6-27 トトスの港町Ⅳ 改訂版
※作戦会議のシーンを一部修正。
「あのね、主様。これはどう考えても詰んでいるわよ、この状況は」
長い沈黙を打ち破り、沈痛な表情でシアラは告げた。野営地での三度目の朝を迎え、食事の準備が行われている片隅でレイはリザとシアラを連れて二度目の作戦会議を行っていた。
彼女たちに、すでに三回目の朝に入っていることを伝えた上で、前々回の行動から前回何をして、どういう経緯を辿り、どんな結果で死んだかを説明した。
「……随分とハッキリと言うね」
余りにもはっきりと言われてしまうと、怒る気にもならない。むしろ清々しいほどである。シアラもその辺を理解しているのかサバサバした口調で、
「だってそうでしょ。陸地にガシャクラの一派が張っていて、海に出ればデゼルト国の刺客が襲ってくるなんて、どう考えても状況が悪すぎるわよ」
紫色がかった黒髪を紐で括ると、シアラはその辺に堕ちていた枝で地面に概略図を書きだす。大雑把な桟橋周辺の地図は隊長経由で何度か見せて貰った事もあり、彼女の頭には収まっている。
湾曲した海岸線から等間隔に桟橋が何本も突き出て居る船着き場。レイ達が乗る軍船は、海に向かって一番左端に停船している。
「まず、ガシャクラの一派。軍船の近くの建物と隣接する船の方にも弓兵が配置。さらに街の各所に騒ぎを起こして混乱を招く誘導役がいて、その上に街に入って来る人物。特にワタシ達が街に入って来るのを確認するための見張り役が街の出入り口に居る。そして極め付けにガシャクラが物体をすり抜ける、屋敷に侵入した男と一緒に軍船近くに潜んでいる、と」
漫画の噴き出し世のように大雑把に情報が書きこまれていく地図。そこに付け加えるように、海の方にも新しい情報が付け足される。
「今度はデゼルト国の刺客。ワタシ達の船が出港したら、自爆船が後ろから激突して船が大破する、と。……確認だけど、後ろからなのよね」
「ああ。右舷後方から船が突っ込んできたんだ」
「だとしたら、自爆船は私たちの軍船と同様に船着き場に停泊していたと考えられますね」
リザも枝を拾うと、概略図にそのことを刻んだ。事実、似たような事を船員が船長に告げていたとレイは二人に説明する。シアラがもう一つ質問をする。
「ねえ、その自爆船は無人だったの」
「……それに関しては自信が無い。船が接近した段階では甲板に誰も居ないと報告があった。それに火だるまになって突っ込ませたんだ。ある程度速度がついた時点で退避させたんじゃないかな」
「ふーん。もしくは捨て身の攻撃で、最期の瞬間まで船の何処かに潜んで操舵していたのか。まあ、それは考えても分からない事ね」
これで二週目に何があったのか、明らかになった。明らかになったことで、余計に場の空気が重くなった。ガシャクラだけでも厄介な相手だというのに、畳みかけるようにデゼルト国の刺客が海上に姿を現したのだ。よりにもよって、海上に。
はっきり言って、海の上でレイ達に出来る事は無い。
船に対する知識がある訳でも、操舵に覚えがある訳でもない。これが船上での戦いならまだ何かする余地があったかもしれないが、船をぶつけてくるという見境ないやり方には《トライ&エラー》は無力に近い。
基本的に相手が作戦を練れば練るほど、その作戦における弱点を突いて瓦解しやすくなる。単なる力技では分が悪いのだ。
「燃える火船。それも中型船を一気に燃やし尽くす炎が相手だと、《アイス・エイジ》ぐらいしか対抗策が無いわ。でも、《アイス・エイジ》を発動するには生命力を精神力に変換する陣を書いて、そこを動かずに集中する時間が必要よ。とてもじゃないけど、船が出港するまでに終わるとは思えない」
「シアラの準備が整うまで船の出港を遅らせてもらう……なんてのも難しいな。街に入れば即ガシャクラ達が行動する。アイツらを相手にしながら船を出さないでその場で堪えていると、船員に余計な被害が出るかもしれない。いや、船員ならまだマシだ。一般人に被害が出てしまったら」
レイは一度言葉を区切ると、胸の内に溜まったものを吐き出すようにため息を吐いた。
「無関係の人を狙うガシャクラも大概だけど、人一人を殺す為に船を燃やして特攻させるなんて事をするデゼルト国の刺客も大概だ。……大概だけど、上手い手だよ。対抗策が思いつかない」
「相手を褒めてんじゃないわよ」
ぴしゃりと言うシアラだが、表情は冴えない。
「何か、この状況をひっくり返す作戦は無いかな」
「あのね、戦略的に詰んでいるこれを戦術でひっくり返すなんて事、不可能に近いわよ」
風を切って突きつけられる指先にレイは押し黙った。内心でそのことには薄々気が付いていただけに、シアラから断言するように言われて肩を落としていた。すると、おずおずとリザが手を上げた。
「あの。そこまで言うほど、状況は悪いのでしょうか。二回目の……つまり見張り役の目を潰すという展開を踏襲すれば少なくとも一般人に被害を出さずに、最小限の戦力を相手取るだけで船は出港できました。あとはデゼルト国の刺客を打ち払えば」
「そこが悩みどころよ。いい、ワタシたちはこの港を速やかに脱出する必要があるの。もたもたしていれば、ガシャクラ達も、刺客たちも第二第三の手を使ってくるかもしれない」
それは十分あり得る事だ。ガシャクラ達はともかくとしても、デゼルト国の刺客が自爆船の部隊以外にも街に潜んでいる可能性は否定できない。
「だから、軍船に傷一つ付けさす訳にはいかない。軍船に傷が着いて運航出来ないって事になったら、港に引き返すことになるわ。だから、自爆船は確実に、一気に吹き飛ばす必要があるの。でも、その手段が無いわ」
「一気に吹き飛ばすなら、うってつけの物があるじゃないですか」
リザの言葉にレイは馬車に積んである、ある物の事を思い出す。シアトラ村で採掘されるようになったケラブノス石。人の頭程の大きさのが数個、馬車の中に眠っている。あれは本来、エトネの火力を上げるためにと用意した鉱石だが、使えるのなら使えばいい。
しかし、シアラが難しいと首を横に振る。
「確かに、ケラブノス石の塊なら一つで甲板を吹き飛ばすぐらいは出来るわ。でも、主様の説明によれば自爆船は帆が燃えてもなお速度を変えずに突進してきたんでしょ」
「……うん、そうだ。自爆船は足を緩めることなく、軍船にぶつかった。あの時、軍船は帆を最大限に広げて風を受けていた。にもかかわらず、あの船は追いついてきた」
「考えられるのは、何かしらの技能か魔法を仕込んで船を動かしている奴がいるのよ。……仮に、ワタシたちが抱えている石を全て使ったとしたら、自爆船に仕込まれている爆発物を誘爆させて大惨事を起こすわ。それこそ、自爆船が粉微塵になるでしょうね」
「それなら、問題ないように思いますが」
問題大ありよ、とシアラはリザに向かって指を突きつけた。
「あの鉱石は主様の雷撃でしか起爆せず、なおかつ起爆するまでの時間が短いわ。そんな爆発物をどうやって自爆船にぶつけるのよ」
リザが気が付いたように声を上げた。
人の頭ほどあるケラブノス石は当然だが、それなりに重い。精神力を纏わせて放り投げたとしても十メートルぐらい。その距離で火船を吹き飛ばせば、爆風は間違いなく軍船に届くだろう。
「だとしたら、自爆船が出港する前にケラブノス石で沈めるのも」
「止めた方がいいわね。桟橋一帯が火の海になるわよ」
軍船が沖へと向かう途中、陸地を振り返るとそこは火の海と言う光景を想像して、レイは背筋をゾッとさせる。すると、シアラはレイの腰に差してある龍刀コウエンを見て言う。
「ねえ。コウエンの炎で燃やしてもらうってのはダメかしら。もちろん、爆風が届かない長距離から一方的に燃やしてもらうんだけど」
シアラの質問にレイはどうなのかと腰のコウエンに問いかけると、
『可か不可で言えば、いや、言うまでもなく可じゃ。じゃが、代償として其方の両腕が炭と成り果てるが、それでも良いか?』
「「却下」です」
リザとシアラが口を揃えて言う。
「……やっぱり、軍船に乗る前に自爆船を潰す以外、手段が無いわ。でも、街に入ってからの行動はガシャクラに制限されてしまってワタシたちが何かをする余裕がないわ」
言ってしまえば、街に入った瞬間からジェットコースターに乗るような物なのだ。降りる事も、止まる事も出来ないで、決められたコースに従って死ぬ所まで運ばれてしまう。
「……でもまあ、それでも手が無い訳じゃないけど」
先程までの滑らかな語り口から一転して何処か口籠りながら喋るシアラにレイは間髪入れずに言う。
「ハヅミを呼ぶのは無しだ」
有無を言わせない口調にシアラは呆れたようなため息を吐いた。
「そう言うと思ったわよ、この頑固者」
「何とでも言えよ。……エトネから友達を取り上げるかもしれない事、僕には出来ない」
二人の会話を横で聞いていたリザは、そこでエトネが持つ指輪に宿るハヅミが水の超級精霊だと思い出した。海の上ならその実力は最大限発揮されるだろう。
しかし、代償に指輪の魔力は枯れ、もしかしたらエトネの元をハヅミが去ってしまうかもしれない。レイはそれを許さない。
「だったら、やれることは一つよ。街に入ったら死んじゃうんだから、街に入らないのよ」
「なるほど。相手の土俵に昇らないと言う訳ですか」
相手が幾重にも罠を仕込み、手ぐすねを引く状況にわざわざ飛び込むのは愚かとシアラは言い切る。
「一度オウリョウまで戻って、スヴェン王子から兵や騎士を更に借り受け、街に入る前に敵を一掃してもらうのよ。そして全部が終わった頃に街に入れば、ほら安全でしょ」
「その代り、街が戦場になるけどな」
「……やっぱりこの案も無しなのね」
肯定するようにレイは頷いた。彼の基本方針は単純明快。一般人に被害を出さずに港を離れる事だ。自分のせいで余計な死者を出させたくないと譲らなかった。
「あのね。その博愛ぶりには頭が下がるけど、今回は脇に置いてくれない。このまま街に入った所で二回目の二の舞よ」
「そうだけど……やっぱり一般人に迷惑を掛けたくない。どうにか、誰も被害を出さずに済む方法は無いかな」
主の頼みだけにシアラとしては叶えてやりたいと思うが、状況はそれを許さない。期せずしてガシャクラとデゼルト国の刺客が連携をとっているトトスの港町は死地だ。
「各個撃破を狙うにしても、敵の全容を知らない以上潰し切ったとしても潰し切ったと言う証明が出来ない。自爆船の方を出港前に対処するにしてもガシャクラ達の弓兵が一般人を狙えばそれはワタシ達の負けを意味する。だとしたら、街に入るのを遅らせるべき。いえ、それはそれで難しいわ。この大所帯を敵が補足していない訳がない。妙な行動をとれば作戦を変えてくるかもしれない。それは主様の持つ経験を捨てる、自分たちの有利さを捨てるなんて首を締めるようなものよ」
ブツブツと呟きながら概略図を睨むシアラ。レイは目まぐるしく考え込む彼女をそっとしておいて、対照的に押し黙っているリザの方へと視線を向けた。彼女は何かが引っ掛かるのか何度も首を傾げていた。
「何か気になる事があるの、リザ」
「いえ……その。気になると言うか、腑に落ちないと言うか。……いえ、私の勘違いかもしれません」
「勘違いでもいいよ。今は少しでも閃きが欲しんだ。皆が見落としている事なら、突破口になるかもしれないだろ」
レイの言葉に励まされたのか、リザは自分の中の違和感を口に出した。
「この状況。奇妙だとは思いませんか」
圧倒的不利な状況を奇妙と表現したリザにレイもシアラも首を傾げてしまう。リザは自分に自信が無いのか、心なしか不安げに言葉を続けた。
「そのですね。陸地にガシャクラが居て、海上にデゼルト国の刺客が居る。この二者はまるで連携を取るかのようにそれぞれバラバラに私達を襲いますが、どうして連携が取れるのですか」
「どうしてって……それは……どうしてかしら」
「二つの集団はどちらも目標は同じ。それなのに陸地、あるいは海上で同時に襲いかち合う様な事が起きず、綺麗に連携が取れています。無駄のない流れだけに、むしろ違和感しかありません」
「事前に会談して、互いの縄張りを決めたりとか、あるいは同盟を結んだとかは」
レイの意見にシアラが否定するように首を振った。
「それは無いはずよ。もしそうなら、ガシャクラが自爆船を見て知らないなんて口にするはず無いわよ。確か、船上でそう言っていたんでしょ」
彼女の指摘に、レイはそうだったと思い出した。あの時のガシャクラは憎い敵を前にしておきながら、心底驚いた様子だった。もし、デゼルト国の刺客を知っていたなら別の反応をしたはずだ。
「……いえ、でも、ちょっと待って。狙いは同じじゃないでしょ」
シアラの突然の発言にレイとリザは呆気に取られてしまった。先に正気に戻ったリザが慌てて、
「ど、どういう意味ですか、シアラ」
「だからね。ガシャクラの狙いは主様で、デゼルト国の刺客はダリーシャス王子を狙っている。集団としての《ミクリヤ》が狙われているという意味では一緒だけど、その内容は全くの別物。ガシャクラは私怨による復讐で、主様をこの手で殺したいと考えているから、あの手この手を使い主様を孤立させている」
改めて指摘されると、ガシャクラの執念深さに辟易してしまう。自らの手で復讐を果たしたい一心で向こうは向うで綱渡りを行っていたのだ。
「一方でデゼルト国の刺客はダリーシャスを、暗殺に見えないやり方で殺そうとしている。いくら他国とは言え、如何にも暗殺されましたという死に方よりも、船の事故で死にました、の方がきっと都合がいいんでしょ。襲撃者たちは自分たち以外にも《ミクリヤ》を狙う存在が居るとは知らずに、それぞれの目的を果たす為に都合のいい場所を選んだのよ」
「狙いが微妙に違うから、偶然にも陸と海でそれぞれ別の敵と戦う羽目になった訳か。二連戦なんて、めんどくさいことこの上ないよ」
確かにと同意したのはリザだけだった。シアラは別の反応を示した。目を見開き、ぽかんと口を開けていた。
「……主様。いま何て言ったの」
「二連戦なんて、めんどくさいことこの上ない」
「それよ!」
シアラは急に大声を出すと、レイの手を掴んで上下に振り回した。食事の準備をする兵士やレティがなんだなんだとのぞき込むのもお構いなしだ。
「一対一を二連戦するから詰んでいるのよ。この状況が三つ巴なら、三つ巴を利用すればよかったのよ!」
トトスの港町は開放的な気風と、入れ代わり立ち代わり人が流れて行くので、城壁や門番は無い。その代り街に繋がる二つの街道以外の出入り口が存在せず、街に入るにはそのどちらかを使うしかなかった。また、街の立地が西に向けて海が広がり、三方をそれなりに険しい山に囲まれている為、街道以外で街に入るのは難しい。また、二つある街道は街中で交錯するが、そこ以外に交わるところはない。街道から街道へと移動するには先述の山を越えなければ移動できないのだ。
つまり、二つある入り口を見張っていれば街を出入りする人間全てを監視できる訳だ。。
オウリョウに繋がる街道の入り口付近。頭一つ高い建物の上からガシャクラの部下は見張りをしていた。目標はレイ達一行だ。五十名からなる騎士の護衛に囲まれた大所帯。見落とすことはあるまい。
オウリョウを出発して以降、周囲を警戒されてしまい近づくことはできなかったが、今日の昼頃には着くだろうと予測していた。入り口を張る部下たちの役目は、レイ達が街に侵入してどこに向かうのかを確認して報告する役目だ。
(もっとも、停泊中の軍船の様子を見れば既に出港の準備を終えている。街について直ぐに船に乗るつもりなのだろうな)
ある意味正しい判断だと見張りは思う。下手に街に長居すれば、それだけ襲撃されやすくなる。一度海の上に出さえすれば、容易に仕掛けられないだろうと誰だって考える。
そこを狙うのが彼らのやり方だ。
そろそろかと空を見上げると、太陽が真上を指していた。いつでも知らせるように連絡装置を取り出すと―――それが突然起動した。
驚く見張りの前で、鏡を使った伝言の魔法道具に文字が浮かんだ。焦っているのか、字は乱れていた。その内容を追いかけて、男は思わず鏡を落としそうになった。
『目標が、もう一つの道から街へ侵入。別の桟橋へと向かった! 軍船は囮!』
読んで下さって、ありがとうございます。




