6-40 乳白色の毒
驚くリザに、レイはポケットに入れっぱなしの紙ごみを差し出した。それは乳白色の飴を包んでいた包装紙だ。
「この現象が、都市全域で起きていて、海の向こう側で起きていないと仮定するなら、仕込まれたのはアクアウルプスに着いてからと断定できる。そうなると、レティとエトネのみがして、他の皆がしていない行動はこの飴ぐらいだ」
リザは瞬きを数度繰り返すと信じられないと言わんばかりに呟いた。
「……こんな飴玉一つでこのような状況を生み出せるんでしょうか」
「さあね。もしかすると、飴玉は関係なくて、もっと別の奴が犯人の可能性もあるわよ。でも、今の所可能性が残っているのはアウローラサーカスぐらいよ。だから、アウローラサーカスの関係者を捕まえて、この状態異常の治療法を吐かせるのよ」
シアラの言葉にレイも頷いた。
「うん。この異変……吸血鬼もどき状態と仮称するけど、この吸血鬼もどき状態が誰にでも起きるなら、アウローラサーカスの奴らは対処法なり、治療方法を持っている可能性が高い。だって、自分らが噛まれて吸血鬼もどきになったら、どうしようもない。何が目的で行っているのか分からないけど、自分たちだけは助かるような何かを持っているはずだ」
レイとシアラの言葉にリザはほっと胸をなで下ろす。しかし、シアラは無言でレイに問いかけていた。
敵が自分の身を顧みないようなイカレタ奴なら保険を持っていない可能性がある、と。
それはレイも気が付いていた。しかし、それを口に出したら最後、後は諦める以外の選択肢が無いのだ。だから、レイはその可能性からも、シアラの視線からも目を逸らした。
その態度にため息を吐いたシアラが質問する。
「……主様、確認だけど《トライ&エラー》の戻れる時間は」
「もう真夜中を過ぎている。……戻った所で、ほんの二十分ぐらいだろうね」
《トライ&エラー》のセーブポイントが生成される条件は二つ。一つは意識が覚醒した瞬間。そしてもう一つが真夜中を過ぎた時だ。今から死んだところで、戻れるのは異変が起きた直後となってしまう。
この異変を起こしている敵が《トライ&エラー》の事を知っているはずがないのだが、狙いすましたように絶妙なタイミングを選んでいる。
ふと、レイは真夜中と言ってもう一つ思い出した。
「そういえば。真夜中ちょうどに鐘が鳴っただろ。ダリーシャスがおかしくなる前に言っていたけど、いつもならこの時間に鐘は鳴らないそうだ。というよりも、あの鐘は津波が来る事を警告するための鐘らしい」
すると、二人は何か思い当たる事があるのか顔色を変えた。
「レティに異変が起きたのは鐘が鳴ってからです。鐘が鳴る前までは眠っているのを確認しています」
「多分、エトネの方も一緒ね。つまり、真夜中が異変の起きた条件じゃなくて、あの鐘が異変を起こす鍵なのかもしれないわ」
三人は揃って街の中心部へと顔を向ける。段階的に高くなるアクアウルプスの中央にそびえる鐘を吊るす塔は遠くからだと、街を繋ぎとめる楔のように見えた。
「調べる場所が増えたわね。アウローラサーカスと鐘。どっちから向かうのが良いかしら」
「アウローラサーカスは同じ外層。鐘は二つ階層を上がった芯層の中心。どっちも吸血鬼もどきたちがひしめいていることを考えると……まだアウローラサーカスの方が近いかな」
港に張り出された街の地図は直近の場所しか記されていないため、芯層までの正確な距離は不明だ。しかし、アウローラサーカスは夕方に訪れたこともありまだ距離も、道順も分からなくはない。
船着き場を時計の十二時の地点に見立てるとすると、四時の方角にアウローラサーカスはある。
「それじゃ、まずはアウローラサーカスに行きましょう。それで空振りなら、次は鐘まで昇りましょう」
シアラの言葉に頷こうとしたレイを止めたのはリザだった。
「待ってください。下の三人をここに放置して行くわけにはいきません。特にダリーシャス様は」
「ああ、そうか。……それは不味いよな」
指摘されてから、レイはダリーシャスの置かれた立場を思い出す。この異常事態の街に、ダリーシャスに明確な殺意を向けている敵がいるのは疑いようがない。その敵がこの異常事態を引き起こしているかどうかは、この際どうでもよかった。
問題は、レイ達が不在の間にダリーシャスの身柄を抑えられることだ。
街全体が混乱している現状、一度ダリーシャスを奪われれば取り戻すのは難しい。と言うよりも不可能に近いだろう。
いくら、吸血鬼もどきが不死に近くても、それこそ海の中に放り込んでしまえばそれで暗殺は済む。吸血鬼もどきが解ければ溺死。解けなければ魂の変質が終わり何か別の存在になってしまうだけだ。
それにレティ達もこの状態で放置はできない。いま、どれだけの人間が人間としていられるのかは不明だが、生き残りの冒険者にレティ達が吸血鬼もどきとして殺されるところは見たくないし、想像もしたくない。
かといって、この状況で分散して行動するのは得策だとレイは思えなかった。
「僕が残るにしても、リザが残るにしても、戦力の低下は自殺行為だ。……でも、この状況を引きおこした奴を捕まえて、治療法は聞きださないといけない」
仲間を置き去りにして首謀者を追うか、あるいは仲間と共に事態が沈静化するのを待つか。悩むレイはふと、潮風に乗った波音を耳にする。視線を上げて、船着き場の方を見た。
「なあ。船はいまどうなっていると思う」
「船? 船に乗って逃げ出すつもり。多分だけど、この異変は場所に関係している訳じゃないと思うわ。この場を離れたからと言って、吸血鬼もどきが解けるとは限らないわよ」
「いや、そうじゃなくて、三人を保護する場所に船はどうだろうかと思ったんだ。船に乗せて、少し離れた場所で停泊してもらえば、三人の安全は確保できるだろ。それに、船なら海からアウローラサーカスに近づける」
レイの提案に二人は納得したように頷いた。
「では、アウローラサーカスに行く前に三人を連れて軍船に向かいましょう。……船長や船員が無事だと良いのですが」
「そこは運任せね。それに、問題はもう一つあるわ」
レイはシアラの意味深な言葉に首を傾げた。彼女は両手の指をそれぞれ三本ずつ立たせた。
「吸血鬼もどきが三人に、動けるのが三人。一人が一人を抱えて、軍船に向かうのは無理よ。三往復するか、王子だけを連れていくか決めないといけないわ」
彼女の言う事はもっともだ。成人男性一人に、幼女二人。どちらも意識が無いとはいえ、目が覚めたら人を襲う習性を植えつけられた吸血鬼もどきだ。彼らを一度に連れて、地上を進むのは不可能に近い。
シアラの説明にリザが唇を噛みしめる。この場合、置いていくべきなのは妹とエトネだ。ダリーシャスはレイ達の依頼人だから。だけど、レイはその点は大丈夫だと告げた。
「僕らにはまだ仲間がいるだろ。……まあ、僕の事を仲間だと思っているかどうか、怪しい奴だけど」
悲鳴と唸り声が何重にも重なるアクアウルプス。陸地で延々と響き渡る悪夢のような合奏は軍船にて眠りこける獣の耳にも届いていた。獣の体躯は人の背丈を超え、横幅は自分の背丈と同じぐらいある。
黄色の羽に所々藍色が混じるニチョウの名をキュイと言う。
船を降りる前にレティとエトネに世話され、餌を置いてもらったこのデブ鳥は微睡の中に居た。隣の仕切りの中に居たアスタルテが船にも響いてくる悪夢の合奏に不安がり蹄で床板を引っかいているような状況でも図太く眠っていた。
ところが。
その悪夢の合奏に混じり、別の音が響いた。それは人の可聴域から外れ、ある生物の耳にしか拾えない音だ。さらに言えば、その音を出している道具は、この世に一つしかなく、材料として使われた嘴は己の嘴でもあった。そのため、キュイだけはその音を聞き取る事が出来た。
「キュイイイ!」
ばっと翼を広げ、瞬時に立ち上がったキュイは自分の前を塞いでいる戸板を蹴り飛ばした。
こんなもので自分を阻むな。いま、自分は呼ばれているのだ、と。人語を話せない鳥は自分の行動で自分の意思を表現して走り出した。
あとに残されたアスタルテはぽかんとした表情で、仲間を見送った。
キュイは一目散に駆ける。
軍船の後部デッキまで単独で這い出すと、潮の香りが混じる夜風に体を震わせる。ニチョウの視界には混乱から慌てふためく船員たちの姿があった。そして、その船がゆっくりと出発しようとしているのも見えた。
「キュ、キュイ!?」
陸地との隙間が瞬く間に広がっていく。慌ててキュイは甲板を蹴り上げ、桟橋へと舞った。
「キュイ、キュイイ!」
あと数秒でも遅ければキュイの体は桟橋の上では無く、夜の海の中だったろう。振り返ると、軍船の姿はゆっくりと遠ざかっていく。なにやら船員が欄干から身を乗り出して叫んでいる様だが言葉の通じないキュイにはさっぱりだった。
それよりも、笛の音が自分を呼んでいる。
それも距離は近い。キュイは桟橋から音のする方へと進みだした。
すると、不思議な光景に何度も出くわすのだ。
人が人を襲っている。いや、人なのだろうかとキュイは疑問に思ってしまう。なぜなら、襲い掛かる方の人はどいつもこいつも目が血走り、牙を生やし、獣のような動きで噛みついているのだ。とてもじゃないが人間らしい振る舞いをしていない。人の形をした獣だ。
しかし、キュイにとっては珍しい光景なだけで、特に問題は無かった。
何故なら、人を襲う人に似た生き物は自分を襲わないのだ。傍を通り過ぎても、体がぶつかっても何の反応を示さない。近くにいる自分よりも遠くにいる人間へと反応するのだ。
ただ、急に飛び出してくるのが厄介なだけだ。それも男なら問答無用で蹴り飛ばせば問題はない。女の子なら、自慢の柔らかな羽毛で受け止め、そっと支えてあげる。
ニチョウが女性にしか心を許さない理由は、あまり詳しく分かっていない。大昔に、ニチョウの先祖を救ったのが女性だったとか、女性の持つ固有の匂いなどをニチョウが好むのだとか、その程度の説しかない。
研究しようにも、男を近寄らせない時点で研究の難易度を上げている。
キュイもニチョウの例にもれず、《ミクリヤ》のメンバーで心を開いているのは女性陣のみだ。特に仲がいいのはレティだ。毎朝のブラッシングは彼にとって至福の時間といえた。
栗色の少女の事を思い出して、足を速めたキュイだが、ふとある事に気が付いた。
先程から鳴り響いている笛の音だが、何時もと違うのだ。レティやエトネが吹く音色と若干違う。
もっとも、それがどういう意味なのか考えないキュイは笛が鳴る場所の近くまでやって来た。そこは七階建ての建物で、音が発生しているのはそこの最も高い場所だ。
ちらりと、入り口を覗いてみる。明かりはついているが、中の様子はキュイに良く分からなかった。なにより、キュイが潜り抜けるには入り口は狭い。
ドアを壊した所で通れるとは思えないと冷静な判断を下したキュイは、視線を上へ、上へと向ける。垂直の壁は彼にとって行く手を阻む障壁となっていた。
―――だが、ニチョウにとってこの程度、越えられない壁では無い。
少しだけ後ろに下がったキュイは、四肢に力を入れる。十分な助走の距離を確保したニチョウは、ニチョウたる強靭な足で地面を蹴り上げ、一気に壁に取りついた。そしてそのまま、壁面を駆け上がる。
ニチョウは空を飛べない。
大地を駆けることしかできなかった。故に、先祖は捕食者から逃げる度に走り、追いつかれた弱い個体から死んでいき、強い個体が命を繋いでいった。
その果てに辿り着いたのが、どんな悪路でも駆け抜ける強靭な四本足だ。
ニチョウは地面さえあればどのような場所も進む事が出来る。なだらかな丘陵も、切り立った渓谷も、吹きすさぶ氷原も、灼熱の砂漠も、泥にまみれた湿地も。彼らにとって足がつく場所は全て道なのだ。
重力に逆らい空を目指して駆けるキュイ。その耳に聞こえる笛の音は近づくにつれて大きくなっていく。加速度的に壁を蹴る力が強くなり、キュイは最後の一歩で大きく跳んだ。
その巨体は今度こそ重力に従い、宿屋の屋上へと落ちた。
―――その僅か数センチ横に、落下する巨体を躱して屋上を転がったレイの姿があった。
「あ、危ないな! 殺す気か!?」
「キュ!」
まるで舌打ちのような返事をすると、キュイはレイの方を興味が無くなったように無視し、辺りを見回した。そして、笛を吹いているシアラを見て、一瞬戸惑ったような表情をした。
笛を鳴らすのはいつもならレティかエトネの役目だ。不思議に思うのは当然だろうとレイは思う。
その二人はいま、屋上の片隅で無造作に転がっている。ダリーシャスも含めて吸血鬼もどきの三人はまだ気絶したままで、上に運ぶのは簡単だった。そして、意識の無い三人に噛みつき防止のために猿ぐつわを噛ましてある。
キュイにはこの三人の内、レティとエトネを運んでもらう予定だ。
体をシーツで拘束され、猿ぐつわを噛まされた二人を、レイはシアラと共にキュイの背中に乗せ、ロープで固定する。
「これでよし。あとは、キュイ。この高さを降りることはできるか?」
言葉の通じないニチョウは首をこてんと傾ける。動作が一々可愛いのだが、中身は女好きの男嫌いだ。騙されてはいけない。
レイは身振り手振りで下を指差し、降りるという意図を説明する。
「キュ、キュ、キュイ」
でっぷりした胸だか腹だかを誇らしげに張ると、キュイは屋上の縁から身を投げた。慌てたレイとシアラが下を向くと、なんとキュイは羽ばたいていた。分厚い、跳ぶのには不向きな短い羽を懸命に羽ばたかせ、落ちる速度を軽減させていく。
すとん、と。宿屋の入り口に面した道路にキュイの体は着地した。上から見た限りではキュイにも背負った二人にも怪我はないようだ。
「あの鳥も大概、何でもありだな」
レイの感想はともかくとして、これでダリーシャスだけを連れて下まで降りればいい。問題はその方法が見つかっていないのだ。流石に、ダリーシャスを背負ったまま宿屋の壁面を降りるのは難しい。
「さて、どうしようかな。いつもの足……《盾》が使えない以上、他に降りる手段は無いよな」
「主様。いま足場って言いかけなかったかしら?」
「他に降りる手段はないよな!」
シアラのジト目を無視してレイは言い切った。すると、隣の建物へと渡っていたリザが戻ってきた。
部屋を出る前に、廊下を覗いた時に聞こえた悲鳴と物音から、吸血鬼もどきは宿屋の下の階にも侵入しているとレイは考えていた。そんな状況で宿屋の中を進むのは危険だ。そのため、より安全に下へ降りるルートをリザに探してもらっていた。
「何を大声出しているんですか」
「いや、ちょっと大きな声を出したくなったんだよ。……キュイは無事、下まで降りた。それで、そっちはどうだった?」
納得できないような表情を浮かべつつも、リザは自分が見た物を報告する。
「ご主人様の読み通りです。隣の建物は宿泊施設では無く、どこかの商会が使用している建物のようで今の時間は無人かと」
レイ達が居る宿屋に隣接する建物は、宿屋よりも一階分低く、何よりも屋上に繋がる出入り口が存在した。隣と言っても、細い路地の分しか離れておらず、跨ぐ程度で移動できる。
ただ、リザが表情を曇らせ、
「ですが、出入り口には魔法が掛けられています。開けようとしたのですが、何かしらの侵入を拒む魔法が掛けられているようで、並大抵の攻撃では開けられません」
魔法による防犯技術は主に城や、政府機関の入っている建物や、貴族の邸宅などに施されている。一般にはあまり浸透していないのだが、魔法の研究が盛んなアクアウルプスでは割と多くの建物に使われているのだった。
「参ったわね。あんまり時間を掛けている暇はないのに。……どうする主様。やっぱり宿屋に戻って強行突破をする。それとも、別の道を……ってどこに行くのよ、主様」
シアラの言葉を聞き流したレイは、屋上から隣の屋上へと飛び降りた。七階分の高さを飛び降りるのとは違い、一階分なら衝撃も少なく済む。足も痺れることなく、レイは屋上にある扉の前に立った。平凡な扉だが、リザの言う通り開けようとしてもビクともしない。
ダガーを抜き放ち、柄頭でノブを壊そうとするも、弾かれてしまう。扉の方も同様だった。刃を突き刺して扉本体を壊そうとしても弾かれてしまう。武器や強い衝撃を検知すると、自動的に反応するのだ。扉に《耐久の加護》が付いているのだとレイは納得した。
「気は済んだかしら! 済んだのなら、こっちに来て話し合いに参加しなさいよ!」
宿屋の屋上から声を掛けてきたシアラに、レイは振り返りもせずに答えた。
「いや。君たちの方こそダリーシャスと荷物を持って来てくれ」
意味が分からないと言わんばかりに少女二人は首を傾げた。その間、レイは意識を集中させると、ゆっくりと左手で扉に触れた。弾かれないのを確認すると、指を折りたたみ、拳を作る。拳の前面が扉に触れている。レイはそのままの状態で、精神力を練る。
その構えからリザはレイが何をしようとしているのか気が付いた。
「ご、ご主人様。それは幾らなんでも―――」
「―――《砕拳》」
リザの制止は間に合わず、レイの拳に宿る精神力が一つの戦技へと昇華された。上位相手には単なる強化された打撃にしかならない《砕拳》だが、下位相手なら本当の効果が発揮される。精神力が扉に浸透し、物質の繋がりを砕く。無数の皹を走らせ、魔法に守られていた扉はまるで細かい砂のように崩れた。
攻撃と認識されない程度の拳からの戦技によって、魔法を掻い潜ったのだ。
無理やり壊した扉を踏み越え、レイはぽっかりと空いた闇の中を覗く。どうやら、下に続く階段には仕掛けはなさそうだ。もっともレイの感覚ではだ。リザなら別の見方が出来るだろうと振り返ると、どういう訳だかリザとシアラは頭を抱えていた。
「ちょ、ちょっと二人とも。何かあったのか!?」
慌てて尋ねるレイに、シアラが重い口を開いた。
「主様。……いくらなんでも、魔法の掛かっている扉を壊すなんてやり過ぎよ。非常事態とはいえ、押し込み強盗と糾弾されても文句は言えないわ。それに、扉の賠償金も結構な額を取られるかもしれないわよ」
シアラの指摘に、レイは表情を青ざめた。慌てて足元に散らばる元扉を掴むも、砂のように崩れたそれは指の隙間から落ちて行く。
「……ど、どうしよう」
「後で弁償に戻り、誠心誠意頭を下げるしかありませんね」
リザが至極真っ当な正論を告げると、レイは肩を落とした。その姿を見た二人は、
「まあ、でも。非常事態だからで押し通せるわよ。ほら、緊急避難的な言い訳も使えるし」
「そうですね。最悪、示談で方はつくはずです」
と、フォローになっていなフォローをした。レイの下がった肩はこの程度では上がらない。
「ともかく! 壊しちゃったものはしょうがないわよ。今は、道が開けたと思って進みましょう。王子と荷物を持ってそっちに行くから待ってなさいよ」
「……りょうかいです」
シアラの言葉に力なく返事をしたレイ。二人は宿屋の屋上にお座なりに置かれたダリーシャスと荷物を抱えた。
「ねえ、リザ。アンタ、どう思う?」
その際、目的語を排した質問がシアラから発せられた。ダリーシャスを背負うリザは何をとは問わずに、
「ご主人様の様子の事ならおかしいと思います」
と、返した。シアラは驚くことなく同意した。
「そうよね。なんか焦っているわよね、アイツ。行動の端々とか、落ち着きのなさとか」
「いまのもそうです。二発連続で撃てない状態なのに、戦技の一発をこんな所で消費するなんて。いくらレティやエトネが吸血鬼もどきになったからとはいえ、冷静さを欠いています。まるで、何かに追われているように急いていますね」
「問題は、それが何なのか……って事よ。説明するつもりは無さそうよね」
リザが同意の意味を込めて頷いた。レイの秘密主義は今に始まった事ではない。レイにしてみれば秘密にしたくてしているわけではないのだが。
「また、何かを一人で抱えているのね。……全く。今度はどんな秘密を抱えている事やら」
ロープに繋げた荷物を隣の屋上へとを降ろしている最中、シアラは下から荷物を受け止めようとするレイの顔を見た。何処か張りつめた表情に、彼女はため息を吐いてしまう。
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次回更新は九月二十六日頃を予定しております。




