表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
249/781

5-46 交錯する思惑

 異世界エルドラド。様々な種族が暮らす、『神々の遊技場』。


 神の手を離れたせかいはそこに暮らす人々が織りなす権謀術数が入り乱れる舞台。複雑怪奇に入り組んだ思惑が交差して織り上がった、闇色のベールに包まれていた。






 世界の何処か。磨かれた大理石に跪く少女が居た。周りに誰も居らず、ひたすらに祈る横顔は苦しげでもある。


 年の頃は十を超えるどうか。薄い若草色の長髪が背中に広がっている。跪く少女が纏う衣は、白一色の法衣だった。厳選された素材を、熟練の職人が織り込んだと一目見て分かる逸品だ。白というよりも純白といえる法衣に汚れは無い。首に掛けている縁が金に彩られている赤い帯も、法衣に負けない最高級品だった。頭に被る王冠もまた、散りばめられた宝石がステンドグラスから差し込む光に反射し輝きを放つ。


 年端もいかない少女が身に纏うには、どれも贅沢といえた。


 だけど、跪き目をつぶり祈る少女の持つ清廉された雰囲気に相応しかった。


 少女が祈るのは十三体の像。


 弧を描く様に配置された像は男女が入り混じり、各々がバラバラのポーズをとっている。共通しているのは身に付けているのがトーガなのと頭が無い事ぐらいだ。


 その像はかつてエルドラドに居たとされる神々を模った像だった。昔のエルドラドにはこのような像がいくつもあり、人々の崇拝の対象だった。しかし、無神時代が始まってしまい、神に見捨てられたと思い込んだ民衆によってどれも打ち壊された。特に頭部は念入りに壊されてしまい、法王庁が誕生し像の復元に着手しても、頭の復元には至らなかった。結局、頭部のない像が復元され、その像を手本とした像が職人の手によって作られ、世界中に運ばれた。


 少女が祈っているのは、最初に復元された、いわば13神の像のオリジナルといえた。


 法王庁に属しているからといって、その像を見る事は難しい。法王庁を束ねる者が代替わりするなどの節目の時に一般に公開されるのを除けば、神官でも目に出来るのは限られた者しか居ない。


 少女はその限られた一握りの存在だ。


 息苦しくさえある静寂の中、少女の祈りが終わった。ゆっくりと瞼を持ち上げるとアメジストのような瞳で、13神の像を順番に見て、こじんまりとした唇を開いた。


「……分かりました。全ては13神のお導きのままに」


 子供特有の柔らかく高い声ではっきりと言う。


 立ち上がると、少女は一人大理石の床を歩き、扉の前に立った。


「神託は降りた。扉を開けなさい」


 その言葉に呼応するように扉が開くと、赤い絨毯の上に数人の神官が這いつくばっていた。どれも少女の数倍は年上。中には、老人も含まれていた。だが、全員が少女に向かって頭を垂れている。そのうちの一人は、両手を上に向けて、杖を差し出していた。


 法王庁のシンボルである、十字を二つ重ねたマークを杖頭に乗せている杖は少女の背丈よりも高い。少女がその杖を掴むと、跪いていた大人たちは少女に道を開けるように割れた。


 開けた道を少女が進むと大人たちが後を続く。


「神託の結果は如何でしたか?」


「それは皆の前で。それよりも、妾が祈りを上げている間に、何か進展はあったか」


 年の離れた大人にする言葉遣いでは無い。だが、後を続く者達は一向に気にした様子はなく、少女の態度を受け入れていた。


「ローランの報告にあった少年に動きがありました」


「ほう、例のか。申せ」


「はっ。どのような経緯かは不明ですが、シュウ王国第二王子と諍いを起こしたのち、アマツマラを脱出。南に向けて出発したとの事です。その後の足取りは今のところ不明と」


 報告を受けた少女は小さく、「南だと。それはいかん」と呟くとあからさまに眉を顰めた。不機嫌そうな気配を察した老人が尋ねるも無視する。その代りに絨毯を歩く速度は上がる。角を幾つも曲がり、長い直線を通ると、目的地に着いた。扉の前で警護をしていた武装神官が少女らに気づき、扉をあけ放つと、室内の喧々諤々とした言葉の応酬が飛び出した。


 中は会議室なのか、様々な書類や地図を乗せた円卓が置かれ、何人もの神官が席についていた。


 彼らは少女の存在に気づき、討論を止めた。


 そんな彼らに向けて―――法王庁における最高権力を握る法王が声高に告げた。


「神託は降りた! 次なる災禍は南方大陸にて起こる。至急、『聖騎士』ローランと連絡を!」





 そこは闇に覆われた空間だった。円を描くように配置された紫色のかがり火だけが闇を切り裂く。空間の中央には大理石を削りだした様な武骨な長机と、それを囲む七つの椅子が置かれていた。


 上座に置かれた玉座からみて、左右に三つずつ置かれた椅子の内、埋まっているのは一つだけだった。長い黒髪を適当に流し、黒檀の鎧を身に纏う男の名はクリストフォロス。シュウ王国にスタンピードを齎した元凶だ。


 激しい戦闘で失ったはずの片腕は生えたかのように元通りになっており、彼が手元で開いている『窓』の操作に使われていた。


 戦闘時に使っていなかった眼鏡越しに、金色の瞳は絶え間なく動き回る。複数の『窓』は幾つものグラフや報告を映し出しており、彼らが進行している作戦の進捗状況を伝えていた。


 六将軍第四席クリストフォロスの役割は軍師である。彼らが崇める至上のお方の救世を成し遂げるべく、彼は各地に散った六将軍等を駒のように扱っていく。


「ゲオルの方はこれでよし。ジャイルズは……いささか遅れていますか。これは仕方ありません。最悪の場合、こちらは諦めますか。ディオニニュシウスは……これは行けませんね。半分も済んでいないではないか。あの愚物め。こうなったら、私が向かいに行く必要があるかもしれませんね」


 誰も居ない空間に虚しく男の独り言が消えていく。一人でいる事に慣れてしまい、つい癖の様になってしまった。返事を期待している訳でも無いため、特に気にすることなく独り言を重ねようとして、


「おいおい。独り言が随分板についてきたじゃないか。流石に気味が悪いぞ」


 軽やかな声が闇の向こう側から投げかけられると、クリストフォロスは電光石火の速さで立ち上がった。衝撃で大理石の椅子が揺れた。


 暗闇から、ペタペタと歩く音が響く。するりとかがり火の前に姿を現したのは『魔王』フィーニスだった。


 彼は全裸の上にコートを羽織ったというあまりにも奇妙な姿をしており、それを気にした素振りをしていない。素足のまま、玉座の方へと歩いていく。


「陛下。お久しゅうございます。……そのお姿は一体、どのような趣向なのでしょうか」


 長机を回って随伴するクリストフォロスが恭しく尋ねる。


「この格好? それがボクにもサッパリ。状況から推理すると、ボクが日光浴してウトウトしている間に、なんかしらのモンスターに喰われたみたいなんだよ。それで着ていた物全部溶かされたっぽいんだよね」


 何でもない事のように言うが、普通の人間が聞いたら卒倒する内容である。モンスターに喰われたというのに、この暢気さ。その上、衣服を溶かされる状況なら皮膚も同じように溶かされてもおかしくない。なのに、フィーニスの肌は病的なほど白いが、滑らかな傷一つない肌だった。


「そうでしたか。それは災難でした」


 クリストフォロスは主の奇行に慣れているのか、驚くことなく受け止めた。フィーニスが玉座に座るのと同時に、自分も片膝を着いて頭を下げた。白髪を鬱陶しげにかきあげたフィーニスは金色の瞳で空席を眺めた。


「ねえ。他の六将軍は?」


「私を除く全員が作戦のために出払っております。……それについて、お耳に入れたいことがあります、陛下」


 床を見つめたままクリストフォロスはゲオルギウスの帰還を伝えようとする。だけど、先んじてフィーニスが、


「ゲオルの事? 帰って来たんだろ」


 と、先に言ってしまうので落胆まじりに顔を上げた。


「ご存知でしたか。流石です陛下。いつお知りに?」


「ちょっとね。……でも、詳しくは知らないから、教えて」


 畏まりました、と返したクリストフォロスはゲオルギウスから聞いた話を伝えた。かつて、人魔戦役の最終局面。『勇者』の猛攻から魔人種を守る為に殿となって帰って来なかったゲオルギウスが、ネーデと呼ばれる場所の迷宮で力を回復していたことを。それを今代の『聖騎士』達に邪魔をされ、あまつさえ子供に心臓を潰されてしまい帰って来た事を。


「ちょっと待った。……いま、子供って言ったか」


 頬杖をついて、半分眠たそうにしていたフィーニスがクリストフォロスの話を遮った。金色の瞳は色を濃くし、興味深そうに唇が吊り上がる。


「その子供ってもしかして、年齢は十四か十五。ボクらの種族でもないのに黒髪黒目の少年……名前はレイだ。違うか?」


 具体的な、それこそ見て来たかのような口ぶりにクリストフォロスは困惑してしまう。この主が単なる人間種に興味を持つのは久方ぶりだった。


「確かにその通りですが……もしやご存じなのですか」


「あっはっはっはっは!! ご存知も何も、このコートは彼の服さ!」


 腹を抱えて笑うフィーニスは胸ポケットにしまったままの板を取り出すと、クリストフォロスに向かって投げつけた。高速で飛翔するそれを難なく掴んだクリストフォロスは板の表面に刻まれた文言を読み上げた。


「《ミクリヤ》所属のレイ。どのパーティーに属しているかまでは知りませんでしたが、おそらくこの少年がゲオルギウスの心臓を貫いた者でしょう。……同時に、赤龍とも渡り合った者でございます」


 プレートを返しながらそっと、主が好むであろう話を添えると、笑いがぴたりと止まった。フィーニスは視線だけで先を促した。


 クリストフォロスは自分の担当区分だった赤龍征伐のあらましを主に向けて語る。自らの分身を植えつけ、意識を奪った赤龍でアマツマラを紅蓮の都へと変えようとしていた時、冒険者を率いて単身で赤龍を引きずり下ろした少年の事を。


 前のめりになって話を聞いていたフィーニスは突如として、膝を打った。


「そう言う事か! あの刀はそういう代物か!!」


「何か、分かったのでしょうか」


 一人で何度も頷く主に尋ねると、フィーニスは自分とレイの戦闘を語り出した。


『魔王』が操る影は、『魔王』が生前(・・)と今世で胸に抱いた怒りを燃料としている。その一撃は軽く掠めても人を容易く死なせる。そんな死の一撃を刀で悉く撃ち落し、繭や鎧まで引き出された上で一撃を浴びてしまった事を心底楽しそうに。輝かんばかりの笑顔で語る。


 クリストフォロスは相槌を打ちつつも、少しばかりレイに対する妬心が生まれていた。彼ら六将軍にとってフィーニスは崇める存在。いわば神だ。その神が人を。それも自分が見下している人間種に興味を抱いているのが気に入らなかった。


 しかし、話がある場面に辿りつくとクリストフォロスの妬心は吹き飛んでしまった。


「陛下!? せ、聖印を与えたのですか!?」


 常に被っていた酷薄ともいえる冷徹の仮面を取り外し、誰が見ても明らかなほどクリストフォロスは狼狽していた。それだけ、彼にとって聖印とは重大な事柄だ。


「そんなに驚くなよ。君にだって与えただろ。君だけじゃない。六将軍全員に聖印は与えた」


「そうです。その通りです。聖印はいわば六将軍の証。それを単なる子供に与えたのですか! それは一体なぜ!?」


 自分が抱く誇りを汚されたとすら思いながらクリストフォロスは尋ねた。だけど、フィーニスとの温度差は歴然だ。うるさそうに顔を顰めたフィーニスは一言。


「レイが『招かれた者』だからだよ」


 と、だけ伝えた。答えになっていない答えに、クリストフォロスは更に怒りを露わに―――しなかった。上げた腰を下ろして、先程までの火山が噴火する直前のような怒りを綺麗に消し去った。


「そう言う事ですか。……でしたら、仕方ありません」


 それだけ短く言うと、あっさりと引き下がった。その代りにいましがた出た単語について話が飛んだ。


「やはり、あの少年が『招かれた者』でしたか。それにしても、このような時期に新たな『招かれた者』とは。13神の真意が読めません」


「全くだ。すでに残り時間は五年を切っている。これでどうやって世界を救えと言う話だ。ボクや『魔導師(・・・)』のように種を撒くには短い。かといって『科学者』や『冒険王』のように自分のしたい事をする余裕もない。正にお手上げだ」


 フィーニスは自分の言葉通りに手を上げて、上を睨んだ。まるで、そこから見て居る者を睨むかのように。


「ま、だからこそ、レイに聖印を与えたともいえるのだよ。……にしても鬱陶しいな、コレ」


 視線を下に戻した際に乱れた頭髪を摘まんだフィーニスに、クリストフォロスは目敏く、


「でしたら、私が」


 と、前に進もうとする。だけど、フィーニスはクリストフォロスを無視し、自らの足元で蠢いていた影を刃にすると、一気に伸ばした。あっという間に、顔すら覆っていた白髪が切り刻まれた。


「うん。これでスッキリした」


 短くなった頭髪を撫でたフィーニスにクリストフォロスはあからさまに肩を落とした。すると、開いたままの『窓』から音が響き渡る。呼び出しだ。


 フィーニスに頭を下げたクリストフォロスはすぐに『窓』を呼び寄せ、そこに映し出された光景にため息を吐いた。

(これは本格的に不味いですね。本当に、私が出向かないといけません)


 同胞の救難にため息を隠せず。されど、クリストフォロスは禍々しき意匠の杖を手元に呼び寄せると、フィーニスに深々と頭を下げた。


「陛下。私も出向く必要になりました。しばし、御前から離れる事をお許しください」


「構わん。励め」


 クリストフォロスは再度頭を下げると、漆黒の闇へと消えていこうとする。だが、その背に向けてフィーニスが声を掛けた。


「そういえば、ゲオルにはどの仕事を任せたのだ」


 クリストフォロスは主の問いに答えるべく後ろを振り返る。


「あの者には南方大陸に向かってもらっています。今はかの地にて活動中でございます」


 それだけ言うと、クリストフォロスは闇の中に消えていった。


 かがり火に照らされた空間に残されたのは、玉座に座るフィーニスただ一人となった。


 すると、彼はくしゅんとくしゃみをした。


「そう言えば、ずっと全裸だったな」


 自らの裸体を見下ろしたフィーニスは立ち上がると影を全身に巻き付けた。そして、体を覆う影が無くなると、どこからか取り出したのか黒を基調とした衣服を纏っていた。それは正に王者にしか許されない威風堂々とした衣で、上には覆っているレイのコートがボロ布にしか見えない。だけど、フィーニスはレイのコートを脱ごうとはしない。


 レイのプレートを手で弄びながら微笑を浮かべていた。目の下には薄い刀傷が残っていた。






 東方大陸より海を隔てた南に、南方大陸はある。南北に長く伸びているのが東方大陸の特徴なら、東西に伸びているのが南方の特徴といえた。その南東部にデゼルト国は存在した。


 デゼルト国首都オーマット。


 淡いクリーム色の王宮を中心とした白亜の都は夏の太陽に照らされると、都市そのものが輝いていると形容されるほど美しい都である。


 しかし、その輝きと裏腹に、この国に広がる闇は深く、暗い。


 王宮の彼方此方で次期王の座を巡る陰謀が渦巻いている。魑魅魍魎すら避けて通る伏魔殿と化していた。


 流石に時期が時期だけに王宮内に居る王族に対する暗殺だけは控えていたが、裏を返せば暗殺以外の事なら全てまかり通っていた。誘拐、監禁、暴行、洗脳、色仕掛、賄賂、脅迫。ありとあらゆる手段で、自分たちの勢力を強めようと躍起になっていた。


 王族とその王族を支援する十四族達は己が生き残りを賭けて争う。敗者に待つのは死しかない。


 そんな中、一つの報せが王宮を駆け巡った。


 国外に出ている王族の居所が判明したのだ。


 その者の名はダリーシャス。


 生まれた時に起きた出来事が原因で、王家の中で爪はじきされている王族だ。しかしながら外交官として卓越された手腕と各国への影響力、更に彼自身が持つ特殊ユニーク技能スキルは大変魅力的な存在だった。


 味方に付ければこれ程心強い者は無く―――敵に回せばこれ程恐ろしい者は居ない。


 その日の内に、王宮内から飛び出していく影に潜む者達。彼らに命を下したのがいかなる勢力なのか。下さられた命が何なのか。それはまだ分からない。






 様々な存在の思惑が熱砂の大陸で交差し、大きな渦を生み出そうとする。


 南方大陸に動乱の足音が響く。


ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。


これにて5章は終了です。今後の投稿ですが、閑話を三本ほど投稿しようと思います。その後はいつも通り、5章終了時のステータスや登場人物などを投稿しようと予定しています。

詳しくは活動報告に載せますので、ご確認して頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ