閑話:英雄散華Ⅴ
天が星で満たされている。それこそ手を伸ばせば、浮かぶ星が一掬いできそうなほど多く輝く。そこはエルドラドの上位に位置する、神々たちが座す場所だった。立ち位置が許可されているのは全て神のみという選ばれた場所は、重々しい空気に包まれていた。
円卓を囲うように並ぶ席は空席がなく、居並ぶ神々は熱心に『窓』を見つめていた。
彼らはエルフの国が滅ぶ瞬間を目の当たりにしていた。無神時代が始まるより、はるか前から存在する豊饒なる大地が、醜き怪物に蹂躙され、荒廃していく様は神々にとっても衝撃的な光景だった。
これ以上は見てられないとばかりに『窓』を閉じた水の神オケアニスは美貌を悲しみに曇らせた。
「ああ、なんてこと。無残な光景だわ。あの美しい都が、こんなにあっけなく陥落するなんて」
両手で顔を覆う女神に他の神々が優しげな言葉をかけて慰める。すると、その中の一人が視線を鋭くして、オケアニスの隣に座る神を睨んだ。
「この責任、どうお取りになるというのですか。プロメテウス」
語気を強めた男の口調にプロメテウスは首を捻った。
「責任だと? 言っている意味が分からねえよ、アネモイ」
「分からない? まったく、これだから力を絶対視する神は。……いいですか?」
風を司る神アネモイは小馬鹿にしたような態度を取ると、プロメテウスを糾弾するかのように声高に叫ぶ。
「一週目のエルドラドにおける歴史において、エルフの国が滅ぶという事実はありません。あの忌まわしき、世界が崩壊する瞬間まで、花の都は確かに存在していた。それなのに、我らが下の世界と接触を断って僅か三百年で歴史は大きな変換を迎えるようになった」
舞台役者のように腕を振り回すアネモイに同調するような声は少なくなかった。それを声援と捉えたのか、アネモイは自分の演説に酔いしれるかのように声量を上げる。
「花の都があれほど豊饒なる大地となったのは、かの地が大地を流れる魔力の保管庫だったからなのは、貴方もご存じのはず。普段は余剰された魔力を貯め込み、どこか不足している土地があればそこに魔力を流し込む。エルドラドにおける魔力のバランスを保っていた場所だ。エルフはかの地を守護する番人。しかし、それは今後できなくなった。その責任をどう、お取りになるというのですか!?」
指を突きつけられたプロメテウスは一貫して腕組みを解こうとはしない。神としての身分を表す青い髪を逆立てた男は瞼を固く瞑り、瞑想する修行僧のように何も語らなかった。
その態度に、自分を相手にしていない姿にアネモイは苛立つ。周りに視線を走らせ、自分に同調しそうな神々を探すと、一柱の女神が目に飛び込んできた。
居並ぶ神々は大抵、尊大な態度を隠そうとはしないのに、彼女だけは伏し目がちに視線を降ろしている。土を司る神レア―に向かって、アネモイは意見を求めた。
「レア―よ。君はどう思うかな!?」
「ひゃぃ! わ……私ですか?」
神に年齢は無い。誕生した瞬間から、姿形は定まっているため、成長する事も無い。だから大抵は成人した姿を取るのだが、レア―は小柄な、それこそ少女と呼んでも差し支えないほど幼い容姿をしていた。前髪を水平に揃えている女神は自分に視線が集中するのを感じて縮こまった。
「ああ、そうだとも。いつも何も言わずに席を離れているが、今日ばかりは忌憚なき意見を申したまえ。さあ、さあ!」
口は優しく、しかし視線には圧力をかけてレア―を見つめるアネモイ。レア―はその視線に負けたかのように俯き、そして何かを言おうとして口を開く。
だけど、それを止める者が居た。
「ちょっと待ってください、アネモイ。貴方の意見には重大な穴があります」
それは時を司る神クロノスだった。アネモイはクロノスの登場に舌打ちし、レア―は自分の出番が無くなった事をあからさまに喜んだ。
「……穴。それは面白い。是非とも聞いてみたいものですな」
クロノスは余裕たっぷりのアネモイの顔を睨むように見上げながら、滔々としゃべり出した。
「確かに花の都が崩壊したのは、歴史的にも環境的にも大きな損失と言えます。しかし、それは我ら神々が関与できるエルドラドならばの話です」
クロノスの指摘にアネモイの表情が強張った。
「花の都が魔力の保管庫となり、何処か不足した土地に魔力を回すには神々の誰かがエルドラドに降り立ち調整するしかありません。ですが、無神時代が始まってしまった以上、それは出来ないのです。だから、三百年に渡り、魔力が収束してしまい、あれだけ豊かな大地になってしまった。何より、一週目はエルフの国が存在しても世界は滅んだのです。滅んだ歴史をなぞり直した所で、同じ滅びに滅ぼされるだけではありませんか」
「しかり。それでは意味がないな」
同意を示したのは光を司るヘリオスの威厳ある声だった。アネモイは同列なれど、神々の中でも一目を置かれる男へと首を向けた。
「元より、歴史を巻き戻したのは分岐点を幾つも作る事で、『正体不明』を含めた七帝を倒す事である。すでに七帝の一角は打ち倒された。つまり、歴史の流れは既に変わったのだ。今回の花の都崩壊も先の歴史になかった流れであるが、それこそが、いまの『招かれた者』が呼び寄せられた最大の目的であろう」
ヘリオスの言葉に、アネモイに同調しかけていた神々が一斉に手のひらを返した。一気に劣勢へと追いやられたアネモイに止めを刺すかのようにクロノスが口を開く。
「そもそも、『招かれた者』であるイーフェに此度の責はあるはずがない。それに、呼び出した者がどんなことをしても、その責は神に求めるものではない。違いますかな、アネモイ」
「ぐっ……いや、ない。言いがかりであった。許されよ、プロメテウス」
アネモイは頭を下げて着席をするも、他の神がいる前で恥をかいた事に怒りと羞恥を抱いていた。座る際にも、クロノスへと鋭い視線を向けていた。
ところがクロノスは視線に気が付くことなく、それどころかアネモイに続くかのようにプロメテウスを糾弾しだしたのだ。
「プロメテウス。此度の結果について、貴方に責任はありません。ですが、それでも貴方には答える義務があると思います」
「……俺に何を答えろと言うのか。言ってみな」
うっすらと瞼を開けて応じたプロメテウスにクロノスは怯むことなく、果敢に踏み込んだ。
「どうして貴方は、世界救済を託す『招かれた者』に、あのような赤子を選んだのですか」
クロノスの言葉に居並ぶ神々は興味がひかれたように二人に視線を注いだ。彼女の言う通り、エルフの『英雄』イーフェの転生前は赤子だ。
それも未熟児である。
母体が事故で瀕死となり、無理やり母の胎から取り出され、プラスチックの保育器に収められた赤子だ。
そして、名前を付けるよりも前に亡くなった。数日という短い一生を終えた子だった。
「貴方もご存知の通り、『招かれた者』は生前、もしくはエルドラドに転移する前の人生で得た能力や経験を技能という形で会得します。そして何より、生前での経験や知識による柔軟な発想が、エルドラド救済に大きく役立つはずです。それなのに、どうして赤子を呼び寄せたのか。貴重な枠を一つ使い潰したのか。それをお答えください」
もっともな話だ。いまのエルドラドには、神々の人数分しか『招かれた者』は呼び出せない。世界救済に大きく貢献した『招かれた者』を呼び出した神が、神々のまとめ役を担えるという遊戯である以上、ライバルの脱落は歓迎するべき事ではあるが、それでもプロメテウスの選択が不可解なのは一致していた。
武骨な、それこそ剣を振るって暴れまわる蛮族のような性格をしたプロメテウスが、どうして赤子なんかを選んだのか。それも無神時代が始まった初期の段階で。
その謎は神々の間でも囁かれていた。
本来なら、『招かれた者』を選ぶ基準は各々に任されているため、口を出す権利も無いのだが、それでも興味はあった。ヘリオスが何も言わない所を見ると、彼もまた同じ疑問を抱いていたようだ。
じっと、クロノスの視線を浴びたプロメテウスは観念したかのように重い口を開いた。
「……あれが一番叫んでいたのだ」
「叫ぶ……ですか。それは一体」
「この遊戯が始まる時、俺は一つのテーマを決めていた。呼び出す『招かれた者』を選ぶ基準とでも言えば分かりやすいか。それは、死の間際に強く、生きたいと叫んだ奴、とな」
『招かれた者』を選ぶ基準は神の数だけ違っている。生前に成した偉業や功績を基準にしたり、どれだけの大望を抱いていたかだったり、その願いの代償にどれだけ人を死なせたりとか、千差万別である。
「あの日。呼び寄せる奴を決める時。俺は幾つもの世界を見た。この空に輝く、まさに星の数ほどある世界を全て見て、一番死にたくない、生きたいと叫ぶ奴を探した。探して、探して、探して。そして見つけたんだ」
プロメテウスの声はどこか遠くに向かって語りかけているようで、それがこの場に居る神々では無く、散って逝ったイーフェに向けての手向けだとクロノスは気が付いた。
「生がなんであるか。死がなんであるか。それを理解できないほど小さな赤子が叫んでいたんだ。死にたくない、生きたい。言葉じゃねえ。泣き声でもねえ。魂が叫んでいたんだ。俺はそれに震えて、そして、選んだんだ」
何か文句でもあるかとばかりにプロメテウスは睨んだ。その視線の鋭さにクロノスは動じることなく首を横に振った。
すると、プロメテウスは席を立った。これ以上、ここに居る意味は無いという態度を止める者はいなかった。星々が煌めく空間から外に向かって歩き出す男に対して、アネモイが負け惜しみのように、
「ふん。結局、自由に生きろと言われてもしがらみに絡めとられて何もできずに死んだ、哀れな女じゃないか」
と、嘲られた。瞬間、アネモイは自分の背後に途轍もない熱量を持った何かを感じて、慌てて背後を振り返った。
そこには退席をしようとしていたプロメテウスが立っていた。青い髪が震え、肌の表面が陽炎のように揺らめいていた。
アネモイが何かを言う前に、引き絞った拳が振り下ろされた。
拳はアネモイを撃ち抜かず、轟音と共に神々の円卓に突き刺さった。思いがけない行動に驚く神々に対してプロメテウスはポツリと呟いた。
「……哀れでは無い」
「は……はぁ?」
自分の鼻先で深々と拳を突きたてる神に怯えるアネモイに向かって、プロメテウスは告げた。
「イーフェは哀れなんかじゃない。あれは何もできなかった女じゃない。立派に、エルフの一族を守った、『英雄』だ。その死は誰かに後ろ指を指される恥ずかしい物じゃなかった」
胸を張っていうプロメテウスの姿は、まるで子供を自慢する親のようでもあった。
それだけ言うと、プロメテウスは拳を引き抜き、場を騒がして悪かったと詫びて今度こそ退席した。
神々に背中を向ける男の頬を涙が一滴落ちたのは、誰にも見えなかった。
これは敗北で終わる物語であった。
これは敗者で終わる物語であった。
これは失敗で終わる物語であった。
しかし、その人生は無意味なんかじゃない。
『英雄』イーフェは確かに敗北した。一族を守る事も出来なかった。ましてや、自分が世界救済という目的の為に呼ばれたことすら知らずに死んだ。
だけど、彼女は繋ぐことはできた。
彼女が誰かから受け取ったバトンを、彼女は弟子である『守護者』サファに渡した。そして、サファが受け取ったバトンは『冒険王』エイリーク・レマノフこと安城琢磨に渡されることになる。そしてさらに、次の誰かにバトンは託されていく。
繋いでいるという自覚があるかどうかは関係ない。そうやって世界は繋がっているのだ。
バトンは巡り巡って、最後の『招かれた者』である少年の元に届くことになるのだ。
―――もっとも、それはまだずっと先の物語ではある。
読んで下さって、ありがとうございます。
これにて6章の閑話は終了です。次回からはいつもの如く、章終了時のステータスと人物紹介を投稿します。




