巻いて放たれ、巨人兵を襲う。狙うはむき出しの頭部の穴だ。
センサーで攻撃を知覚した巨人兵は自らの手で穴を塞いだ。炎の侵入を止めようとしたのだ。オリハルコン製の体は炎を弾くが、中に収められている魔石は違う。内部に炎を送りこまれれば溶けてしまう可能性があった。
攻撃を防がれたレイだったが、どういう訳か満足そうな、挑戦的とも取れる笑みを浮かべていた。考えるという機能がない巨人兵にはその笑みの意図が分からない。
「いまだ、エトネ! 両手が上がったぞ!」
「うん。きて、《ハヅミ》」
エトネが嵌めた二色指輪の内、青の指輪を天高く掲げ叫ぶと、籠められていた膨大な魔力が一つの存在へと具現化しようとしていた。透明感のある水色の塊が人の女の子の形になったと思うと、エトネの体を包みこんだ。
そしてエトネが体を震わすと、常に彼女と共にある友人が表に出る。
「いいわよ、エトネ。貴女の思うがままに。それが私の望みだから。ありがと、ハヅミ」
一つの体に二つの精神を宿したエトネが、空気中の水分を集めた。それは巨人兵の足元から薄く、膜のように覆っていく。異変に気が付いた巨人兵は自己分析を中断して、逃走を図ろうとした。しかし、水の膜の方が速かった。
全身を水の膜で覆われると、巨人兵は動きを止めた。関節などを水の圧力によって止められているのだ。とはいえ、巨人兵にとっては大した問題では無かった。
オリハルコンの特性によって、この水では何のダメージも被っていない。ただ、体が動けないだけで、それも時間と共に解決できる。緊急性が低いと判断したのだ。
だけど、レイ達の行動はこれでは終わらなかった。水で覆われた巨人兵を行動不能に追いやるべく、更なる行動に出る。
「《今一度、この地に再臨したまえ》」
それまでタイミングを合わせて詠唱していたシアラが最終節を歌い上げた。その手にはレイから借り受けた赤色の指輪が嵌っていた。杖を刃のように鋭く、巨人兵へと突きつけた。
「《アイスエイジ》!」
ドーム状の空間に時代を凍らせた氷が吹き荒れる。凍てつく吹雪が狙うのは巨人兵―――の体を取り囲む水だった。
透明な水が吹雪によって氷へと姿を変えていく。オリハルコンで出来た巨人兵に魔法の類は効果が薄い。本来、エトネが放った水の膜は内部に向かって圧力をかけ、中で押しつぶす効果があったが、オリハルコンのせいで効果が半減してしまった。《アイスエイジ》も普通に使えば、弾かれてしまうはずだ。
そこで、巨人兵を覆った水だけを狙って凍らせたのだ。魔法の効果を弾くのは巨人兵の体に触れた時のみ。体を覆う水の膜が凍るのは防げない。
かくして、巨人兵の氷像が完成する事となった。左手で頭の穴を覆う、不格好な姿をさらしていた。
だが、それも長くは持たないだろう。氷像は完成した時点からひび割れる音が各所から聞こえていた。おそらく、無理に体を動かそうとしているのだ。例え氷漬けになったとしても、金属の塊にはダメージはない。
「それでも、十分だ。リザ、レティ、それに―――ダリーシャス! これで決めてくれよ!」
仲間の名を告げると同時にレイは残った龍刀の炎を一点に集中して放った。それはまるで一筋の光のように、真っ直ぐと進み、氷像と化した巨人兵の胸部を溶かした。むき出しとなった胸部に向けて、最後の一手が放たれる。
「《超短文・低級・形状変化》」
詠唱と共にリザのロングソードが変化した。片手剣が、ローランの持つ両手剣並みの大剣へと変化した。持ち上げるだけでも一苦労しそうな刃を軽々と振り回して、構えたリザの足元で水が集まり出した。ハヅミが憑依したエトネが指を振ると、集まった水に押し上げられ、リザの体が天井へと持ち上がった。
曲面を描く天井まで持ちあがったリザはくるりと回転した。大剣の重さを利用して天井に足を着ける。長い金髪が重力に従い下へと垂れ、天地が逆転した世界でリザは大剣の切っ先をダリーシャスへと向けた。
そして、己の技能を発動させる。
「《この身は一陣の風と鳴る》!」
発動した途端、彼女の両足に暴風が絡みついた。彼女はそれを一つ、解放した。同時に天井を蹴る事で、彼女は暴風に押されながら下へと加速して落ちる。
自らの方向へと真っ逆さまに落ちてくるリザを見ながら、ダリーシャスは己の役割を果たそうとする。これが、このパーティーで最後の戦いだと理解しながら。
「《超短文・中級・引力》!」
見えざる巨人の手がリザの体を掴み、さらに加速させる。その刃は違うことなく、狙いを外さずにダリーシャスの方を向いていた。それはまるで、決められたレールを進むトロッコのように真っ直ぐだった。
だからこそ、この魔法が成功するのだ。
「《超短文・上級・反射盾》!」
レティが残っていた精神力を全て使い果たして倒れると、ダリーシャスとリザの間に魔法の盾が出現する。戦技、魔法、種類を問わずに跳ね返す《反射盾》は傾いていた。リザの体が盾に触れると、切っ先はダリーシャスから直角に曲がって反射した。その向かう先は氷漬けになった巨人兵だ。
リザは最後のダメ押しとばかりに片足に宿っていた暴風を解放した。《風ノ義足》と《引力》によって加速された彼女の体は、砲弾をも超えた速度で迫る。巨人兵はセンサーで全てを知覚しながら、迫りくる攻撃を避けようとするも氷に阻まれてしまった。
身動きの取れない巨人兵とリザが交錯すると、強烈な破砕音が広間を震わした。
建物が崩れたのかと思わせるほどの強烈な音と共に、リザの体があらぬ方向へと弾かれてしまう。急な制動が掛かった事で、体が吹き飛んでしまったのだ。
「お姉ちゃん!」
レティが悲痛な叫びをあげるも、床を転がったリザは血を流し、鎧を破損させながらも片腕を突きあげた。精神力で全身を覆っていたのが致命傷を避けたのだ。
リザの無事を確認した全員は、巨人兵の方へと視線を戻した。そこには氷で四肢を固定され、むき出しの胸部に刃を突き刺された巨人兵が佇んでいた。
「やった……のか」
ダリーシャスが思わず呟いた。これでだめなら、手はもう無い。全員の力を結集して放った必殺の一撃だ。二発目はあり得ない。全員が祈る思いで見守る中、巨人兵が動いた。
氷で固定された関節を無理やり駆動させ、左手を持ち上げるのだ。そこに嵌められた腕輪に込められた魔法を放とうとする。
「させるか!」
全員が硬直する中、レイが最初に駆けだせたのは、彼が余力を残していたからだ。こうなった時に備えて、最後の一撃を溜めていた。
巨人兵へと駆けだす足元で水が溜まる。エトネがリザの時と同じように、レイの体を水流で射出する。宙を舞い、一気に距離を縮めるレイ。視界の片隅では、巨人兵が掲げた左手から魔法が発動されようとしていた。
「これで、終わりだ!」
レイはありったけの精神力を右手に集中させるとリザの大剣を掴んだ。剣先が内部で固い物に引っかかっているのを感じた。
これが魔石だ。
そう考えたレイは右手に溜めていた精神力を刃に集め、一つの戦技へと昇華させる。この為だけに、取って置いた精神力。最後の一滴まで絞り尽くす。
「《崩剣》!」
更に奥へと突き刺さった大剣。その切っ先から送られる戦技が魔石を内部から崩壊させる。
途端、巨人兵の動きが止まった。それまで氷漬けにされようが、何をされようが機械的に動こうとした巨人兵が、遂に止まったのだ。
そして、掲げた左腕が降ろされるのと同時に、体を繋ぎとめていた術式が解除された。氷漬けにされた内部で、鋼鉄の体が銀色の液体へと変化していくのを見て、全員が理解した。
巨人兵を倒した、と。
レイ達が魔法工学の兵器と激闘を繰り広げていた空間と、扉一つ挟んだ塔。内部は石造りの階段が延々と螺旋を描いている。その塔の最上階。質素で、調度品どころか鏡すらないわびしい部屋に老人は居た。
簡素な部屋に似つかわしい、シンプルなベッドで体を横たわらせ、静かに瞼を閉じていたが、老人は背中から伝わる階下の音が変わった事に気が付いた。
ゆっくりと目を開け、天井を見上げる老人の頬は片方が吊り上がっていた。
「ふむ。巨人兵を倒したのか。どうやら中々面白そうなのが、下にまで来ておるようだが。果たして誰が来たのやら。アフサルか、あるいはジャマルか。それともワシャフの倅共か。ああ、そういえば、ダリーシャスも居たな。我が孫たちは儂に似て一癖も二癖もある奴ばかりだから、読み切れないの。どれ、ここまで来た褒美として一つ歓待してやるとするかな」
言うと、老人―――カリバン・デゼルト王は楽しげに笑ったのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は二十七日月曜日頃を予定しております。




