表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
272/781

6-16 エトネの夏休みⅠ

 ガシャクラの手下との遭遇から一夜明けて、スヴェンの言葉に従いレイ達は屋敷から出ずに過ごしていた。


 船がトトスに着くまであと四日。


 本音を言えば、レイとしては船が着いてすぐにデゼルト国に向けて出港して欲しいのだが、流石に食料などの必要な物資の積み替えや、乗組員の入れ替えや休憩に一日は欲しいと言われた。トトスまで馬車で二日という距離を計算に入れれば、最短でもあと三日は引きこもる必要がある。とはいえ、スヴェンの屋敷には暇を潰すに事欠かない。


 とにかく形だけを揃えようと本が無造作に集められた書斎でレイとシアラは読書に勤しみ、近衛騎士が護衛として屋敷に常駐することを逆手にとって、リザは彼ら相手に手合わせを申し出た。レティも敷地の一角にある温室の使用許可を貰い、様々な用途に使える薬を作っていた。


 そうなると暇なのはエトネだった。


 午前中は文字の勉強をレティとしていたが、子供の集中力は長くは続かない。昼を終えた後のエトネは暇を持て余した。レイ達の邪魔をしてはいけないと幼いなりに理解していたが、だからといってほっとかれるのはつまらなかった。


 それを見かねたレイはカンネを通してスヴェンから庭で遊ぶ許可を貰い、エトネは思う存分、庭を駆け巡る。何しろ、学校の校庭並みの広さを誇る庭園は夏の日差しを浴びて木々が輝き、青い草の匂いが立ち昇る。見た目は全く違うのに、匂いや肌触りはどこか故郷の山を思い出させていた。


 防具を外し、ノースリーブと短パンを着た身軽な状態の彼女はぎらつく太陽を恐れることなく肌を晒す。足元は通気性の良いサンダルを履き、頭には熱中症対策として買ってもらった麦わら帽子をかぶり、たすきに掛けた虫かごが揺れ、跳ねるように虫を追いかけていた。


 屋敷の書斎から花壇を駆けまわるエトネを見たレイは、まるで夏休みの子供のようだと思ってしまうほどしっくりくる格好だ。


 彼女が追っていたのはナギバチと呼ばれる蜂だ。


 夏の暑い頃になると秋と冬に備えて花の蜜を集めて巣を作り始める蜂の一種で、他の蜂と同様に体内に毒を有していた。


 もっとも毒を持っているからと言って危険な蜂では無い。臆病な性格の上、持っている毒がそれほど強くなく、子供が刺されても軽く腫れる程度。次の日には熱も引いてしまうほど弱い毒性だ。


 そんな蜂をエトネが追いかけているのは薬剤作りをしているレティに、捕まえてほしいと頼まれたからだ。弱い毒でも使い道はある。例えば、強い毒性の薬剤に、別の種類の毒を混ぜると効果が反転する場合がある。また、弱い毒で体を刺激することで逆に体の防衛本能を活性化させ強くすることもできる。


 毒と薬は同じコインの裏と表に過ぎず、人の体に良い働きをすれば薬。悪しき働きをすれば毒と呼んでいるにすぎない。


 暇を持て余していたエトネにしてみたら、蜂集めは格好の暇つぶしだった。軽装に着替え、屋敷のメイドから借り受けた虫かごを装着した少女は庭園に点在する花壇の一つに近づいていた。


 狙うのは蜜を集めに来たナギバチ。体長は三センチ前後の親指ぐらいの大きさ。全身がオレンジと黒のまだら模様をしており、豊かな色彩の花壇の中では埋もれてしまいそうなほど小さい。


 だけど、エトネの萌黄色の瞳は狩人の如くするどくなり、獲物ナギバチを捉えて離さない。


 呼吸を小さくしつつ、花壇への距離を縮めるエトネに気が付いていないように蜂は蜜を集めていた。蜂の習性として群体で行動することもあり、花壇の周囲には十数匹のナギバチが集まっている。


 エトネがレティに頼まれた蜂の数は三十匹。この花壇に居る分だけでは目標には届かない。それにナギバチは危険を察知するとすぐにその場を離れてしまう。例え仲間が襲われても一目散に巣へと逃げ込む。個を見捨て種を優先する自然界らしい厳しい本能だが、この際エトネにはどうでもよかった。


 問題なのは、このまま捕まえに花壇へ飛び込んでも、捕まえられて五匹。それ以外は逃げられてしまうと狩人の血が告げていた。


 一度危険な場所だと記憶すれば、逃げたナギバチは帰って来ないだろう。それではいつまでたっても目標数には辿りつけないのではないかとエトネは考えていた。


(でも、むしあみもないのに、どうやっていっぱいつかまえよう)


 ナギバチが逃げないギリギリの距離で止まったエトネは幼いなりに考える。レイがするように顎に手を当ててればいいアイディアが浮かぶのではないかと思いマネする。


(ナギバチのすきそうな花をならべて、わなをしかけてみる)


 緑と灰色が入り混じる頭髪の下で思い浮かべたのは古典的な策だ。獲物が好む物を使い引き寄せ、一気呵成に捕まえる。シンプルながら、ある意味全ての狩りにおける基本とも言えた。


 だけどこれには問題がある。エトネはナギバチの好きな物がさっぱりわからなかった。


 蜂は蜜を好むが、この花の蜜しかとらないと言った好き嫌いがあるのか彼女には見当もつかない。故郷の山で狩人の父について回った日々に置いて、虫取りのコツなんて物は教わらなかった。


 いつもは猪や鹿、狐や兎と言った動物や、蛇や蝮などの爬虫類。それに川魚などの取り方を教わっていた。


 目を瞑れば、いつだって父の教えが蘇る。


「いいか、エトネ。狩りは獲物との知恵比べだ」


 普段は寡黙で、言い方は悪いが不機嫌そうに押し黙る父だが、狩りの時になると打って変わったように饒舌になった。低く、耳に響く様な声が聞こえてくる。


「捕まえる獲物の行動を想像し先を読め。何処で水を飲み、何処で眠り、何処で体を洗い、何処で餌をとるのか。動物は一度安全だと判断した場所同士を繋ぎ合わせ、円を描くように巡回する。逆に言えば、一瞬でも危険だと判断した場所には近寄ろうともしなくなる」


 糞や、足跡、草の倒れ方や木への噛み傷などから獣が良く通る道筋を見つけた父は、そこに罠を仕掛ける。故郷の山は父の仕掛けた獣用の罠がいくつもあった。


「しかしな。ワザと動物を誘導するのも手だ。一人が動物を追い立て、逃げた動物をもう一人の狩人が仕留めるというやり方もある。もっとも、動物が逃げずに立ち向かう場合もあるから危険なやり方だ。それに、それをやるには連携の取れた相方が必要だ。今のお前には―――」


「―――なら、エトネがなる! おとうさんのあいかたになるよ」


 そう言った時、父は驚きつつも顔をくしゃくしゃに笑い、大きな手で頭を撫でてくれた。今でもその時の温もりは覚えていた。


 過去に浸るエトネだったが、目を開けて現実へと戻ってきた。心の中で過去の父に礼を言う。


「やっぱり、おとうさんはすごいや」


 瞼の母ならぬ、瞼の父を思い、胸の内が暖かくなりながらエトネは一気呵成に花壇へと飛び出した。花を潰さないように、花壇の枠の手前で止まる。


 小さな体がロケットのように飛び込んできたことで風が巻き起こり、異変を感じたナギバチは蜜を集める役目を放棄し、生存のために一斉に逃げ出した。


 ―――巣の方へ。


 エトネはすぐさまナギバチの後を追う。そこには無数のナギバチが巣を作っているはずだ。臆病なナギバチといえど、巣を放棄して逃げるはずはない。そこを狙おうとしていた。


 まるで道案内人のように宙を羽ばたくナギバチ。エトネは離されまいと芝生を蹴る。次第に彼女の姿は屋敷の裏手へと回る。


 広大な庭園には観賞用の花壇や、迷路などが置かれたいわゆる客人向けの表側と、小規模ながら木々が乱立する林が広がる裏側があった。視線避けと、緊急時における木材の確保を兼ねているのだ。


 そちらに向かうナギバチを見て、ほんの一瞬だが不安に駆られた。


 巣へと戻ろうとしている習性は正しいはずだが、その巣が敷地の中に無ければ自分のしたことは徒労に終わってしまうのではないか、と。ナギバチに限らず、蜂の行動範囲は案外広い。


 若干不安に駆られながらも、エトネは林へと向かう。


 スヴェンの屋敷がある敷地は上から見ると円形の形をしている。ぐるりと曲線を描く鉄柵が置かれ、屋敷を境に反対側は林となっている。


 その中の一本にナギバチの巣はあった。背の高い木の中程。上へ向けて伸びる枝に張り付くように作りかけの巣はある。


 庭園の花や木から集めた蜜を使い無数のナギバチたちは巣を拡張していく。


 彼方此方に散らばっているナギバチたちが巣に集まっては、また四方へと慌ただしく飛び立つ。


 レティの要求した数には十分足りるのだが、エトネの顔は晴れなかった。腕組みをして困り顔を浮かべた。


「うーん。どうやってとろうかな」


 彼女を悩ませているのが、捕獲方法だ。


 巣のある位置が思ったよりも高い。木登りぐらいは簡単だが、巣のある高さまで昇るのに時間が掛かってしまう。ナギバチとて、巣に近づこうとする存在が居れば反撃に出るはず。幾ら弱い毒性だとしても、よってたかって刺されれば大怪我になるかもしれないし、何よりそんな事をレティは求めていない。


 レティの為にした事で彼女を悲しませたら本末転倒だ。


(したからはだめだけど、よこ・・からならどうかな)


 エトネは巣がある木の隣の木へと視線を移した。人の手が入った林は木々が等間隔に植えられており、少し距離があるがエトネの身体能力なら木から木へと飛び移る事は可能だ。


 巣と同じ高さにまで昇り、そこから水平に飛び、巣を回収したら一気に離脱。


(うん。かんぺきなさくせんだ!)


 ここにレイ達が居たら待ったを掛けたくなるぐらい杜撰な作戦に気合を入れたエトネは、すぐに行動を開始する。幸い、付近に人影はない。巣を奪われて怒ったナギバチが自分以外を襲う心配はないと彼女は判断した。


 安全を確認すると、巣の正面にある木を選びよじ登る。するすると誰かが目撃していたら猿のようだと表現する程鮮やかな動きで木の幹を掴んでいく。


 そしてほんの数分で、巣のある高さまで来た。耳にはナギバチの羽音が聞こえてくる。虫かごの蓋を開けて、直ぐに巣を放り込めるように準備をした。一度、大きく呼吸をすると、精神を安定させ自分のするべきことを再確認した。これもまた、父親から習った狩人の心得だった。


 慌てることなく、冷静になるべし。


 エトネは気持ちを落ち着かせ、行動を開始した。蝉のように木にへばり付いていた体をくるりと回し、幹を蹴った。目指すは目の前にある巣だ。ナギバチが取り囲む金色の巣へと目がけて跳び。


 ―――ぞわり、と。


 背筋が震え、尻尾が膨らみ逆立つ。


 突然感じた何者かの気配がエトネの感覚を揺るがしていた。それも彼女の足元―――地面の方からするのだ。つい数秒前まで何も感じなかったはずなのに、下に何かいる。


 動揺は体の末端まで行き渡る。木に張り付く巣を掴んだ指先は震えて、巣を取りこぼした。


「あっ!?」


 重力に引かれたリンゴのように落ちる巣。そこは無人の地面のはずだった。ところが、巣の落ちる軌道の真下に、人影があった。


 上からでは性別も年齢も分からない、薄い透明感のある水色の髪をした何者かが立っていた。その人物は落ちてくる巣に気づいた様子はない。


「《我が足は、世界を跨ぐ》!」


 巣のあった幹を足場に、エトネは技能スキルを発動させる。《狭間ノ省略》。彼女の持つ移動系技能(スキル)は巣が人影にぶつかるよりも早くエトネを地面へと導く。


 どん、と。自分の全体重と落下の衝撃が両足を貫くがエトネは苦悶の声を上げる間もなく次の行動に移る。


 痛む両足でさらに地面を蹴ると、巣が直撃するまであと数秒も無い人影に向けて跳び込んだ。


 エトネは人影にぶつかるとそのまま地面をもつれるように転がる。天地が入れ替わる中、傍で巣が落ちた音が聞こえるものの、飛び込んだ力が強かったのか止まる事は出来ない。


 ごろごろと回転する二人は木の根元にぶつかってようやく止まった。


「いたたた。……ねえ、だいじょうぶだった」


 目を回しつつも、エトネは自分が下敷きにしている人物に対して声を掛けた。


「……ええ。大丈夫よ」


「よかった。ごめんなさい。ここにひとがいたのをみのがして、あなたをあぶないめにあわせちゃった」


 しっかりとした声が返って来た事にエトネはほっと胸をなで下ろす。薄水色の髪をした人物は起き上がると周囲を見回してから、エトネの方を驚いた様子で見た。


「えっと。私の声が聞こえるのよね」


 おかしな質問だった。


 しかし、質問を発した少女は真剣な眼差しだった。年のころはエトネと同じくらいだろうか。長い薄水色の髪は芝生の上を転がった時に乱れ、すっと鼻筋の通った顔には土が付着しているが、それでも整った綺麗な顔をしていた。


「う、うん。きこえるよ」


 エトネの返答に少女は満面の笑みを浮かべた。


「凄い、凄い! 見るだけじゃなく、声まで聞こえるなんて! それに触れる事も出来る!!」


 少女は喜びのあまりエトネの両手を握りしめ振り回した。何が何だか分からないエトネは流れに身を任せるように少女の喜びに付き合った。


(なんだか、へんなこ。おやしきではたらいてるメイドさんなのかな)


 スヴェンの屋敷で働くメイドの中には自分と同い年ぐらいの子供がいたのを思い出した。この薄水色の少女もメイドの一人なのかもしれない。それにしては着ている衣服が粗末だ。ボロの布きれ一枚を羽織り、素足で芝生を踏む。


 もしかしたら、労働奴隷なのかもしれないと考え、それを尋ねるのは失礼だと思ったエトネに、少女が質問を投げかける。


「ねえ、ねえ。可愛らしい混じりっ子。貴女のお名前は?」


「エトネはエトネだよ」


 言葉の意味を深く考えないエトネは反射的に答えていた。そして逆に質問する。


「あなたのおなまえは?」


 少女は悪戯っぽく笑うと答えた。


「ハヅミ! ハヅミって呼んでね、エトネ」


読んで下さって、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ