閑話:束の間の平穏
シアトラ村の活気は過去に類を見ない程になっていた。連日、他所からの来訪者が列をなしてやってくる。街道は整備され、村を囲う柵が撤去され馬車などが並んで止まっている。大人たちは来訪者の対応に追われ、子供たちは珍しい光景の中を無邪気に駆けまわる。
この賑わいの原因は、言うまでも無く迷宮の所為だ。
『魔王』フィーニスとレイの戦闘―――というには一方的だが―――によって崩壊した迷宮。それが時を置いて復活した。またしても足元にモンスターが蠢くのかと青ざめる村人たちを安心させるように、派遣されたディモンドを始めとする《オルゴウス》の面々。それに兵士たちが探索に向かった。
復活した迷宮は、深層はおろか中層も存在しない小さな迷宮だと分かったが、それとは別に珍しい物が発見された。
レイ達のピンチを切り抜けた青い鉱石の事だ。
名をケラブノス石。
東方大陸ではめったに見られない珍しい種類の鉱石だとギルド職員は村人たちに説明した。
特徴としては、まず半永久的に淡く発光する点。手ごろな大きさの鉱石を瓶に詰めればそれだけで松明の代わりになる携帯用照明となる。明かりを消したいときは、厚手の布を巻けばそれで十分だ。残念ながら、発光しているだけなので熱は無く、燃料などに用いる事は出来ない。
二つ目が電流を流す事で爆発する性質。これこそが、ケラブノス石の最大の特徴だ。
エルドラドには黒色火薬の材料となる硝酸カリウム、いわゆる硝石が不足しているそうだ。原因は人類の暗黒期にあった。三つの戦争で人間たちは勝利を手にする為にと銃弾を作り、大砲を作り、砲弾を作り、それらを湯水のように消費していった。代価として、多くの血を流すことになると分かりながら。
暗黒期の最後の戦争、『人間戦役』が終わった原因とされるのが、長びく戦争のせいで労働者不足と物資不足によって戦争を継続できる国が少なくなったといわれているほどだ。
余りにも馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまう。
現在のエルドラドで硝石は同じ量の黄金と同価値……とまでいくと言い過ぎなのだが、それぐらい貴重だ。使い道が限定され、都市部の防衛用の大砲や、外界を行き来する大型船の大砲などに優先的に回され、それ以外で使われることは無いそうだ。
ましてや個人で扱うことは無く、冒険者の中で銃を使う者は廃れてしまったそうだ。もっとも、モンスターを倒すことで得られる経験値を積み重ねていけば、器である肉体が強化され、銃を使うよりも剣や槍、あるいは素手の方が強くなってしまうので暗黒期前の冒険者で銃使いはそこまで多くは無かったとシアラとリザは説明していた。
とはいえ、火薬は多岐に渡って使う事ができる。力のない人間が大型の獣やモンスターを倒すことも、建造物を壊すことも楽にできる。
火薬の代用品として使えるケラブノス石は、そういった事情もあってか人気の高い鉱石の一つ。シアトラ村はその鉱石の発掘を村ぐるみで出来ないかと模索している最中だった。
ディモンドたちと協力して迷宮の構造やモンスターの種類に強さ、それに変成のタイミングを調べて鉱石が日に、週に、月にどれだけ採れるのか試算し、そのためには人手がどれ程必要なのか。
並行して近隣の村や町から鉱石を専門的に扱う商人たちを呼び寄せ、ケラブノス石の売買に関する交渉を行い、その噂を聞きつけた様々な商人たちが村に押し寄せた。
ある者は発掘のための道具などを持参し、ある者は鉱石を運搬するための馬車と馬を用意し、ある者は人手が必要だろうと奴隷を連れてくる。
更には王都から追加で人員が送られてきた。地質調査を専門とする学者や、新たな収入源を得ようとする領民に対する税の取り決めをしようとする徴税官など。
人が集まれば寝床や食料などが不足してくる。それを見越したように商人たちは馬車を引き連れシアトラ村を訪れる。
まるで幾つもの歯車がかみ合い、大きな流れを生み出そうとしているかのようだった。
レイはその流れを外側からぼんやりと眺めていた。
『魔王』フィーニスとの激闘から一月。両足の火傷は完治していなかった。包帯の下は火傷の痕がミミズのように張り付き、歩行も覚束ない状態だ。
《オルゴウス》のヒーラーは、焦ることは無い。あと少しで完治すると太鼓判を押してくれたが、一ヶ月も足止めを食らうとは思っていなかった。その上、まだ時間はかかりそうだった。
腰かけたベンチの傍らには自作の松葉杖が立てかけてある。怪我をしたばかりの頃はそれこそ一人でベッドから降りる事もできなかった。そこからここまで回復できただけで良しとするべきなのではないかと考える一方で、身動きの取れない状況がもどかしくもあった。
季節は春から夏の変わり目。見上げた空は澄み切った青色が広がる。
レイは一人だった。
周りには誰も居ない。
リザ達は主の傍を離れて、迷宮へと潜っていた。無論、シアトラ村の新しい迷宮の事だ。
元々地上部分にあった備蓄庫は中に仕舞われていた食料や物資が運び出され、いまでは迷宮探索の前線基地となっていた。一度中を覗いてみたが、壁一面にメモやら手製の地図が張られ、ギルド職員たちが羊皮紙に報告書を纏めていた。
迷宮の探索は今も続いている。
上層部しかない迷宮と判明しても、そこは迷宮。一月掛けても全貌は明らかになっていない。レイ達が潜った時よりも階層は増え、広間の数も増えていた。その上、未発見の領域が数日おきに発見されては変成で構造が変わっていく。
これでは人手はいくらあっても足りないとディモンドは愚痴っていた。
アマツマラから来た兵士たちの本来の役目はスタンピードが起きた際の村人の防衛だ。迷宮探索に全員を一度に使える訳では無い。休息を取らせつつ、三交代制で迷宮に潜っている。
そのため、慢性的な人手不足を解消したいディモンドと少しでも強くなりたいというリザ達の希望が合致した。リザ達はディモンドたちの《オルゴウス》と協力して迷宮の調査を行いつつ、レベルと連携を高めている。
戦えないレイは一人、地上に残って留守番中だ。
「随分とまあ、暇そうではないかレイ。何ならチェスの相手でもしてやろうか」
空を見上げていたレイに声を掛けたのはダリーシャスだった。
「いやですよ。これでもやる事があるんです。……それよりも、そっちは今日の分の授業は終わったんですか、先生」
レイはダリーシャスが手にした板に目をやった。木の板には真新しい木炭の後が残っていた。
この一ヶ月、ダリーシャスは村の子供たちを相手に教師のまねごとをしていた。流石に王子である彼を迷宮に送り込ませるわけにはいかない。本人は行きたがったか、こればかりは認めるわけにはいかない。
宿場町としてのシアトラ村には他所からの旅人が来る関係で最低限の文字や、四則計算ぐらいを修めておくべきだという風潮があった。いつもは村長が村の子供たちを集めて教えていたのだが、村の大きな変化に追われて手が離せなかった。
そこで代役として名乗り挙げたのが、暇を持て余したダリーシャスだった。
意外な事に、彼は子供達からの人気は高かった。本人の性格か、教え方がいいのか、それとも特殊技能のお蔭なのかは分からないが、いまも通りかかったマリオンやエドワードが手を振って挨拶していく。
「今日の分の講義は終わったのでな。……それで? 其方は此処で何をしているんだ」
「修行ですよ、修行」
レイは手にしたダガーを軽く振る。ダリーシャスはそれだけで納得したかのように頷いた。
バジリスクの牙を加工したダガーは数奇な運命を経て、魔短刀もどきとして生まれ変わった。赤龍の体内で《銀狼》テオドール王の雷を浴びたせいか、刀身に雷を生み出すようになった。雷は中級モンスターにダメージを与えられるほどの威力を有しており、魔法の使えないレイには貴重な攻撃手段だ。
しかし、それだけだった。
未熟なレイは雷をダガーから放つ程度しかできないでいた。
その事を指摘したのは《オルゴウス》の一人。ディモンドを補佐する冒険者だった。
彼もまた、レイと同じように魔力を帯びた武器を持っていた。『人魔戦役』の遺産、魔槍ベントと呼ばれる槍をレイの前で自由自在に扱って見せた。
風を宿した槍が風を巻き起こすのは序の口。槍に纏わせた風を一度に三方向に放ち、それらを自在にコントロールしてみせたり、纏わせた風を鋭く細くさせて槍の長さを伸ばした。槍の柄の辺りで圧縮された風を爆発させて加速する高速移動。そよ風を吹かせることで周囲の状況を探知。風に言葉を乗せて遠く離れた仲間に伝える事もしてみせた。
更に手に持たずに風を吹かし、遠くに放り投げた槍が主の意思に従い風を纏って手に元に帰って来たのだ。
「魔力を帯びた武器はそれだけでも十分強い。だけど、そこに自分の想像力を加える事で色々な事が出来るようになるぞ」
レイには青年の言葉は天啓のように思えた。
(《トライ&エラー・グレートディバイド》の代償によって、精神力がまた減ったからな。……戦技を一発使うのが限界の現状で、自分で魔法を放つのは無理だ。だったら、このダガーを使いこなして、魔法の代わりにするしかないよな)
松葉杖をついて一人で出歩けるようになったレイは、村の端、それも人があまり来ない空き地を使って、ダガーを使いこなす特訓をしていた。
まずダガーからどのような雷を出したいのか想像する。雷の刃を放ちたいと思えば、それの速度、威力、本数、軌道、副次効果、使用する魔力量などを設定する。まるで頭の中で生物を生み出すかのような繊細な作業を徹底的に行い、後はそれを実空間に引っ張り出そうとする。しかし、大抵上手く行かない。振っても何も出ないのだ。これはレイの想像に欠陥があり、何処かに矛盾が存在している証拠だ。
レイは再び想像の世界に舞い戻り、イメージを研ぎ澄ます。
地味な特訓だ。
傍から見ていると、うんうんと唸ったり、何もない所に向けてダガーを振るう妖しい人物である。村人はともかくとして、他所から来た者達はレイを明らかに避けて通る。
怪しい行動を延々と繰り返し、魔力が空になったら宿に戻るというのが彼の日課となった。
「ふむ。それでどのぐらい使いこなせるようになったんだ?」
ダリーシャスが興味本位に聞いてくるので、レイはため息を吐きつつも要望に応える。誰もいない空き地に向けダガーを振るう。
「雷牙・二式」
ダガーから、牙のような短くも太い雷が二つ、別々の方向へと飛んでいく。それも真っ直ぐにでは無く、曲線を描いて最後には互いにぶつかって消えた。
まるで誰かの意思を受けたかのようにコントロールされていた。
「ほほう! 自分で操作できるようになったのか!」
ダリーシャスが笑みを浮かべて拍手する。レイは頷きつつも、
「でも、一度に操れるのは二本までで。真っ直ぐなのを放つだけなら四本までいけます」
と、訂正した。そして、今度はダガーの切っ先を下に向けた。
「雷蛇招来!」
レイの言葉と共に放たれた雷は、一つの塊だった。まるで言葉の通り蛇のような細長い形をした雷は地面を駆けずり回る。
慌てて、ダリーシャスはベンチの上に立つ。
「レ、レイ。これはなんだ!?」
「慌てなくても大丈夫です。これはまあ、見ての通り蛇の形をした雷です。……触ると感電しますよ」
ダリーシャスは伸ばした指を引っ込めた。蛇は草むらを掻き分けて悠々と動き回る。まさに蛇その物の動きを真似ているかのようだった。
「こうして蛇の形にすれば、雷が拡散しません。ゆっくりと移動させれば相手の背後を奇襲させることも、じっと動かないで物陰に隠れさせれば伏兵としても使えます」
「ふーむ。精霊召喚の簡易版と言った所か。しかし、どうして蛇なのだ」
「え? ……えっと、蛇のほうが簡単に想像できたし、狭い所や、暗い所に潜ませやすいと思ったから……です」
咄嗟の答えだが、ダリーシャスは特に違和感を持つことなく納得した。レイは心の内で流れた冷汗を拭う。
蛇を模らせたのは、想像しやすい構造をした動物だったし、隠密性に優れたイメージがあったからだ。しかし、それなら他にも適任がいる。例えば鼠、蜘蛛など。それに奇襲を掛けるにしても移動速度が遅い蛇よりも空を駆ける鳥なども便利だ。
それなのに蛇を思いついたのはやはり《トライ&エラー》を意識しての事だろう。
蛇は脱皮を繰り返し、古い体を捨てる。不死と再生を象徴する存在だ。レイが動物をイメージする際に蛇が頭を過ったのも無理はなかった。
それから数分間、蛇使いの意のままに動いた蛇は弾けるように消えた。
「維持できるのは長く見積もっても二分か三分ですね。今の所、出来るようになったのはこれぐらいです」
「いやはや、随分と使えるようになっているじゃないか」
ダリーシャスが素直に褒めるが、レイは称賛を受け止められない。これだけじゃ、まだ足りないのだ。
『七帝』が一体、『魔王』フィーニス。
あの怪物と渡り合うためには、これだけじゃ足りない。レイの視線は腰に提げてあるコウエンへと伸びた。
龍刀コウエン。赤龍の炎を生み出す精霊刀も魔力を帯びた武器の一つ。
ダガーと同じように、単純な炎を吐き出すだけじゃなく、もっと別の使い方ができるかもしれない。その上、《オルゴウス》の冒険者はこうも言っていた。
「強い魔力を帯びた武器は、攻撃する対象を選ぶことが出来ると聞く。君のその剣なら、敵と味方を分けて攻撃することが出来るはず。もちろん、その中に自分を加える事もな」
全てはレイのイメージに掛かっている。
そのためにも龍刀の中に宿るコウエンを従わせる必要があるのだが、そこが一番の難点だった。
褐色の童女の姿をしたコウエンは、葬式を境にレイの呼びかけに応じない。抜き放っても手には冷たい刀身しか伝わってこない。
「それでも、いつかお前を使いこなしてやるからな」
レイの呟きがコウエンに伝わるかどうかは謎だった。しかし、レイは届いているだろうと直感した。
すると遠くの方から、リザ達が呼びに来る声が聞こえて来た。どうやら迷宮から帰って来たようだった。いつの間にか空の端が赤くなってきた。
レイとダリーシャスはゆっくりと立ち上がると、仲間達の元へ戻る。
この一ヶ月、ダリーシャスを狙う存在は姿を見せなかった。ダリーシャスの生存を知らないのか、シアトラ村に多くの兵士が詰めているから手を出せないでるのかは不明だが、穏やかで平穏な日々が続いていた。
だけど、誰も口に出さないだけで分かっていた。この平穏な時間は有限で、いつか終わりを迎えると。再び血が流れる戦いの時間へと針は進む。
―――その時が避けられないというなら、少しでも強くなるしかない。
胸に抱いた決意はいささかも揺るがず、少年たちの中で燃え上がっていた。
読んで下さって、ありがとうございます。
指摘される前に明言します。エルドラドではう〇こから硝石は作れません。
次回の更新は金曜日頃を予定しております。




