7-36 目指すべき姿
包囲網を敷いた部隊の隊長は苛立っていた。
話が違う。
ダリ―シャスの護衛である冒険者は卵の殻を頭に乗せた、年若い子供たちと聞かされていた。しかし、蓋を開けてみればどうだ。
完全武装した兵士たちを相手に一歩も退かない。それどころか、こちらを殺さないようにと気を使われていた。戦闘が始まって十分が経過したが、重傷者は出るものの、死者は一人も出ていない。
舐められている訳ではない。おそらく、負傷兵を増やす事で、その治療に忙殺される兵士を増やそうとしているのだ。一人の怪我人を治療するのに、一人は確実に手を塞がれてしまう。
治療を止めるという事もできない。仲間の苦しむ姿は、数秒後の自分だ。それを見捨てろと命令されれば、兵士の士気に関わってしまう。
嫌な所を突く。老獪と評するべきか。
「連中には、悪魔のように狡猾な奴が居るな」
忌々し気に呟くと、離れの玄関前のロビーで戦うシアラが小さなくしゃみをした。
鼻をすすり、風邪でも引いたかしらと自分の体調を確認する彼女に向けて、兵士が槍を構えて突撃する。ガラ空きの背中に向けて突きつけられる槍は、その直前に割り込んだレイの龍刀に半ばから切断される。
武器を失った兵士は慌てて距離を取ろうとするも、腰から引き抜いたダガーの雷が逃さない。紫電を浴びた兵士は痙攣し、すでに崩れ落ちていた仲間の上に折り重なるように倒れた。
どの兵士たちも死んではいないが、治療をしなければ戦線に復帰できない。いつの間にか、立っている兵士の数を倒れている兵士の数が上回っていた。
「なんだか、誰かに噂されたわね。この感じからすると、楽な仕事で上役に良い顔をしようとした中年男性に罵倒されたわ」
「くしゃみ一つで判明する情報量が多すぎるだろ」
呆れるレイに対して、足元で倒れていたはずの兵士が襲い掛かる。実は、倒れた振りをして、様子を伺っていたのだ。反応が遅れたレイに対して刃を向ける兵士だが、彼は哀れにも放たれた魔法の弾丸に吹き飛ばされて窓から外へと放り出された。
シアラが杖を振るい、次なる獲物を求め、金色黒色の瞳でロビーを見回した。
二階に繋がる大階段の前は倒れている兵の数が特に酷かった。踊り場に敵味方双方にとって最重要人物であるダリ―シャスが立っているのだが、彼はレティに守られている。弓などの飛び攻撃は彼女の展開する盾に全て阻まれており、ダリ―シャスを殺すためには階段を昇らなければならない。
だけど、そこには鉄壁の守護神が仁王立ちで待ち構えている。
エトネの体が手すりを足場として蹴り、駆け上がろうとした兵士へと迫る。横合いから砲弾の如く飛び出した少女に蹴り飛ばされて、兵士は階段から落とされた。
落ちた兵士を足場に、エトネは階段の中央へと戻ると、続いて攻め上がろうとする鈍重な兵士を相手取る。
全身鎧を身に纏った事で鈍間ではあるが、手に持つ巨大なメイスと相まって威圧感を放っている。そんな敵を相手に、エトネはクロスボウの矢じりを向けた。
兜の中で兵士は笑う。三重構造となっている鋼は、至近距離から放たれるクロスボウすら弾く。鎧のつなぎ目には鎖帷子が仕込まれており、隙間を狙うという小細工も通用しない。
つまり、クロスボウは全く脅威にならない。むしろ足を止めてくれた方がメイスの狙いが付けやすいと笑ったのだ。クロスボウを弾いた瞬間、相手の顔が絶望に埋め尽くされたまま吹き飛ばしてやろうと構えた。
ところが。
「《付加・雷》」
詠唱は紫の指輪に秘められた魔法を引きだした。クロスボウに装填されたボルトに雷が纏わりつき、引き金が絞られると重装歩兵を襲う。
がきぃん、と。重く、響く破砕音がロビーに広がる。重装歩兵の読み通り、ボルトの先端は鎧に阻まれ、階段を転がった。そして、重装歩兵の絶叫が鎧を突き破った。
ボルトが直撃した瞬間、付加された雷が鎧を伝って中の兵士にまで届いたのだ。
エトネの左右の指には、色違いの指輪が嵌っている。青色の指輪は《ハヅミ》を召喚する事ができ、紫の指輪は《付加・雷》の魔法を発動することができる。
アクアウルプスにて、奇妙な魔術師オルタナはレイに頼まれて二つの魔法を指輪に刻んでいた。赤色の指輪に《全力全開》。そしてもう一つがこの指輪だった。
本来なら、シアトラ村で手に入れたある物と、オウリョウで作ってもらったある物を併用する事を前提で刻み込まれた魔法なのだが、それらがもたらす効果が大きすぎるため、室内での使用は避けていた。人に扱えば、悲惨な結果になるのも目に見えていた。
本来の使い方ではないが、それでも雷を付加されたボルトは、直撃さえすれば鎧の上からでも相手を感電させる威力があった。低級魔法という事もあり、レイのバジリスクのダガーよりも打てる回数が多い。エトネは惜しむことなく使い続けていた。
重装歩兵が手放したメイスをエトネは拾い上げると、幼女の背丈の三倍はある長物を振り回した。
再び、がきぃん、と。重く、響く破裂音がロビーに広がり、衝撃が離れを揺らした。メイスの一撃を浴びた重装歩兵が吹き飛ばされ、階段下で足踏みしていた兵士たちを押しつぶしたのだ。
「まだ、やるの」
巨大な鉄の塊を如何にか躱せた幸運な兵士は、階段上から小首を傾げて尋ねる幼女に首を横に振った。
階段前と同等の規模で酷い惨状となっているのは、正面の玄関口だ。離れには裏手に使用人たちや出入りの業者が使う別の入り口があるのだが、そこはレイ達が逃げられないように兵士の手で封鎖されていた。そのため、包囲している兵士たちも残った唯一の入り口を使うしか出入りできないのだ。
だけどそこには、金色の長髪をなびかせた剣士が待ち構えている。
リザのロングソードが兵士の太腿を軽く裂く。他の箇所なら浅い傷になるはずだが、太腿には太い血管があるため浅くとも血が止まらない。その上、足を切られれば踏ん張りがきかないのだ。
破れかぶれに突進を仕掛けた兵士を軽やかなステップで躱し、すれ違いざまに顎に掌底を叩きこむ。顎を起点に脳を揺らされた兵士は白目をむいて倒れてしまった。
続いて、リザは背後をすり抜け中へと侵入を果たそうとする兵士に回し蹴りを浴びせる。体を一回転させた華麗な一撃は粗末な鎧を砕き、兵士の肋骨を折り、更に追撃とばかりに空中で身を捩って放たれた踵落しに、文字通り意識を落とされてしまう。
流石に空中で無理な姿勢を取ったリザはロビーの赤い絨毯の上に倒れこんだ。それをチャンスだと捉えた兵士たちが一斉に襲いかかるが、それは失策である。
降り下ろされた刃、真っ直ぐに伸びた槍、風を切った矢は全て、何も居ない赤い絨毯を貫いた。
兵士たちが消えたリザを探そうとするも、彼らの背後に回ったリザは兵士たちの後頭部を剣の柄で殴りつけた。
「ば、ばかな。早すぎる」
強烈な一撃に顔を歪ませ、倒れる兵士たち。リザは呼吸を数度繰り返すだけで息を整えた。そして、玄関の外から今まさに這入りこもうとする兵士たちに剣を突きつける。
「次は貴方達ですか。構いません、どこからでもお相手します」
離れの戦闘はレイ達の圧勝に近かった。こうなった原因は、相手が子供の冒険者たちと侮った点や、初動で予想外の反撃を受けて浮足立っていた点や、数人しか居ない魔法使いを優先的に倒された点など、様々な要素が複合している。
その中で一つだけ挙げるとすれば、それは《神聖騎士団》との邂逅だろう。
S級冒険者ローランが率いる彼らは、単なる凄腕の冒険者ではない。単純に強い冒険者の集まりはレイ達も何度も目撃していた。『岩壁』のオルドが率いる『紅蓮の旅団』や、『剛剣』のディモンドが率いる《オルゴウス》などはその最たるものである。
だけど、《神聖騎士団》は頭一つ抜けていた。コンビネーションという一点において、他のパーティーよりも優れていた。
その《神聖騎士団》との邂逅はレイ達にとって貴重な経験となり、意識の向上を促す結果となった。平たくいえば、今のレイ達はやる気に満ち溢れていたという訳だ。
同じ敷地内にある本館の執務室。灯りの無い室内にて一人椅子に座る男は苛立っていた。
閉じた窓から微かに響く戦闘の音はいつまでたっても終わらないのだ。廊下から足音は聞こえず、弟であるダリ―シャスが死んだという報せは来ない。
「無能者どもが。たかが子供の冒険者相手に、どれだけ時間をかけているのだ」
足を揺らし、爪を噛む姿は昼間に見せた温和な姿とは繋がらない。取り繕う必要ない状況だからか、アフサル・オードヴァーンの素顔が露わになっていた。酷薄な横顔はダリーシャスとは似ても似つかない。
「あまり時間をかければ、騒ぎを不審に思って市民が動揺してしまうだろ。それに気が付かないほど、馬鹿なのか」
アフサルにとってダリーシャスを殺すというのは厄介なリスクを含んでいる。例えどれだけの理由があったとしても、弟殺しの悪名は内部に動揺と不信を蔓延させ、外部にはこちらの正当性を失いかねない。
それでも、ダリーシャスは殺さないといけないのだ。
「後で殺すか、今殺すか。その違いに過ぎない。……だとしたら仕方あるまい」
熟考の末、アフサルは机に置いていたベルを鳴らした。外の喧騒とは真逆の澄んだ音が響くと、扉をノックして入ったのはクリシュだった。
「御下命ですか、主」
「クリシュ・ナキよ。其方の忠誠は、オードヴァーン家に対するものか」
「いえ。私の忠誠は、私の血肉は、私の魂は貴方様に捧げた物です」
間髪入れず。淡々と当たり前の事実を言うかのように、狂信的な忠節をクリシュは口にした。アフサルはその答えに満足そうに頷くと、
「ならば、我が弟ダリーシャスを討て」
と、命令を下した。
「了解いたしました。この槍に誓い、必ずや」
クリシュは何故と問う事も、逡巡する事もなく淡々と命令を了解すると、音もなく扉を開け本館を後にした。
手には双頭の槍。鞘代わりに巻き付けていた布を解き、くるりと回しただけで芝生が削れる。どんな時も手入れは怠らず、最高の状態の相棒を手に、男は離れへと走り出した。前方には包囲網を敷く兵士が行く手を遮っている。
そのすぐ向こう側で剣戟の音がする。どうやら敵は近くまで来ている様だ。
「邪魔である。そこを退け」
足音で振り返る兵士たちを飛び越えると、クリシュは離れの外へと出てきている敵の一人に狙いを絞った。
金色の長髪が尾のように振り回され、風のように舞う女剣士。
一目見て、手練れだと判断し、矢合わせとばかりに突きだした槍の一撃はロングソードで防がれてしまう。見立て通り、手練れだ。槍を伝わって感じる相手の力量に気を引き締めた。
槍を防いだリザの瞳が驚きと悲しみで開かれる。
「貴方はっ!」
「君らに恨みは無い。ただ、主命により命を奪う事になった。許せとは言わないが、迷うことなく御霊へ行ってくれ」
嘘偽りのない本音を口にすると、晴れた青空を思わせる瞳に怒りの色が宿った。
「ふざけたことを!」
リザは精神力を両腕に込めると、受け止めていた槍を弾く。たまらず後ろへと飛んだクリシュにリザは追いすがる。
ロングソードが唸りを上げて迫り、双頭の槍とぶつかり合った。
一合、三合、五合と打ち合うと、クリシュはリザに対する評価を更に修正した。
ただの手練れでは無い。年に見合わない多くの修羅場を潜り抜けているのか、剣技に隙が無い。何より、荒くれ者である冒険者にしては随分としっかりとした剣筋だ。
「なるほど。君は、帝国の出か」
「ど、どうしてそれを!」
仕切り直しとばかりに距離を離したリザにクリシュは尋ねると、少女は明らかに狼狽した。それを不審に思いつつも、
「なに。君の剣筋は帝国の剣術によく似ていると思ったから、そう考えただけだ」
と、返した。リザは自分の素性がどこからか漏れていたのではないと知り胸をなで下ろした。
とはいえ、あまり悠長な状況でもないとリザは構えを正す。五合に渡り打ち合った結果、ナリンザの兄であるクリシュが強敵だと肌で実感していた。格上の相手だ。
実力差が大きく開いている訳ではないが、普通に戦えば相当な時間を必要とする。
それは周囲を兵士に囲まれている状況では歓迎できない。時間をかければかけるほど、増援を呼ばれるかもしれないのだ。いまは優勢でも、敵の数が増え、戦いが長引くにつれ体力や精神力の消耗が激しくなれば敗北もあり得る。
後の事を考えるとここで使うべきかどうか悩みつつも、リザは一気に勝負を付けるべく、戦技を放とうとする。
だけど、急いでいるのはリザだけでは無かった。クリシュもまた、時間をかけてガヴァ―ナの市民を動揺させないという理由があった。そして何より、彼は出し惜しみをする必要が無い。
レイ達の目的がこの場からの脱出なのに対して、クリシュはダリーシャスを討てばそれで目的が達成できる。そのために排除するべき敵は五人。極端な話、五回戦い勝利すれば十分なのだ。出し惜しみせず、即座に技を放つ。
その意識の差が、リザに致命的な遅れを与えた。戦技を放つよりも前に、クリシュの技が放たれる。
リザの目に直線の槍が歪んだように見えた瞬間、彼女は衝撃を味わった。ただし、それは正面からではなく、後ろから彼女を襲う。
いつの間にか走って外へ出たレイがリザの首根っこを捕まえ、後ろに引きずり倒していたのだ。驚くリザだが、続けて聞こえた風きり音に背筋を凍らせた。
自分がつい先程まで居た空間を、双頭の槍が貫いていたのだ。レイが引きずり倒さなければ、あの槍は自分の胸元を貫いていたかもしれないと思わせるほど鋭い。
「リザ。あの人とは僕がやる。だから、君は他の兵士を」
「ですが、あの方はナリンザ様の」
「うん。分かってるよ。だから、僕が相手をするべきなんだ」
口調は優しくとも、揺るぎない意思が伝わってくる。
「分かりました。御武運を」
リザはその場を後にして別の敵を求める。
残されたレイとクリシュが対峙する。ナリンザの兄に剣を向けていることを悲しく思い、表情を歪めるレイに対して、クリシュは解せないとばかりに首を捻った。
「我が槍。戦技までとはいかずとも、多くの敵を屠った技。それをどうして見極めた」
クリシュにはリザの命を取ったという確信があった。相手との実力差、間合い、タイミング。全てが必勝だった。
それなのに、外したというのが理解できなかった。まるでこの技を知っているかのような完璧なタイミングでの回避行動だ。
すると、レイは悲しそうな表情のまま無理やり笑う。
「そりゃ、直接浴びなくても、傍で何度も見た技なんだ。避けるタイミングぐらい分かるさ」
レイは一人思う。双頭の槍を構える、灰色の髪と琥珀色の瞳の男は、どこまでもナリンザによく似ていた。立ち姿や、容姿だけでなく、扱う技も。悲しくなるぐらい、よく似ていた。
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